海難審判法をここに公布する。
御名御璽
昭和二十二年十一月十九日
内閣総理大臣 片山哲
法律第百三十五号
海難審判法目次
第一章
総則
第二章
海難審判所の組織及び管轄
第三章
補佐人
第四章
審判前の手続
第五章
地方海難審判所の審判
第六章
高等海難審判所の審判
第七章
海難審判所の裁決に対する訴
第八章
裁決の執行
第九章
雜則
附則
海難審判法
第一章 総則
第一條 この法律は、海難審判所の審判によつて海難の原因を明らかにし、以てその発生の防止に寄與することを目的とする。
第二條 左の各号の一に該当する場合には、この法律による海難が発生したものとする。
一 船舶に損傷を生じたとき、又は船舶の運用に関連して船舶以外の施設に損傷を生じたとき。
二 船舶の構造、設備又は運用に関連して人に死傷を生じたとき。
三 船舶の安全又は運航が阻害されたとき。
第三條 海難審判所の審判においては、左の事項にわたつて、海難の原因が、探究されなければならない。
一 人の故意又は過失に因つて発生したものであるかどうか。
二 船舶の乘組員の員数、資格、技能、労働條件又は服務に係る事由に因つて発生したものであるかどうか。
三 船体若しくは機関の構造、材質若しくは工作又は船舶のぎ裝若しくは性能に係る事由に因つて発生したものであるかどうか。
四 水路図誌、航路標識、船舶通信、氣象通報又は救難施設等の航海補助施設に係る事由に因つて発生したものであるかどうか。
五 港湾又は水路の状況に係る事由に因つて発生したものであるかどうか。
第四條 海難審判所は、海難の原因について取調を行い、裁決を以てその結論を明らかにしなければならない。
海難審判所は、海難が海技免状又は水先免状を受有する者の職務上の故意又は過失に因つて発生したものであるときは、裁決を以てこれを懲戒しなければならない。
海難審判所は、必要と認めるときは、前項の者以外の者で海難の原因に関係のあるものに対し勧告をする旨の裁決をすることができる。
第五條 懲戒は、左の三種とし、その適用は、所爲の軽重に從つてこれを定める。
一 免状行使の禁止
二 免状行使の停止
三 戒告
免状行使の停止の期間は、一箇月以上三年以下とする。
第六條 海難審判所は、第四條第二項の規定する場合において、海難の性質若しくは状況又はその者の閲歴その他の情状に徴し、懲戒の必要がないと認めるときは、特にこれを免除することができる。
第七條 海難審判所は、本案につき既に確定裁決のあつた事件については、審判を行うことはできない。
第二章 海難審判所の組織及び管轄
第八條 海難審判所は、運輸大臣の所轄に属する。
第九條 海難審判所は、地方海難審判所及び高等海難審判所の二とする。
地方海難審判所の名称、位置及び管轄区域並びに高等海難審判所の位置は、政令でこれを定める。
第十條 各海難審判所に通じて政令の定める員数の海難審判所審判官及び海難審判所事務官を置く。
海難審判所事務官は、上司の命を受けて、海難審判所の事務を掌る。
海難審判所審判官の任命及び敍級の資格に関する事項は、政令でこれを定める。
第十一條 海難審判所審判官は、独立してその職権を行う。
第十二條 運輸大臣は、各海難審判所の海難審判所審判官のうち一人に各海難審判所長を命ずる。
第十三條 各海難審判所に海難審判所書記を置き、海難審判所事務官の中から、高等海難審判所長が、これを補する。
海難審判所書記は、海難審判所審判官の命を受けて、事件に関する書類の作成、保管及び送達に関する事務を掌る。
第十四條 各海難審判所に政令の定める員数の参審員を置き、その職務に必要な学識経驗を有する者の中から、各海難審判所長が、これを命ずる。
参審員は、原因の探究が特に困難な事件の審判に参加する。
審判に参加する参審員の審判手続上の職務及び権限は、審判長以外の審判官と同一とする。
第十五條 地方海難審判所は、第一審の審判所とし、高等海難審判所は、第二審の審判所とする。
第十六條 地方海難審判所は、審判官三名を以て構成する審判所で審判を行う。但し、簡易な事件については、地方海難審判所は、命令の定めるところにより、理事官の請求に基いて、一名の審判官で審判を行う。
