古谷久綱 (第4版 [大正4(1915)年1月] の情報)
位階・勲等・功級 | 正五位、勳三等 | |
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爵位・身分・家柄 | 愛媛縣平民 | |
職業 | 武部官、李王職御用掛 | |
性別 | 男性 | |
生年月日 | 明治七年六月十七日 (1874) | |
親名・続柄 | 古谷綱紀の長男 | |
家族 | 父 綱紀 嘉永六、八生、現戸主 妻 美代子 明一五、五生、子爵伊東二郞丸姉 弟 重綱 明九、六生 男 綱孝 明三五、五生 | |
記述部分(略伝) | 君は愛媛縣平民古谷綱紀の長男にして同重綱の兄なり明治七年六月十七日を以て生る幼にして才名あり曾て海外に遊ひ法制の學を修め後國民新聞社に入りて其記者となり明治三十三年高等商業學校教授に任す伊藤公の總理大臣となるや擧けられて其祕書官となり明治三十五年伊藤公に隨ひ歐米各國を巡視し明治三十八年公の韓國統監となるや君其祕書官となり後樞密院議長祕書官となり終始公の眷寵を受く公の遼陽に於て兇徒に斃れたる際君亦傷を被むる現時前記の職に在り 家族は前記の外長女禮子(明三六、八生)あり | |
住所・電話番号 | 東京、赤坂、檜町三 電話芝五三四〇 | |
参照人物(親類) | 子爵伊東二郞丸、古谷綱紀、古谷重綱、※侯爵木戸孝正、※子爵川上素一、※子爵山尾庸三 | |
参照次数 | 6 (※なし3) | |
読み | ふるや ひさつな | |
別名 |