国税滞納処分法
法令番号: 法律第三十二號
公布年月日: 明治22年12月21日
法令の形式: 法律
朕國稅滯納處分法ヲ裁可シ玆ニ之ヲ公布セシム
御名御璽
明治二十二年十二月二十日
內閣總理大臣 公爵 三條實美
大藏大臣 伯爵 松方正義
法律第三十二號
國稅滯納處分法
第一章 總則
第一條 國稅ノ滯納ニ係ルモノハ關稅ヲ除クノ外總テ此法律ニ依テ處分ス
第二條 國稅ヲ其納期限ヲ過キ完納セサル者アルトキハ收入官吏ヨリ督促令狀ヲ發スヘシ
督促令狀ヲ發スルトキハ手數料トシテ一通ニ付金三錢ヲ徵收スヘシ
第三條 滯納者督促令狀ヲ受タル日ヨリ五日以內ニ稅金ヲ完納セサルトキハ其所有財產ヲ差押ヘ賣却シテ之ヲ徵收スヘシ
第四條 滯納者ノ納稅義務ハ滯納處分濟ヲ以テ終ルモノトス
第五條 滯納者財產ノ價格處分費ヲ償フテ剩餘ヲ得ル見込ナキトキハ差押ヲ爲スコトヲ得ス此場合ニ於テモ亦前條ニ同シ
第六條 滯納處分費滯納稅金ニ付テハ他ノ債主ニ對シ先取權アルモノトス但滯納シタル稅金ノ納期限ヨリ一箇年前ニ質入書入ト爲シタル財產ニ付テハ此限ニ在ラス
第七條 酒類醬油造石稅ニ付滯納處分ヲ爲ストキ其課額既ニ定マリタル稅金ハ未タ其納期ニ至ラサルモ滯納稅金ト併セテ之ヲ徵收スヘシ
第八條 滯納處分費ハ左ニ揭クル費目ニシテ督促令狀手數料ヲ除クノ外實際支辨スルモノヲ云フ
第一 督促令狀手數料
第二 差押調書及賣却調書調製費
第三 滯納者又ハ其債主若クハ負債者ニ對スル通信費
第四 評價人看守人又ハ競賣人ノ給料
第五 差押物件ノ運搬保管又ハ賣却ニ要スル諸費
第六 公吿費
第七 訴訟ニ要スル諸費
第九條 滯納者ニ於テ賣却決行ノ前日マテニ處分費稅金ヲ完納スルトキハ其財產ノ差押ヲ解クヘシ
第三者ヨリ滯納者ノ爲メニ前項ノ金額ヲ代納シタルトキ亦同シ
第十條 滯納處分執行ニ關シ不服アリテ出訴スル者アルモ其處分ノ執行ヲ停止セス
第十一條 收入官吏ノ收入管轄地外ニ於テ滯納處分ヲ爲スコトヲ要スルトキハ收入官吏ヨリ其處分ヲ爲スヘキ地ノ收入官吏ニ之ヲ囑託スルコトヲ得但他ノ地方管內ニ係ルトキハ收入官吏ハ其所屬長官ヲ經テ囑託ノ手續ヲ爲スモノトス
第二章 差押
第十二條 財產差押ヲ爲ストキハ地方長官ヨリ差押命令書ヲ發シ收入官吏ヲシテ之ヲ執行セシムヘシ
第十三條 財產差押ヲ爲ストキハ處分費稅金ニ充ル金額ヲ目途トシ通貨ヲ先ニシ次ニ左ノ順序ニ從ヒ其物件ノ賣却代價ヲ見積リ逐次差押ヲ爲スヘシ但第一第二第三ノ物件ハ事宜ニ依リ順序ニ拘ハラス之ヲ差押フルコトヲ得又物件ノ分割スヘカラサルモノ及分割スレハ價値ヲ減スヘシト認ムルモノハ其全部ヲ差押フルコトヲ得
第一 地金銀、公債證書、株券、手形、其他ノ證券
第二 農業其他營業上ノ生產物、製造物及賣品
第三 第一第二ニ揭ケサル動產及一月以內ニ收獲シ得ヘキ土地ノ生產物
第四 債主權
第五 不動產
第六 質入書入ト爲シタル財產但質屋營業者ニ質入シタル動產ヲ除ク
第十四條 主タル物件ノ差押ハ其物件ヨリ生スル利益又ハ生產物ニモ其効力ヲ及ホスモノトス
第十五條 滯納處分著手以前ニ裁判執行ノ爲メニ滯納者ノ財產一部ヲ差押ヘラレタル場合ニ於テハ其殘部ヲ差押フヘシ其賣却代價處分費稅金ニ對シ不足ナルヘシト認ムルトキハ該裁判所ニ照會シテ其不足金額ヲ請求スヘシ
