移民保護法違犯詐欺取財竝附帶私訴ノ件

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大審院刑事判決録（刑録）13輯600頁

被告方勝英四郎公訴上告趣意書第一点第二審判決は根拠なくして事実を認定し、且、擬律の錯誤ある違法の判決なり。 原審の認めたる事実によれば「被告方勝英四郎は相前後して八十三番館に到り交交「きやんへる」に対し仏国郵船は俄かに三十円迄船賃を減額し移民乗船の運動を開始せるより各移民は該郵船に乗組まんとするの形勢を生じ不穏の状態を呈したり。 此際当方にても其以下に減額するにあらざれば布哇行移民乗客は悉皆失ふべき旨詐言し」とあるも此認定したる事実の内仏国郵船が三十円迄俄かに船賃を減じたる事は真実の事実にて詐言にあらず。 次に各移民は該汽船に乗組まんとするの形勢を生じ不穏の状態を呈したりと被告等現在の事実に付、陳述したる如く事実を認定しあるも被告等は現在の事実に付、右様の陳述をなしたる事なし。 且つ原審が摘示されたる証拠中にも被告等が右様の陳述をなしたる証拠一もなし此点に於て原判決は根拠なくして事実を認定したる違法の判決たるを免れず又被告等が此際当方に於ても其以下に減額するにあらざれば布哇行移民乗客は悉皆失ふべしとの陳述は未来の事実に係る被告等の陳述にて意見に過ぎざれば其事実発生の如何[いかん]に不係詐言と云ふ[いう]を得ず。 要するに詐欺取財を構成するには現在の事実に付き不実の陳述をなし人を欺罔せざれば構成せざるに原審が未来の事実に対する意見も詐欺取財を構成する如く判決をなしたるは擬律の錯誤たる違法の判決たるを免れずと云ふ[いう]に在れども◎原判決は其判文に列挙する証拠を綜合[そうごう]し被告等は仏国郵船が俄に[にわかに]三十円迄船賃を減額し移民乗船の運動を開始せるより東洋汽船株式会社外二会社の代理店たる八十三番館きやんへるに対し各移民は仏国郵船に乗組まんとする形勢を生じ不穏の状態を呈したり。 此際八十三番館にても其以下に船賃を減額するにあらざれば布哇行移民乗客は悉皆失ふべき旨を詐言しきやんべるを欺きたる事実を認めたること判文上明なれば証拠に依らず所論の事実を確定したるものにあらず。 而して[しこうして]人を錯誤に陥らしむべき詐言は其現在の事実なると否とを問はず詐欺取財の欺罔手段たることを妨げざれば原判決に認むる被告の所為は委託金騙取[へんしゅ]罪を構成するや論なし。 故に本論旨は理由なし。

第二点第二審判決は理由を付せず、且、擬律の錯誤たる違法の判決たるを免れず原審判決は被告等の所為に対し刑法第三百九十五条を適用せられたるものなるか同条の犯罪を構成するには騙取[へんしゅ]拐帯詐欺の外委託を受けたる金銭を費消したる事実なかるべからず。 然るに原審の被告等に対し認定したる事実によるときは被告両名は委託を受たる金銭を費消したる事実の認定なし。 （殊に原審に於て被告等は其金銭を費消しをらざる事を主張し立証しあり）此点に於て原審判決は擬律錯誤の違法なり。 若し又被告等が既に其金銭を費消したるものと認めたりとすれば其理由を付せざるべからざるに其理由の記載なきは理由不備の違法たるを免れずと云ふ[いう]に在れども◎原判決に依れば被告等は委託されたる船賃を費消したる事実にあらず。 委託者を欺き該船賃を横領したるものなれば右金額費消の事実は本件に於ける犯罪の成否には何等の関係なきを以て之を明示せざるも不法とせず。 故に本論旨は理由なし。