高等海難審判所は、審判官五名を以て構成する審判所で審判を行う。
各海難審判所は、命令の定めるところにより、第十四條第二項に規定する事件については、第一項本文又は第二項に規定する審判官及び各海難審判所長の指定する参審員二名を以て構成する審判所で審判を行う。
第一項本文、第二項及び前項の場合においては、審判官のうち一人を審判長とする。
第十七條 各海難審判所に通じて政令の定める員数の海難審判所理事官を置く。
海難審判所理事官は、審判の請求及び裁決の執行に関することを掌る。
海難審判所理事官は、その職務を行うについては、高等海難審判所理事官にあつては運輸大臣、地方海難審判所理事官にあつては、運輸大臣及び高等海難審判所理事官の命を受ける。
海難審判所理事官の任命及び敍級の資格に関する事項は、政令でこれを定める。
第十八條 各海難審判所長は、海難審判所事務官の中から、海難審判所理事官の職務を補助すべき者を命ずる。
前項の者は、その職務を行うについては、海難審判所理事官の命を受ける。
第十九條 審判に附すべき事件の管轄権は、海難の発生した地点を管轄する地方海難審判所に属する。但し、海難の発生した地点が明らかでない場合には、その海難に係る船舶の船籍港を管轄する地方海難審判所に属する。
同一事件が二以上の地方海難審判所に係属するときは、最初に審判開始の申立を受けた地方海難審判所においてこれを審判する。
國外で発生する事件の管轄については、政令の定めるところによる。
第二十條 地方海難審判所は、事件がその管轄に属しないと認めるときは、決定を以てこれを管轄地方海難審判所に移送しなければならない。
前項の規定により移送を受けた地方海難審判所は、更に事件を他の地方海難審判所に移送することはできない。
第一項の場合には、事件は、初から移送を受けた地方海難審判所に係属したものとみなす。
第二十一條 理事官又は受審人は、命令の定めるところにより、高等海難審判所に管轄の移轉を請求することができる。
高等海難審判所は、前項の規定による請求があつた場合において、審判上便益があると認めるときは、決定を以て管轄を移轉することができる。
第二十二條 海難審判所の事務処理に関する事項は、命令でこれを定める。
第三章 補佐人
第二十三條 受審人は、命令の定めるところにより、補佐人を選任することができる。
第二十四條 補佐人は、この法律に定めるものの外、命令の定める行爲に限り、独立してこれをすることができる。
第二十五條 補佐人は、高等海難審判所に海事補佐人として登録した者の中からこれを選任しなければならない。但し、審判所の許可を受けたときは、この限りでない。
海事補佐人の資格及び登録に関する事項は、命令でこれを定める。
第二十六條 海事補佐人は、誠実にその職務を行わなければならない。
海事補佐人は、職務上知り得た祕密を守らなければならない。
第二十七條 海事補佐人は、高等海難審判所長の監督を受ける。
第四章 審判前の手続
第二十八條 管海官廳、警察官吏及び市町村長は、第二條の各号に該当する事実があつたことを認知したときは、直ちに、これをその事務所の所在地を管轄する地方海難審判所の理事官に報告しなければならない。
第二十九條 領事官は、國外で第二條各号の一に該当する事実があつたことを認知したときは、直ちに、証拠を集取し、高等海難審判所の理事官に報告しなければならない。
第三十條 地方海難審判所の理事官は、この法律によつて審判を行わなければならない事実があつたことを認知したときは、直ちに、事実を調査し、且つ、証拠を集取しなければならない。
第三十一條 理事官は、事実の調査及び証拠の集取については、祕密を守り、関係人の名誉を傷つけないように注意しなければならない。
第三十二條 理事官は、その職務を行うため必要があるときは、左の各号の処分をすることができる。
一 海難関係人に出頭をさせ、又は質問をすること。
二 船舶その他の場所を檢査すること。
三 海難関係人に報告をさせ、又は帳簿書類その他の物件の提出を命ずること。
