朕帝國議會ノ協贊ヲ經タル水難救護法ヲ裁可シ玆ニ之ヲ公布セシム
御名御璽
明治三十二年三月二十八日
內閣總理大臣 侯爵 山縣有朋
內務大臣 侯爵 西鄕從道
遞信大臣 子爵 芳川顯正
法律第九十五號
水難救護法
第一章 遭難船舶
第一條 遭難船舶救護ノ事務ハ最初ニ事件ヲ認知シタル市町村長之ヲ行フ
第二條 遭難船舶アルコトヲ發見シタル者ハ遲滯ナク最近地ノ市町村長又ハ警察官吏ニ報吿スヘシ
警察官吏ニ於テ報吿ニ接シタルトキハ市町村長ニ通知スヘシ
第三條 遭難船舶アルコトヲ認知シタルトキハ市町村長ハ直ニ現場ニ臨ミ救護ニ必要ナル處分ヲ爲スヘシ
第四條 警察官吏ハ救護ノ事務ニ關シ市町村長ヲ助ケ市町村長現場ニ在ラサルトキハ之ニ代リ其ノ職務ヲ執行スヘシ
第五條 救護ハ船長ノ意ニ反シテ之ヲ爲スコトヲ得ス
前項ノ規定ハ市町村長ニ於テ船長ノ人命ヲ保護スル手段ヲ不充分ナリト認メ又ハ船長ニ惡意アリト認メタル場合ニハ之ヲ適用セス
第六條 市町村長ハ救護ノ爲人ヲ招集シ船舶車馬其ノ他ノ物件ヲ徵用シ又ハ他人ノ所有地ヲ使用スルコトヲ得
前項ノ規定ニ依リ招集セラレタル者ハ市町村長ノ指揮ニ從ヒ救護ニ從事スヘシ
第七條 市町村長ハ救護ニ際シ必要ナラスト認ムル者、妨害ヲ爲シタル者又ハ不正ノ行爲ヲ爲シタル者ヲ退去セシムルコトヲ得
市町村長ハ救護ニ際シ暴行ヲ爲シタル者ノ身體ヲ拘束スルコトヲ得
市町村長前項ノ處分ヲ爲スニ當リ助力ヲ命セラレタル者ハ之ヲ拒ムコトヲ得ス
第八條 市町村長ハ救護ニ際シ遭難物件ヲ隱匿シタル者アリト認ムルトキハ其ノ物件ヲ搜索シ又ハ之ヲ差押フルコトヲ得
第九條 市町村長ハ遭難船舶其ノ他救上ケタル物件及前條ノ規定ニ依リ差押ヘタル物件ヲ保管スヘシ
前項ノ物件中ニ郵便物アルトキハ市町村長ハ遲滯ナク最近ノ郵便局ニ引渡スヘシ
第十條 船長ハ遭難後遲滯ナク船難報吿書ヲ作リ市町村長ニ差出スヘシ但シ船舶國籍證書ノ交付ヲ申請スルコトヲ要セサル船舶又ハ湖川港灣ノミヲ限リ航行スル船舶ノ遭難ニ付テハ此ノ限ニアラス
市町村長ハ報吿書ノ事實ヲ審査シ相當ト認ムルトキハ船長ノ請求ニ依リ認證ヲ與フヘシ
市町村長ハ報吿書ノ事實ヲ審査スル爲船內書類ノ提出ヲ命シ又ハ船員、旅客其ノ他船中ニ在リタル者ヲ呼出シ訊問ヲ爲スコトヲ得
第十一條 市町村長ハ救上ケタル物件左ニ揭クル事項ノ一ニ該當スト認メタルトキハ之ヲ公賣シ其ノ代金ヲ保管スヘシ
一 物件久ニ耐ヘ難キコト又ハ著シク其ノ價格ヲ減スル虞アルコト
二 爆發物、容易ニ燃燒スヘキ物又ハ其ノ他ノ物件ニシテ保管上危險ノ虞アルコト
三 保管ノ費用其ノ物件ノ價格ニ超過シ又ハ其ノ價格ニ比シ不相當ナルコト