第十六條 第十三條第一第二第三ノ物件ニシテ滯納者所有ノ家屋倉庫其他滯納者所用ノ場所ニ現在スルモノハ滯納者ノ所有ニ非サル旨ヲ申吿スト雖モ其證據分明ナラサルトキハ之ヲ差押フルコトヲ得
第十七條 前條ノ場合ニ於テ差押物件ノ取戾ヲ請求セントスル者ハ賣却決行ノ五日前マテニ所有主タルノ證憑ヲ具ヘテ收入官吏ニ其取戾ヲ請求スヘシ
第十八條 左ニ揭クル物件ハ之ヲ差押フルコトヲ得ス
第一 滯納者及其同居家族ノ生活上缺クヘカラサル衣服、寢具、家具及廚具
第二 滯納者及其同居家族ノ人口ヲ量リ三十日間ノ生活ニ必要ナル食料及薪炭
第三 實印
第四 祭祀ニ必要ナル物品及石碑、墓地
第五 滯納者ノ家ニ必要ナル系譜、日記、書付類
第六 滯納者及其同居家族ノ身分ニ必要ナル制服、祭服、法衣
第七 勳章其他名譽ノ章票
第八 修學上必要ナル敎科書、器具
第九 發明ニ係ル未定ノ物品、未タ發行セサル著譯書類
第十 滯納者ノ同居家族ノ財產ニシテ一箇年前ニ官簿ニ記載シタルモノ若クハ一箇年前ニ記名シタル公債證書、株券、手形其他ノ證券
但所得稅ニ關シテハ此限ニ在ラス
第十九條 左ニ揭クル物件ハ他ニ處分費稅金ヲ償フニ足ルヘキ物件存在スルトキハ滯納者ノ選擇ニ依リ差押ヲ爲サヽルモノトス
第一 農業ニ必要ナル器具、種子、肥料及牛馬竝ニ其飼料
第二 職業ニ必要ナル器具及材料
第二十條 收入官吏ハ財產差押ヲ爲スタメ滯納者ノ家屋倉庫其他ノ場所ニ立入ルコトヲ得
滯納者他人ノ家屋倉庫其他ノ場所ニ物件ヲ藏匿スト思料スルトキハ收入官吏其場所ニ立入リ取調ヲ爲スコトヲ得
收入官吏滯納者又ハ他人ノ家屋倉庫其他ノ場所ニ立入ルハ日出ヨリ日沒マテノ時間ニ限ルヘシ
第二十一條 收入官吏滯納者ノ家屋倉庫其他ノ場所ニ立入ルトキハ滯納者若クハ其同居家族他人ノ家屋倉庫其他ノ場所ニ立入ルトキハ其所用者若クハ其同居家族ヲシテ立會ハシムヘシ
滯納者又ハ所用者及其同居家族トモ不在ナルトキハ隣佑一名以上又ハ市町村若クハ警察ノ吏員ヲシテ立會ハシムヘシ
第二十二條 收入官吏ハ財產差押ヲ爲スニ當リ門戶倉庫房室及筐匣等ノ閉鎖シアルトキハ之ヲ開カシメ又ハ自ラ之ヲ開クコトヲ得
第二十三條 收入官吏財產差押ヲ爲ストキハ差押命令書ヲ携帶シ滯納者若クハ立會人ノ求ニ依リ之ヲ示スヘシ
第二十四條 財產ヲ差押ヘタルトキハ收入官吏其差押調書ヲ作リ立會人ト共ニ署名捺印シ其謄本ヲ立會人ニ交付スヘシ
第二十五條 通貨及第十三條第一ノ物件ヲ差押ヘタルトキハ封印シテ其地ノ市町村長ニ預ケ第十三條第二以下ノ物件ヲ差押ヘタルトキハ其目錄ヲ添テ其地ノ市町村長ニ之ヲ預ケ其預リ證書ヲ取ルヘシ
第二十六條 左ノ場合ニ於テハ滯納者又ハ其同居家族ヲシテ差押物件ノ保管ヲ爲サシムルコトヲ得
第一 收入官吏ニ於テ必要ト認ムルトキ
第二 運搬ニ困難ナルトキ又ハ多額ノ運搬費ヲ要スルトキ
此場合ニ於テハ封印又ハ其他ノ方法ニ依リ差押物件タルコトヲ明ニスヘシ又必要ナル場合ニ於テハ看守人ヲ置クヘシ
第二十七條 債主權ヲ差押ヘタル場合ニ於テハ收入官吏ヨリ負債者ニ對シ差押ノ通知ヲ爲スヘシ
