日本勧業銀行法
法令番号: 法律第八十二號
公布年月日: 明治29年4月20日
法令の形式: 法律
朕帝國議會ノ協贊ヲ經タル日本勸業銀行法ヲ裁可シ玆ニ之ヲ公布セシム
御名御璽
明治二十九年四月十八日
內閣總理大臣 侯爵 伊藤博文
大藏大臣 子爵 渡邊國武
法律第八十二號
日本勸業銀行法
第一章 總則
第一條 日本勸業銀行ハ農業工業ノ改良發達ノ爲資本ヲ貸付スルヲ以テ目的トスル株式會社ニシテ其ノ本店ヲ東京ニ置ク
第二條 日本勸業銀行ノ資本金ハ一千萬圓トス但シ株主總會ノ決議ニ依リ政府ノ認可ヲ經テ資本金ヲ增加スルコトヲ得
第三條 日本勸業銀行ノ各株式ノ金額ハ二百圓トス
第四條 日本勸業銀行ノ存立時期ハ設立免許ノ日ヨリ百箇年トス但シ株主總會ノ決議ニ依リ政府ノ認可ヲ經テ存立時期ヲ延長スルコトヲ得
第二章 重役
第五條 日本勸業銀行ニ總裁副總裁各一人理事監査役各三人以上ヲ置ク
第六條 總裁ハ日本勸業銀行ヲ代表シ其ノ事務ヲ總理ス
副總裁ハ總裁事故アルトキ其ノ職務ヲ代理シ總裁缺員ノトキ其ノ職務ヲ行フ
副總裁及理事ハ總裁ヲ補助シ定款ノ定ムル所ニ從ヒ日本勸業銀行ノ業務ヲ分掌ス
監査役ハ日本勸業銀行ノ業務ヲ監査ス
第七條 總裁副總裁ハ百株以上ヲ所有スル株主中ヨリ政府之ヲ命シ其ノ任期ヲ五箇年トス但シ其ノ任期滿限ノ後再任ヲ命スルコトヲ得
理事ハ五十株以上ヲ所有スル株主中ヨリ株主總會ニ於テ二倍ノ候補者ヲ選擧シ政府其ノ中ヨリ之ヲ命シ任期ヲ五箇年トス但シ其ノ任期滿限ノ後本條ノ手續ニ依リ再任ヲ命スルコトヲ得
監査役ハ三十株以上ヲ所有スル株主中ヨリ株主總會ニ於テ之ヲ選定シ其ノ任期ヲ三箇年トス但シ其ノ任期滿限ノ後再選スルコトヲ得
總裁副總裁理事及監査役ハ任命若ハ選定ノ六箇月前ヨリ引續キ本條規定ノ株數ヲ所有スル者ニ限ル
第八條 總裁副總裁及理事ハ在任中何等ノ名稱ニ拘ラス他ノ職務又ハ商業ニ從事スルコトヲ得ス但シ大藏大臣ノ認可ヲ得タルトキハ此ノ限ニ在ラス
第三章 株主總會
第九條 通常株主總會ハ每年二囘定款ニ定メタル時期ニ於テ總裁之ヲ招集ス
第十條 臨時株主總會ハ臨時ノ事項ヲ議スル爲何時ニテモ總裁之ヲ招集スルコトヲ得
第十一條 監査役又ハ總株金ノ五分ノ一以上ニ當ル株主ハ會議ノ目的ヲ示シテ臨時株主總會ノ招集ヲ總裁ニ請求スルコトヲ得
總裁前項ノ請求ヲ受ケタルトキハ臨時株主總會ヲ招集スヘシ
第十二條 株主總會ニ於テハ株主ハ議決權ヲ有スル株主ノ外代理ヲ委託スルコトヲ得ス但シ法定代理人ハ此ノ限ニ在ラス
日本勸業銀行ノ役員及使用人ハ株主總會ニ於テ株主ノ代理人タルコトヲ得ス
第十三條 株主ノ議決權ハ十株ニ付キ一箇トス但シ十一株以上ヲ有スル株主ニ在リテハ五十株ヲ增ス每ニ一箇ヲ加フ
他人ノ代理ヲ爲ス者ハ五人以上ヲ代理スルコトヲ得ス又其ノ株數ハ總株數ノ十分ノ二以上ヲ超過スルコトヲ得ス
第四章 營業
第十四條 日本勸業銀行ハ五十箇年以內ニ於テ年賦償還ノ方法ニ依リ不動產ヲ抵當トシテ貸付ヲ爲スモノトス
日本勸業銀行ハ年賦償還貸付金總高ノ十分ノ一ニ相當スル金額ヲ限リ不動產ヲ抵當トシ五箇年以內ノ定期償還貸付ヲ爲スコトヲ得