前項ノ規定ニ依リ公賣ヲ爲サントスル場合ニ於テ船長其ノ地ニ在ルトキハ市町村長ハ期間ヲ定メ其ノ期間內ニ市町村長ノ相當ト認ムル擔保ヲ供シテ物件ノ引渡ヲ請求セサルトキハ公賣ニ付スヘキ旨ヲ船長ニ吿知スヘシ
遭難船舶ノ所在地船籍港ナルトキハ前項ノ吿知ハ船舶所有者ニ之ヲ爲スヘシ
船長又ハ船舶所有者ニ於テ第二項ノ規定ニ依リ物件ノ引渡ヲ請求シタルトキハ公賣ヲ爲スコトヲ得ス
第十二條 救護ニ關係シタル者ハ市町村長ヨリ救護費用ノ支給ヲ受クルコトヲ得
前項ノ規定ハ左ニ揭クル者ニハ之ヲ適用セス
一 救護セラレタル船舶ノ所有者又ハ其ノ船舶ノ船員
二 故意、懈怠又ハ過失ニ因リ遭難ヲ惹起シタル者
三 第五條ノ規定ニ違反シテ救護シタル者
四 救護ニ際シ妨害ヲ爲シ又ハ不正ノ行爲ヲ爲シタル者
五 遭難物件ヲ持去リ又ハ其ノ引渡ヲ拒ミタル者
第十三條 左ニ揭クルモノヲ以テ救護費用トス
一 救護ニ關係シタル者ノ勞務ノ報酬
二 第六條ノ規定ニ依ル土地ノ使用又ハ物件ノ徵用ニ對スル補償
三 救上ケタル物件ノ運搬、保管又ハ公賣ニ要シタル費用
第十四條 救護費用ノ支給ヲ受ケントスル者ハ市町村長ノ指定スル期間內ニ其ノ金額ヲ申立ツヘシ
前項ノ手續ヲ爲ササル者ハ救護費用ノ支給ヲ受クルコトヲ得ス
第十五條 救護費用ノ金額ハ命令ノ規定ニ依リ市町村長之ヲ定ム
市町村長ハ救護費用ノ金額ヲ船長ニ吿知シ期間ヲ定メテ之ヲ納付セシムヘシ
遭難船舶ノ所在地船籍港ナルトキ又ハ船長在ラサルトキハ前項ノ吿知ハ船舶所有者ニ之ヲ爲ヘシ
第十六條 船長又ハ船舶所有者ハ救護費用ヲ納付シテ市町村長ノ保管ニ係ル金錢其ノ他ノ物件ノ引渡ヲ受クヘシ
船長又ハ船舶所有者ニ於テ市町村長ノ相當ト認ムル擔保ヲ供スルトキハ前項ノ金錢其ノ他ノ物件ノ全部若ハ一部ノ引渡ヲ受クルコトヲ得
左ニ揭クル物件ハ前二項ノ規定ニ拘ラス其ノ引渡ヲ受クルコトヲ得
一 船員ノ所持品
二 船員及旅客ノ食料
三 運送賃ヲ支拂フコトナクシテ船中ニ携帶スル旅客ノ手荷物
四 第十七條第二項ニ揭クル物件
市町村長ノ保管スル船舶又ハ積荷ヲ賣却シ抵當ト爲シ又ハ質入セントスルトキハ市町村長ノ認可ヲ受クヘシ此ノ場合ニ於テ市町村長必要アリト認ムルトキハ之ニ立會フヘシ
前項ノ處分ニ因リ取得シタル金錢其ノ他ノ物件ハ市町村長之ヲ保管スヘシ
市町村長ニ於テ第十一條又ハ前項ノ規定ニ依リ金錢ヲ保管スル場合ニ其ノ金錢救護費用ノ金額ニ達シタルトキハ直ニ其ノ金錢ヲ以テ救護費用ヲ支辨シ其ノ殘額ハ保管ニ係ル他ノ物件ト共ニ船長又ハ船舶所有者ニ引渡スヘシ
第十七條 船長又ハ船舶所有者ニ於テ市町村長ノ定メタル期間內ニ救護費用ヲ納付セサルトキハ市町村長ハ保管ノ物件又ハ擔保トシテ差出シタル物件ヲ公賣シ其ノ代金ヲ保管スヘシ
