海員懲戒法
法令番号: 法律第六十九號
公布年月日: 明治29年4月7日
法令の形式: 法律
朕帝國議會ノ協贊ヲ經タル海員懲戒法ヲ裁可シ玆ニ之ヲ公布セシム
御名御璽
明治二十九年四月六日
內閣總理大臣 侯爵 伊藤博文
遞信大臣 白根專一
法律第六十九號
海員懲戒法
第一章 總則
第一條 海技免狀ヲ受有スル者其ノ職務ヲ行フニ當リ左ノ事項ニ該當スルトキハ海員審判所ノ裁決ヲ以テ懲戒ヲ加フヘシ
一 正當ノ理由ナクシテ其ノ船舶ヲ放棄シタルトキ
二 過失懈怠又ハ不當ノ所爲ニ因リ自他ノ船舶ヲ問ハス之ニ損害ヲ加ヘ若ハ之ヲ沈沒セシメタルトキ
三 過失懈怠又ハ不當ノ所爲ニ因リ人ヲ殺傷シタルトキ
四 海難ニ罹リ其ノ船舶又ハ船客乘組員ヲ救助スルノ方法ヲ盡ササルトキ
五 海難ニ罹リタル船舶アルコトヲ認メ正當ノ理由ナクシテ其ノ船舶又ハ船客乘組員ヲ救助スルノ方法ヲ盡ササルトキ
六 職務上ノ義務ニ違背シ又ハ職務ヲ怠リタルトキ
七 亂醉粗暴其ノ他ノ失行アリタルトキ
第二條 懲戒ハ左ノ三種トス
一 免狀行使ノ禁止
二 免狀行使ノ停止
三 譴責
第三條 前條懲戒ノ適用ハ所爲ノ輕重ニ從ヒ海員審判所之ヲ定ム
第四條 免狀行使ノ停止ハ一月以上三年以下トス
第五條 海員審判所ハ左ノ原因アルトキハ審判ヲ行ハス
一 確定裁決
二 時效
第一條 各號ニ該當スル者ハ廢業ノ故ヲ以テ懲戒ヲ免ルコトヲ得ス
第六條 時效ノ期間ハ審判ヲ受クヘキ事件ノ生シタル日ヨリ五年トス
第七條 海員審判所ノ審判ニ關シ此ノ法律ニ規程ナキモノニ付テハ刑事訴訟法ノ規程ヲ準用ス
第二章 海員審判所ノ組織及管轄
第八條 海員審判所ハ地方海員審判所及高等海員審判所ノ二トス
地方海員審判所ハ船舶司檢所ニ置キ高等海員審判所ハ遞信省ニ置ク
第九條 海員審判所ニハ審判所長、審判官、理事官及書記ヲ置ク
審判所長、審判官、理事官及書記ノ定員竝其ノ任用ニ關スル規程ハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム
第十條 地方海員審判所ノ審判ハ審判長及審判官ヲ併セテ三人高等海員審判所ノ審判ハ審判長及審判官ヲ併セテ五人ノ列席合議ヲ以テ之ヲ行フ
第十一條 地方海員審判所ノ管轄區域ハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム
第十二條 審判ニ付スヘキ事件ノ管轄權ハ其ノ事件ノ生シタル船舶ノ定繫場ヲ管轄スル地方海員審判所ニ屬ス
同一ノ事件ニ付二箇以上ノ地方海員審判所管轄權ヲ有スルトキハ其ノ事件ノ生シタル地ニ最モ近キモノノ管轄トス
第十三條 地方海員審判所ノ理事官又ハ被審人ハ其ノ事件ヲ他ノ地方海員審判所ニ移付スルノ申請ヲ爲スコトヲ得