第十五條 日本勸業銀行ハ府縣郡市町村其ノ他法律ヲ以テ組織セル公共團體ニ貸付ヲ爲ス場合ニ於テ抵當ヲ徵セサルコトヲ得
第十六條 日本勸業銀行ニ於テ不動產抵當ヲ徵スルトキハ總テ第一抵當ナルコトヲ要ス但シ舊債アル場合ニ於テ日本勸業銀行ヨリ借入スル新債ヲ以テ舊債ヲ償還スル效果ニ依リ新債ノ第一抵當トナルコトヲ得ヘキトキハ此ノ限ニ在ラス
第十七條 日本勸業銀行ニ於テ抵當トシテ徵スル土地ハ永續スヘキ確實ナル收益ノ見込アルモノニ限ル
日本勸業銀行ニ於テ抵當トシテ徵スル建物ハ保險付ノモノニ限ル但シ抵當物ノ外ニ貸付金高二倍以上ノ價格ヲ有スル動產又ハ不動產ヲ添抵當ト爲ス場合ニ於テハ保險ニ付セサルコトヲ得
第十八條 不動產ヲ抵當トシテ貸付クル金額ハ日本勸業銀行ニ於テ鑑定シタル價格ノ三分ノ二以內トス
第十九條 年賦金ハ元金ト利子トヲ併セテ之ヲ計算シ各年ヲ通シテ一定平等ノ償還額ヲ定ムヘシ
前項ノ償還額ハ之ヲ變更スルコトヲ得ス但シ貸付金ノ一部償還ノ場合ニ於テ其ノ額ヲ更定スルハ此ノ限ニ在ラス
第二十條 土地抵當貸付ニ對スル年賦金ハ其ノ抵當地ノ平年收益額ヨリ公課額ヲ扣除シタル殘額ヲ超過スルコトヲ得ス
第二十一條 貸付金ノ年賦償還ニ付キテハ一箇年以上五箇年以內ニ於テ据置年限ヲ定ムヘシ但シ其ノ年限間ノ利子ハ此ノ限ニ在ラス
第二十二條 債務者年賦金、定期償還金又ハ利子ノ拂込ヲ遲延シタルトキハ拂込期日ノ翌日ヨリ其ノ金額ニ對シ利子ヲ仕拂フノ義務ヲ負フ
第二十三條 年賦償還ノ方法ヲ以テ借入ヲ爲シタル債務者ハ償還期限前ニ借用金ノ全部若ハ一部ヲ償還スルコトヲ得
前項ノ場合ニ於テハ日本勸業銀行ハ定款ニ於テ定ムル所ノ率ニ依リ相當ノ手數料ヲ要求スルコトヲ得
第二十四條 債務者ハ借用金ノ五分ノ一以上ヲ償還シタルトキハ其ノ割合ニ應シ抵當物一部ノ解除ヲ要求スルコトヲ得其ノ殘額ニ對シテモ亦同シ
第二十五條 日本勸業銀行ハ年賦金ノ拂込ヲ遲延スル債務者ニ對シ償還期限前ト雖貸付金全部ノ償還ヲ要求スルコトヲ得
第二十六條 日本勸業銀行ハ抵當物ノ價格減少シ貸付金償還殘額ニ對シ第十八條ノ割合ニ不足ヲ生シタルトキハ增抵當ヲ要求シ若ハ其ノ不足ニ相當スル貸付金額ノ償還ヲ要求スルコトヲ得
債務者前項ノ要求ニ應セサルトキハ日本勸業銀行ハ償還期限前ト雖貸付金全部ノ償還ヲ要求スルコトヲ得
第二十七條 抵當不動產ノ全部若ハ一部カ土地收用法ニ依リ收用セラルル場合ニ於テ日本勸業銀行ハ償還期限前ト雖貸付金ノ償還ヲ要求スルコトヲ得但シ債務者ニ於テ收用補償金ヲ供託シ又ハ相當ノ不動產ヲ以テ增抵當トスルトキハ此ノ限ニ在ラス
其ノ收用一部ニ止マルトキハ償還ノ要求モ其ノ割合ニ應スヘキモノトス
第二十八條 無抵當ニテ借入ヲ爲シタル府縣郡市町村其ノ他法律ヲ以テ組織セル公共團體ニ於テ年賦金、定期償還金又ハ利子ノ拂込期日ヲ過キ之ヲ拂込マサルトキハ日本勸業銀行ハ監督官廳ニ其ノ處分ヲ請求スルコトヲ得
前項ノ場合ニ於テ日本勸業銀行ハ府縣ニ對シテハ內務大臣ニ郡市町村其ノ他法律ヲ以テ組織セル公共團體ニ對シテハ第一次監督官廳ニ其ノ請求ヲ爲スヘシ
監督官廳請求ヲ受ケタルトキハ府縣郡市町村其ノ他法律ヲ以テ組織セル公共團體ニ命令シテ延滯金及第二十二條ノ利子ヲ拂込マシムヘシ