前項ノ規定ハ市町村長ニ於テ公賣ヲ爲スモ其ノ代金ヲ以テ公賣ノ費用ヲ償フニ足ラスト認メタル物件ニハ之ヲ適用セス
第十八條 市町村長ハ納付ヲ受ケタル金額又ハ其ノ保管ニ係ル金錢ヲ以テ救護費用ヲ支辨スヘシ
第十九條 救護其ノ效ヲ奏セサルトキハ救護費用ハ國庫ヨリ之ヲ支給ス
船長又ハ船舶所有者救護費用ヲ納付セサル場合ニ於テ第十七條ニ定ムル手續ヲ爲シタル後市町村長ノ保管ニ係ル金錢ヲ以テ救護費用ヲ支辨スルニ足ラサルトキハ國庫ヨリ之ヲ補給シ殘餘アルトキハ船長又ハ船舶所有者ニ之ヲ還付ス
第二十條 本章ノ規定ハ市町村長ノ招集ヲ待タスシテ救護ニ從事シタル者ニ亦之ヲ適用ス但シ市町村長ニ於テ救護ニ干與セサルトキハ此ノ限ニアラス
第二十一條 本章中船長ニ關スル規定ハ船長ニ代リテ其ノ職務ヲ行フ者ニ亦之ヲ適用ス
第二十二條 第一條乃至第四條、第五條第一項、第六條乃至第九條、第十二條乃至第十四條、第十五條第一項第二項、第十八條、第十九條第一項、第二十條及第二十一條ノ規定ハ海軍艦船其ノ他官廳ノ所有スル船舶ニ亦之ヲ準用ス
第二十三條 本章ノ規定ハ條約ニ別段ノ定アル場合ニハ之ヲ適用セス
第二章 漂流物及沈沒品
第二十四條 漂流物又ハ沈沒品ヲ拾得シタル者ハ遲滯ナク之ヲ市町村長ニ引渡スヘシ但シ其ノ物件ノ所有者分明ナル場合ニ於テハ拾得ノ日ヨリ三日以內ニ限リ直ニ其ノ所有者ニ引渡スコトヲ得
前項但書ノ場合ニ於テハ拾得者ハ所有者ヨリ漂流物ニ在リテハ其ノ物件ノ價格ノ十分ノ一、沈沒品ニ在リテハ其ノ物件ノ價格ノ三分ノ一ニ相當スル金額以內ノ報酬ヲ受クルコトヲ得
第二十五條 市町村長ハ引渡ヲ受ケタル物件ヲ保管スヘシ
市町村長ハ前項ノ物件ヲ所有者ニ引渡スヘキコトヲ公吿スヘシ但シ其ノ所有者知レタルトキハ公吿スヘキ事項ヲ直ニ其ノ所有者ニ吿知スヘシ此ノ場合ニ於テハ公吿ヲ須井サルコトヲ得
第二十六條 第十一條第一項ノ規定ハ漂流物及沈沒品ニ之ヲ準用ス
第二十七條 市町村長ニ於テ第二十五條ノ公吿又ハ吿知ヲ爲シタル日ヨリ一箇年以內ニ限リ所有者ハ漂流物ニ在リテハ其ノ物件ノ價格ノ十分ノ一、沈沒品ニ在リテハ其ノ物件ノ價格ノ三分ノ一ニ相當スル金額竝公吿、保管、公賣又ハ評價ニ要シタル費用ヲ市町村長ニ納付シテ物件ノ引渡ヲ受クルコトヲ得
前項ノ場合ニ於テハ市町村長ハ拾得者ニ漂流物ニ在リテハ其ノ物件ノ價格ノ十分ノ一、沈沒品ニ在リテハ其ノ物件ノ價格ノ三分ノ一ニ相當スル金額ヲ支給ス
物件ノ價格ハ市町村長之ヲ定ム但シ鑑定人ヲシテ之ヲ評價セシムルコトヲ得
第二十八條 前條ノ期間內ニ所有者物件ノ引渡ヲ請求セサルトキ又ハ物件ノ引渡ヲ請求セサル意思ヲ表示シタルトキハ市町村長ハ期間ヲ定メ其ノ期間內ニ物件ノ引渡ヲ受クヘキコトヲ拾得者ニ吿知スヘシ
