朕帝國議會ノ協贊ヲ經タル傳染病豫防法ヲ裁可シ玆ニ之ヲ公布セシム
御名御璽
明治三十年三月三十日
內閣總理大臣 伯爵 松方正義
拓殖務大臣 子爵 高島鞆之助
內務大臣 伯爵 樺山資紀
法律第三十六號
傳染病豫防法
第一條 此ノ法律ニ於テ傳染病ト稱スルハ虎列剌、赤痢、腸窒扶私、痘瘡、發疹窒扶私、猩紅熱、實布垤利亞(格魯布ヲ含ム)及「ペスト」ヲ謂フ
前項ニ揭クル八病ノ外此ノ法律ニ依リ豫防方法ノ施行ヲ必要トスル傳染病アルトキハ主務大臣之ヲ指定ス
第二條 傳染病流行シ若ハ流行ノ虞アルトキハ地方長官ハ其ノ傳染病ノ疑似症ニ對シ此ノ法律ノ全部若ハ一部ヲ適用スルコトヲ得
第三條 醫師傳染病患者ヲ診斷シ若ハ其ノ死體ヲ檢案シタルトキハ其ノ家人ニ消毒方法ヲ指示シ且直ニ患者若ハ死體所在地ノ警察官吏、市町村長、區長、戶長、檢疫委員又ハ豫防委員ニ屆出ヘシ其ノ轉歸ノ場合亦同シ
第四條 傳染病又ハ其ノ疑アル患者若ハ其ノ死者アリタル家ニ於テハ速ニ醫師ノ診斷若ハ檢案ヲ受ケ又ハ直ニ其ノ所在地ノ警察官吏、市町村長、區長、戶長、檢疫委員又ハ豫防委員ニ屆出ヘシ
前項ノ屆出ヲ爲スヘキ義務者ハ一般民家ニ在リテハ戶主若ハ之ニ代ルヘキ者、社寺、公私立ノ學校病院、製造所又ハ船舶、會社、各種事務所、貸席、興行場其ノ他集會ノ場所ニ在リテハ其ノ首長、管理人又ハ代理者トス
第五條 傳染病患者アリタル家ニ於テハ醫師又ハ當該吏員ノ指示ニ從ヒ淸潔方法及消毒方法ヲ行フヘシ
當該吏員ハ傳染病豫防上必要ト認ムルトキハ其ノ近鄰ノ家又ハ患家ト交通ヲ爲シタル家ニモ淸潔方法及消毒方法ヲ施行セシムヘシ
第六條 淸潔方法及消毒方法ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム
第七條 傳染病豫防上必要ト認ムルトキハ當該吏員ハ傳染病患者ヲ傳染病院又ハ隔離病舍ニ入ラシムヘシ
健康者ノ隔離ヲ必要ト認ムルトキハ隔離所ニ入ラシムルコトヲ得
第八條 當該吏員ニ於テ必要ト認ムルトキハ一定ノ日時間傳染病患者アリタル家及其ノ近鄰ノ家ノ交通ヲ遮斷スルコトヲ得
第九條 傳染病患者及其ノ死體ハ當該吏員ノ認可ヲ經ルニ非サレハ他ニ移スコトヲ得ス
第十條 傳染病毒ニ汚染シ若ハ汚染ノ疑アル物件ハ當該吏員ノ認可ヲ受クルニ非サレハ使用、授與、移轉、遺棄又ハ洗滌スルコトヲ得ス
第十一條 傳染病患者ノ死體ハ當該吏員ニ於テ充分ト認ムル消毒方法ヲ施シタル後ニ非サレハ埋葬スヘカラス
傳染病患者ノ死體ハ醫師ノ檢案ニ依リ當該吏員ノ認可ヲ經テ二十四時間內ニ埋葬スルコトヲ得
第十二條 傳染病患者ノ死體ハ火葬スヘシ但シ所轄警察官署ノ許可ヲ經タルトキハ此ノ限ニ在ラス
傳染病患者ノ死體ヲ土葬シタルトキハ三箇年ヲ經過スルニ非サレハ他ニ改葬スルコトヲ得ス但シ公共ノ工事ノ爲必要アル場合ニ於テ所轄警察官署ノ許可ヲ經タルトキハ此ノ限ニ在ラス