四 公務所に対して報告又は資料の提出を求めること。
五 鑑定人、通訳人若しくは飜訳人に出頭をさせ、又は鑑定、通訳若しくは飜訳をさせること。
理事官は、前項第二号の処分をするには、その身分を示す証票を携帶しなければならない。
第三十三條 理事官は、事件を審判に付すべきものと認めたときは、地方海難審判所に対して、審判開始の申立をしなければならない。但し、理事官は、事実発生の後五年を経過した海難については、審判開始の申立をすることはできない。
前項の申立は、海難の事実を示して、書面でこれをしなければならない。
第三十四條 理事官は、海難が海技免状又は水先免状を受有する者の職務の上の故意又は過失に因つて発生したものであると認めるときは、その者を前條第二項の書面に受審人として示さなければならない。
理事官は、前項の場合においては、命令の定めるところにより、審判開始の申立をした旨を受審人に通告しなければならない。
第五章 地方海難審判所の審判
第三十五條 地方海難審判所は、理事官の審判開始の申立に因つて、審判を開始する。
第三十六條 審判の対審及び裁決は、公開の審判廷でこれを行う。
第三十七條 審判長は、開廷中審判を指揮し、審判廷の秩序を維持する。
審判長は、審判を妨げる者に対し退廷を命じその他審判廷の秩序を維持するため必要な措置を執ることができる。
第三十八條 地方海難審判所は、審判期日に受審人を召喚し、これを尋問することができる。
第三十九條 受審人があるときは、裁決は、口頭弁論に基いてこれをしなければならない。但し、受審人が正当の理由なく審判期日に出頭しないときは、その陳述を聽かないで裁決をすることができる。
第四十條 地方海難審判所は、申立に因り又は職権で、必要な証拠を取り調べることができる。
証拠については、簡易裁判所における刑事訴訟に関する法令の規定を準用する。但し、審判所は、勾引、押收、搜索その他人の身体、物若しくは場所についての強制の処分をし、若しくはさせ、又は過料の決定をすることはできない。
地方海難審判所は、前項に規定するものの外、左の方法により、必要な証拠を取り調べることができる。
一 船舶その他の場所を檢査すること。
二 帳簿書類その他の物件の提出を命ずること。
三 公務所に対して報告又は資料の提出を求めること。
第四十一條 地方海難審判所は、左の場合には、裁決を以て審判開始の申立を棄却しなければならない。
一 事件について審判権を有しないとき。
二 審判開始の申立がその規定に違反してされたとき。
三 第七條又は第十九條第二項の規定により審判を行うべきでないとき。
第四十二條 裁決には、理由を附さなければならない。
第四十三條 本案の裁決には、海難の事実及び原因を明らかにし、且つ、証拠によつてその事実を認めた理由を示さなければならない。但し、海難の事実がなかつたと認めるときは、その旨を明らかにすれば足りる。
第四十四條 裁決の告知は、審判廷における言渡によつてこれをする。
第四十五條 この法律の定めるものの外、地方海難審判所の審判の手続に関し必要な事項は、命令でこれを定める。
第六章 高等海難審判所の審判
第四十六條 理事官又は受審人は、地方海難審判所の裁決に対して、命令の定めるところにより、高等海難審判所に第二審の請求をすることができる。
補佐人は、受審人のため、独立して前項の請求をすることができる。
但し、受審人の明示した意思に反してこれをすることはできない。
第一項の請求は、裁決の言渡の日から七日以内にこれをしなければならない。
第四十七條 理事官又は受審人は、裁決があるまで、第二審の請求を取り消すことができる。
第四十八條 高等海難審判所は、第二審の請求の手続がその規定に違反したときは、裁決を以てその請求を棄却しなければならない。
第四十九條 高等海難審判所は、地方海難審判所が不法に審判開始の申立を棄却したときは、裁決を以て事件を地方海難審判所に差し戻さなければならない。
第五十條 高等海難審判所は、地方海難審判所が第四十一條各号の一に該当する場合において、審判開始の申立を棄却しなかつたときは、裁決を以てこれを棄却しなければならない。