負債者前項ノ通知ヲ受ケタル後滯納者ニ對シ其義務ヲ履行シタルトキハ其履行ノ効ナキモノトス
第二十八條 不動產及船舶ヲ差押ヘタルトキハ收入官吏ハ所轄登記所ニ照會シテ差押ノ記入ヲ受クヘシ
第二十九條 質入書入ト爲シタル財產ヲ差押ヘタル場合ニ於テハ收入官吏ハ差押物件、處分費、稅金額及賣却決行ノ期日ヲ其債主ニ通知スヘシ
前項ノ場合ニ當リ其債主ニ於テ處分費稅金ヲ完納シタルトキハ其差押ヲ解クヘシ
第三章 賣却
第三十條 財產差押ノ手續ヲ終リタルトキハ收入官吏ハ其翌日ヨリ三日以後五日以內ニ賣却公吿ノ手續ヲ爲スヘシ
賣却ノ公吿ハ左ノ場所ニ揭示シテ三日以上之ヲ爲スヘシ
第一 課稅地ノ郡市役所及區役所若クハ町村役場ノ揭示場
第二 物件所在ノ場所
賣却物件ノ價多額ナルカ又ハ滯納者ノ請求アルカ又ハ收入官吏必要ト認ムル場合ニ於テハ前項ニ揭クル場所ノ外近傍人民群集地ニ揭示シ又ハ其地方ノ新聞紙ニ其要件ヲ公吿スルコトアルヘシ
第三十一條 差押物件ハ入札若クハ競賣ノ方法ヲ以テ之ヲ公賣スルモノトス但法律規則ニ依リ取扱ニ制限アル物件ハ此限ニ在ラス
前項但書ノ物件及豫定總價格一圓未滿ノ差押物件ハ公賣ニ付セス評價ヲ以テ之ヲ賣却スルコトヲ得
第三十二條 差押物件ヲ賣却セントスルトキハ收入官吏ニ於テ其物件ノ價格ヲ豫定シ之ヲ封書トシ入札若クハ競賣ノ場所ニ置クヘシ
第三十三條 賣却ハ差押物件所在ノ市町村內ニ於テ之ヲ爲スヘシ但收入官吏ニ於テ必要ナリト認ムルトキハ他ノ地ニ於テ之ヲ賣却スルコトヲ得
第三十四條 滯納者及賣却ヲ爲ス地方ノ稅務ニ關スル官吏雇員ハ直接ト間接トヲ問ハス其賣却物件ヲ買受ルコトヲ得ス
第三十五條 第十三條第一第二第三ノ物件ハ公吿ノ日ヨリ十日以外第四第五第六ノ物件ハ二十日以外ニ於テ賣却ヲ爲スヘシ
第三十六條 差押物件損敗シ易キモノ又ハ多額ノ保存費ヲ要スルモノ又ハ其價額ヲ著シク減少スルノ恐アルモノナルトキハ前條ノ日限ニ拘ハラス之ヲ賣却スルコトヲ得
第三十七條 收獲前ニ差押ヘタル生產物ハ其成熟ノ後之ヲ賣却スヘシ
第三十八條 債主權ヲ差押ヘタル場合ニ於テハ負債者其義務ヲ認メタル後之ヲ賣却スヘシ若シ負債者其義務ヲ認メサルトキハ收入官吏ハ其差押ヲ解キ更ニ他ノ物件ヲ差押フルコトヲ得
負債者其義務ヲ認メサル場合ニ於テ他ニ差押フヘキ物件ナキトキハ收入官吏ハ裁判所ニ出訴スルコトヲ得
第三十九條 不動產及船舶ノ公賣ハ入札ヲ以テ之ヲ爲スヘシ
第四十條 賣却ヲ爲スニ當リ買受望人ナキカ又ハ其買受價額カ豫定價格ニ達セサルトキハ收入官吏ハ其豫定價格ノ幾分ヲ減シテ更ニ豫定價格ヲ定メ再公賣ヲ爲スヘシ此場合ニ於テ尙ホ買受望人ナキカ又ハ其買受價額尙ホ豫定價格ニ達セサルトキハ其豫定價格ヲ以テ其物件ヲ政府ニ買上ケ其代金ヲ處分費稅金ニ充ツヘシ
第十三條但書ニ依リ差押ヘタル全部ノ物件ヲ政府ニ買上ケタル場合ニ於テ其代金ヲ處分費稅金ニ充テ尙ホ殘餘アルトキハ第四十三條ニ依リテ處分スヘシ
第四十一條 賣却ヲ終リタルトキハ收入官吏ハ賣却調書ヲ製シ買受人ト共ニ署名捺印シテ其謄本ヲ滯納者ニ交付スヘシ質入書入ノ物件ヲ賣却シタル場合ニ於テハ其債主ニモ其謄本ヲ交付スヘシ
買受人賣却調書ニ署名捺印スルコト能ハサルトキハ其事由ヲ記載スヘシ