第十三條 死體ヲ旣ニ埋葬シ若ハ埋葬セムトスル場合ニ於テ傳染病患者タリシ疑アルトキハ當該吏員ハ死體及家屋其ノ他ニ對シ更ニ相當ノ處分ヲ爲サシムルコトヲ得
第十四條 傳染病豫防上必要ト認ムルトキハ當該吏員ハ其ノ事由ヲ戶主、首長又ハ管理人ニ吿知シ家宅、船舶其ノ他ノ場所ニ立入ルコトヲ得但シ當該吏員タルノ證票ヲ示スヘシ
第十五條 傳染病流行シ若ハ流行ノ虞アルトキハ市町村ハ地方長官ノ指示ニ從ヒ市制第六十一條町村制第六十五條ニ依リ傳染病豫防委員ヲ置キ檢疫豫防ノ事ニ從ハシムヘシ但シ市町村會ノ議決ニ依ルノ限ニ在ス
豫防委員ニハ醫師ヲ加フヘシ其ノ醫師ヨリ出ツル者ハ市町村長之ヲ選任ス
第十六條 市町村ハ地方長官ノ指示ニ從ヒ市町村內ノ淸潔方法及消毒方法ヲ施行シ醫師其ノ他豫防上必要ナル人員ヲ雇入レ及器具、藥品其ノ他ノ物件ヲ設備スヘシ
第十七條 市町村ハ地方長官ノ指示ニ從ヒ傳染病院、隔離病舍、隔離所又ハ消毒所ヲ設置スヘシ
傳染病院、隔離病舍、隔離所又ハ消毒所ノ設備及管理ノ方法ハ地方長官之ヲ定ム
第十八條 傳染病流行シ若ハ流行ノ虞アルトキハ地方長官ハ檢疫委員ヲ置キ檢疫豫防ニ關スル事務ヲ擔任セシメ及特ニ船舶汽車ノ檢疫ヲ行ハシムルコトヲ得
船舶汽車ノ檢疫ヲ行フ場合ニ於テハ其ノ船舶若ハ其ノ船舶汽車ノ乘客乘組人ニシテ病毒感染ノ疑アル者ヲ必要ノ日時間停留シ及無償ニテ當該吏員又ハ醫師ヲ船舶汽車中ニ乘込マシムルコトヲ得
船舶汽車ノ檢疫ニ於テ發見シタル患者ハ其ノ地市町村立ノ傳染病院又ハ隔離病舍ニ收容治療セシムルコトヲ得市町村ハ相當ノ理由ナクシテ之ヲ拒ムコトヲ得ス但シ之カ爲特ニ要シタル費用ハ地方長官ニ請求スルコトヲ得
前各項ノ外檢疫委員ノ設置及船舶汽車ノ檢疫ニ關スル規程ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム
第十九條 地方長官ハ傳染病豫防上必要ト認ムルトキハ左ノ事項ノ全部又ハ一部ヲ施行スルコトヲ得
一 傳染病患者ノ有無ヲ檢診セシムルコト
二 市街村落ノ全部又ハ一部ノ交通ヲ遮斷スルコト
三 祭禮、供養、興行、集會等ノ爲人民ノ群集スルコトヲ制限シ若ハ禁止スルコト
四 古著、襤褸、古綿其ノ他病毒傳播ノ虞アル物件ノ出入ヲ制限シ若ハ停止シ又ハ其ノ物件ヲ廢棄スルコト
五 傳染病毒傳播ノ媒介トナルヘキ飮食物ノ販賣、授受ヲ禁止シ又ハ之ヲ廢棄スルコト
六 船舶ニ醫師ノ雇入ヲ命シ又ハ汽車船舶若ハ多數人民ノ集合スル場所ニ豫防上必要ノ設備ヲ爲サシムルコト
七 淸潔方法、消毒方法ノ施行ヲ命シ及井戶、上水、下水、溝渠、芥溜、厠圊ノ新設改築變更若ハ廢止ヲ命シ又ハ其ノ使用ヲ停止スルコト
八 一定ノ場所ノ漁撈、游泳又ハ其ノ水ノ使用ヲ必要ナル日時間制限シ若ハ停止スルコト
第二十條 諸官廳、集治監及官立ノ學校、病院、製造所等ニ傳染病發生シ若ハ發生ノ虞アルトキハ其ノ首長ハ地方長官ト協議シ此ノ法律ニ準シ豫防方法ヲ施行スヘシ