前項ノ申請ヲ爲ス者ハ審判期日前ニ管轄海員審判所ヲ經由シテ高等海員審判所ニ申請書ヲ差出スヘシ
高等海員審判所ハ前項ノ申請アリタル場合ニ於テ審判上便益ナリト認ムルトキハ其ノ決定ヲ以テ他ノ地方海員審判所ニ該事件ヲ移付スルコトヲ得
前項ノ場合ニ於テ該事件ハ移付ヲ受ケタル地方海員審判所ノ管轄權ニ屬ス
第十四條 高等海員審判所ハ左ノ場合ニ於テ理事官又ハ被審人ノ申請書ニ依リ何レノ海員審判所ニ於テ本件ヲ審判スルノ權アルヤヲ決定ス
一 權限アル地方海員審判所ニ於テ法律上ノ理由若ハ特別ノ事情ニ因リ審判權ヲ行フコトヲ得サルトキ
二 二以上ノ地方海員審判所審判權ヲ有シ又ハ有セストノ確定裁決ヲ爲シタルトキ
第三章 審判前ノ手續
第十五條 船舶司檢所司檢官、同司檢官補、警察官吏、市町村長及浦役人ニ於テ此ノ法律ニ依リ審判ニ付スヘキ事實アリタルコトヲ認知シタルトキハ直ニ其ノ事實ヲ詳記シ管轄地方海員審判所ノ理事官ニ報吿スヘシ
第十六條 領事官及貿易事務官帝國外ニ於テ前條ノ事實アリタルコトヲ認知シタルトキハ證憑ヲ集取シ管轄地方海員審判所ノ理事官ニ報吿スヘシ
第十七條 理事官審判ニ付スヘキ事實アリタルコトヲ認知シタルトキハ證憑ヲ集取シ又必要ニ應シ實地臨檢スルコトヲ得
第十八條 理事官ハ職權ヲ以テ審判ノ開始ヲ地方海員審判所ニ申立ツヘシ
前項ノ申立ヲ爲ストキハ證憑其ノ他必要ノ書類ヲ添附スヘシ
第四章 地方海員審判所ノ審判
第十九條 地方海員審判所ハ理事官ノ申立ニ因リ又ハ職權ヲ以テ審判ヲ開始スヘキヤ否ヤヲ決定ス但シ職權ヲ以テスル場合ニ於テハ理事官ノ意見ヲ聽クヘシ
開始決定ハ理事官及被審人ニ之ヲ通知スヘシ
第二十條 地方海員審判所ニ於テ下調ヲ必要ナリト決定スルトキハ審判所長ハ審判官ニ其ノ下調ヲ命スヘシ
第二十一條 下調ノ命ヲ受ケタル審判官ハ被審人ヲ呼出シテ之ヲ訊問スルコトヲ得
受命審判官ハ必要ナル證憑ヲ集取スヘシ
受命審判官ハ證人、鑑定人ヲ呼出シ又ハ通事ヲ命シ若ハ臨檢ヲ爲スコトヲ得
第二十二條 被審人若ハ證人正當ノ理由ナクシテ受命審判官ノ呼出ニ應セサルトキハ受命審判官ハ引致狀ヲ發シテ之ヲ引致セシムルコトヲ得
引致狀ハ理事官ノ命令ニ因リ勾引狀執行ノ手續ヲ準用シテ之ヲ執行ス
第二十三條 被審人逃走シ又ハ逃走ノ虞アルトキハ受命審判官ハ免狀行使ノ假停止ヲ爲シ若ハ之ヲ差押フルコトヲ得
第二十四條 被審人又ハ證人疾病其ノ他正當ノ事故アリテ呼出ニ應スルコト能ハサルコトヲ疏明スルトキハ受命審判官ハ其ノ所在ニ就テ之ヲ訊問シ若ハ他ノ地方海員審判所ニ其ノ訊問ヲ囑託スルコトヲ得
第二十五條 受命審判官下調ヲ終リタルトキハ調書及一切ノ證憑ヲ審判所長ニ差出シ審判所長ハ直ニ之ヲ理事官ニ送付スヘシ
理事官ハ三日以內ニ意見ヲ付シ其ノ書類ヲ審判所長ニ還付スヘシ