第三点第二審判決は理由を付せず理由齟齬[そご]し、且、擬律の錯誤ある違法の判決たるを免れず刑法第三百九十五条の犯罪を構成するは委託関係なかるべからず。 随で其委託関係者の誰たる事は判決に明示せざるべからず。 然るに原審判決は（斎藤英四郎が極力尽力せんことを依頼せられたるより被告方勝と相謀り云云被告英四郎は予期の如く同館主「きやんべる」に迫り尚船賃の減額を要求したるに同人は結局移民一人に付、九円の報酬を与ふべきことを約諾せし外何等応する所なかりし云云被告方勝英四郎は相前後して八十三番館に到り云云同人をして真実被告両名の言の如く船賃を減額するに非ざれば移民乗客を失ふ。 恐あるものと誤信せしめ終に[ついに]移民一人船賃二十五円に減額するに至らしめたり。 ）とあるのみにて原審判決の事実によると被告等が「きやんべる」に対する旅客運送契約者なるや移民が契約者なるや不明にて随で被告等と「きやんべる」との関係は委託関係なるや否不明にして此点に於て原審判決は理由不備の判決たるを免れず被告等主張の如く若し被告等が「きやんべる」に対し橋本外三人のなしたる契約の如く移民一人に付、金二十五円にて旅客運送契約をなし、而して[しこうして]被告等が移民に対し移民一人に付、四十五円にて運送する契約をなしたるものとせんか商行為に過ぎずして何等犯罪を構成せざること勿論にて原審立会検事が「きやんべる」は被告等と契約をなし被告等は移民と契約をなしたるものと認め公訴を放棄せられたるも同意見にて本件に付て「きやんべる」のなしたる契約者を取極むる事は尤も[もっとも]必要の争点なり。 而して[しこうして]原審認定事実の前段（英四郎が極力尽力せんことを依頼せられたるより云云報酬を与ふべきことを約諾せし云云）とある点によるときは被告等は「きやんべる」に対し旅客運送契約をなしたるものに非ずして「きやんべる」は移民と直接の旅客運送契約をなし被告等は単に労力（初め報酬契約後に無報酬）をなしたる如く見え。 而して[しこうして]後段に於て（乗客を失ふものと誤信せしめ終に[ついに]移民一人に付、船賃二十五円に減額するに至らしめたり。 ）とある点によるときは被告等が旅客運送契約をなすに当り「きやんべる」を誤信せしめたる様にも見え左すれば第二審判決は前段と後段と理由齟齬[そご]する判決たるを免れず被告等が「きやんべる」と移民一人に付、二十五円の割合を以て運送せしむる契約をなし一面移民に対し旅客一人に付、四十五円にて運送する契約をなし其差金を被告等の利得とするは商行為にして犯罪を構成せざるに刑法第三百九十五条を適用したるは擬律の錯誤たるを免れずと云ふ[いう]に在れども◎原判決に依れば被告等は東洋汽船株式会社外二会社の代理店たる八十三番館「きやんべる」の為めに他人の手を経で移民一人の船賃四十五円の割合を以て六百五十人に対する船賃を領収しながら「きやんべる」を欺き右移民六百五十人の船賃を一人に付、二十五円に金額せしめたる上其差金一万三千円を横領したるものなれば該金額の委託者は「きやんべる」なること判文上自ら明なり。 又原判文中本件犯罪を構成する事実の理由に齟齬[そご]する所あるを見す。 故に本論旨は理由なし。

同私訴上告趣意書は上告人は被上告人に対し何等不法行為なきに原審判決は自分共は民事被上告人より金一万三千円を騙取[へんしゅ]したりと事実を認定し損害賠償の責任ありとされたるは違法の判決なりと云ふ[いう]に在れども◎右は原院の職権に属する事実の認定を批難するものに外ならざれば上告の理由とならず