拾得者ハ前項ノ期間內ニ公吿、保管、公賣又ハ評價ニ要シタル費用ヲ市町村長ニ納付シ物件ノ引渡ヲ受クルニ因リテ其ノ所有權ヲ取得ス
拾得者ニ於テ前項ノ期間內ニ物件ノ引渡ヲ受ケサルトキハ市町村長ハ其ノ物件ヲ公賣シ其ノ代金ヨリ前項ノ費用ヲ控除スヘシ此ノ場合ニ於テ殘餘アルトキハ國庫ノ取得トシ不足アルトキハ國庫ヨリ之ヲ補給ス
第二十九條 警察官吏ニ於テ航路、錨地又ハ建造物ニ障害ヲ爲スト認メタル漂流物又ハ沈沒品ヲ取除キタル場合ニ於テハ警察官吏ハ其ノ物件ヲ市町村長ニ引渡スヘシ
前項ニ依リ市町村長ニ於テ引渡ヲ受ケタル物件ニ付テハ第十一條第一項及第二十五條第二項ノ規定ヲ適用ス
第三十條 前條ニ依リ公吿若ハ吿知ヲ爲シタル日ヨリ一箇年以內ニ所有者物件ノ引渡ヲ請求シタルトキハ市町村長ハ所有者ヲシテ取除、保管及公吿ニ要シタル費用ヲ納付セシメ之ニ其ノ物件ヲ引渡スヘシ
前項ノ期間內ニ物件ノ引渡ヲ請求スル者ナキトキハ市町村長ハ其ノ物件ヲ公賣シ其ノ代金ヲ以テ取除、保管、公吿及公賣ニ要シタル費用ヲ支辨スヘシ此ノ場合ニ於テ殘餘アルトキハ國庫ノ取得トシ不足アルトキハ國庫ヨリ之ヲ補給ス
第三章 罰則
第三十一條 遭難船舶救護ノ場合ニ於テ左ノ各號ニ該當スル者ハ五十圓以下ノ罰金ニ處ス
一 正當ノ理由ナクシテ市町村長ノ招集ニ應セス又ハ物件ノ徵用若ハ土地ノ使用ヲ拒ミタル者
二 第六條第二項ノ規定ニ違反シタル者
三 第七條第三項ノ規定ニ違反シタル者
第三十二條 遭難船舶救護ノ場合ニ於テ妨害ヲ爲シタル者ハ一月以上六月以下ノ重禁錮ニ處シ二十圓以下ノ罰金ヲ附加ス
第三十三條 第十條第一項ノ手續ヲ爲スコトヲ怠リタル者ハ五圓以上五十圓以下ノ罰金ニ處ス
第三十四條 詐僞ノ所爲ヲ以テ船難報吿書ニ認證ヲ受ケタル者ハ十一日以上六月以下ノ重禁錮ニ處シ又ハ三十圓以上三百圓以下ノ罰金ニ處ス
第三十五條 刑法第三百八十五條及第三百八十七條ノ規定ハ沈沒品ニ亦之ヲ適用ス
附 則
第三十六條 此ノ法律施行ノ期日ハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム
第三十七條 明治三年二月二十九日不開港場規則難船救助心得方條目、明治四年四月二十二日外國船漂著ノ節取扱方、明治八年第六十六號布吿及明治十年第五十五號布吿ハ此ノ法律施行ノ日ヨリ廢止ス
第三十八條 此ノ法律施行ノ際明治八年第六十六號布吿ニ依リ處分中ノ事件ニ付テハ其ノ處分ヲ終ルマテ該布吿ノ規定ヲ適用ス
第三十九條 此ノ法律ニ於ケル市町村長ノ事務ハ東京市、京都市及大阪市ニ於テハ區長之ヲ行ヒ市制町村制ヲ施行セサル地ニ於テハ戶長又ハ之ニ準スヘキ者之ヲ行フ