第二十六條 地方海員審判所ハ下調ヲ十分ナリト思料スルトキハ審判ヲ繼續スルヤ否ヤヲ決定スヘシ
審判ヲ繼續スヘシト決定スルトキハ審判期日ヲ定メ被審人ヲ呼出スヘシ
審判ヲ繼續セスト決定スルトキハ被審人ヲ放免スヘシ
第二十七條 審判ハ之ヲ公開ス但シ安寧秩序又ハ風俗ヲ害スルノ虞アルトキハ地方海員審判所ノ決定ニ依リ其ノ公開ヲ停止ス
第二十八條 第二十一條乃至第二十四條ハ地方海員審判所ノ審判ノ場合ニモ亦之ヲ適用ス
第二十九條 開廷中秩序ノ維持ハ審判長ニ屬ス審判長ハ審判ヲ妨クル者又ハ不當ノ言語ヲ發スル者ヲ退廷セシムルコトヲ得
第三十條 被審人及證人ノ訊問ハ審判長之ヲ爲ス
審判官及理事官ハ審判長ニ吿ケ被審人及證人ヲ訊問スルコトヲ得
第三十一條 理事官ハ審判ニ立會ヒ其ノ意見ヲ述フルコトヲ得
第三十二條 被審人ハ補佐人ヲ用ウルコトヲ得但シ地方海員審判所ノ認許シタル者ニ限ル
第三十三條 地方海員審判所ハ呼出ヲ受ケタル被審人審判期日ニ出頭セサルトキハ闕席裁決ヲ爲スヘシ但シ被審人ノ疾病其ノ他ノ故障ニ依リ審判ヲ行フコト能ハサルトキハ決定ヲ以テ其ノ審判ヲ延期又ハ中止スルコトヲ得
第三十四條 刑事裁判手續中ハ被審人ニ對シ審判ヲ開始スルコトヲ得ス
被審人刑事訴追ヲ受ケタルトキハ其ノ事件ノ判決ヲ終ルマテ審判ヲ中止スヘシ
第三十五條 理事官及被審人ハ本案ノ裁決アルマテ何時ニテモ管轄違又ハ審判ヲ行フヘカラサルノ申立ヲ爲スコトヲ得
地方海員審判所ハ職權ヲ以テ管轄違又ハ審判ヲ行フヘカラサルノ言渡ヲ爲スコトヲ得
第三十六條 地方海員審判所ニ於テ前條ノ申立ヲ却下シタルトキハ本案ノ裁決ヲ待タス直ニ高等海員審判所ニ控吿スルコトヲ得
第三十七條 裁決ニハ其ノ理由及證憑ヲ明示スヘシ
第三十八條 裁決及裁決始末書ノ原本ハ審判ヲ爲シタル地方海員審判所之ヲ保存スヘシ
第五章 高等海員審判所ノ審判
第三十九條 理事官及被審人ハ地方海員審判所ノ裁決ニ對シ高等海員審判所ニ控吿スルコトヲ得
第四十條 控吿ノ期間ハ裁決言渡アリタル日ヨリ七日トス
闕席裁決ニ對スル控吿ノ期間ハ被審人自ラ裁決ノ送達ヲ受ケタル日ヨリ十四日トス
第四十一條 控吿ヲ爲スニハ其ノ申立書ヲ原地方海員審判所ニ差出スヘシ
原地方海員審判所ハ直ニ該申立書及一件書類ヲ高等海員審判所ニ送付スヘシ
第四十二條 高等海員審判所ノ審判ニ付テハ地方海員審判所ノ審判ニ關スル規程ヲ適用ス
第四十三條 高等海員審判所ハ控吿ヲ理由アリトスルトキハ原裁決ヲ取消シ更ニ裁決ヲ爲スヘシ
控吿ヲ理由ナシトスルトキハ裁決ヲ以テ之ヲ棄却スヘシ
第六章 執行處分
第四十四條 懲戒ハ裁決確定ノ後之ヲ執行ス
第四十五條 免狀行使ノ禁止ヲ言渡シタルトキハ其ノ審判ヲ爲シタル海員審判所ニ於テ免狀ヲ取上ケ遞信省ニ送付スヘシ