債主權ヲ賣却シタル場合ニ於テハ負債者ニ買受人ノ住所氏名ヲ通知スヘシ
第四十二條 賣却シタル物件登記ヲ要スルモノナルトキハ收入官吏ハ落札達書及代金完納ノ證書ヲ買受人ニ交付スヘシ
第四十三條 差押物件ノ賣却代金及差押ヘタル通貨ハ處分費稅金ニ充テ尙ホ殘餘アルトキハ之ヲ滯納者ニ還付スヘシ
賣却シタル物件質入書入ト爲シタルモノナルトキハ其代金ヨリ先ツ處分費稅金ヲ扣除シ次ニ其負債金額ニ充ルマテヲ債主ニ交付シ尙ホ殘餘アレハ之ヲ滯納者ニ還付スヘシ若シ滯納稅金ノ納期限ヨリ一箇年前ニ質入書入ト爲シタルモノナルトキハ其代金ヨリ先ツ其負債金額ニ充ルマテヲ債主ニ交付シ次ニ處分費稅金ヲ扣除シ尙ホ殘餘アレハ之ヲ滯納者ニ還付スヘシ
前二項ノ場合ニ於テ滯納者ニ對シ裁判ノ執行アルトキハ其殘餘金ハ該裁判所ニ送付スヘシ
第四十四條 債主ニ交付スヘキ金額ハ賣却調書ノ謄本及計算書ヲ滯納者ニ交付シタル後五日ヲ經テ之ヲ交付スヘシ若シ五日以內ニ滯納者ヨリ異議ヲ申立ルトキハ其事由ヲ債主ニ通知シ雙方連署ノ書面又ハ確定裁判ノ言渡書ヲ以テ其金額受取方ヲ申出タルトキ之ヲ交付スヘシ
第四章 送達
第四十五條 滯納處分ニ關シ滯納者又ハ其債主若クハ負債者ニ對シ書類ヲ送達スルニハ使丁ヲシテ之ヲ送達セシムヘシ但送達ヲ受クヘキ者遠隔ノ地ニ在ル場合ニ於テハ書留郵便ヲ以テ送達スルコトヲ得
第四十六條 使丁ハ送達書類ヲ本人ニ渡スヘシ本人不在ナルトキハ同居人ニ渡スヘシ
使丁ハ送達書類ヲ受取リタル者ヨリ領收書ヲ取リテ收入官吏ニ差出スヘシ若シ受取人領收書ヲ記スルコト能ハサルトキハ使丁代テ之ヲ記シ其旨ヲ附記シテ捺印セシムヘシ
第四十七條 送達ヲ爲スニ當リ本人不在ニシテ且本人ニ代リテ受取ルヘキ者アラサルトキハ送達書類ヲ其地ノ市町村長ニ渡シ市町村長ハ其書類ヲ受取人ニ渡シ其領收書ヲ取リテ收入官吏ニ差出スヘシ
第四十八條 市町村長ニ於テ相當ノ處置ヲ爲スモ書類ヲ受取人ニ渡スコト能ハサルトキハ公示スヘシ
公示ハ送達スヘキ書類ノ要旨ヲ摘記シテ之ヲ其本人所在地ノ市役所若クハ區役所若クハ町村役場ノ揭示場ニ三日間揭示スルモノトス
前項ノ揭示ヲ爲シタル日ヨリ五日ヲ經過スルトキハ書類ノ送達アリタルモノト看做スヘシ
第四十九條 郵便ヲ以テ書類ヲ送達スルニ當リ受取人ノ住居不分明ニシテ配達スルコト能ハサルトキハ收入官吏ハ其書類ヲ市町村長ニ送致シ市町村長ハ前二條ニ依リ處分スヘシ
第五章 罰則
第五十條 正當ノ理由ナクシテ第二十一條第一項ノ立會ニ應セサル者ハ二圓以上十圓以下ノ罰金ニ處ス
第五十一條 滯納處分ニ對シ財產ヲ藏匿脫漏シ又ハ虛僞ノ契約ヲ爲シタル者ハ一月以上二年以下ノ重禁錮ニ處ス
差押物件ノ保管者其保管ニ係ル物件ヲ藏匿脫漏費消若クハ故意ニ毀損シタル者モ亦同シ
情ヲ知テ前二項ノ所爲ヲ幇助シ又ハ虛僞ノ契約ヲ承諾シタル者ハ各本刑ニ一等ヲ減ス
附 則
第五十二條 市町村制ヲ施行セサル土地ニ在テハ市町村長ノ職務ハ區戶長之ヲ行フヘシ
第五十三條 此法律ハ明治二十三年一月一日ヨリ施行ス但沖繩縣及東京府管轄小笠原島伊豆七島ハ之ヲ施行セス
第五十四條 明治十年第七十九號布吿及現行法令中此法律ニ牴觸スル條項ハ總テ廢止ス