朕帝国議会ノ協賛ヲ経タル水難救護法ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム
御名御璽
明治三十二年三月二十八日
内閣総理大臣 侯爵 山県有朋
内務大臣 侯爵 西郷従道
逓信大臣 子爵 芳川顕正
法律第九十五号
水難救護法
第一章 遭難船舶
第一条 遭難船舶救護ノ事務ハ最初ニ事件ヲ認知シタル市町村長之ヲ行フ
第二条 遭難船舶アルコトヲ発見シタル者ハ遅滞ナク最近地ノ市町村長又ハ警察官吏ニ報告スヘシ
警察官吏ニ於テ報告ニ接シタルトキハ市町村長ニ通知スヘシ
第三条 遭難船舶アルコトヲ認知シタルトキハ市町村長ハ直ニ現場ニ臨ミ救護ニ必要ナル処分ヲ為スヘシ
第四条 警察官吏ハ救護ノ事務ニ関シ市町村長ヲ助ケ市町村長現場ニ在ラサルトキハ之ニ代リ其ノ職務ヲ執行スヘシ
第五条 救護ハ船長ノ意ニ反シテ之ヲ為スコトヲ得ス
前項ノ規定ハ市町村長ニ於テ船長ノ人命ヲ保護スル手段ヲ不充分ナリト認メ又ハ船長ニ悪意アリト認メタル場合ニハ之ヲ適用セス
第六条 市町村長ハ救護ノ為人ヲ招集シ船舶車馬其ノ他ノ物件ヲ徴用シ又ハ他人ノ所有地ヲ使用スルコトヲ得
前項ノ規定ニ依リ招集セラレタル者ハ市町村長ノ指揮ニ従ヒ救護ニ従事スヘシ
第七条 市町村長ハ救護ニ際シ必要ナラスト認ムル者、妨害ヲ為シタル者又ハ不正ノ行為ヲ為シタル者ヲ退去セシムルコトヲ得
市町村長ハ救護ニ際シ暴行ヲ為シタル者ノ身体ヲ拘束スルコトヲ得
市町村長前項ノ処分ヲ為スニ当リ助力ヲ命セラレタル者ハ之ヲ拒ムコトヲ得ス
第八条 市町村長ハ救護ニ際シ遭難物件ヲ隠匿シタル者アリト認ムルトキハ其ノ物件ヲ捜索シ又ハ之ヲ差押フルコトヲ得
第九条 市町村長ハ遭難船舶其ノ他救上ケタル物件及前条ノ規定ニ依リ差押ヘタル物件ヲ保管スヘシ
前項ノ物件中ニ郵便物アルトキハ市町村長ハ遅滞ナク最近ノ郵便局ニ引渡スヘシ
第十条 船長ハ遭難後遅滞ナク船難報告書ヲ作リ市町村長ニ差出スヘシ但シ船舶国籍証書ノ交付ヲ申請スルコトヲ要セサル船舶又ハ湖川港湾ノミヲ限リ航行スル船舶ノ遭難ニ付テハ此ノ限ニアラス
市町村長ハ報告書ノ事実ヲ審査シ相当ト認ムルトキハ船長ノ請求ニ依リ認証ヲ与フヘシ
市町村長ハ報告書ノ事実ヲ審査スル為船内書類ノ提出ヲ命シ又ハ船員、旅客其ノ他船中ニ在リタル者ヲ呼出シ訊問ヲ為スコトヲ得
第十一条 市町村長ハ救上ケタル物件左ニ掲クル事項ノ一ニ該当スト認メタルトキハ之ヲ公売シ其ノ代金ヲ保管スヘシ
一 物件久ニ耐ヘ難キコト又ハ著シク其ノ価格ヲ減スル虞アルコト
二 爆発物、容易ニ燃焼スヘキ物又ハ其ノ他ノ物件ニシテ保管上危険ノ虞アルコト
三 保管ノ費用其ノ物件ノ価格ニ超過シ又ハ其ノ価格ニ比シ不相当ナルコト