免狀行使ノ停止ヲ言渡シタルトキハ其ノ審判ヲ爲シタル海員審判所ニ於テ免狀ヲ取上ケ期間滿了ノ後之ヲ本人ニ還付スヘシ
免狀行使ノ禁止若ハ停止ヲ言渡サレタル者海員審判所ニ免狀ヲ差出ササルトキハ海員審判所ハ其ノ免狀ヲ無效ト爲シ官報ニ吿示スヘシ
第七章 罰則
第四十六條 海員審判所又ハ受命審判官ヨリ證人トシテ呼出サレタル者及鑑定又ハ通事ノ爲呼出サレタル者正當ノ理由ナクシテ呼出ニ應セス若ハ其ノ義務ヲ盡ササルトキハ二圓以上四十圓以下ノ罰金ニ處ス
第四十七條 證人トシテ海員審判所ニ呼出サレタル者僞證ヲ爲シタルトキ及鑑定又ハ通事ノ爲海員審判所ニ呼出サレタル者詐僞ノ陳述ヲ爲シタルトキハ一月以上一年以下ノ重禁錮ニ處シ五圓以上五十圓以下ノ罰金ヲ附加ス
賄賂其ノ他ノ方法ヲ以テ人ニ囑託シテ僞證又ハ詐僞ノ鑑定通事ヲ爲サシメタル者亦同シ
前二項ノ罪ヲ犯シタル者其ノ事件ノ裁決言渡ニ至ラサル前ニ自首シタルトキハ本刑ヲ免ス
附 則
第四十八條 此ノ法律ハ明治三十年七月一日ヨリ施行ス
第四十九條 海員審判所ノ事務章程ハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム
第五十條 此ノ法律施行ノ際西洋形船船長運轉手機關手免狀規則第十條ニ依リ審問中ノ事件ハ此ノ法律ニ依リ管轄權ヲ有スル地方海員審判所ノ管轄トス其ノ旣ニ審問ノ判定ヲ受ケタルモノハ第五章ノ規程ニ依リ高等海員審判所ニ控吿スルコトヲ得
朕帝国議会ノ協賛ヲ経タル海員懲戒法ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム
御名御璽
明治二十九年四月六日
内閣総理大臣 侯爵 伊藤博文
逓信大臣 白根専一
法律第六十九号
海員懲戒法
第一章 総則
第一条 海技免状ヲ受有スル者其ノ職務ヲ行フニ当リ左ノ事項ニ該当スルトキハ海員審判所ノ裁決ヲ以テ懲戒ヲ加フヘシ
一 正当ノ理由ナクシテ其ノ船舶ヲ放棄シタルトキ
二 過失懈怠又ハ不当ノ所為ニ因リ自他ノ船舶ヲ問ハス之ニ損害ヲ加ヘ若ハ之ヲ沈没セシメタルトキ
三 過失懈怠又ハ不当ノ所為ニ因リ人ヲ殺傷シタルトキ
四 海難ニ罹リ其ノ船舶又ハ船客乗組員ヲ救助スルノ方法ヲ尽ササルトキ
五 海難ニ罹リタル船舶アルコトヲ認メ正当ノ理由ナクシテ其ノ船舶又ハ船客乗組員ヲ救助スルノ方法ヲ尽ササルトキ
六 職務上ノ義務ニ違背シ又ハ職務ヲ怠リタルトキ
七 乱酔粗暴其ノ他ノ失行アリタルトキ
第二条 懲戒ハ左ノ三種トス
一 免状行使ノ禁止
二 免状行使ノ停止
三 譴責
第三条 前条懲戒ノ適用ハ所為ノ軽重ニ従ヒ海員審判所之ヲ定ム
第四条 免状行使ノ停止ハ一月以上三年以下トス
第五条 海員審判所ハ左ノ原因アルトキハ審判ヲ行ハス
一 確定裁決
二 時効
第一条 各号ニ該当スル者ハ廃業ノ故ヲ以テ懲戒ヲ免ルコトヲ得ス