第五十一條 高等海難審判所は、前三條の場合を除いては、本案について更に裁決をしなければならない。
第五十二條 高等海難審判所の審判については、この章に定める場合を除いて、第五章の規定を準用する。
第七章 海難審判所の裁決に対する訴
第五十三條 高等海難審判所の裁決に対する訴は、東京高等裁判所の管轄に專属する。
前項の訴は、裁決の言渡の日から三十日以内に、これを提起しなければならない。
地方海難審判所の裁決に対しては、訴を提起することができない。
第五十四條 前條第一項の訴においては、高等海難審判所の理事官が、高等海難審判所を代表する。
第五十五條 第五十三條第一項の訴の提起は、裁決の執行を停止しない。但し、裁判所は、必要と認めるときは何時でも、申立に因り又は職権で、決定を以て裁決の執行の停止を命じ、又はその命令を取り消すことができる。
第五十六條 裁判所は、請求が理由があると認めるときは、裁決を取り消さなければならない。
前項の場合には、高等海難審判所は、更に審判を行わなければならない。
裁判所の裁判において裁決取消の理由とした判断は、その事件について高等海難審判所を拘束する。
第八章 裁決の執行
第五十七條 裁決は、確定の後これを執行する。
第五十八條 裁決は、その裁決をした海難審判所の理事官が、これを執行する。
第五十九條 免状行使の禁止の裁決があつたときは、理事官は、免状を取り上げ、これを主務官廳に送付しなければならない。
第六十條 免状行使の停止の裁決があつたときは、理事官は、免状を取り上げ、期間満了の後これを本人に還付しなければならない。
第六十一條 免状行使の禁止又は停止を言い渡された者が理事官に免状を差し出さないときは、理事官は、その免状の無効を宣し、これを官報に告示しなければならない。
第六十二條 審判長は、勧告をする旨の裁決があつたときは、勧告書を作成して、これを理事官に交付しなければならない。
理事官は、前項の勧告書を裁決書の謄本とともに勧告を受くべき者に送付しなければならない。
理事官は、命令の定めるところにより、勧告する旨の裁決の内容を公示しなければならない。
第六十三條 勧告を受けた者は、その勧告を尊重し、努めてその趣旨に從い必要な措置を執らなければならない。
第九章 雜則
第六十四條 この法律の規定により出頭した証人、鑑定人、通訳人及び飜訳人には、命令の定めるところにより、旅費、日当及び宿泊料を支給する。
第六十五條 左の各号の一に該当する者は、非訟事件手続法により、三千円以下の過料に処する。
一 審判所から受審人として再度の召喚を受け、正当の理由がないのに出頭しない者
二 審判所から証人、鑑定人、通訳人又は飜訳人として召喚を受け、正当の理由がないのに出頭せず、又はその義務を盡さない者
三 審判所の檢査を拒み、妨げ又は忌避した者
四 審判所から提出を命ぜられた帳簿書類その他の物件を提出せず、又は虚僞の記載をした帳簿書類を提出した者
第六十六條 第三十七條第二項の規定による審判長の命令に從わなかつた者は、非訟事件手続法により、これを千円以下の過料に処する。
附 則
この法律施行の期日は、政令でこれを定める。但し、その期日は、昭和二十三年三月一日以後であつてはならない。
この法律は、この法律施行前に発生した海難については、これを適用しない。
海員懲戒法は、これを廃止する。
水先法の一部を次のように改正する。
第十九條乃至第二十一條 削除
この法律施行前に発生した事実に基く審判については、旧法及び改正前の水先法第十九條乃至第二十一條の規定は、なおその効力を有する。この場合において、旧法及びこれらの規定中「海員審判所」とあるのは「海難審判所」と読み替えるものとする。
高等海員審判所においてした事件に関する手続は、これを高等海難審判所においてした事件に関する手続と、地方海員審判所においてした事件に関する手続は、これをその地方海員審判所の所在地を管轄する地方海難審判所においてした事件に関する手続とみなす。
運輸大臣 苫米地義三
内閣総理大臣 片山哲
海難審判法をここに公布する。
御名御璽