第二十九條 日本勸業銀行ハ農工銀行法ニ依リ設立シタル各農工銀行ノ發行スル農工債券ヲ引受クルコトヲ得
第三十條 日本勸業銀行ハ農工債券ヲ引受ケムトスル場合ニ於テ農工銀行ノ業務及財產ノ實況ヲ調査スルコトヲ得
第三十一條 日本勸業銀行ハ地金銀又ハ有價證券ノ保護預リヲ爲スコトヲ得
第三十二條 日本勸業銀行ハ營業上餘裕金アルトキハ一時各種ノ國債證券地方債證券ヲ買入レ又ハ日本銀行ニ預ケ金ヲ爲スコトヲ得
日本勸業銀行ハ前項ニ依ルノ外營業上ノ餘裕金ヲ使用スルコトヲ得ス
第三十三條 日本勸業銀行ハ此ノ法律ニ記載セサル業務ヲ營ムコトヲ得ス
第五章 勸業債券
第三十四條 日本勸業銀行ハ資本金四分ノ一以上ノ拂込アリタルトキハ拂込金額ノ十倍ヲ限リ勸業債券ヲ發行スルコトヲ得但シ年賦償還貸付金總高及其ノ引受ケタル農工債券現在高ヲ超過スルコトヲ得ス
第三十五條 勸業債券ハ券面金額ヲ五十圓以上トシ無記名利札附トス但シ應募者又ハ所有者ノ請求ニ依リ記名ト爲スコトヲ得
第三十六條 日本勸業銀行ハ少クトモ年賦償還貸付金及其ノ引受ケタル農工債券ノ償還高ニ應シ每年二囘以上抽籤ヲ以テ勸業債券ヲ償還スヘシ
日本勸業銀行ニ於テ勸業債券ヲ償還スル場合ニ於テハ割增金ヲ附與スルコトヲ得但シ其ノ方法及金額ハ大藏大臣ノ認可ヲ受クヘシ
第三十七條 日本勸業銀行ハ勸業債券借換ノ爲一時第三十四條ノ制限ニ依ラス低利ノ勸業債券ヲ發行スルコトヲ得
低利ノ勸業債券ヲ發行シタルトキハ發行後一箇月以內ニ抽籤ヲ以テ其ノ發行券面金額ニ相當スル舊勸業債券ヲ償還スヘシ
第三十八條 勸業債券ノ利子ハ每年二囘定款ニ定メタル時期ニ於テ之ヲ仕拂フヘシ
第三十九條 日本勸業銀行ハ年賦償還貸付金ノ償還延滯シテ豫期ノ金額ニ達セサルトキ及其ノ引受ケタル農工債券ニシテ之ヲ發行シタル農工銀行解散ノ爲ニ全額ノ償還ヲ得ルコト能ハサルトキハ第三十六條ノ償還ト同時期ニ抽籤ヲ以テ其ノ延滯金額又ハ償還ヲ得サル農工債券面金額ニ相當スル勸業債券ヲ償還スヘシ
第四十條 勸業債券ノ所有者其ノ元金又ハ利子ヲ要求セサルトキハ元金ハ十五箇年利子ハ五箇年ニシテ其ノ要求ノ權ヲ失フモノトス
第四十一條 勸業債券ヲ僞造又ハ變造シテ行使シタル者ハ刑法第二百四條ノ例ニ依リ處罰ス其ノ模造ニ關シテハ明治二十八年法律第二十八號通貨及證券模造取締法ニ依リ處分ス
第四十二條 勸業債券ニ關シ此ノ法律ニ規定セサル事項ハ明治二十三年法律第六十號ヲ適用ス
第六章 準備金
第四十三條 日本勸業銀行ハ每年準備金トシテ資本ノ缺損ヲ補フ爲利益ノ百分ノ八以上ヲ積立テ及利益配當ノ平均ヲ得セシムル爲利益ノ百分ノ二以上ヲ積立ツヘシ
第七章 政府ノ監督及補助
第四十四條 大藏大臣ハ日本勸業銀行ノ業務ヲ監督ス
第四十五條 日本勸業銀行ハ其ノ定款ヲ變更セムトスルトキハ大藏大臣ノ認可ヲ受クヘシ
第四十六條 日本勸業銀行ニ於テ支店又ハ代理店ヲ設置セムトスルトキハ大藏大臣ノ認可ヲ受クヘシ又大藏大臣ニ於テ支店若ハ代理店ヲ要用ナリトスルトキハ日本勸業銀行ニ命シテ之ヲ設置セシムルコトアルヘシ
第四十七條 日本勸業銀行ハ大藏大臣ノ認可ヲ經ルニ非サレハ株主ニ配當金ノ分配ヲ爲スコトヲ得ス
