小川一眞 (第4版 [大正4(1915)年1月] の情報)
位階・勲等・功級 | ||
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爵位・身分・家柄 | 東京府士族 | |
職業 | 小川寫眞製版所、寫眞撮影製版印刷書籍出版業 | |
性別 | 男性 | |
生年月日 | 萬延元年一月十五日 (1860) | |
親名・続柄 | 原田庄左衛門の二男 | |
家族 | 妻 婉 明五、五生、伯爵板垣退助三女 男 一雄 明二〇、五生 婦 豐子 明二三、三生、男一雄妻、子爵水野忠陽姉 | |
記述部分(略伝) | 君は武州忍藩士原田庄左衛門の二男にして萬延元年一月十五日を以て生る夙に東京に出て英學を硏究し後寫眞術に志し非常の艱苦を甞めて之を外人に學ひ更に斯術の蘊奥を探らんと欲し米國軍艦の乘組員となり米國に渡航し同國ボストン府に於て斯道大家の門に入り肖像畫法不變色寫眞術乾板銅版等の技術を究め明治十八年歸朝後開業して獨特の技を振ふ君開業以來今日に至る迄屢々其製作品を博覽會に出品して賞牌賞狀を得たる事擧けて數ふへからす曩に米國萬國博覽會開設せらるるや君萬國寫眞公會商議員として渡米し其出品第一等賞牌の月桂冠を得たり又幾多の新發明をなし斯道の進步に貢献せしもの尠なからす四十三年六月藍綬褒章を賜ひ其功續を表彰せらる現時直接國税千四百餘圓を納む 孫眞吉(明四三、五生、長男一雄長男同滿壽子(同四四、一一生、同長女)同幸子(大二、一生、同二女)あり | |
住所・電話番号 | 東京、京橋、日吉町一三 電話新橋三九二 | |
参照人物(親類) | 伯爵板垣退助、子爵水野忠陽 | |
参照次数 | 2 (※なし2) | |
読み | おがわ かずまさ | |
別名 |