前島密 (第4版 [大正4(1915)年1月] の情報)
位階・勲等・功級 | 從二位、勳二等 | |
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爵位・身分・家柄 | 男爵、舊高田藩士 | |
職業 | 日清生命保險株式會社取締役▲日本海員掖濟會理事長 | |
性別 | 男性 | |
生年月日 | 天保六年一月七日 (1835) | |
親名・続柄 | 上野助右衞門の二男 | |
家族 | 妻 なか 嘉永元、一生、靜岡、士、清水與一郞長女 男 彌 明六、三生、從五位、日清▲刷株式會社▲日清生命保險株式會社、豐國火災保險株式會社各取締役 婦 米子 明一三、七生、長男彌妻、子爵山尾庸三四女 | |
記述部分(略伝) | 君は舊高田藩士上野助右衞門の二男にして天保六年一月七日を以て越後高田に生る幼名を房五郞と稱す年十三甫めて江戸に出て〻醫學を修む明治二年以來民部大藏の各省に出仕し租税權正驛遞權正となる紙幣制度調査▲命を受け歐洲に航し歸朝後直に驛遞頭に任せらる後内務省に轉し少輔より大輔に進み驛遞勸業局長元老院議官等に歷任す同十四年官を辭して改進黨に入り同十九年東京專門學校長に推さる君甞て遞信次官の職にあるや新聞雜誌の郵税を半減し電話の官業を經營する等其功頗る顯著なるものあり後身を實業界に投し北越鐵道株式會社取締役東洋汽船株式會社石狩石炭株式會社の各監査役を勤め貴族院議員日本海員掖濟會理事長の職にあり同三十五年萬國聯合郵便加盟二十五年紀念祝典に際し往年の功を嘉みせられ男爵を授けらる 家族は前記の外孫みち(明三五、一生、長男彌長女)同勘一郞(同三六、二生、同長男)同鐵(同三八、三生、同二女)同銀(同三九、七生、同三女)同鋼(同四三、二生、同五女)同定二郞(大二、一生、同二男)あり 長女不二(明二、三生)は早稻田大學長高田早苗に二女きく(同五、九生)は靜岡縣士族松島鉦四郞に三女むつ(同八、一一生)は兵庫縣平民市瀨恭次郞に嫁し四女由理(同二二、五生)は東京府士族文學士吉澤義則に嫁せり | |
住所・電話番号 | 東京、小石川、關口町二〇七 電話番町八三五乙 | |
参照人物(親類) | 子爵山尾庸三、高田早苗、市瀨恭次郞、※侯爵木戸孝正、※伯爵廣澤金治郞 | |
参照次数 | 5 (※なし3) | |
読み | まえじま ひそか | |
別名 | 房五郞 |