第六条 時効ノ期間ハ審判ヲ受クヘキ事件ノ生シタル日ヨリ五年トス
第七条 海員審判所ノ審判ニ関シ此ノ法律ニ規程ナキモノニ付テハ刑事訴訟法ノ規程ヲ準用ス
第二章 海員審判所ノ組織及管轄
第八条 海員審判所ハ地方海員審判所及高等海員審判所ノ二トス
地方海員審判所ハ船舶司検所ニ置キ高等海員審判所ハ逓信省ニ置ク
第九条 海員審判所ニハ審判所長、審判官、理事官及書記ヲ置ク
審判所長、審判官、理事官及書記ノ定員並其ノ任用ニ関スル規程ハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム
第十条 地方海員審判所ノ審判ハ審判長及審判官ヲ併セテ三人高等海員審判所ノ審判ハ審判長及審判官ヲ併セテ五人ノ列席合議ヲ以テ之ヲ行フ
第十一条 地方海員審判所ノ管轄区域ハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム
第十二条 審判ニ付スヘキ事件ノ管轄権ハ其ノ事件ノ生シタル船舶ノ定繋場ヲ管轄スル地方海員審判所ニ属ス
同一ノ事件ニ付二箇以上ノ地方海員審判所管轄権ヲ有スルトキハ其ノ事件ノ生シタル地ニ最モ近キモノノ管轄トス
第十三条 地方海員審判所ノ理事官又ハ被審人ハ其ノ事件ヲ他ノ地方海員審判所ニ移付スルノ申請ヲ為スコトヲ得
前項ノ申請ヲ為ス者ハ審判期日前ニ管轄海員審判所ヲ経由シテ高等海員審判所ニ申請書ヲ差出スヘシ
高等海員審判所ハ前項ノ申請アリタル場合ニ於テ審判上便益ナリト認ムルトキハ其ノ決定ヲ以テ他ノ地方海員審判所ニ該事件ヲ移付スルコトヲ得
前項ノ場合ニ於テ該事件ハ移付ヲ受ケタル地方海員審判所ノ管轄権ニ属ス
第十四条 高等海員審判所ハ左ノ場合ニ於テ理事官又ハ被審人ノ申請書ニ依リ何レノ海員審判所ニ於テ本件ヲ審判スルノ権アルヤヲ決定ス
一 権限アル地方海員審判所ニ於テ法律上ノ理由若ハ特別ノ事情ニ因リ審判権ヲ行フコトヲ得サルトキ
二 二以上ノ地方海員審判所審判権ヲ有シ又ハ有セストノ確定裁決ヲ為シタルトキ
第三章 審判前ノ手続
第十五条 船舶司検所司検官、同司検官補、警察官吏、市町村長及浦役人ニ於テ此ノ法律ニ依リ審判ニ付スヘキ事実アリタルコトヲ認知シタルトキハ直ニ其ノ事実ヲ詳記シ管轄地方海員審判所ノ理事官ニ報告スヘシ
第十六条 領事官及貿易事務官帝国外ニ於テ前条ノ事実アリタルコトヲ認知シタルトキハ証憑ヲ集取シ管轄地方海員審判所ノ理事官ニ報告スヘシ
第十七条 理事官審判ニ付スヘキ事実アリタルコトヲ認知シタルトキハ証憑ヲ集取シ又必要ニ応シ実地臨検スルコトヲ得
第十八条 理事官ハ職権ヲ以テ審判ノ開始ヲ地方海員審判所ニ申立ツヘシ
前項ノ申立ヲ為ストキハ証憑其ノ他必要ノ書類ヲ添附スヘシ
第四章 地方海員審判所ノ審判
