English

井上馨 (第4版 [大正4(1915)年1月] の情報)

位階・勲等・功級正二位、大勳位
爵位・身分・家柄侯爵、舊山口藩士
職業大臣禮遇議定官、貴族院議員
性別男性
生年月日天保六年十一月二十八日 (1836)
親名・続柄 井上光亨の二男 **
家族妻 武子 嘉永五、三生、男爵新田忠純姉
養子 勝之助 文久元、七生、亡兄五郞三郞二男
記述部分(略伝)君は山口藩士井上五郞三郞の弟にして福原榮太郞の叔父なり天保六年十一月二十八日を以て生る維新前後に於て大村益次郞と共に幕兵と戰ひ福山城を陷る明治元年一月參與に任し同年九月九州鎭撫總督參謀を經爾來長崎縣判事兼外國官判事佐渡縣知事民部大丞大藏大輔議官等に歷任し八年十二月特命辨理大臣として朝鮮に差遣され十一年參議兼工部卿に十二年法制局長官に同年九月外務卿に任し十七年十二月特命全權大使として朝鮮に差遣され十八年十二月外務大臣に二十年宮中顧問官に二十一年農商務大臣に二十五年内務大臣に任し二十七年特命▲權公使として朝鮮駐劄を仰付られ三十一年大藏大臣に任し同六月之を辭し特に前官の禮遇を賜はる三十九年四月日露事件の功に依り侯爵を授けられ正二位大勳位に叙せらる現今議定官貴族院議員にして我邦の元勳たり
養女かな(明八、二生)は故公爵桂太郞に嫁し甥勇吉(同三、二生)は故公爵伊藤博文の養嗣子となり(後博邦と改む)養女龍子(嘉永二、一二生)は伯爵山田英夫の先々代顯義に養女光子(明七、一〇生)は男爵都筑馨六に嫁せり
住所・電話番号東京、麻布、宮村町四二 電話芝八二
参照人物(親類)公爵桂廣太郞、公爵伊藤博邦、伯爵山田英夫井上勝之助、男爵新田忠純、男爵都筑馨六福原榮太郞
参照次数7 (※なし7)
読みいのうえ かおる
別名
画像を表示