佐々木東洋 (第4版 [大正4(1915)年1月] の情報)
位階・勲等・功級 | ||
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爵位・身分・家柄 | 東京府士族 | |
職業 | 醫學博士、杏雲堂佐ゝ木病院長 | |
性別 | 男性 | |
生年月日 | 天保十年七月五日 (1839) | |
親名・続柄 | 佐々木震澤の長男 | |
家族 | 妻 みね 嘉永六、一〇生、石川、士、三宅復一妹 男 政吉 安政三、一一生、醫學博士、現戸主 | |
記述部分(略伝) | 君は東京府士族佐々木震澤の長男にして天保十年七月五日を以て生る家代々醫を業とす幼にして出藍の譽あり漢方醫の到底洋醫に如かさるを見て奮勵洋醫に從ひ大に得る所あり後杏雲堂佐々木醫院を建て普く診療に從事し曩に東京醫會會長に擧けらる現時所得税九百二十餘圓を納む 養子梅(明一一、二生、醫學博士、三宅秀二女)は埼玉縣平民福田謙之に嫁せり | |
住所・電話番号 | 東京、神田、駿河臺北甲賀町一一 電話本局二九五〇 | |
参照人物(親類) | 佐々木政吉、三宅秀、※三浦謹之助、※佐々木勇之助、※中村直次郞、※仁田大八郞 | |
参照次数 | 6 (※なし2) | |
読み | ささき とうよう | |
別名 |