陸海軍所屬ノ部隊、軍艦等ニ傳染病發生シ若ハ發生ノ虞アルトキハ其ノ首長ハ此ノ法律ニ準シ各其ノ所定ノ規則ニ依リ又必要アル場合ニ於テハ地方長官ト協議シ豫防方法ヲ施行スヘシ
第二十一條 左ノ諸費ハ市町村ノ負擔トス
一 豫防委員ニ關スル諸費
二 市町村ニ於テ施行スル淸潔方法、消毒方法及種痘ニ關スル諸費
三 豫防救治ノ爲雇入タル醫師其ノ他ノ人員竝豫防上必要ナル器具、藥品其ノ他ノ物件ニ關スル諸費
四 傳染病院、隔離病舍、隔離所及消毒所ニ關スル諸費
五 豫防救治ニ從事シタル者ニ給スヘキ手當、療治料及其ノ遺族ニ給スヘキ救助料、弔祭料
六 第八條ニ依レル交通遮斷ニ關スル諸費及交通遮斷ノ爲又ハ一時營業ヲ失ヒ自活シ能ハサル者ノ生活費
七 市町村內ニ於テ發見セル傳染病貧民患者竝死者ニ關スル諸費
其ノ他市町村ニ於テ施行スル豫防事務ニ關スル諸費
第二十二條 左ノ諸費ハ府縣稅又ハ地方稅ノ負擔トス
一 檢疫委員ニ關スル諸費
二 船舶又ハ汽車ノ檢疫ニ關スル諸費
三 第十九條第二ニ依レル交通遮斷ニ關スル諸費及交通遮斷ノ爲自活シ能ハサル者ノ生活費
其ノ他府縣ニ於テ施行スル豫防事務ニ關スル諸費
第二十三條 地方長官ハ衞生組合ヲ設ケ淸潔方法消毒方法其ノ他傳染病ノ豫防救治ニ關シ規約ヲ定メシメ之ヲ履行セシムルコトヲ得
市町村ハ其ノ市町村內ノ衞生組合ニ於テ傳染病豫防救治ノ爲支出スル費用ノ全部又ハ一部ヲ補助スルコトヲ得
第二十四條 第二十一條第二十三條第二項ノ支出ニ對シテハ命令ノ規定ニ從ヒ府縣稅又ハ地方稅ヨリ市町村ニ補助スヘシ
第二十五條 國庫ハ第二十二條第二十四條ノ府縣稅又ハ地方稅ノ支出ニ對シ其ノ六分一ヲ補助スルモノトス
第二十六條 此ノ法律若ハ此ノ法律ニ基キテ發スル命令ニ依リ淸潔方法、消毒方法ヲ施行スヘキ義務者之ヲ施行セス又ハ之ヲ施行スルモ當該吏員ニ於テ充分ナラスト認ムルトキ及必要ノ時限內ニ施行シ得スト認ムルトキハ當該吏員之ヲ施行シ其ノ費用ハ市町村ヲシテ支辨セシムヘシ此ノ場合ニ於テ市町村ハ其ノ費用ヲ義務者ヨリ追徵スルコトヲ得
私人ニ於テ前項ノ費用ヲ指定ノ期限內ニ納付セサルトキハ國稅滯納處分ニ關スル規程ニ依リ之ヲ徵收ス
第二十七條 此ノ法律若ハ此ノ法律ニ基キテ發スル命令ニ依リ市町村又ハ私人ニ於テ施爲スヘキ事項ヲ施爲セス若ハ之ヲ施爲スルモ充分ナラスト認ムルトキ又ハ必要ノ時限內ニ施爲シ得スト認ムルトキハ地方長官ハ府縣稅又ハ地方稅ヲ以テ之ヲ施爲シ其ノ費用ヲ市町村又ハ私人ヨリ追徵スルコトヲ得
私人ニ於テ前項ノ費用ヲ指定ノ期限內ニ納付セサルトキハ國稅滯納處分ニ關スル規程ニ依リ之ヲ徵收ス
第二十八條 第二十六條及第二十七條ノ費用追徵ニ關シ不服アル私人ハ訴願法ニ依リ訴願スルコトヲ得
第二十九條 此ノ法律若ハ此ノ法律ニ基キテ發スル命令ニ依リ當該吏員ノ指示命令シタル事項ヲ指定ノ期限內ニ履行セサル者ハ五圓以下ノ罰金又ハ科料ニ處ス