被告岩上告趣意書第一点原判決には被告が片山郡三より労働の目的を以て米国に渡航する周旋を依頼されたるより名を船員に籍り渡航せば早急に渡米の目的を達し得べき旨を確保し郡三を米国に渡航する英国汽船「てれまかず」号の厨夫として乗込ましめ以て移民取扱人の行為を為したりとの事実を認定し移民保護法第二十三条を適用せられたるも。 抑も移民保護法第一条第二項には労働の種類は命令を以て定むと規定しありて明治二十九年外務省令第三号移民保護法施行細則及び明治三十六年同省令第三号同細則改正第一条に依れば労働の種類を限定しあり。 故に其以外の労働は移民保護法の関係せざるものと云はざるべからず。 然るに原判決に於て片山郡三なる者が如何[いかん]なる労働の目的を以て渡米するものなるやを確定せずして同法律を適用したるは理由不備の判決なり。 然らざれば法律を不当に適用したる判決なりと云ふ[いう]に在り◎依て按ず[あんず]るに移民保護法第一条には移民と称するは労働に従事するの目的を以て清韓国以外の外国に渡航する者（中略）を云ふ[いう]其労働の種類は命令を以て之を定むとあり。 而して[しこうして]移民保護法細則第一条には移民保護法第一条に掲ぐる労働の種類を規定しあるを以て其以外の労働に従事する目的を以て渡航する者は之を移民保護法に所謂移民と称すべきものに非らざるや論なし。 今原判決を見るに被告は片山郡三より労働の目的を以て米国に渡航せん為め旅行券下付の出願に関する周旋を依頼せられたるより同人に対し名を船員に籍り渡航せば早急に渡米の目的を達し得べき旨を確保し以て之が周旋を約し郡三を米国に航行する英国汽船「てれまかず」号の厨夫として同船に乗組ましめ移民取扱人の行為を為したりと判示し被告が郡三を渡米せしむる方法として同人を英国汽船に厨夫とし乗組ましめたるに止り郡三が米国に渡航する労働の目的に至っては毫も[ごうも]之れを明示せざるが故に其労働は果して移民保護法細則第一条に規定するものなるや否や之を知るに由なく。 従て原判決の事実に依り被告の所為は移民保護法に問擬せらるべきものなるや否やを知るに由なければ結局原判決は其理由に不備の不法ある裁判にして本論旨は理由あり被告岩に対する原判決は破毀を免れざるものとす。

既に此点に於て原判決を破毀する上は他の論旨に対しては一一説明を為すの要なし。 （判旨第五点）

被告鉄次郎上告趣意書第一原判決中被告岩は親友にして確実なる人物なる故同人に其手続を依頼し置きたりと詐り云云百五十円を被告岩に交付したるより岩は直に之を騙取[へんしゅ]したりとあり被告は其当時外国船の「こつく」を為し居たるを以て被告自ら渡航の周旋を為すの余暇なかりしより岩に周旋を託したるに止まるに付、被告は増右衛門より金員を領置したるに非ず増右衛門は直接岩に交付し被告は一銭たりとも手に触れたる事なし。 被告岩と共謀したるものとせば則ち利益を得るの目的に出でさる可からず。 既に岩が領収したる百五十円中の幾分を被告の所得とすべきに毫厘も配分を受けたるに非らざることは原審に於ても既に認められたり。 然るを被告が岩と共謀して騙取[へんしゅ]せしものと認められたるに於ては其共謀の事実を明示せざる可らざるに何等の理由を付せざるは理由不備の判決なりとすと云ひ」第二又同判決中被告両名は犯意を継続して増右衛門に対し少年者にして大金を所持せしむるは危険なれば預り遣すべしと詐はり百五十円を岩に於て請取り以て之れを騙取[へんしゅ]したりとあり原判決に認められたる如く該金は岩に於て岩が所持せしものなり。 前項理由の如く該金も被告に於て配分を受けたるに非ず元来人を欺き金員騙取[へんしゅ]の罪を犯すに於ては其利益を得るに在るは多弁を要せずして明かなり。 仍て[よって]厘毛の所得なくして他人と共謀し罪を犯すものなし果して然らば被告は何等利する所なくして岩と共に罪を犯すの理なし。 殊に該金百五十円は増右衛門自ら進んで岩に委託せしは原判決に明示せられありて被告が共謀せしに非ざる判決自体を以て証明せられあり。 仍て[よって]原審に於て岩と共謀の罪ありとせば是亦[また]共謀の理由を明示すべきなり。 然るを単に犯意を継続して百五十円を騙取[へんしゅ]したりと判定せしは事実理由の不備を免れずと云ふ[いう]に在れども◎原判決には大橋増右衛門の予審調書被告鉄次郎証人大橋増右衛門対質調書の記載等を綜合[そうごう]し被告が岩城岩と共謀せし事実を認めたる理由を説示したること判文上明なり。 右論旨は要するに原院の職権に属する事実の認定証拠の判断を批難するものに外ならざれば上告の理由とならず

