小村欣一 (第4版 [大正4(1915)年1月] の情報)
位階・勲等・功級 | 正五位、勳六等 | |
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爵位・身分・家柄 | 侯爵、宮崎縣華族 | |
職業 | 外務書記官、貴族院議員 | |
性別 | 男性 | |
生年月日 | 明治十六年五月十三日 (1883) | |
親名・続柄 | 小村壽太郞の長男 | |
家族 | 母 マチ 慶應元、八生、東京、士、朝比奈孝一二女 妻 溫 明二〇、一生、東京、士、平山成信長女 弟 捷治 明二八、五生 | |
記述部分(略伝) | 當家は先代小村壽太郞より家名を揚ぐ壽太郞は舊飫肥藩士にして夙に法學を修め明治八年米國に留學を命ぜられハーバート大學を卒業す歸朝後判事に任じ尋で外務省に轉じ外務權少書記官同省飜譯課長公使館一等書記官辨理公使政務局長特命全權公使外務次官等に歷任し同三十一年更に特命全權公使に任じ米露清各國に駐剳せり同三十四年外務大臣に親任せられ日英同盟條約締結の功に依り男爵を授けらる日露戰役に際し外務大臣の職に在り媾和全權大使として米國ポーツマスに媾和條約を締結せり後ち英國駐劄特命全權大使に任ぜられ第二次桂内閣成るや入りて再び外務大臣となり同四十年九月勳功に依り伯爵に尋で侯爵に陞さる 君は其長男にして明治十六年五月十三日を以て生れ同四十四年十二月家督を相續し襲爵仰付らる同四十年七月東京帝國大學法科大學政治科を卒業して法學士の稱號を得同年十月外交官領事官試驗に合格し外交官補に任ぜられ清國在勤を命ぜらる同四十一年十一月英國に轉じ同四十四年六月大使館三等書記官に同四十五年三月外務書記官に昇進し現に外務省政務局に在勤せり 家族は前記の外長女淑(大二、一一生)あり 妹フミ(明一九、七生)は工學博士佐分利一嗣弟貞男に嫁せり | |
住所・電話番号 | 東京、小石川、原町一三三 電話番町七四一 | |
参照人物(親類) | 平山成信、佐分利一嗣 | |
参照次数 | 2 (※なし2) | |
読み | こむら きんいち | |
別名 |