朕国税滞納処分法ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム
御名御璽
明治二十二年十二月二十日
内閣総理大臣 公爵 三条実美
大蔵大臣 伯爵 松方正義
法律第三十二号
国税滞納処分法
第一章 総則
第一条 国税ノ滞納ニ係ルモノハ関税ヲ除クノ外総テ此法律ニ依テ処分ス
第二条 国税ヲ其納期限ヲ過キ完納セサル者アルトキハ収入官吏ヨリ督促令状ヲ発スヘシ
督促令状ヲ発スルトキハ手数料トシテ一通ニ付金三銭ヲ徴収スヘシ
第三条 滞納者督促令状ヲ受タル日ヨリ五日以内ニ税金ヲ完納セサルトキハ其所有財産ヲ差押ヘ売却シテ之ヲ徴収スヘシ
第四条 滞納者ノ納税義務ハ滞納処分済ヲ以テ終ルモノトス
第五条 滞納者財産ノ価格処分費ヲ償フテ剰余ヲ得ル見込ナキトキハ差押ヲ為スコトヲ得ス此場合ニ於テモ亦前条ニ同シ
第六条 滞納処分費滞納税金ニ付テハ他ノ債主ニ対シ先取権アルモノトス但滞納シタル税金ノ納期限ヨリ一箇年前ニ質入書入ト為シタル財産ニ付テハ此限ニ在ラス
第七条 酒類醬油造石税ニ付滞納処分ヲ為ストキ其課額既ニ定マリタル税金ハ未タ其納期ニ至ラサルモ滞納税金ト併セテ之ヲ徴収スヘシ
第八条 滞納処分費ハ左ニ掲クル費目ニシテ督促令状手数料ヲ除クノ外実際支弁スルモノヲ云フ
第一 督促令状手数料
第二 差押調書及売却調書調製費
第三 滞納者又ハ其債主若クハ負債者ニ対スル通信費
第四 評価人看守人又ハ競売人ノ給料
第五 差押物件ノ運搬保管又ハ売却ニ要スル諸費
第六 公告費
第七 訴訟ニ要スル諸費
第九条 滞納者ニ於テ売却決行ノ前日マテニ処分費税金ヲ完納スルトキハ其財産ノ差押ヲ解クヘシ
第三者ヨリ滞納者ノ為メニ前項ノ金額ヲ代納シタルトキ亦同シ
第十条 滞納処分執行ニ関シ不服アリテ出訴スル者アルモ其処分ノ執行ヲ停止セス
第十一条 収入官吏ノ収入管轄地外ニ於テ滞納処分ヲ為スコトヲ要スルトキハ収入官吏ヨリ其処分ヲ為スヘキ地ノ収入官吏ニ之ヲ嘱託スルコトヲ得但他ノ地方管内ニ係ルトキハ収入官吏ハ其所属長官ヲ経テ嘱託ノ手続ヲ為スモノトス
第二章 差押
第十二条 財産差押ヲ為ストキハ地方長官ヨリ差押命令書ヲ発シ収入官吏ヲシテ之ヲ執行セシムヘシ
第十三条 財産差押ヲ為ストキハ処分費税金ニ充ル金額ヲ目途トシ通貨ヲ先ニシ次ニ左ノ順序ニ従ヒ其物件ノ売却代価ヲ見積リ逐次差押ヲ為スヘシ但第一第二第三ノ物件ハ事宜ニ依リ順序ニ拘ハラス之ヲ差押フルコトヲ得又物件ノ分割スヘカラサルモノ及分割スレハ価値ヲ減スヘシト認ムルモノハ其全部ヲ差押フルコトヲ得
第一 地金銀、公債証書、株券、手形、其他ノ証券
第二 農業其他営業上ノ生産物、製造物及売品
第三 第一第二ニ掲ケサル動産及一月以内ニ収獲シ得ヘキ土地ノ生産物
第四 債主権
第五 不動産
第六 質入書入ト為シタル財産但質屋営業者ニ質入シタル動産ヲ除ク
第十四条 主タル物件ノ差押ハ其物件ヨリ生スル利益又ハ生産物ニモ其効力ヲ及ホスモノトス
第十五条 滞納処分著手以前ニ裁判執行ノ為メニ滞納者ノ財産一部ヲ差押ヘラレタル場合ニ於テハ其残部ヲ差押フヘシ其売却代価処分費税金ニ対シ不足ナルヘシト認ムルトキハ該裁判所ニ照会シテ其不足金額ヲ請求スヘシ