昭和二十二年十一月十九日
内閣総理大臣 片山哲
法律第百三十五号
海難審判法目次
第一章
総則
第二章
海難審判所の組織及び管轄
第三章
補佐人
第四章
審判前の手続
第五章
地方海難審判所の審判
第六章
高等海難審判所の審判
第七章
海難審判所の裁決に対する訴
第八章
裁決の執行
第九章
雑則
附則
海難審判法
第一章 総則
第一条 この法律は、海難審判所の審判によつて海難の原因を明らかにし、以てその発生の防止に寄与することを目的とする。
第二条 左の各号の一に該当する場合には、この法律による海難が発生したものとする。
一 船舶に損傷を生じたとき、又は船舶の運用に関連して船舶以外の施設に損傷を生じたとき。
二 船舶の構造、設備又は運用に関連して人に死傷を生じたとき。
三 船舶の安全又は運航が阻害されたとき。
第三条 海難審判所の審判においては、左の事項にわたつて、海難の原因が、探究されなければならない。
一 人の故意又は過失に因つて発生したものであるかどうか。
二 船舶の乗組員の員数、資格、技能、労働条件又は服務に係る事由に因つて発生したものであるかどうか。
三 船体若しくは機関の構造、材質若しくは工作又は船舶のぎ装若しくは性能に係る事由に因つて発生したものであるかどうか。
四 水路図誌、航路標識、船舶通信、気象通報又は救難施設等の航海補助施設に係る事由に因つて発生したものであるかどうか。
五 港湾又は水路の状況に係る事由に因つて発生したものであるかどうか。
第四条 海難審判所は、海難の原因について取調を行い、裁決を以てその結論を明らかにしなければならない。
海難審判所は、海難が海技免状又は水先免状を受有する者の職務上の故意又は過失に因つて発生したものであるときは、裁決を以てこれを懲戒しなければならない。
海難審判所は、必要と認めるときは、前項の者以外の者で海難の原因に関係のあるものに対し勧告をする旨の裁決をすることができる。
第五条 懲戒は、左の三種とし、その適用は、所為の軽重に従つてこれを定める。
一 免状行使の禁止
二 免状行使の停止
三 戒告
免状行使の停止の期間は、一箇月以上三年以下とする。
第六条 海難審判所は、第四条第二項の規定する場合において、海難の性質若しくは状況又はその者の閲歴その他の情状に徴し、懲戒の必要がないと認めるときは、特にこれを免除することができる。
第七条 海難審判所は、本案につき既に確定裁決のあつた事件については、審判を行うことはできない。
第二章 海難審判所の組織及び管轄
第八条 海難審判所は、運輸大臣の所轄に属する。
第九条 海難審判所は、地方海難審判所及び高等海難審判所の二とする。
地方海難審判所の名称、位置及び管轄区域並びに高等海難審判所の位置は、政令でこれを定める。
第十条 各海難審判所に通じて政令の定める員数の海難審判所審判官及び海難審判所事務官を置く。
海難審判所事務官は、上司の命を受けて、海難審判所の事務を掌る。
海難審判所審判官の任命及び叙級の資格に関する事項は、政令でこれを定める。
第十一条 海難審判所審判官は、独立してその職権を行う。
第十二条 運輸大臣は、各海難審判所の海難審判所審判官のうち一人に各海難審判所長を命ずる。
第十三条 各海難審判所に海難審判所書記を置き、海難審判所事務官の中から、高等海難審判所長が、これを補する。
海難審判所書記は、海難審判所審判官の命を受けて、事件に関する書類の作成、保管及び送達に関する事務を掌る。
第十四条 各海難審判所に政令の定める員数の参審員を置き、その職務に必要な学識経験を有する者の中から、各海難審判所長が、これを命ずる。
参審員は、原因の探究が特に困難な事件の審判に参加する。
審判に参加する参審員の審判手続上の職務及び権限は、審判長以外の審判官と同一とする。
第十五条 地方海難審判所は、第一審の審判所とし、高等海難審判所は、第二審の審判所とする。
第十六条 地方海難審判所は、審判官三名を以て構成する審判所で審判を行う。但し、簡易な事件については、地方海難審判所は、命令の定めるところにより、理事官の請求に基いて、一名の審判官で審判を行う。
