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北島齊孝 (初版 [明治36(1903)年4月] の情報)

位階・勲等・功級正四位
爵位・身分・家柄男爵
職業出雲大社權宮司
性別男性
生年月日文久三年七月二十九日 (1863)
親名・続柄 北島修孝の子
家族妻 延子 文久三年三月生伯爵清閑寺經房姉
男 貴孝 明治十七年七月生
記述部分(略伝)當家は天穗日命の後胤出雲國國造宮向宿禰の裔出雲國造千家孝時の二男出雲國造北島六郞貞孝の後なり初め眞孝の兄清孝多病なるを以て父孝時貞孝に神職を襲ぐべき旨を遺言す母の懇請に依り後貞孝に承けしむる約を以て清孝に襲がしむ清孝父の命を背き後職を其子孝宗に讓る茲に訴訟起り遂に國造兩家となり一を北島と一を千家と稱し年中の祭事を二分して執行せしと貞孝より十九代を經て全孝に至る全孝國事に功勞あり明治四年華族に列せられ其子修孝繼ぎ明治十七年男爵を授けらる
君は其男にして文久三年七月二十九日を以て生れ明治十五年出雲大社權宮司となり同二十六年家督を相續し同二十年出雲大社禰宮に同二十三年再び出雲大社權宮司に任ぜらる明治十年從五位に同二十七年從四位に叙せらる
家族は前記の外女順子(明治二十八年九月生)妹福子(同二年七月生)は子爵冷泉爲勇に嫁せり
住所・電話番号島根縣簸川郡杵築町六〇
参照人物(親類)伯爵清閑寺經房、子爵冷泉爲勇
参照次数2
読みきたじま なりのり
別名