第四十八條 大藏大臣ハ日本勸業銀行ノ營業上法律命令又ハ定款ニ背戾シ若ハ公益ヲ害スル事件アリト認ムルトキハ之ヲ制止スヘシ
第四十九條 日本勸業銀行ハ大藏大臣ノ命令ニ從ヒ其ノ營業ニ關スル諸般ノ景況及計算報吿書ヲ差出スヘシ
第五十條 大藏大臣ハ必要ナリト認ムルトキハ日本勸業銀行ノ貸付金額及方法ヲ制限スルコトヲ得
第五十一條 日本勸業銀行貸付金ノ利子ノ最高步合ハ每營業年度ノ初ニ於テ大藏大臣ノ認可ヲ經テ之ヲ定ムヘシ其ノ營業年度內ニ於テ之ヲ變更セムトスルトキモ亦同シ
第五十二條 日本勸業銀行ニ於テ勸業債券ヲ發行セムトスルトキハ直接ニ大藏大臣ノ認可ヲ受クヘシ
第五十三條 大藏大臣ハ特ニ日本勸業銀行監理官ヲ置キ日本勸業銀行ノ業務ヲ監視セシム
第五十四條 日本勸業銀行監理官ハ何時ニテモ日本勸業銀行ノ金庫、券書庫、帳簿及諸般ノ文書ヲ檢査スルコトヲ得
日本勸業銀行監理官ハ監視上必要ナリト認ムルトキハ何時ニテモ日本勸業銀行ニ命シテ營業上諸般ノ計算及景況ヲ報吿セシムルコトヲ得
日本勸業銀行監理官ハ株主總會其ノ他諸般ノ會議ニ出席シテ意見ヲ陳述スルコトヲ得但シ議決ノ數ニ加ハルコトヲ得ス
第五十五條 日本勸業銀行ノ配當金年百分ノ五ニ達セサルトキハ政府ハ創立初季ヨリ十箇年間ヲ限リ之ニ達セシムヘキ金額ヲ補給スヘシ其ノ額ハ如何ナル場合ト雖拂込資本金ノ百分ノ五ヲ超過スルコトヲ得ス
第八章 罰則
第五十六條 日本勸業銀行ニ於テ左ノ事犯アルトキハ總裁若ハ總裁ノ職務ヲ行ヒ又ハ代理スル副總裁ヲ百圓以上千圓以下ノ過料ニ處ス其ノ事犯副總裁又ハ理事ノ分擔業務ニ係ルトキハ副總裁理事ヲ過料ニ處スルコト亦同シ
一 第十四條ノ規程ニ反シ貸付ヲ爲シタルトキ
二 第十六條ノ規程ニ反シ第一抵當ニ非サルモノニ對シテ貸付ヲ爲シタルトキ
三 第三十二條第二項ノ規程ニ反シ營業上ノ餘裕金ヲ使用シタルトキ
四 第三十三條ノ規程ニ反シ此ノ法律ニ記載セサル業務ヲ營ミタルトキ
五 第三十四條ノ規程ニ反シ勸業債券ヲ發行シタルトキ但シ第三十七條第一項ニ該當スルモノハ此ノ限ニ在ラス
六 第三十六條第一項第三十七條第二項及第三十九條ノ規程ニ反シ勸業債券ノ償還ヲ爲ササルトキ
七 第四十三條ノ規程ニ反シ利益金ヲ處分シタルトキ
第五十七條 日本勸業銀行ノ總裁副總裁及理事第八條ノ規程ヲ犯シタルトキハ二十圓以上二百圓以下ノ過料ニ處ス
第五十八條 前二條ニ揭ケタル過料ハ裁判所ノ命令ヲ以テ之ヲ科ス但シ其ノ命令ニ對シ十四日以內ニ抗吿ヲ爲スコトヲ得
附 則
第五十九條 政府ハ設立委員ヲ置キ日本勸業銀行設立ノ免許ヲ與フルマテ其ノ發起ニ關スル一切ノ事務ヲ處理セシム
第六十條 設立委員ハ定款ヲ作リ政府ノ認可ヲ得タル後株主ヲ募集ス
第六十一條 設立委員ハ株主ノ募集ヲ終リタルトキハ株式申込簿ヲ政府ニ差出シ銀行設立ノ免許ヲ稟請スヘシ
第六十二條 設立委員前條ノ免許ヲ得タルトキハ其ノ事務ヲ日本勸業銀行總裁ニ引渡スヘシ
第六十三條 設立初度ノ總裁副總裁理事及監査役ノ第七條ニ依リ所有スヘキ株數ノ時期ニ付テハ同條第四項ヲ適用スルノ限ニ在ラス
第六十四條 設立初度ノ總裁副總裁及理事ノ任期ハ三箇年トス
設立初度ノ理事及監査役ハ株主中ヨリ政府之ヲ命ス
