Japanese

西鄕寅太郞 (4th Edition [January 1915] )

Rank/ Honors/ Grade從四位、勳三等、功五級
Title/ Family rank etc.侯爵、舊鹿兒島藩士
Occupation陸軍步兵中佐,步兵第一聯隊附,貴族院議員
Gender男性
Birthday慶應二年七月十二日 (1866)
Parent and relation 西鄕隆盛の長男
Family母 イト 天保一四、七生、鹿兒島、士、岩山八郞太二女
妻 ノブ 明一〇、五生、鹿兒島、士、園田實德長女
男 隆輝 明三五、八生
女 愛子 明三三、九生
弟 午次郞 明四、三生
弟妻 ヒデ 明一九、六生、弟午次郞妻、島根、士、堀藤十郞二女
叔母 マス 安政四、四生、亡叔父小兵衛妻、鹿兒島、士、有馬純右衞門長女
從弟 幸吉 明九、五生、亡叔父小兵衛長男
Biography君は南洲西鄕隆盛の長男にして侯爵西鄕從德の從兄なり慶應二年七月十二日を以て生れ明治十一年四月家督を相續す長して身を軍籍に列し獨逸に留學普國陸軍士官學校卒業普國陸軍步兵少尉に任し普國第六軍團第十二師團第二十二旅團第三十二聯隊附に補せられ歸朝後陸軍戸山學校射擊科を卒業して明治二十五年陸軍少尉に任し現官に累進す其間近衛步兵第三聯隊附同大隊副官同中隊長步兵第五十五聯隊大隊長等に補せられ日清戰役及臺灣征討に從軍せり又英照皇太后御靈代奉還供奉獨乙國ハインリツヒ親王殿下儀仗兵司令第一師管軍法會議判士第一聯隊大隊長の要職に補せらる先是明治三十五年六月亡父隆盛の偉勳により華族に列し侯爵を授けらる
家族は前記の外二女敦子(明三六、八生)三女勝子(同三七、八生)三男吉之助(同三九、七生)同四男隆永(同四一、八生五男隆國(同四三、五生)六男隆明(同四四、一一生)七男隆正(大二、二生)姪芳子(明四二、一〇生、弟午次郞長女)甥隆一(同四二、一二生、同長男)同隆次(同四四、一二生、同二男)同正二(大二、二生)あり
兄菊次郞(文久元、一生)は其妻子を携帶分家せり
Address phone東京、麻市、市兵衞町二ノ八八 電話芝一三八
Relative侯爵西鄕從德,園田實德,堀藤十郞,※男爵柴山矢八,※石丸龍太郞,※川上左七郞,※鈴木繁,※澤原俊雄,※齋藤幾太
Degree9 (except※3)
Pronounciationさいごう とらたろう
Another name
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