第三十條 醫師傳染病患者ヲ診斷シ若ハ其ノ死體ヲ檢案シタル後十二時間以內ニ屆出ヲ爲サス又ハ虛僞ノ轉歸屆ヲ爲シタルトキハ五圓以上五十圓以下ノ罰金ニ處ス
第三十一條 第四條第五條第一項第九條第十條第十一條第一項第十二條ニ違背シタル者第五條第二項ニ依リ淸潔方法及消毒方法ヲ施行セサル者交通遮斷ヲ犯シタル者又ハ醫師ニ請託シテ第三條ノ屆出ヲ爲サシメス若ハ其ノ屆出ヲ妨ケタル者ハ二圓以上二十圓以下ノ罰金ニ處ス
附 則
第三十二條 此ノ法律中ノ規程ニシテ其ノ準用シ得ヘキモノヲ除ク外北海道沖繩縣ニ關シ必要ナル事項ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム
此ノ法律中市町村ニ關スル規程ニシテ其ノ準用シ得ヘキモノヲ除ク外市制町村制ヲ施行セサル地ニ關シ必要ナル事項ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム
第三十三條 海外諸港及臺灣ヨリ來ル船舶ニ對シ施行スル檢疫ハ別ニ定ムル所ニ依ル
第三十四條 此ノ法律ヲ施行スル爲ニ必要ナル規程ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム
第三十五條 此ノ法律ハ明治三十年五月一日ヨリ施行ス但シ第二十四條及第二十五條ハ明治三十一年四月一日ヨリ施行ス
第三十六條 明治十三年布吿第三十四號傳染病豫防規則ハ此ノ法律施行ノ日ヨリ廢止ス
朕帝国議会ノ協賛ヲ経タル伝染病予防法ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム
御名御璽
明治三十年三月三十日
内閣総理大臣 伯爵 松方正義
拓殖務大臣 子爵 高島鞆之助
内務大臣 伯爵 樺山資紀
法律第三十六号
伝染病予防法
第一条 此ノ法律ニ於テ伝染病ト称スルハ虎列剌、赤痢、腸窒扶私、痘瘡、発疹窒扶私、猩紅熱、実布垤利亜(格魯布ヲ含ム)及「ペスト」ヲ謂フ
前項ニ掲クル八病ノ外此ノ法律ニ依リ予防方法ノ施行ヲ必要トスル伝染病アルトキハ主務大臣之ヲ指定ス
第二条 伝染病流行シ若ハ流行ノ虞アルトキハ地方長官ハ其ノ伝染病ノ疑似症ニ対シ此ノ法律ノ全部若ハ一部ヲ適用スルコトヲ得
第三条 医師伝染病患者ヲ診断シ若ハ其ノ死体ヲ検案シタルトキハ其ノ家人ニ消毒方法ヲ指示シ且直ニ患者若ハ死体所在地ノ警察官吏、市町村長、区長、戸長、検疫委員又ハ予防委員ニ届出ヘシ其ノ転帰ノ場合亦同シ
第四条 伝染病又ハ其ノ疑アル患者若ハ其ノ死者アリタル家ニ於テハ速ニ医師ノ診断若ハ検案ヲ受ケ又ハ直ニ其ノ所在地ノ警察官吏、市町村長、区長、戸長、検疫委員又ハ予防委員ニ届出ヘシ
前項ノ届出ヲ為スヘキ義務者ハ一般民家ニ在リテハ戸主若ハ之ニ代ルヘキ者、社寺、公私立ノ学校病院、製造所又ハ船舶、会社、各種事務所、貸席、興行場其ノ他集会ノ場所ニ在リテハ其ノ首長、管理人又ハ代理者トス
第五条 伝染病患者アリタル家ニ於テハ医師又ハ当該吏員ノ指示ニ従ヒ清潔方法及消毒方法ヲ行フヘシ