高等海難審判所は、審判官五名を以て構成する審判所で審判を行う。
各海難審判所は、命令の定めるところにより、第十四条第二項に規定する事件については、第一項本文又は第二項に規定する審判官及び各海難審判所長の指定する参審員二名を以て構成する審判所で審判を行う。
第一項本文、第二項及び前項の場合においては、審判官のうち一人を審判長とする。
第十七条 各海難審判所に通じて政令の定める員数の海難審判所理事官を置く。
海難審判所理事官は、審判の請求及び裁決の執行に関することを掌る。
海難審判所理事官は、その職務を行うについては、高等海難審判所理事官にあつては運輸大臣、地方海難審判所理事官にあつては、運輸大臣及び高等海難審判所理事官の命を受ける。
海難審判所理事官の任命及び叙級の資格に関する事項は、政令でこれを定める。
第十八条 各海難審判所長は、海難審判所事務官の中から、海難審判所理事官の職務を補助すべき者を命ずる。
前項の者は、その職務を行うについては、海難審判所理事官の命を受ける。
第十九条 審判に附すべき事件の管轄権は、海難の発生した地点を管轄する地方海難審判所に属する。但し、海難の発生した地点が明らかでない場合には、その海難に係る船舶の船籍港を管轄する地方海難審判所に属する。
同一事件が二以上の地方海難審判所に係属するときは、最初に審判開始の申立を受けた地方海難審判所においてこれを審判する。
国外で発生する事件の管轄については、政令の定めるところによる。
第二十条 地方海難審判所は、事件がその管轄に属しないと認めるときは、決定を以てこれを管轄地方海難審判所に移送しなければならない。
前項の規定により移送を受けた地方海難審判所は、更に事件を他の地方海難審判所に移送することはできない。
第一項の場合には、事件は、初から移送を受けた地方海難審判所に係属したものとみなす。
第二十一条 理事官又は受審人は、命令の定めるところにより、高等海難審判所に管轄の移転を請求することができる。
高等海難審判所は、前項の規定による請求があつた場合において、審判上便益があると認めるときは、決定を以て管轄を移転することができる。
第二十二条 海難審判所の事務処理に関する事項は、命令でこれを定める。
第三章 補佐人
第二十三条 受審人は、命令の定めるところにより、補佐人を選任することができる。
第二十四条 補佐人は、この法律に定めるものの外、命令の定める行為に限り、独立してこれをすることができる。
第二十五条 補佐人は、高等海難審判所に海事補佐人として登録した者の中からこれを選任しなければならない。但し、審判所の許可を受けたときは、この限りでない。
海事補佐人の資格及び登録に関する事項は、命令でこれを定める。
第二十六条 海事補佐人は、誠実にその職務を行わなければならない。
海事補佐人は、職務上知り得た秘密を守らなければならない。
第二十七条 海事補佐人は、高等海難審判所長の監督を受ける。
第四章 審判前の手続
第二十八条 管海官庁、警察官吏及び市町村長は、第二条の各号に該当する事実があつたことを認知したときは、直ちに、これをその事務所の所在地を管轄する地方海難審判所の理事官に報告しなければならない。
第二十九条 領事官は、国外で第二条各号の一に該当する事実があつたことを認知したときは、直ちに、証拠を集取し、高等海難審判所の理事官に報告しなければならない。
第三十条 地方海難審判所の理事官は、この法律によつて審判を行わなければならない事実があつたことを認知したときは、直ちに、事実を調査し、且つ、証拠を集取しなければならない。
第三十一条 理事官は、事実の調査及び証拠の集取については、秘密を守り、関係人の名誉を傷つけないように注意しなければならない。
第三十二条 理事官は、その職務を行うため必要があるときは、左の各号の処分をすることができる。
一 海難関係人に出頭をさせ、又は質問をすること。
二 船舶その他の場所を検査すること。
三 海難関係人に報告をさせ、又は帳簿書類その他の物件の提出を命ずること。
四 公務所に対して報告又は資料の提出を求めること。