朕帝国議会ノ協賛ヲ経タル日本勧業銀行法ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム
御名御璽
明治二十九年四月十八日
内閣総理大臣 侯爵 伊藤博文
大蔵大臣 子爵 渡辺国武
法律第八十二号
日本勧業銀行法
第一章 総則
第一条 日本勧業銀行ハ農業工業ノ改良発達ノ為資本ヲ貸付スルヲ以テ目的トスル株式会社ニシテ其ノ本店ヲ東京ニ置ク
第二条 日本勧業銀行ノ資本金ハ一千万円トス但シ株主総会ノ決議ニ依リ政府ノ認可ヲ経テ資本金ヲ増加スルコトヲ得
第三条 日本勧業銀行ノ各株式ノ金額ハ二百円トス
第四条 日本勧業銀行ノ存立時期ハ設立免許ノ日ヨリ百箇年トス但シ株主総会ノ決議ニ依リ政府ノ認可ヲ経テ存立時期ヲ延長スルコトヲ得
第二章 重役
第五条 日本勧業銀行ニ総裁副総裁各一人理事監査役各三人以上ヲ置ク
第六条 総裁ハ日本勧業銀行ヲ代表シ其ノ事務ヲ総理ス
副総裁ハ総裁事故アルトキ其ノ職務ヲ代理シ総裁欠員ノトキ其ノ職務ヲ行フ
副総裁及理事ハ総裁ヲ補助シ定款ノ定ムル所ニ従ヒ日本勧業銀行ノ業務ヲ分掌ス
監査役ハ日本勧業銀行ノ業務ヲ監査ス
第七条 総裁副総裁ハ百株以上ヲ所有スル株主中ヨリ政府之ヲ命シ其ノ任期ヲ五箇年トス但シ其ノ任期満限ノ後再任ヲ命スルコトヲ得
理事ハ五十株以上ヲ所有スル株主中ヨリ株主総会ニ於テ二倍ノ候補者ヲ選挙シ政府其ノ中ヨリ之ヲ命シ任期ヲ五箇年トス但シ其ノ任期満限ノ後本条ノ手続ニ依リ再任ヲ命スルコトヲ得
監査役ハ三十株以上ヲ所有スル株主中ヨリ株主総会ニ於テ之ヲ選定シ其ノ任期ヲ三箇年トス但シ其ノ任期満限ノ後再選スルコトヲ得
総裁副総裁理事及監査役ハ任命若ハ選定ノ六箇月前ヨリ引続キ本条規定ノ株数ヲ所有スル者ニ限ル
第八条 総裁副総裁及理事ハ在任中何等ノ名称ニ拘ラス他ノ職務又ハ商業ニ従事スルコトヲ得ス但シ大蔵大臣ノ認可ヲ得タルトキハ此ノ限ニ在ラス
第三章 株主総会
第九条 通常株主総会ハ毎年二回定款ニ定メタル時期ニ於テ総裁之ヲ招集ス
第十条 臨時株主総会ハ臨時ノ事項ヲ議スル為何時ニテモ総裁之ヲ招集スルコトヲ得
第十一条 監査役又ハ総株金ノ五分ノ一以上ニ当ル株主ハ会議ノ目的ヲ示シテ臨時株主総会ノ招集ヲ総裁ニ請求スルコトヲ得
総裁前項ノ請求ヲ受ケタルトキハ臨時株主総会ヲ招集スヘシ
第十二条 株主総会ニ於テハ株主ハ議決権ヲ有スル株主ノ外代理ヲ委託スルコトヲ得ス但シ法定代理人ハ此ノ限ニ在ラス
日本勧業銀行ノ役員及使用人ハ株主総会ニ於テ株主ノ代理人タルコトヲ得ス
第十三条 株主ノ議決権ハ十株ニ付キ一箇トス但シ十一株以上ヲ有スル株主ニ在リテハ五十株ヲ増ス毎ニ一箇ヲ加フ
他人ノ代理ヲ為ス者ハ五人以上ヲ代理スルコトヲ得ス又其ノ株数ハ総株数ノ十分ノ二以上ヲ超過スルコトヲ得ス
第四章 営業
第十四条 日本勧業銀行ハ五十箇年以内ニ於テ年賦償還ノ方法ニ依リ不動産ヲ抵当トシテ貸付ヲ為スモノトス
日本勧業銀行ハ年賦償還貸付金総高ノ十分ノ一ニ相当スル金額ヲ限リ不動産ヲ抵当トシ五箇年以内ノ定期償還貸付ヲ為スコトヲ得