第十六条 第十三条第一第二第三ノ物件ニシテ滞納者所有ノ家屋倉庫其他滞納者所用ノ場所ニ現在スルモノハ滞納者ノ所有ニ非サル旨ヲ申告スト雖モ其証拠分明ナラサルトキハ之ヲ差押フルコトヲ得
第十七条 前条ノ場合ニ於テ差押物件ノ取戻ヲ請求セントスル者ハ売却決行ノ五日前マテニ所有主タルノ証憑ヲ具ヘテ収入官吏ニ其取戻ヲ請求スヘシ
第十八条 左ニ掲クル物件ハ之ヲ差押フルコトヲ得ス
第一 滞納者及其同居家族ノ生活上欠クヘカラサル衣服、寝具、家具及厨具
第二 滞納者及其同居家族ノ人口ヲ量リ三十日間ノ生活ニ必要ナル食料及薪炭
第三 実印
第四 祭祀ニ必要ナル物品及石碑、墓地
第五 滞納者ノ家ニ必要ナル系譜、日記、書付類
第六 滞納者及其同居家族ノ身分ニ必要ナル制服、祭服、法衣
第七 勲章其他名誉ノ章票
第八 修学上必要ナル教科書、器具
第九 発明ニ係ル未定ノ物品、未タ発行セサル著訳書類
第十 滞納者ノ同居家族ノ財産ニシテ一箇年前ニ官簿ニ記載シタルモノ若クハ一箇年前ニ記名シタル公債証書、株券、手形其他ノ証券
但所得税ニ関シテハ此限ニ在ラス
第十九条 左ニ掲クル物件ハ他ニ処分費税金ヲ償フニ足ルヘキ物件存在スルトキハ滞納者ノ選択ニ依リ差押ヲ為サヽルモノトス
第一 農業ニ必要ナル器具、種子、肥料及牛馬並ニ其飼料
第二 職業ニ必要ナル器具及材料
第二十条 収入官吏ハ財産差押ヲ為スタメ滞納者ノ家屋倉庫其他ノ場所ニ立入ルコトヲ得
滞納者他人ノ家屋倉庫其他ノ場所ニ物件ヲ蔵匿スト思料スルトキハ収入官吏其場所ニ立入リ取調ヲ為スコトヲ得
収入官吏滞納者又ハ他人ノ家屋倉庫其他ノ場所ニ立入ルハ日出ヨリ日没マテノ時間ニ限ルヘシ
第二十一条 収入官吏滞納者ノ家屋倉庫其他ノ場所ニ立入ルトキハ滞納者若クハ其同居家族他人ノ家屋倉庫其他ノ場所ニ立入ルトキハ其所用者若クハ其同居家族ヲシテ立会ハシムヘシ
滞納者又ハ所用者及其同居家族トモ不在ナルトキハ隣佑一名以上又ハ市町村若クハ警察ノ吏員ヲシテ立会ハシムヘシ
第二十二条 収入官吏ハ財産差押ヲ為スニ当リ門戸倉庫房室及筐匣等ノ閉鎖シアルトキハ之ヲ開カシメ又ハ自ラ之ヲ開クコトヲ得
第二十三条 収入官吏財産差押ヲ為ストキハ差押命令書ヲ携帯シ滞納者若クハ立会人ノ求ニ依リ之ヲ示スヘシ
第二十四条 財産ヲ差押ヘタルトキハ収入官吏其差押調書ヲ作リ立会人ト共ニ署名捺印シ其謄本ヲ立会人ニ交付スヘシ
第二十五条 通貨及第十三条第一ノ物件ヲ差押ヘタルトキハ封印シテ其地ノ市町村長ニ預ケ第十三条第二以下ノ物件ヲ差押ヘタルトキハ其目録ヲ添テ其地ノ市町村長ニ之ヲ預ケ其預リ証書ヲ取ルヘシ
第二十六条 左ノ場合ニ於テハ滞納者又ハ其同居家族ヲシテ差押物件ノ保管ヲ為サシムルコトヲ得
第一 収入官吏ニ於テ必要ト認ムルトキ
第二 運搬ニ困難ナルトキ又ハ多額ノ運搬費ヲ要スルトキ
此場合ニ於テハ封印又ハ其他ノ方法ニ依リ差押物件タルコトヲ明ニスヘシ又必要ナル場合ニ於テハ看守人ヲ置クヘシ
第二十七条 債主権ヲ差押ヘタル場合ニ於テハ収入官吏ヨリ負債者ニ対シ差押ノ通知ヲ為スヘシ