五 鑑定人、通訳人若しくは翻訳人に出頭をさせ、又は鑑定、通訳若しくは翻訳をさせること。
理事官は、前項第二号の処分をするには、その身分を示す証票を携帯しなければならない。
第三十三条 理事官は、事件を審判に付すべきものと認めたときは、地方海難審判所に対して、審判開始の申立をしなければならない。但し、理事官は、事実発生の後五年を経過した海難については、審判開始の申立をすることはできない。
前項の申立は、海難の事実を示して、書面でこれをしなければならない。
第三十四条 理事官は、海難が海技免状又は水先免状を受有する者の職務の上の故意又は過失に因つて発生したものであると認めるときは、その者を前条第二項の書面に受審人として示さなければならない。
理事官は、前項の場合においては、命令の定めるところにより、審判開始の申立をした旨を受審人に通告しなければならない。
第五章 地方海難審判所の審判
第三十五条 地方海難審判所は、理事官の審判開始の申立に因つて、審判を開始する。
第三十六条 審判の対審及び裁決は、公開の審判廷でこれを行う。
第三十七条 審判長は、開廷中審判を指揮し、審判廷の秩序を維持する。
審判長は、審判を妨げる者に対し退廷を命じその他審判廷の秩序を維持するため必要な措置を執ることができる。
第三十八条 地方海難審判所は、審判期日に受審人を召喚し、これを尋問することができる。
第三十九条 受審人があるときは、裁決は、口頭弁論に基いてこれをしなければならない。但し、受審人が正当の理由なく審判期日に出頭しないときは、その陳述を聴かないで裁決をすることができる。
第四十条 地方海難審判所は、申立に因り又は職権で、必要な証拠を取り調べることができる。
証拠については、簡易裁判所における刑事訴訟に関する法令の規定を準用する。但し、審判所は、勾引、押収、捜索その他人の身体、物若しくは場所についての強制の処分をし、若しくはさせ、又は過料の決定をすることはできない。
地方海難審判所は、前項に規定するものの外、左の方法により、必要な証拠を取り調べることができる。
一 船舶その他の場所を検査すること。
二 帳簿書類その他の物件の提出を命ずること。
三 公務所に対して報告又は資料の提出を求めること。
第四十一条 地方海難審判所は、左の場合には、裁決を以て審判開始の申立を棄却しなければならない。
一 事件について審判権を有しないとき。
二 審判開始の申立がその規定に違反してされたとき。
三 第七条又は第十九条第二項の規定により審判を行うべきでないとき。
第四十二条 裁決には、理由を附さなければならない。
第四十三条 本案の裁決には、海難の事実及び原因を明らかにし、且つ、証拠によつてその事実を認めた理由を示さなければならない。但し、海難の事実がなかつたと認めるときは、その旨を明らかにすれば足りる。
第四十四条 裁決の告知は、審判廷における言渡によつてこれをする。
第四十五条 この法律の定めるものの外、地方海難審判所の審判の手続に関し必要な事項は、命令でこれを定める。
第六章 高等海難審判所の審判
第四十六条 理事官又は受審人は、地方海難審判所の裁決に対して、命令の定めるところにより、高等海難審判所に第二審の請求をすることができる。
補佐人は、受審人のため、独立して前項の請求をすることができる。
但し、受審人の明示した意思に反してこれをすることはできない。
第一項の請求は、裁決の言渡の日から七日以内にこれをしなければならない。
第四十七条 理事官又は受審人は、裁決があるまで、第二審の請求を取り消すことができる。
第四十八条 高等海難審判所は、第二審の請求の手続がその規定に違反したときは、裁決を以てその請求を棄却しなければならない。
第四十九条 高等海難審判所は、地方海難審判所が不法に審判開始の申立を棄却したときは、裁決を以て事件を地方海難審判所に差し戻さなければならない。
第五十条 高等海難審判所は、地方海難審判所が第四十一条各号の一に該当する場合において、審判開始の申立を棄却しなかつたときは、裁決を以てこれを棄却しなければならない。
