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小山正太郞 (第4版 [大正4(1915)年1月] の情報)

位階・勲等・功級
爵位・身分・家柄東京府士族
職業畫伯、美術審査委員會委員
性別男性
生年月日安政四年一月二十一日 (1857)
親名・続柄 小山良運の長男
家族妻 スミ 明九、一一生、鹿兒島、士、正五位勳三等、陸軍大佐家村住義二女
男 越郞 明三一、一〇生
女 靜 明三三、七生
弟 吉郞 萬延元、三生
弟 秋作 文久二、六生
記述部分(略伝)君は舊長岡藩士小山良運の長男にして安政四年一月二十一日を以て生る幼にして長岡藩立崇德館耕道義塾長岡英學校に學び明治四年上京して川上寬及佛人ゲリノーに從ひ研學し同九年工學寮美術學校に學ぶ後同校助手東京師範學校圖畫教師文部省出仕等となる同十一年十一社を設立して洋畫の普及を圖り又屢展覽會を開設して斯道の發展に力を致せり同十四年以來内國勸業博覽會開設に際し每に其審査官たり日清役の際筆を提げて軍に從ひ其實況を視察し歸來平壤旅順の二大激戰「パノラマ」を製作し江湖の好評を博せり後歐洲美術視察の途に上り佛英伊の三國を遊歷す家塾を不同社と云ふ就て學ぶもの數百を出つ又美術審査委員會委員を命せられ現に其職に在り
家族は前記の外二女中(明三五、一〇生)三女沙河(同三七、一二生)二男鵠郞(同四一、一生)四女良(同四五、一生)あり
住所・電話番号東京、小石川、指ケ谷町七六
参照人物(親類)小山吉郞小山秋作
参照次数2 (※なし2)
読みこやま しょうたろう
別名
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