当該吏員ハ伝染病予防上必要ト認ムルトキハ其ノ近隣ノ家又ハ患家ト交通ヲ為シタル家ニモ清潔方法及消毒方法ヲ施行セシムヘシ
第六条 清潔方法及消毒方法ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム
第七条 伝染病予防上必要ト認ムルトキハ当該吏員ハ伝染病患者ヲ伝染病院又ハ隔離病舎ニ入ラシムヘシ
健康者ノ隔離ヲ必要ト認ムルトキハ隔離所ニ入ラシムルコトヲ得
第八条 当該吏員ニ於テ必要ト認ムルトキハ一定ノ日時間伝染病患者アリタル家及其ノ近隣ノ家ノ交通ヲ遮断スルコトヲ得
第九条 伝染病患者及其ノ死体ハ当該吏員ノ認可ヲ経ルニ非サレハ他ニ移スコトヲ得ス
第十条 伝染病毒ニ汚染シ若ハ汚染ノ疑アル物件ハ当該吏員ノ認可ヲ受クルニ非サレハ使用、授与、移転、遺棄又ハ洗滌スルコトヲ得ス
第十一条 伝染病患者ノ死体ハ当該吏員ニ於テ充分ト認ムル消毒方法ヲ施シタル後ニ非サレハ埋葬スヘカラス
伝染病患者ノ死体ハ医師ノ検案ニ依リ当該吏員ノ認可ヲ経テ二十四時間内ニ埋葬スルコトヲ得
第十二条 伝染病患者ノ死体ハ火葬スヘシ但シ所轄警察官署ノ許可ヲ経タルトキハ此ノ限ニ在ラス
伝染病患者ノ死体ヲ土葬シタルトキハ三箇年ヲ経過スルニ非サレハ他ニ改葬スルコトヲ得ス但シ公共ノ工事ノ為必要アル場合ニ於テ所轄警察官署ノ許可ヲ経タルトキハ此ノ限ニ在ラス
第十三条 死体ヲ既ニ埋葬シ若ハ埋葬セムトスル場合ニ於テ伝染病患者タリシ疑アルトキハ当該吏員ハ死体及家屋其ノ他ニ対シ更ニ相当ノ処分ヲ為サシムルコトヲ得
第十四条 伝染病予防上必要ト認ムルトキハ当該吏員ハ其ノ事由ヲ戸主、首長又ハ管理人ニ告知シ家宅、船舶其ノ他ノ場所ニ立入ルコトヲ得但シ当該吏員タルノ証票ヲ示スヘシ
第十五条 伝染病流行シ若ハ流行ノ虞アルトキハ市町村ハ地方長官ノ指示ニ従ヒ市制第六十一条町村制第六十五条ニ依リ伝染病予防委員ヲ置キ検疫予防ノ事ニ従ハシムヘシ但シ市町村会ノ議決ニ依ルノ限ニ在ス
予防委員ニハ医師ヲ加フヘシ其ノ医師ヨリ出ツル者ハ市町村長之ヲ選任ス
第十六条 市町村ハ地方長官ノ指示ニ従ヒ市町村内ノ清潔方法及消毒方法ヲ施行シ医師其ノ他予防上必要ナル人員ヲ雇入レ及器具、薬品其ノ他ノ物件ヲ設備スヘシ
第十七条 市町村ハ地方長官ノ指示ニ従ヒ伝染病院、隔離病舎、隔離所又ハ消毒所ヲ設置スヘシ
伝染病院、隔離病舎、隔離所又ハ消毒所ノ設備及管理ノ方法ハ地方長官之ヲ定ム
第十八条 伝染病流行シ若ハ流行ノ虞アルトキハ地方長官ハ検疫委員ヲ置キ検疫予防ニ関スル事務ヲ担任セシメ及特ニ船舶汽車ノ検疫ヲ行ハシムルコトヲ得
船舶汽車ノ検疫ヲ行フ場合ニ於テハ其ノ船舶若ハ其ノ船舶汽車ノ乗客乗組人ニシテ病毒感染ノ疑アル者ヲ必要ノ日時間停留シ及無償ニテ当該吏員又ハ医師ヲ船舶汽車中ニ乗込マシムルコトヲ得