被告方勝英四郎弁護人音羽耕逸第一上告弁明書の一は如何[いかん]なる場合に於ても裁判の言渡は必す之を公行せざるべからず。 （裁判所構成法第百五条）。 而して[しこうして]公開の記載は公判始末書上最も重要なる事実に属し其之を欠くに於ては公判始末書の無効を来すべき事従来御院判例の認めらるる所にして今一一之が例証を挙くるを須ゐす今原審公判始末書を査閲するに其第四回明治四十年三月三十日の分には唯「裁判長云云立会弁論公開被告人は身体の拘束を受くることなくして出頭したり。」との記載を存し其弁論は之を公行したるものなる事之に依て明かなるも同日同公判に於ける判決の言渡に関しては何等公開の記載なきを以て果して之を公行したるものなるや否やは得て之を確認するを得ず。 則ち原判決は全部破毀の原由あるものとすと云ふ[いう]に在れども◎本論旨の理由なきことは弁護人江木衷上告趣意拡張書第三点に対する説明に就きて了解すべし。

二は共同被告人及弁護人の論旨は総で之を引用すと云ふ[いう]に在れども◎被告岩の論旨は方勝英四郎の犯罪事実に関係なきを以て同人共の上告理由とならず

其他論旨の理由なきことは共同被告人及弁護人の論旨に対する説明に依り了知すべし。

三は公訴判決にして破毀せらるる上は之に基く私訴判決は併せて破毀せらるべきものとすと云ふ[いう]に在れども◎其理由なきことは公訴の論旨に対する説明に依り自ら明なり。

同第二上告弁明書の第一点は原判決の確定したる事実に依れば東洋汽船会社外二会社の代理店主たる「きやんべる」は被告英四郎及方勝の詐害に因り結局移民一人に付、船賃を二十五円に減額するに至りたり。 然るに被告等は移民会社同盟会支部をして一人前四十五円の割合を以て六百五十人分を受取らしめ其全部を領収したるに拘らず「きやんべる」に於て承諾したる金額即ち一人に付、二十五円の割合を以て同人に交付し爾余の一万三千円を横領したりとせり。 然らば則ち「きやんべる」が船賃を二十五円に減額したるは被告等の所為に因るとするも「きやんべる」が一旦承諾して減額を指定したる以上は其超過額に付ては法律上委託の意思なきは勿論事実上の授受ありたるものにも非ざるを以て被告等と「きやんべる」との間には何等委託関係の存在するものと謂ふべからず。 然るに原判決が右の事実に於ける被告等の所為に対し刑法第三百九十五条後段（受寄物騙取[へんしゅ]罪）を適用したるは明かに擬律の錯誤あるものと謂ふべしと云ひ」第二点は代理人が委託者たる本人の為めにすることを表示して他人より物の所有権を譲受けたるときは代理行為の結果として其物の所有権は当然本人に移転し代理人の所有に属せず。 従て其物に対し受寄物騙取[へんしゅ]罪を構成し得べしと雖[いえども]之に反して若し代理人が本人の為めにすることを表示せずして他人より物の所有権を譲受けたるときは一旦其物の所有権は代理人に移るべきが故に此物に対しては本罪を構成せざるものとす。 然れば本件に於て被告等が東洋汽船会社外二会社の代理店主たる「きやんべる」の名義を以て船賃全額を移民会社同盟会支部より収受したるの点は必す判決理由中に之を明示せざるべからざる理なるに拘はらず原判決に於ては単に「東洋汽船株式会社外二会社の代理店たる前記八十三番館の為めに前示移民会社同盟会支部に於て同支部員をして各回漕業者より移民貞永一人外六百四十九人に対する船賃（中略）を受取らしめ其全部を領収したるに拘はらず」とありて毫も[ごうも]其代理名義に説及せざりしは理由不備の欠点あるものと信ずと云ふ[いう]に在れども◎右論旨の理由なきことは弁護人江木衷上告趣意拡張書第一第二点に対する説明に依り自ら了解し得べければ茲に[ここに]説明を与へず