第十九条 地方海員審判所ハ理事官ノ申立ニ因リ又ハ職権ヲ以テ審判ヲ開始スヘキヤ否ヤヲ決定ス但シ職権ヲ以テスル場合ニ於テハ理事官ノ意見ヲ聴クヘシ
開始決定ハ理事官及被審人ニ之ヲ通知スヘシ
第二十条 地方海員審判所ニ於テ下調ヲ必要ナリト決定スルトキハ審判所長ハ審判官ニ其ノ下調ヲ命スヘシ
第二十一条 下調ノ命ヲ受ケタル審判官ハ被審人ヲ呼出シテ之ヲ訊問スルコトヲ得
受命審判官ハ必要ナル証憑ヲ集取スヘシ
受命審判官ハ証人、鑑定人ヲ呼出シ又ハ通事ヲ命シ若ハ臨検ヲ為スコトヲ得
第二十二条 被審人若ハ証人正当ノ理由ナクシテ受命審判官ノ呼出ニ応セサルトキハ受命審判官ハ引致状ヲ発シテ之ヲ引致セシムルコトヲ得
引致状ハ理事官ノ命令ニ因リ勾引状執行ノ手続ヲ準用シテ之ヲ執行ス
第二十三条 被審人逃走シ又ハ逃走ノ虞アルトキハ受命審判官ハ免状行使ノ仮停止ヲ為シ若ハ之ヲ差押フルコトヲ得
第二十四条 被審人又ハ証人疾病其ノ他正当ノ事故アリテ呼出ニ応スルコト能ハサルコトヲ疏明スルトキハ受命審判官ハ其ノ所在ニ就テ之ヲ訊問シ若ハ他ノ地方海員審判所ニ其ノ訊問ヲ嘱託スルコトヲ得
第二十五条 受命審判官下調ヲ終リタルトキハ調書及一切ノ証憑ヲ審判所長ニ差出シ審判所長ハ直ニ之ヲ理事官ニ送付スヘシ
理事官ハ三日以内ニ意見ヲ付シ其ノ書類ヲ審判所長ニ還付スヘシ
第二十六条 地方海員審判所ハ下調ヲ十分ナリト思料スルトキハ審判ヲ継続スルヤ否ヤヲ決定スヘシ
審判ヲ継続スヘシト決定スルトキハ審判期日ヲ定メ被審人ヲ呼出スヘシ
審判ヲ継続セスト決定スルトキハ被審人ヲ放免スヘシ
第二十七条 審判ハ之ヲ公開ス但シ安寧秩序又ハ風俗ヲ害スルノ虞アルトキハ地方海員審判所ノ決定ニ依リ其ノ公開ヲ停止ス
第二十八条 第二十一条乃至第二十四条ハ地方海員審判所ノ審判ノ場合ニモ亦之ヲ適用ス
第二十九条 開廷中秩序ノ維持ハ審判長ニ属ス審判長ハ審判ヲ妨クル者又ハ不当ノ言語ヲ発スル者ヲ退廷セシムルコトヲ得
第三十条 被審人及証人ノ訊問ハ審判長之ヲ為ス
審判官及理事官ハ審判長ニ告ケ被審人及証人ヲ訊問スルコトヲ得
第三十一条 理事官ハ審判ニ立会ヒ其ノ意見ヲ述フルコトヲ得
第三十二条 被審人ハ補佐人ヲ用ウルコトヲ得但シ地方海員審判所ノ認許シタル者ニ限ル
第三十三条 地方海員審判所ハ呼出ヲ受ケタル被審人審判期日ニ出頭セサルトキハ闕席裁決ヲ為スヘシ但シ被審人ノ疾病其ノ他ノ故障ニ依リ審判ヲ行フコト能ハサルトキハ決定ヲ以テ其ノ審判ヲ延期又ハ中止スルコトヲ得
第三十四条 刑事裁判手続中ハ被審人ニ対シ審判ヲ開始スルコトヲ得ス
被審人刑事訴追ヲ受ケタルトキハ其ノ事件ノ判決ヲ終ルマテ審判ヲ中止スヘシ
第三十五条 理事官及被審人ハ本案ノ裁決アルマテ何時ニテモ管轄違又ハ審判ヲ行フヘカラサルノ申立ヲ為スコトヲ得