負債者前項ノ通知ヲ受ケタル後滞納者ニ対シ其義務ヲ履行シタルトキハ其履行ノ効ナキモノトス
第二十八条 不動産及船舶ヲ差押ヘタルトキハ収入官吏ハ所轄登記所ニ照会シテ差押ノ記入ヲ受クヘシ
第二十九条 質入書入ト為シタル財産ヲ差押ヘタル場合ニ於テハ収入官吏ハ差押物件、処分費、税金額及売却決行ノ期日ヲ其債主ニ通知スヘシ
前項ノ場合ニ当リ其債主ニ於テ処分費税金ヲ完納シタルトキハ其差押ヲ解クヘシ
第三章 売却
第三十条 財産差押ノ手続ヲ終リタルトキハ収入官吏ハ其翌日ヨリ三日以後五日以内ニ売却公告ノ手続ヲ為スヘシ
売却ノ公告ハ左ノ場所ニ掲示シテ三日以上之ヲ為スヘシ
第一 課税地ノ郡市役所及区役所若クハ町村役場ノ掲示場
第二 物件所在ノ場所
売却物件ノ価多額ナルカ又ハ滞納者ノ請求アルカ又ハ収入官吏必要ト認ムル場合ニ於テハ前項ニ掲クル場所ノ外近傍人民群集地ニ掲示シ又ハ其地方ノ新聞紙ニ其要件ヲ公告スルコトアルヘシ
第三十一条 差押物件ハ入札若クハ競売ノ方法ヲ以テ之ヲ公売スルモノトス但法律規則ニ依リ取扱ニ制限アル物件ハ此限ニ在ラス
前項但書ノ物件及予定総価格一円未満ノ差押物件ハ公売ニ付セス評価ヲ以テ之ヲ売却スルコトヲ得
第三十二条 差押物件ヲ売却セントスルトキハ収入官吏ニ於テ其物件ノ価格ヲ予定シ之ヲ封書トシ入札若クハ競売ノ場所ニ置クヘシ
第三十三条 売却ハ差押物件所在ノ市町村内ニ於テ之ヲ為スヘシ但収入官吏ニ於テ必要ナリト認ムルトキハ他ノ地ニ於テ之ヲ売却スルコトヲ得
第三十四条 滞納者及売却ヲ為ス地方ノ税務ニ関スル官吏雇員ハ直接ト間接トヲ問ハス其売却物件ヲ買受ルコトヲ得ス
第三十五条 第十三条第一第二第三ノ物件ハ公告ノ日ヨリ十日以外第四第五第六ノ物件ハ二十日以外ニ於テ売却ヲ為スヘシ
第三十六条 差押物件損敗シ易キモノ又ハ多額ノ保存費ヲ要スルモノ又ハ其価額ヲ著シク減少スルノ恐アルモノナルトキハ前条ノ日限ニ拘ハラス之ヲ売却スルコトヲ得
第三十七条 収獲前ニ差押ヘタル生産物ハ其成熟ノ後之ヲ売却スヘシ
第三十八条 債主権ヲ差押ヘタル場合ニ於テハ負債者其義務ヲ認メタル後之ヲ売却スヘシ若シ負債者其義務ヲ認メサルトキハ収入官吏ハ其差押ヲ解キ更ニ他ノ物件ヲ差押フルコトヲ得
負債者其義務ヲ認メサル場合ニ於テ他ニ差押フヘキ物件ナキトキハ収入官吏ハ裁判所ニ出訴スルコトヲ得
第三十九条 不動産及船舶ノ公売ハ入札ヲ以テ之ヲ為スヘシ
第四十条 売却ヲ為スニ当リ買受望人ナキカ又ハ其買受価額カ予定価格ニ達セサルトキハ収入官吏ハ其予定価格ノ幾分ヲ減シテ更ニ予定価格ヲ定メ再公売ヲ為スヘシ此場合ニ於テ尚ホ買受望人ナキカ又ハ其買受価額尚ホ予定価格ニ達セサルトキハ其予定価格ヲ以テ其物件ヲ政府ニ買上ケ其代金ヲ処分費税金ニ充ツヘシ
第十三条但書ニ依リ差押ヘタル全部ノ物件ヲ政府ニ買上ケタル場合ニ於テ其代金ヲ処分費税金ニ充テ尚ホ残余アルトキハ第四十三条ニ依リテ処分スヘシ
第四十一条 売却ヲ終リタルトキハ収入官吏ハ売却調書ヲ製シ買受人ト共ニ署名捺印シテ其謄本ヲ滞納者ニ交付スヘシ質入書入ノ物件ヲ売却シタル場合ニ於テハ其債主ニモ其謄本ヲ交付スヘシ
買受人売却調書ニ署名捺印スルコト能ハサルトキハ其事由ヲ記載スヘシ
