船越光之丞 (第4版 [大正4(1915)年1月] の情報)
位階・勲等・功級 | 從四位、勳四等 | |
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爵位・身分・家柄 | 男爵、廣島縣華族 | |
職業 | 大使▲參事官、青島外交部長 | |
性別 | 男性 | |
生年月日 | 慶應三年二月二十二日 (1867) | |
親名・続柄 | 船越衞の長男 | |
家族 | 妻 松子 明一一、八生、公爵山縣有朋二女 男 光輔 明二九、一一生 妹 やす 明二九、一〇生 妹 敏 明三一、一〇生 叔父 隆義 明一六、三生 叔母 喜美 明二五、六生、叔父隆義妻、海軍中將加藤友三郞長女 | |
記述部分(略伝) | 當家は先代船越衞より顯はる衞は舊廣島藩士にして夙に大村益次郞に就き學ひ明治元年以降司法兵部▲軍内務の各省に歷任し後ち宮城石川各縣知事となり勳功により特に華族に列し男爵を授けられ明治四十三年樞密顧問官に任せらる 君は其嫡男にして慶應三年二月二十二日を以て生れ大正二年十二月家督を相續し襲爵仰付らる明治二十七年九月外交官領事官試驗に合格し領事官補となりて浦鹽斯德に後領事として釜山桑港に公使館三等書記官として米國及英國に在勤し後本省に入りて外務書記官に任し同三十九年五月大使館二等書記官として墺國に駐劄し同三十九年十一月同一等書記官に進み大使館參事官に陞▲獨國大使館參事官の任にありしか日獨の國交破れて歸朝し臨時外務省勤務となりしが現時▲島外交部長たり 家族は前記の外三男三郞(明三六、六生)從弟達(同二〇、四生、同縣人小林房次郞弟)弟明(同四二、一二生)從妹多喜大二、一生、叔父隆義長女)あり 叔母くら(嘉永六、一二生)は東京府平民山中隣之助に同キヨ(明一二、九生)は靜岡縣士族石井徹に嫁せり | |
住所・電話番号 | 東京、麴町、五番町一四 電話番町二〇五八 | |
参照人物(親類) | 公爵山縣有朋、加藤友三郞、山中隣之助、石井徹 | |
参照次数 | 4 (※なし4) | |
読み | ふなこし みつのじょう | |
別名 |