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太田資業 (第4版 [大正4(1915)年1月] の情報)

位階・勲等・功級正五位
爵位・身分・家柄子爵、舊遠州濱松藩主
職業
性別男性
生年月日明治十五年十月七日 (1882)
親名・続柄 太田資美の三男
家族妻 楳子 明一九、一一生、子爵戸田忠行五女
男 資博 大正二、一生
大祖母 寳子 安政元、一〇生
記述部分(略伝)當家は源三位賴政の裔太田資國より出つ數代を經て太田道灌に至る道灌より五世の孫を資宗といふ德川氏に仕へ十世資美に至り世々遠州濱松に居城す資美文久二年三月封を襲き明治元年四月從五位下に同二年六月柴山藩知事に同九年宮中祗候に任し同十七年七月子爵を授けらる
君は其三男にして明治十五年十月七日を以て生れ大正二年十二月家督を繼き襲爵仰付らる
家族は前記の外妹種子(明三五、一〇生)弟總次郞(同四一、四生)長女文子(同四一、一〇生)二女松子(同四三、六生)三女竹子(同四三、六生)弟安郞(同四三、一生)あり
養妹美禰(同九、九生、千葉士、亡甲賀秀實二女)は佐賀縣士族鶴田乙五に妹倉子(同一七、八生)は子爵成瀨止雄に嫁し伯母きよ子嘉永二、一〇生)は子爵▲倉勝貞の母たり
住所・電話番号東京、本鄕、駒込千駄木町五〇 電話下谷二〇七三
参照人物(親類)子爵戸田忠行、子爵板倉勝貞、子爵内藤政擧、子爵成瀨正雄
参照次数4 (※なし4)
読みおおた すけなり
別名
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