第十五条 日本勧業銀行ハ府県郡市町村其ノ他法律ヲ以テ組織セル公共団体ニ貸付ヲ為ス場合ニ於テ抵当ヲ徴セサルコトヲ得
第十六条 日本勧業銀行ニ於テ不動産抵当ヲ徴スルトキハ総テ第一抵当ナルコトヲ要ス但シ旧債アル場合ニ於テ日本勧業銀行ヨリ借入スル新債ヲ以テ旧債ヲ償還スル効果ニ依リ新債ノ第一抵当トナルコトヲ得ヘキトキハ此ノ限ニ在ラス
第十七条 日本勧業銀行ニ於テ抵当トシテ徴スル土地ハ永続スヘキ確実ナル収益ノ見込アルモノニ限ル
日本勧業銀行ニ於テ抵当トシテ徴スル建物ハ保険付ノモノニ限ル但シ抵当物ノ外ニ貸付金高二倍以上ノ価格ヲ有スル動産又ハ不動産ヲ添抵当ト為ス場合ニ於テハ保険ニ付セサルコトヲ得
第十八条 不動産ヲ抵当トシテ貸付クル金額ハ日本勧業銀行ニ於テ鑑定シタル価格ノ三分ノ二以内トス
第十九条 年賦金ハ元金ト利子トヲ併セテ之ヲ計算シ各年ヲ通シテ一定平等ノ償還額ヲ定ムヘシ
前項ノ償還額ハ之ヲ変更スルコトヲ得ス但シ貸付金ノ一部償還ノ場合ニ於テ其ノ額ヲ更定スルハ此ノ限ニ在ラス
第二十条 土地抵当貸付ニ対スル年賦金ハ其ノ抵当地ノ平年収益額ヨリ公課額ヲ扣除シタル残額ヲ超過スルコトヲ得ス
第二十一条 貸付金ノ年賦償還ニ付キテハ一箇年以上五箇年以内ニ於テ据置年限ヲ定ムヘシ但シ其ノ年限間ノ利子ハ此ノ限ニ在ラス
第二十二条 債務者年賦金、定期償還金又ハ利子ノ払込ヲ遅延シタルトキハ払込期日ノ翌日ヨリ其ノ金額ニ対シ利子ヲ仕払フノ義務ヲ負フ
第二十三条 年賦償還ノ方法ヲ以テ借入ヲ為シタル債務者ハ償還期限前ニ借用金ノ全部若ハ一部ヲ償還スルコトヲ得
前項ノ場合ニ於テハ日本勧業銀行ハ定款ニ於テ定ムル所ノ率ニ依リ相当ノ手数料ヲ要求スルコトヲ得
第二十四条 債務者ハ借用金ノ五分ノ一以上ヲ償還シタルトキハ其ノ割合ニ応シ抵当物一部ノ解除ヲ要求スルコトヲ得其ノ残額ニ対シテモ亦同シ
第二十五条 日本勧業銀行ハ年賦金ノ払込ヲ遅延スル債務者ニ対シ償還期限前ト雖貸付金全部ノ償還ヲ要求スルコトヲ得
第二十六条 日本勧業銀行ハ抵当物ノ価格減少シ貸付金償還残額ニ対シ第十八条ノ割合ニ不足ヲ生シタルトキハ増抵当ヲ要求シ若ハ其ノ不足ニ相当スル貸付金額ノ償還ヲ要求スルコトヲ得
債務者前項ノ要求ニ応セサルトキハ日本勧業銀行ハ償還期限前ト雖貸付金全部ノ償還ヲ要求スルコトヲ得
第二十七条 抵当不動産ノ全部若ハ一部カ土地収用法ニ依リ収用セラルル場合ニ於テ日本勧業銀行ハ償還期限前ト雖貸付金ノ償還ヲ要求スルコトヲ得但シ債務者ニ於テ収用補償金ヲ供託シ又ハ相当ノ不動産ヲ以テ増抵当トスルトキハ此ノ限ニ在ラス
其ノ収用一部ニ止マルトキハ償還ノ要求モ其ノ割合ニ応スヘキモノトス
第二十八条 無抵当ニテ借入ヲ為シタル府県郡市町村其ノ他法律ヲ以テ組織セル公共団体ニ於テ年賦金、定期償還金又ハ利子ノ払込期日ヲ過キ之ヲ払込マサルトキハ日本勧業銀行ハ監督官庁ニ其ノ処分ヲ請求スルコトヲ得
前項ノ場合ニ於テ日本勧業銀行ハ府県ニ対シテハ内務大臣ニ郡市町村其ノ他法律ヲ以テ組織セル公共団体ニ対シテハ第一次監督官庁ニ其ノ請求ヲ為スヘシ
監督官庁請求ヲ受ケタルトキハ府県郡市町村其ノ他法律ヲ以テ組織セル公共団体ニ命令シテ延滞金及第二十二条ノ利子ヲ払込マシムヘシ