債主権ヲ売却シタル場合ニ於テハ負債者ニ買受人ノ住所氏名ヲ通知スヘシ
第四十二条 売却シタル物件登記ヲ要スルモノナルトキハ収入官吏ハ落札達書及代金完納ノ証書ヲ買受人ニ交付スヘシ
第四十三条 差押物件ノ売却代金及差押ヘタル通貨ハ処分費税金ニ充テ尚ホ残余アルトキハ之ヲ滞納者ニ還付スヘシ
売却シタル物件質入書入ト為シタルモノナルトキハ其代金ヨリ先ツ処分費税金ヲ扣除シ次ニ其負債金額ニ充ルマテヲ債主ニ交付シ尚ホ残余アレハ之ヲ滞納者ニ還付スヘシ若シ滞納税金ノ納期限ヨリ一箇年前ニ質入書入ト為シタルモノナルトキハ其代金ヨリ先ツ其負債金額ニ充ルマテヲ債主ニ交付シ次ニ処分費税金ヲ扣除シ尚ホ残余アレハ之ヲ滞納者ニ還付スヘシ
前二項ノ場合ニ於テ滞納者ニ対シ裁判ノ執行アルトキハ其残余金ハ該裁判所ニ送付スヘシ
第四十四条 債主ニ交付スヘキ金額ハ売却調書ノ謄本及計算書ヲ滞納者ニ交付シタル後五日ヲ経テ之ヲ交付スヘシ若シ五日以内ニ滞納者ヨリ異議ヲ申立ルトキハ其事由ヲ債主ニ通知シ双方連署ノ書面又ハ確定裁判ノ言渡書ヲ以テ其金額受取方ヲ申出タルトキ之ヲ交付スヘシ
第四章 送達
第四十五条 滞納処分ニ関シ滞納者又ハ其債主若クハ負債者ニ対シ書類ヲ送達スルニハ使丁ヲシテ之ヲ送達セシムヘシ但送達ヲ受クヘキ者遠隔ノ地ニ在ル場合ニ於テハ書留郵便ヲ以テ送達スルコトヲ得
第四十六条 使丁ハ送達書類ヲ本人ニ渡スヘシ本人不在ナルトキハ同居人ニ渡スヘシ
使丁ハ送達書類ヲ受取リタル者ヨリ領収書ヲ取リテ収入官吏ニ差出スヘシ若シ受取人領収書ヲ記スルコト能ハサルトキハ使丁代テ之ヲ記シ其旨ヲ附記シテ捺印セシムヘシ
第四十七条 送達ヲ為スニ当リ本人不在ニシテ且本人ニ代リテ受取ルヘキ者アラサルトキハ送達書類ヲ其地ノ市町村長ニ渡シ市町村長ハ其書類ヲ受取人ニ渡シ其領収書ヲ取リテ収入官吏ニ差出スヘシ
第四十八条 市町村長ニ於テ相当ノ処置ヲ為スモ書類ヲ受取人ニ渡スコト能ハサルトキハ公示スヘシ
公示ハ送達スヘキ書類ノ要旨ヲ摘記シテ之ヲ其本人所在地ノ市役所若クハ区役所若クハ町村役場ノ掲示場ニ三日間掲示スルモノトス
前項ノ掲示ヲ為シタル日ヨリ五日ヲ経過スルトキハ書類ノ送達アリタルモノト看做スヘシ
第四十九条 郵便ヲ以テ書類ヲ送達スルニ当リ受取人ノ住居不分明ニシテ配達スルコト能ハサルトキハ収入官吏ハ其書類ヲ市町村長ニ送致シ市町村長ハ前二条ニ依リ処分スヘシ
第五章 罰則
第五十条 正当ノ理由ナクシテ第二十一条第一項ノ立会ニ応セサル者ハ二円以上十円以下ノ罰金ニ処ス
第五十一条 滞納処分ニ対シ財産ヲ蔵匿脱漏シ又ハ虚偽ノ契約ヲ為シタル者ハ一月以上二年以下ノ重禁錮ニ処ス
差押物件ノ保管者其保管ニ係ル物件ヲ蔵匿脱漏費消若クハ故意ニ毀損シタル者モ亦同シ
情ヲ知テ前二項ノ所為ヲ幇助シ又ハ虚偽ノ契約ヲ承諾シタル者ハ各本刑ニ一等ヲ減ス
附 則
第五十二条 市町村制ヲ施行セサル土地ニ在テハ市町村長ノ職務ハ区戸長之ヲ行フヘシ
第五十三条 此法律ハ明治二十三年一月一日ヨリ施行ス但沖縄県及東京府管轄小笠原島伊豆七島ハ之ヲ施行セス
第五十四条 明治十年第七十九号布告及現行法令中此法律ニ牴触スル条項ハ総テ廃止ス