第五十一条 高等海難審判所は、前三条の場合を除いては、本案について更に裁決をしなければならない。
第五十二条 高等海難審判所の審判については、この章に定める場合を除いて、第五章の規定を準用する。
第七章 海難審判所の裁決に対する訴
第五十三条 高等海難審判所の裁決に対する訴は、東京高等裁判所の管轄に専属する。
前項の訴は、裁決の言渡の日から三十日以内に、これを提起しなければならない。
地方海難審判所の裁決に対しては、訴を提起することができない。
第五十四条 前条第一項の訴においては、高等海難審判所の理事官が、高等海難審判所を代表する。
第五十五条 第五十三条第一項の訴の提起は、裁決の執行を停止しない。但し、裁判所は、必要と認めるときは何時でも、申立に因り又は職権で、決定を以て裁決の執行の停止を命じ、又はその命令を取り消すことができる。
第五十六条 裁判所は、請求が理由があると認めるときは、裁決を取り消さなければならない。
前項の場合には、高等海難審判所は、更に審判を行わなければならない。
裁判所の裁判において裁決取消の理由とした判断は、その事件について高等海難審判所を拘束する。
第八章 裁決の執行
第五十七条 裁決は、確定の後これを執行する。
第五十八条 裁決は、その裁決をした海難審判所の理事官が、これを執行する。
第五十九条 免状行使の禁止の裁決があつたときは、理事官は、免状を取り上げ、これを主務官庁に送付しなければならない。
第六十条 免状行使の停止の裁決があつたときは、理事官は、免状を取り上げ、期間満了の後これを本人に還付しなければならない。
第六十一条 免状行使の禁止又は停止を言い渡された者が理事官に免状を差し出さないときは、理事官は、その免状の無効を宣し、これを官報に告示しなければならない。
第六十二条 審判長は、勧告をする旨の裁決があつたときは、勧告書を作成して、これを理事官に交付しなければならない。
理事官は、前項の勧告書を裁決書の謄本とともに勧告を受くべき者に送付しなければならない。
理事官は、命令の定めるところにより、勧告する旨の裁決の内容を公示しなければならない。
第六十三条 勧告を受けた者は、その勧告を尊重し、努めてその趣旨に従い必要な措置を執らなければならない。
第九章 雑則
第六十四条 この法律の規定により出頭した証人、鑑定人、通訳人及び翻訳人には、命令の定めるところにより、旅費、日当及び宿泊料を支給する。
第六十五条 左の各号の一に該当する者は、非訟事件手続法により、三千円以下の過料に処する。
一 審判所から受審人として再度の召喚を受け、正当の理由がないのに出頭しない者
二 審判所から証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人として召喚を受け、正当の理由がないのに出頭せず、又はその義務を尽さない者
三 審判所の検査を拒み、妨げ又は忌避した者
四 審判所から提出を命ぜられた帳簿書類その他の物件を提出せず、又は虚偽の記載をした帳簿書類を提出した者
第六十六条 第三十七条第二項の規定による審判長の命令に従わなかつた者は、非訟事件手続法により、これを千円以下の過料に処する。
附 則
この法律施行の期日は、政令でこれを定める。但し、その期日は、昭和二十三年三月一日以後であつてはならない。
この法律は、この法律施行前に発生した海難については、これを適用しない。
海員懲戒法は、これを廃止する。
水先法の一部を次のように改正する。
第十九条乃至第二十一条 削除
この法律施行前に発生した事実に基く審判については、旧法及び改正前の水先法第十九条乃至第二十一条の規定は、なおその効力を有する。この場合において、旧法及びこれらの規定中「海員審判所」とあるのは「海難審判所」と読み替えるものとする。
高等海員審判所においてした事件に関する手続は、これを高等海難審判所においてした事件に関する手続と、地方海員審判所においてした事件に関する手続は、これをその地方海員審判所の所在地を管轄する地方海難審判所においてした事件に関する手続とみなす。
運輸大臣 苫米地義三
内閣総理大臣 片山哲