地方海員審判所ハ職権ヲ以テ管轄違又ハ審判ヲ行フヘカラサルノ言渡ヲ為スコトヲ得
第三十六条 地方海員審判所ニ於テ前条ノ申立ヲ却下シタルトキハ本案ノ裁決ヲ待タス直ニ高等海員審判所ニ控告スルコトヲ得
第三十七条 裁決ニハ其ノ理由及証憑ヲ明示スヘシ
第三十八条 裁決及裁決始末書ノ原本ハ審判ヲ為シタル地方海員審判所之ヲ保存スヘシ
第五章 高等海員審判所ノ審判
第三十九条 理事官及被審人ハ地方海員審判所ノ裁決ニ対シ高等海員審判所ニ控告スルコトヲ得
第四十条 控告ノ期間ハ裁決言渡アリタル日ヨリ七日トス
闕席裁決ニ対スル控告ノ期間ハ被審人自ラ裁決ノ送達ヲ受ケタル日ヨリ十四日トス
第四十一条 控告ヲ為スニハ其ノ申立書ヲ原地方海員審判所ニ差出スヘシ
原地方海員審判所ハ直ニ該申立書及一件書類ヲ高等海員審判所ニ送付スヘシ
第四十二条 高等海員審判所ノ審判ニ付テハ地方海員審判所ノ審判ニ関スル規程ヲ適用ス
第四十三条 高等海員審判所ハ控告ヲ理由アリトスルトキハ原裁決ヲ取消シ更ニ裁決ヲ為スヘシ
控告ヲ理由ナシトスルトキハ裁決ヲ以テ之ヲ棄却スヘシ
第六章 執行処分
第四十四条 懲戒ハ裁決確定ノ後之ヲ執行ス
第四十五条 免状行使ノ禁止ヲ言渡シタルトキハ其ノ審判ヲ為シタル海員審判所ニ於テ免状ヲ取上ケ逓信省ニ送付スヘシ
免状行使ノ停止ヲ言渡シタルトキハ其ノ審判ヲ為シタル海員審判所ニ於テ免状ヲ取上ケ期間満了ノ後之ヲ本人ニ還付スヘシ
免状行使ノ禁止若ハ停止ヲ言渡サレタル者海員審判所ニ免状ヲ差出ササルトキハ海員審判所ハ其ノ免状ヲ無効ト為シ官報ニ告示スヘシ
第七章 罰則
第四十六条 海員審判所又ハ受命審判官ヨリ証人トシテ呼出サレタル者及鑑定又ハ通事ノ為呼出サレタル者正当ノ理由ナクシテ呼出ニ応セス若ハ其ノ義務ヲ尽ササルトキハ二円以上四十円以下ノ罰金ニ処ス
第四十七条 証人トシテ海員審判所ニ呼出サレタル者偽証ヲ為シタルトキ及鑑定又ハ通事ノ為海員審判所ニ呼出サレタル者詐偽ノ陳述ヲ為シタルトキハ一月以上一年以下ノ重禁錮ニ処シ五円以上五十円以下ノ罰金ヲ附加ス
賄賂其ノ他ノ方法ヲ以テ人ニ嘱託シテ偽証又ハ詐偽ノ鑑定通事ヲ為サシメタル者亦同シ
前二項ノ罪ヲ犯シタル者其ノ事件ノ裁決言渡ニ至ラサル前ニ自首シタルトキハ本刑ヲ免ス
附 則
第四十八条 此ノ法律ハ明治三十年七月一日ヨリ施行ス
第四十九条 海員審判所ノ事務章程ハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム
第五十条 此ノ法律施行ノ際西洋形船船長運転手機関手免状規則第十条ニ依リ審問中ノ事件ハ此ノ法律ニ依リ管轄権ヲ有スル地方海員審判所ノ管轄トス其ノ既ニ審問ノ判定ヲ受ケタルモノハ第五章ノ規程ニ依リ高等海員審判所ニ控告スルコトヲ得