被告方勝、鉄次郎、英四郎弁護人江木衷上告趣意拡張書第一点は原判決は被告方勝、英四郎の第三事実に付、刑法第三百九十五条を適用せられたり。 然れども[しかれども]委託物騙取[へんしゅ]罪は其構成要件として騙取[へんしゅ]の目的物は委託関係によりて自己が保存する他人の所有物ならざるべからず。 然るに本件に於ては被告等と東洋汽船会社との間に於て何等委託関係の見るべきものなく原判決亦[また]此事実証拠の存在に付、何等説明せらるるものなし然るに漫然委託物騙取[へんしゅ]罪に問擬せられたるは不法なりと云ひ」第二点は凡そ欺罔の所為は欺罔者に於て其主張事実が不実なりとの認識なき以上は縦令[たとい]其主張事実を客観的事実に適合せざる場合に於ても未だ以て欺罔所為なりとなすべからず。 然るに原判決は単に被告等の移民動揺の言が客観的事実に反するの一事を以て直に欺罔の所為ありとなし被告等に於て果して欺罔故意ありたるや否やを究むることなく漫然欺罔の所為ありとなしたるは不法なり。 若し又被告等に於て欺罔の故意ありとなすものあらんには其証拠を示さざるべからざるに原判決中何等之れを示せるものなし原判決の不法なる益明かなりと云ふ[いう]に在れども◎原判決には被告等は東洋汽船株式会社外二会社の代理店たる八十三番館きやんへるより布哇行移民を笠戸丸に乗船せしむるに付、従来の船賃定額六十五円を四十五円乃至[ないし]五十円に減額すべきを以て尽力せんことを依頼せられたるより其周旋に従事し移民貞永外六百四十九人に対する船賃一人に付、四十五円の割合を以て前示八十三番館の為めに他人の手を経移民の船賃を領収しながら「きやんべる」に対し競争船たる仏国郵船は俄に[にわかに]三十円迄移民の船賃を減額し移民乗船の運動を開始せるより各移民は該郵船に乗込まんとする形勢を生じ不穏の状態を呈したるを以て此際当方にても其以下に減額するに非ざれば布哇行移民の乗客は悉皆失ふべき旨を詐言し「きやんべる」をして被告等の言の如く船賃を減額するにあらざれば移民乗客を失ふ。 恐れあるものと誤信せしめ終に[ついに]移民一人の船賃を二十五円に減額せしめたる結果其減額したる移民六百五十人の船賃を八十三番館に持参し船賃は競争上一人に付、二十五円の外得ること能はざりし旨を告げ之を「きやんべる」に交付し其余の船賃一万三千円を横領したる旨を認めあれば右船賃として被告等の受取りたる金員は「きやんべる」と被告等との間に委託の関係あること及び被告等に欺罔の意思ありたることは判文上自ら明にして是等の事実は判文列挙の証憑[しょうひょう]を綜合[そうごう]し之を認めあれば原判決は委託金騙取[へんしゅ]罪を構成すべき事実及び証拠の理由に欠くる所なし。 故に本論旨は理由なし。

第三点は凡そ裁判所に於ける弁論及び判決の言渡は之を公開すべきは憲法第五十九条の命ずる所なり。 原審公判始末書を閲するに本件判決言渡の日たる明治四十年三月三十日の調書に依れば此判決言渡を公開したる事跡の見るべきものなし果して然ふは原判決は其判決言渡を公開せざる不法を免れずと云ひ」第四点は原審明治四十年三月三十日附公判始末書を閲するに同日弁論を公開したる旨の記載あり

果して然らば本件弁論は三月二十六日終結したるものなるを以て若し更に弁論を再開せるものならんには相当なる手続をなさざるべからざるに一件記録中何等之を認むべきものなく、且、同日は被告中岩城岩の外出頭せざるを以て此等の被告に対しては欠席判決をなさざるべからざるに原判決が対席として判決したるは不法なりと云ふ[いう]に在れども◎原院公判始末書を査するに明治四十年三月二十六日の公判には公私訴事件の審理を終了し其判決は来る三十日言渡す旨を告知し、而して[しこうして]同月三十日の公判には右判決を言渡し被告等に上告を為し得ること及び上告の期間並に判決の謄本下付を請求することを得る旨を告知したるに止り一も事実の審理を為したる事跡なきに依れば所論三十日の公判始末書に弁論公開とあるは。 即ち事実の弁論を再開したるに非ずして判決言渡を公開したるものなるや明なり。 而して[しこうして]其判決言渡の当日被告岩の外他の被告人等に於て出頭せざるも既に被告等は明治四十年三月二十六日の公判迄に対審審理を受け弁論を終結したる上は其判決は対席判決なるを以て原院が之を闕席[けっせき]判決として言渡さざりしは相当なり。 故に本論旨は理由なし。