船舶汽車ノ検疫ニ於テ発見シタル患者ハ其ノ地市町村立ノ伝染病院又ハ隔離病舎ニ収容治療セシムルコトヲ得市町村ハ相当ノ理由ナクシテ之ヲ拒ムコトヲ得ス但シ之カ為特ニ要シタル費用ハ地方長官ニ請求スルコトヲ得
前各項ノ外検疫委員ノ設置及船舶汽車ノ検疫ニ関スル規程ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム
第十九条 地方長官ハ伝染病予防上必要ト認ムルトキハ左ノ事項ノ全部又ハ一部ヲ施行スルコトヲ得
一 伝染病患者ノ有無ヲ検診セシムルコト
二 市街村落ノ全部又ハ一部ノ交通ヲ遮断スルコト
三 祭礼、供養、興行、集会等ノ為人民ノ群集スルコトヲ制限シ若ハ禁止スルコト
四 古著、襤褸、古綿其ノ他病毒伝播ノ虞アル物件ノ出入ヲ制限シ若ハ停止シ又ハ其ノ物件ヲ廃棄スルコト
五 伝染病毒伝播ノ媒介トナルヘキ飲食物ノ販売、授受ヲ禁止シ又ハ之ヲ廃棄スルコト
六 船舶ニ医師ノ雇入ヲ命シ又ハ汽車船舶若ハ多数人民ノ集合スル場所ニ予防上必要ノ設備ヲ為サシムルコト
七 清潔方法、消毒方法ノ施行ヲ命シ及井戸、上水、下水、溝渠、芥溜、厠圊ノ新設改築変更若ハ廃止ヲ命シ又ハ其ノ使用ヲ停止スルコト
八 一定ノ場所ノ漁撈、游泳又ハ其ノ水ノ使用ヲ必要ナル日時間制限シ若ハ停止スルコト
第二十条 諸官庁、集治監及官立ノ学校、病院、製造所等ニ伝染病発生シ若ハ発生ノ虞アルトキハ其ノ首長ハ地方長官ト協議シ此ノ法律ニ準シ予防方法ヲ施行スヘシ
陸海軍所属ノ部隊、軍艦等ニ伝染病発生シ若ハ発生ノ虞アルトキハ其ノ首長ハ此ノ法律ニ準シ各其ノ所定ノ規則ニ依リ又必要アル場合ニ於テハ地方長官ト協議シ予防方法ヲ施行スヘシ
第二十一条 左ノ諸費ハ市町村ノ負担トス
一 予防委員ニ関スル諸費
二 市町村ニ於テ施行スル清潔方法、消毒方法及種痘ニ関スル諸費
三 予防救治ノ為雇入タル医師其ノ他ノ人員並予防上必要ナル器具、薬品其ノ他ノ物件ニ関スル諸費
四 伝染病院、隔離病舎、隔離所及消毒所ニ関スル諸費
五 予防救治ニ従事シタル者ニ給スヘキ手当、療治料及其ノ遺族ニ給スヘキ救助料、弔祭料
六 第八条ニ依レル交通遮断ニ関スル諸費及交通遮断ノ為又ハ一時営業ヲ失ヒ自活シ能ハサル者ノ生活費
七 市町村内ニ於テ発見セル伝染病貧民患者並死者ニ関スル諸費
其ノ他市町村ニ於テ施行スル予防事務ニ関スル諸費
第二十二条 左ノ諸費ハ府県税又ハ地方税ノ負担トス
一 検疫委員ニ関スル諸費
二 船舶又ハ汽車ノ検疫ニ関スル諸費
三 第十九条第二ニ依レル交通遮断ニ関スル諸費及交通遮断ノ為自活シ能ハサル者ノ生活費
其ノ他府県ニ於テ施行スル予防事務ニ関スル諸費
第二十三条 地方長官ハ衛生組合ヲ設ケ清潔方法消毒方法其ノ他伝染病ノ予防救治ニ関シ規約ヲ定メシメ之ヲ履行セシムルコトヲ得
市町村ハ其ノ市町村内ノ衛生組合ニ於テ伝染病予防救治ノ為支出スル費用ノ全部又ハ一部ヲ補助スルコトヲ得