前項ノ規定ニ依リ公売ヲ為サントスル場合ニ於テ船長其ノ地ニ在ルトキハ市町村長ハ期間ヲ定メ其ノ期間内ニ市町村長ノ相当ト認ムル担保ヲ供シテ物件ノ引渡ヲ請求セサルトキハ公売ニ付スヘキ旨ヲ船長ニ告知スヘシ
遭難船舶ノ所在地船籍港ナルトキハ前項ノ告知ハ船舶所有者ニ之ヲ為スヘシ
船長又ハ船舶所有者ニ於テ第二項ノ規定ニ依リ物件ノ引渡ヲ請求シタルトキハ公売ヲ為スコトヲ得ス
第十二条 救護ニ関係シタル者ハ市町村長ヨリ救護費用ノ支給ヲ受クルコトヲ得
前項ノ規定ハ左ニ掲クル者ニハ之ヲ適用セス
一 救護セラレタル船舶ノ所有者又ハ其ノ船舶ノ船員
二 故意、懈怠又ハ過失ニ因リ遭難ヲ惹起シタル者
三 第五条ノ規定ニ違反シテ救護シタル者
四 救護ニ際シ妨害ヲ為シ又ハ不正ノ行為ヲ為シタル者
五 遭難物件ヲ持去リ又ハ其ノ引渡ヲ拒ミタル者
第十三条 左ニ掲クルモノヲ以テ救護費用トス
一 救護ニ関係シタル者ノ労務ノ報酬
二 第六条ノ規定ニ依ル土地ノ使用又ハ物件ノ徴用ニ対スル補償
三 救上ケタル物件ノ運搬、保管又ハ公売ニ要シタル費用
第十四条 救護費用ノ支給ヲ受ケントスル者ハ市町村長ノ指定スル期間内ニ其ノ金額ヲ申立ツヘシ
前項ノ手続ヲ為ササル者ハ救護費用ノ支給ヲ受クルコトヲ得ス
第十五条 救護費用ノ金額ハ命令ノ規定ニ依リ市町村長之ヲ定ム
市町村長ハ救護費用ノ金額ヲ船長ニ告知シ期間ヲ定メテ之ヲ納付セシムヘシ
遭難船舶ノ所在地船籍港ナルトキ又ハ船長在ラサルトキハ前項ノ告知ハ船舶所有者ニ之ヲ為ヘシ
第十六条 船長又ハ船舶所有者ハ救護費用ヲ納付シテ市町村長ノ保管ニ係ル金銭其ノ他ノ物件ノ引渡ヲ受クヘシ
船長又ハ船舶所有者ニ於テ市町村長ノ相当ト認ムル担保ヲ供スルトキハ前項ノ金銭其ノ他ノ物件ノ全部若ハ一部ノ引渡ヲ受クルコトヲ得
左ニ掲クル物件ハ前二項ノ規定ニ拘ラス其ノ引渡ヲ受クルコトヲ得
一 船員ノ所持品
二 船員及旅客ノ食料
三 運送賃ヲ支払フコトナクシテ船中ニ携帯スル旅客ノ手荷物
四 第十七条第二項ニ掲クル物件
市町村長ノ保管スル船舶又ハ積荷ヲ売却シ抵当ト為シ又ハ質入セントスルトキハ市町村長ノ認可ヲ受クヘシ此ノ場合ニ於テ市町村長必要アリト認ムルトキハ之ニ立会フヘシ
前項ノ処分ニ因リ取得シタル金銭其ノ他ノ物件ハ市町村長之ヲ保管スヘシ
市町村長ニ於テ第十一条又ハ前項ノ規定ニ依リ金銭ヲ保管スル場合ニ其ノ金銭救護費用ノ金額ニ達シタルトキハ直ニ其ノ金銭ヲ以テ救護費用ヲ支弁シ其ノ残額ハ保管ニ係ル他ノ物件ト共ニ船長又ハ船舶所有者ニ引渡スヘシ
第十七条 船長又ハ船舶所有者ニ於テ市町村長ノ定メタル期間内ニ救護費用ヲ納付セサルトキハ市町村長ハ保管ノ物件又ハ担保トシテ差出シタル物件ヲ公売シ其ノ代金ヲ保管スヘシ