第二十九条 日本勧業銀行ハ農工銀行法ニ依リ設立シタル各農工銀行ノ発行スル農工債券ヲ引受クルコトヲ得
第三十条 日本勧業銀行ハ農工債券ヲ引受ケムトスル場合ニ於テ農工銀行ノ業務及財産ノ実況ヲ調査スルコトヲ得
第三十一条 日本勧業銀行ハ地金銀又ハ有価証券ノ保護預リヲ為スコトヲ得
第三十二条 日本勧業銀行ハ営業上余裕金アルトキハ一時各種ノ国債証券地方債証券ヲ買入レ又ハ日本銀行ニ預ケ金ヲ為スコトヲ得
日本勧業銀行ハ前項ニ依ルノ外営業上ノ余裕金ヲ使用スルコトヲ得ス
第三十三条 日本勧業銀行ハ此ノ法律ニ記載セサル業務ヲ営ムコトヲ得ス
第五章 勧業債券
第三十四条 日本勧業銀行ハ資本金四分ノ一以上ノ払込アリタルトキハ払込金額ノ十倍ヲ限リ勧業債券ヲ発行スルコトヲ得但シ年賦償還貸付金総高及其ノ引受ケタル農工債券現在高ヲ超過スルコトヲ得ス
第三十五条 勧業債券ハ券面金額ヲ五十円以上トシ無記名利札附トス但シ応募者又ハ所有者ノ請求ニ依リ記名ト為スコトヲ得
第三十六条 日本勧業銀行ハ少クトモ年賦償還貸付金及其ノ引受ケタル農工債券ノ償還高ニ応シ毎年二回以上抽籤ヲ以テ勧業債券ヲ償還スヘシ
日本勧業銀行ニ於テ勧業債券ヲ償還スル場合ニ於テハ割増金ヲ附与スルコトヲ得但シ其ノ方法及金額ハ大蔵大臣ノ認可ヲ受クヘシ
第三十七条 日本勧業銀行ハ勧業債券借換ノ為一時第三十四条ノ制限ニ依ラス低利ノ勧業債券ヲ発行スルコトヲ得
低利ノ勧業債券ヲ発行シタルトキハ発行後一箇月以内ニ抽籤ヲ以テ其ノ発行券面金額ニ相当スル旧勧業債券ヲ償還スヘシ
第三十八条 勧業債券ノ利子ハ毎年二回定款ニ定メタル時期ニ於テ之ヲ仕払フヘシ
第三十九条 日本勧業銀行ハ年賦償還貸付金ノ償還延滞シテ予期ノ金額ニ達セサルトキ及其ノ引受ケタル農工債券ニシテ之ヲ発行シタル農工銀行解散ノ為ニ全額ノ償還ヲ得ルコト能ハサルトキハ第三十六条ノ償還ト同時期ニ抽籤ヲ以テ其ノ延滞金額又ハ償還ヲ得サル農工債券面金額ニ相当スル勧業債券ヲ償還スヘシ
第四十条 勧業債券ノ所有者其ノ元金又ハ利子ヲ要求セサルトキハ元金ハ十五箇年利子ハ五箇年ニシテ其ノ要求ノ権ヲ失フモノトス
第四十一条 勧業債券ヲ偽造又ハ変造シテ行使シタル者ハ刑法第二百四条ノ例ニ依リ処罰ス其ノ模造ニ関シテハ明治二十八年法律第二十八号通貨及証券模造取締法ニ依リ処分ス
第四十二条 勧業債券ニ関シ此ノ法律ニ規定セサル事項ハ明治二十三年法律第六十号ヲ適用ス
第六章 準備金
第四十三条 日本勧業銀行ハ毎年準備金トシテ資本ノ欠損ヲ補フ為利益ノ百分ノ八以上ヲ積立テ及利益配当ノ平均ヲ得セシムル為利益ノ百分ノ二以上ヲ積立ツヘシ
第七章 政府ノ監督及補助
第四十四条 大蔵大臣ハ日本勧業銀行ノ業務ヲ監督ス
第四十五条 日本勧業銀行ハ其ノ定款ヲ変更セムトスルトキハ大蔵大臣ノ認可ヲ受クヘシ
第四十六条 日本勧業銀行ニ於テ支店又ハ代理店ヲ設置セムトスルトキハ大蔵大臣ノ認可ヲ受クヘシ又大蔵大臣ニ於テ支店若ハ代理店ヲ要用ナリトスルトキハ日本勧業銀行ニ命シテ之ヲ設置セシムルコトアルヘシ
第四十七条 日本勧業銀行ハ大蔵大臣ノ認可ヲ経ルニ非サレハ株主ニ配当金ノ分配ヲ為スコトヲ得ス