第二十四条 第二十一条第二十三条第二項ノ支出ニ対シテハ命令ノ規定ニ従ヒ府県税又ハ地方税ヨリ市町村ニ補助スヘシ
第二十五条 国庫ハ第二十二条第二十四条ノ府県税又ハ地方税ノ支出ニ対シ其ノ六分一ヲ補助スルモノトス
第二十六条 此ノ法律若ハ此ノ法律ニ基キテ発スル命令ニ依リ清潔方法、消毒方法ヲ施行スヘキ義務者之ヲ施行セス又ハ之ヲ施行スルモ当該吏員ニ於テ充分ナラスト認ムルトキ及必要ノ時限内ニ施行シ得スト認ムルトキハ当該吏員之ヲ施行シ其ノ費用ハ市町村ヲシテ支弁セシムヘシ此ノ場合ニ於テ市町村ハ其ノ費用ヲ義務者ヨリ追徴スルコトヲ得
私人ニ於テ前項ノ費用ヲ指定ノ期限内ニ納付セサルトキハ国税滞納処分ニ関スル規程ニ依リ之ヲ徴収ス
第二十七条 此ノ法律若ハ此ノ法律ニ基キテ発スル命令ニ依リ市町村又ハ私人ニ於テ施為スヘキ事項ヲ施為セス若ハ之ヲ施為スルモ充分ナラスト認ムルトキ又ハ必要ノ時限内ニ施為シ得スト認ムルトキハ地方長官ハ府県税又ハ地方税ヲ以テ之ヲ施為シ其ノ費用ヲ市町村又ハ私人ヨリ追徴スルコトヲ得
私人ニ於テ前項ノ費用ヲ指定ノ期限内ニ納付セサルトキハ国税滞納処分ニ関スル規程ニ依リ之ヲ徴収ス
第二十八条 第二十六条及第二十七条ノ費用追徴ニ関シ不服アル私人ハ訴願法ニ依リ訴願スルコトヲ得
第二十九条 此ノ法律若ハ此ノ法律ニ基キテ発スル命令ニ依リ当該吏員ノ指示命令シタル事項ヲ指定ノ期限内ニ履行セサル者ハ五円以下ノ罰金又ハ科料ニ処ス
第三十条 医師伝染病患者ヲ診断シ若ハ其ノ死体ヲ検案シタル後十二時間以内ニ届出ヲ為サス又ハ虚偽ノ転帰届ヲ為シタルトキハ五円以上五十円以下ノ罰金ニ処ス
第三十一条 第四条第五条第一項第九条第十条第十一条第一項第十二条ニ違背シタル者第五条第二項ニ依リ清潔方法及消毒方法ヲ施行セサル者交通遮断ヲ犯シタル者又ハ医師ニ請託シテ第三条ノ届出ヲ為サシメス若ハ其ノ届出ヲ妨ケタル者ハ二円以上二十円以下ノ罰金ニ処ス
附 則
第三十二条 此ノ法律中ノ規程ニシテ其ノ準用シ得ヘキモノヲ除ク外北海道沖縄県ニ関シ必要ナル事項ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム
此ノ法律中市町村ニ関スル規程ニシテ其ノ準用シ得ヘキモノヲ除ク外市制町村制ヲ施行セサル地ニ関シ必要ナル事項ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム
第三十三条 海外諸港及台湾ヨリ来ル船舶ニ対シ施行スル検疫ハ別ニ定ムル所ニ依ル
第三十四条 此ノ法律ヲ施行スル為ニ必要ナル規程ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム
第三十五条 此ノ法律ハ明治三十年五月一日ヨリ施行ス但シ第二十四条及第二十五条ハ明治三十一年四月一日ヨリ施行ス
第三十六条 明治十三年布告第三十四号伝染病予防規則ハ此ノ法律施行ノ日ヨリ廃止ス