前項ノ規定ハ市町村長ニ於テ公売ヲ為スモ其ノ代金ヲ以テ公売ノ費用ヲ償フニ足ラスト認メタル物件ニハ之ヲ適用セス
第十八条 市町村長ハ納付ヲ受ケタル金額又ハ其ノ保管ニ係ル金銭ヲ以テ救護費用ヲ支弁スヘシ
第十九条 救護其ノ効ヲ奏セサルトキハ救護費用ハ国庫ヨリ之ヲ支給ス
船長又ハ船舶所有者救護費用ヲ納付セサル場合ニ於テ第十七条ニ定ムル手続ヲ為シタル後市町村長ノ保管ニ係ル金銭ヲ以テ救護費用ヲ支弁スルニ足ラサルトキハ国庫ヨリ之ヲ補給シ残余アルトキハ船長又ハ船舶所有者ニ之ヲ還付ス
第二十条 本章ノ規定ハ市町村長ノ招集ヲ待タスシテ救護ニ従事シタル者ニ亦之ヲ適用ス但シ市町村長ニ於テ救護ニ干与セサルトキハ此ノ限ニアラス
第二十一条 本章中船長ニ関スル規定ハ船長ニ代リテ其ノ職務ヲ行フ者ニ亦之ヲ適用ス
第二十二条 第一条乃至第四条、第五条第一項、第六条乃至第九条、第十二条乃至第十四条、第十五条第一項第二項、第十八条、第十九条第一項、第二十条及第二十一条ノ規定ハ海軍艦船其ノ他官庁ノ所有スル船舶ニ亦之ヲ準用ス
第二十三条 本章ノ規定ハ条約ニ別段ノ定アル場合ニハ之ヲ適用セス
第二章 漂流物及沈没品
第二十四条 漂流物又ハ沈没品ヲ拾得シタル者ハ遅滞ナク之ヲ市町村長ニ引渡スヘシ但シ其ノ物件ノ所有者分明ナル場合ニ於テハ拾得ノ日ヨリ三日以内ニ限リ直ニ其ノ所有者ニ引渡スコトヲ得
前項但書ノ場合ニ於テハ拾得者ハ所有者ヨリ漂流物ニ在リテハ其ノ物件ノ価格ノ十分ノ一、沈没品ニ在リテハ其ノ物件ノ価格ノ三分ノ一ニ相当スル金額以内ノ報酬ヲ受クルコトヲ得
第二十五条 市町村長ハ引渡ヲ受ケタル物件ヲ保管スヘシ
市町村長ハ前項ノ物件ヲ所有者ニ引渡スヘキコトヲ公告スヘシ但シ其ノ所有者知レタルトキハ公告スヘキ事項ヲ直ニ其ノ所有者ニ告知スヘシ此ノ場合ニ於テハ公告ヲ須井サルコトヲ得
第二十六条 第十一条第一項ノ規定ハ漂流物及沈没品ニ之ヲ準用ス
第二十七条 市町村長ニ於テ第二十五条ノ公告又ハ告知ヲ為シタル日ヨリ一箇年以内ニ限リ所有者ハ漂流物ニ在リテハ其ノ物件ノ価格ノ十分ノ一、沈没品ニ在リテハ其ノ物件ノ価格ノ三分ノ一ニ相当スル金額並公告、保管、公売又ハ評価ニ要シタル費用ヲ市町村長ニ納付シテ物件ノ引渡ヲ受クルコトヲ得
前項ノ場合ニ於テハ市町村長ハ拾得者ニ漂流物ニ在リテハ其ノ物件ノ価格ノ十分ノ一、沈没品ニ在リテハ其ノ物件ノ価格ノ三分ノ一ニ相当スル金額ヲ支給ス
物件ノ価格ハ市町村長之ヲ定ム但シ鑑定人ヲシテ之ヲ評価セシムルコトヲ得
第二十八条 前条ノ期間内ニ所有者物件ノ引渡ヲ請求セサルトキ又ハ物件ノ引渡ヲ請求セサル意思ヲ表示シタルトキハ市町村長ハ期間ヲ定メ其ノ期間内ニ物件ノ引渡ヲ受クヘキコトヲ拾得者ニ告知スヘシ