第四十八条 大蔵大臣ハ日本勧業銀行ノ営業上法律命令又ハ定款ニ背戻シ若ハ公益ヲ害スル事件アリト認ムルトキハ之ヲ制止スヘシ
第四十九条 日本勧業銀行ハ大蔵大臣ノ命令ニ従ヒ其ノ営業ニ関スル諸般ノ景況及計算報告書ヲ差出スヘシ
第五十条 大蔵大臣ハ必要ナリト認ムルトキハ日本勧業銀行ノ貸付金額及方法ヲ制限スルコトヲ得
第五十一条 日本勧業銀行貸付金ノ利子ノ最高歩合ハ毎営業年度ノ初ニ於テ大蔵大臣ノ認可ヲ経テ之ヲ定ムヘシ其ノ営業年度内ニ於テ之ヲ変更セムトスルトキモ亦同シ
第五十二条 日本勧業銀行ニ於テ勧業債券ヲ発行セムトスルトキハ直接ニ大蔵大臣ノ認可ヲ受クヘシ
第五十三条 大蔵大臣ハ特ニ日本勧業銀行監理官ヲ置キ日本勧業銀行ノ業務ヲ監視セシム
第五十四条 日本勧業銀行監理官ハ何時ニテモ日本勧業銀行ノ金庫、券書庫、帳簿及諸般ノ文書ヲ検査スルコトヲ得
日本勧業銀行監理官ハ監視上必要ナリト認ムルトキハ何時ニテモ日本勧業銀行ニ命シテ営業上諸般ノ計算及景況ヲ報告セシムルコトヲ得
日本勧業銀行監理官ハ株主総会其ノ他諸般ノ会議ニ出席シテ意見ヲ陳述スルコトヲ得但シ議決ノ数ニ加ハルコトヲ得ス
第五十五条 日本勧業銀行ノ配当金年百分ノ五ニ達セサルトキハ政府ハ創立初季ヨリ十箇年間ヲ限リ之ニ達セシムヘキ金額ヲ補給スヘシ其ノ額ハ如何ナル場合ト雖払込資本金ノ百分ノ五ヲ超過スルコトヲ得ス
第八章 罰則
第五十六条 日本勧業銀行ニ於テ左ノ事犯アルトキハ総裁若ハ総裁ノ職務ヲ行ヒ又ハ代理スル副総裁ヲ百円以上千円以下ノ過料ニ処ス其ノ事犯副総裁又ハ理事ノ分担業務ニ係ルトキハ副総裁理事ヲ過料ニ処スルコト亦同シ
一 第十四条ノ規程ニ反シ貸付ヲ為シタルトキ
二 第十六条ノ規程ニ反シ第一抵当ニ非サルモノニ対シテ貸付ヲ為シタルトキ
三 第三十二条第二項ノ規程ニ反シ営業上ノ余裕金ヲ使用シタルトキ
四 第三十三条ノ規程ニ反シ此ノ法律ニ記載セサル業務ヲ営ミタルトキ
五 第三十四条ノ規程ニ反シ勧業債券ヲ発行シタルトキ但シ第三十七条第一項ニ該当スルモノハ此ノ限ニ在ラス
六 第三十六条第一項第三十七条第二項及第三十九条ノ規程ニ反シ勧業債券ノ償還ヲ為ササルトキ
七 第四十三条ノ規程ニ反シ利益金ヲ処分シタルトキ
第五十七条 日本勧業銀行ノ総裁副総裁及理事第八条ノ規程ヲ犯シタルトキハ二十円以上二百円以下ノ過料ニ処ス
第五十八条 前二条ニ掲ケタル過料ハ裁判所ノ命令ヲ以テ之ヲ科ス但シ其ノ命令ニ対シ十四日以内ニ抗告ヲ為スコトヲ得
附 則
第五十九条 政府ハ設立委員ヲ置キ日本勧業銀行設立ノ免許ヲ与フルマテ其ノ発起ニ関スル一切ノ事務ヲ処理セシム
第六十条 設立委員ハ定款ヲ作リ政府ノ認可ヲ得タル後株主ヲ募集ス
第六十一条 設立委員ハ株主ノ募集ヲ終リタルトキハ株式申込簿ヲ政府ニ差出シ銀行設立ノ免許ヲ稟請スヘシ
第六十二条 設立委員前条ノ免許ヲ得タルトキハ其ノ事務ヲ日本勧業銀行総裁ニ引渡スヘシ
第六十三条 設立初度ノ総裁副総裁理事及監査役ノ第七条ニ依リ所有スヘキ株数ノ時期ニ付テハ同条第四項ヲ適用スルノ限ニ在ラス
第六十四条 設立初度ノ総裁副総裁及理事ノ任期ハ三箇年トス
設立初度ノ理事及監査役ハ株主中ヨリ政府之ヲ命ス