第五点は原審は明治四十年三月五日の公判に於て村松直外三名を証人として神戸区裁判所に嘱託訊問すべき旨の決定をなし其決定に基き神戸区裁判所に於て証拠調をなしたるも更に三月二十三日の公判に於て該訊問は前審干与判事の訊問に係るの不法ありたるを発見し更に原審に於て直接訊問をなすべき旨の決定をなしたるも村松直に対する訊問の決定は更に此れを取消したり。 果して然らば原審が最初の決定に基きなしたる神戸区裁判所の訊問は不法の儘存在し未だ其決定を遂行せざるものなるを以て原審は須く適法なる方法に依りて此欠欠を補充し証拠の利用を完からしむるの道を講せざるべからざるに原院が其挙に出でさりしは不法なり。 其他の弁護人より提出する上告論旨は被告利益の為め総で之を引用すと云ふ[いう]に在れども◎公判審理の進行中証人喚問の必要なきを認むるときは裁判所は其職権を以て先きに為したる証人喚問の決定を取消すことを得るは本院判例の認むる所なり。 而して[しこうして]所論証人喚問に付ては原院に於て一旦其呼出を聴許したるも其後事件の審理進行中之を不必要と為したるものなれば先きに言渡したる決定を取消すも敢て不法と云ふ[いう]を得ず。 其他論旨の理由なきことは他の弁護人の論旨に対する説明に依り了解す可し

被告英四郎弁護人鵜沢総明上告趣意拡張書第一点は原判決六六八葉裏面七行目上欄に二字削るとあれども其削除せる文字の字体極めて不明確にして全く之を読み得ず六七〇葉裏面三行目の削除の一文字及六行目の一文字も亦[また]然り記録六七三葉三行目の削除の一文字六七四葉裏面末行の二文字削除も字体読み得可き程に判明ならず凡そ斯の如き非難は上告代理人の好まざる所なれども諸所の墨痕読み難き所多くして判文全体の連絡信を措き得ざる次第なるを以て結局文章を為さざる判決なりと言はざる可らず殊に記録六六八葉裏面五行目「依りて被告方勝英四郎は之れより先同月二十五日より二十六日に渉り東洋汽船株式会社外二会社の代理店たる前記八十三番館の為めに前示移民会社同盟会支部に於て同支部員をして各回漕業者より移民貞永一人外六百四十九人に対する船賃一人金四十五円の割合を以て受取らしめ其全部を領収したるに拘はらず翌二十七日英四郎は其子広二をして前述被告等が詐言に依り云云」とある部分の如きは依りての文言と之れより先の文言との連絡何等の意味を運はずして前段は二十六日の記事なるに係はらず之より先同月二十五日より二十六日に渉りとあるは少ながらず意味の明瞭を欠き二十五日二十六日の行為と八十三番館に於て「きやんべる」に説きたる行為との間に如何[いかん]なる関係あるかを明確に知ること能はざるものにして八十三番館に於ての行動が原判決認定の如く奇利を博せんとの企図より来りし連鎖と見る可からざるなりと云ふ[いう]に在れども◎原判決を見るに其第六六八葉裏面七行目の「同日」の二字第六七〇葉裏面三行目の「郵」の一字同行目の「五」の一字を削除したるものにして其字体も亦[また]之を読み得べく又第六七三葉三行目には一字を削除せし事跡の見るべきものなく又第六六八葉裏面五行目に「依りて被告方勝英四郎は云云」とあるは其前段に被告等は同月二十六日相前後して八十三番館に至り「きやんべる」を欺き移民一人の船賃四十五円を二十五円に減額せしめたるに依り其前即ち同月二十五日より二十六日に渉り被告等が八十三番館「きやんべる」の為めに他人の手を経で移民六百五十人に対する船賃一人に付、四十五円の割合を以て其賃金を領収しながら「きやんべる」に対しては右船賃は一人に付、二十五円の割合の外得ること能はざりし旨を告げ之を「きやんべる」に交付し其余の金一万三千円を横領したる判旨なれば所論の如き不法なし。 故に本論旨は理由なし。