拾得者ハ前項ノ期間内ニ公告、保管、公売又ハ評価ニ要シタル費用ヲ市町村長ニ納付シ物件ノ引渡ヲ受クルニ因リテ其ノ所有権ヲ取得ス
拾得者ニ於テ前項ノ期間内ニ物件ノ引渡ヲ受ケサルトキハ市町村長ハ其ノ物件ヲ公売シ其ノ代金ヨリ前項ノ費用ヲ控除スヘシ此ノ場合ニ於テ残余アルトキハ国庫ノ取得トシ不足アルトキハ国庫ヨリ之ヲ補給ス
第二十九条 警察官吏ニ於テ航路、錨地又ハ建造物ニ障害ヲ為スト認メタル漂流物又ハ沈没品ヲ取除キタル場合ニ於テハ警察官吏ハ其ノ物件ヲ市町村長ニ引渡スヘシ
前項ニ依リ市町村長ニ於テ引渡ヲ受ケタル物件ニ付テハ第十一条第一項及第二十五条第二項ノ規定ヲ適用ス
第三十条 前条ニ依リ公告若ハ告知ヲ為シタル日ヨリ一箇年以内ニ所有者物件ノ引渡ヲ請求シタルトキハ市町村長ハ所有者ヲシテ取除、保管及公告ニ要シタル費用ヲ納付セシメ之ニ其ノ物件ヲ引渡スヘシ
前項ノ期間内ニ物件ノ引渡ヲ請求スル者ナキトキハ市町村長ハ其ノ物件ヲ公売シ其ノ代金ヲ以テ取除、保管、公告及公売ニ要シタル費用ヲ支弁スヘシ此ノ場合ニ於テ残余アルトキハ国庫ノ取得トシ不足アルトキハ国庫ヨリ之ヲ補給ス
第三章 罰則
第三十一条 遭難船舶救護ノ場合ニ於テ左ノ各号ニ該当スル者ハ五十円以下ノ罰金ニ処ス
一 正当ノ理由ナクシテ市町村長ノ招集ニ応セス又ハ物件ノ徴用若ハ土地ノ使用ヲ拒ミタル者
二 第六条第二項ノ規定ニ違反シタル者
三 第七条第三項ノ規定ニ違反シタル者
第三十二条 遭難船舶救護ノ場合ニ於テ妨害ヲ為シタル者ハ一月以上六月以下ノ重禁錮ニ処シ二十円以下ノ罰金ヲ附加ス
第三十三条 第十条第一項ノ手続ヲ為スコトヲ怠リタル者ハ五円以上五十円以下ノ罰金ニ処ス
第三十四条 詐偽ノ所為ヲ以テ船難報告書ニ認証ヲ受ケタル者ハ十一日以上六月以下ノ重禁錮ニ処シ又ハ三十円以上三百円以下ノ罰金ニ処ス
第三十五条 刑法第三百八十五条及第三百八十七条ノ規定ハ沈没品ニ亦之ヲ適用ス
附 則
第三十六条 此ノ法律施行ノ期日ハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム
第三十七条 明治三年二月二十九日不開港場規則難船救助心得方条目、明治四年四月二十二日外国船漂著ノ節取扱方、明治八年第六十六号布告及明治十年第五十五号布告ハ此ノ法律施行ノ日ヨリ廃止ス
第三十八条 此ノ法律施行ノ際明治八年第六十六号布告ニ依リ処分中ノ事件ニ付テハ其ノ処分ヲ終ルマテ該布告ノ規定ヲ適用ス
第三十九条 此ノ法律ニ於ケル市町村長ノ事務ハ東京市、京都市及大阪市ニ於テハ区長之ヲ行ヒ市制町村制ヲ施行セサル地ニ於テハ戸長又ハ之ニ準スヘキ者之ヲ行フ