第二点は原判決認定に拠れば八十三番館は被告等の行為に依り金一万三千円の金員を減額したるものなれば設ひ「きやんべる」の誤信に出でたりとするも該金額は未だ八十三番館の所有に帰せしものに非ず減額の差金なり。 故に八十三番館の為に該金額が集められたりとするも之を引渡さざる被告等の行為は之を騙取[へんしゅ]なりと言ふ可らず。 然るに原判決が之を騙取[へんしゅ]としたるは擬律錯誤の不法ありと云ふ[いう]に在れども◎原判決に依れば所論一万三千円の金額は被告等が八十三番館「きやんべる」に委任せられ他人の手を経で「きやんべる」の為めに受取りたるものなれば原判示の如く被告等が不実の事柄を申立で「きやんべる」を欺き之を「きやんべる」に交付せず横領するに於ては刑法第三百九十五条後段の犯罪を構成するや論を俟たず[またず]。 故に本論旨は理由なし。

第三点は原判決に於ては「八十三番館より奇利を博せんと企図し云云」とある所より判断すれば被害者を以て八十三番館なりと認めたるやの観ありと雖[いえども]も一万三千円の金額に付ては八十三番館は未だ所有権を獲得したるにあらず。 被告の行為が「きやんべる」を誤信せしめたる結果此金額減少の意思を起さしめたるものなりとするも八十三番館は各移民に対して残金の請求権を有するのみなれば八十三番館は本件の刑事上の被害者なりと言ふ可らず原判決に於ても八十三番館又は基本人を被害者なりとして適切に認定したる判旨なきを以て要するに原判決に於ては被害者を明示せざる不法ありと云ひ」第四点は若し原判決に於て被害者を八十三番館なりと認定したるものと仮定せば被告が八十三番館より委任を受けて各移民より船賃領取の権限を付与せられ斯の如くして各移民より受取りたる四十五円の内二十円つつを詐取したりとするに非ざれば被告の行為は之を詐欺取財と見ること能はざる可し何となれば被告が単に八十三番館と移民との間に介在して両者の間に何等代理業の関係なく一方より四十五円を出さしめ他方に於ては二十五円にて承諾せしめたる行為は普通商事関係に於て在り得可き所にして二十五円に減額せしむることに付き多少不真実の所為あるも未だ此間に詐欺ありと言ふ可からず。

然るに原判決が被告と八十三番館との代理関係に付ては何等事実の確定を為さずして直ちに詐欺取財の法条を適用したるは不法なりと云ふ[いう]に在れども◎原判決には被告等は東洋汽船株式会社外二会社の代理店たる八十三番館きやんべるより布哇行移民を同会社の汽船笠戸丸に乗船せしむべく従来の船賃定額六十五円を四十五円乃至[ないし]五十円に減額すべきを以て尽力せんことを依頼せられ其周旋を為したる上　告等が他人の手を経前示八十三番館の為めに移民一人の船賃四十五円の割合を以て六百五十人に対する船賃を受取りながらきやんべるを欺き一人の船賃を二十五円に減額せしめたる未該船員の割合を以て移民六百五十人の金額を「きやんべる」に交付に其余の金一万三千円を横領したる旨を認めあれば右横領に係る金額に付ては「きやんべる」と被告等との間に委託関係ありて「きやんべる」の被害者たることは明なれば原判決には所論の如き不法なし。 故に本論旨は理由なし。

第五点は原判決に於ては「東洋汽船株式会社外二会社の代理店たる前記八十三番館の為めに前示移民会社同盟会支部に於て同支部員をして各回漕業者より云云」とあれども此為めにと言ふ文字は未だ八十三番館の代理人となり若くは八十三番館より金銭受領の権限を受けてなしたるものと解すること能はざるが故に此事実のみに依りて被告に詐欺取財の所為ありと認定したるは理由不備の裁判なりと云ふ[いう]に在れども◎所論原判文中前記「八十三番館の為めに」とあるは其前後の文意に徴すれば被告等が東洋汽船株式会社外二会社の代理店たる八十三番館「きやんべる」の依頼を受け同人の金員として移民六百五十人の船賃を領収したる趣旨なる事明なれば原判決は委託金騙取[へんしゅ]罪を構成すべき事実の理由に不法の廉なし。 故に本論旨は理由なし。

被告英四郎弁護人花井卓蔵上告趣意拡張書第一点は原判決の第三事実の証拠に採用したる証人「きやんべる」の明治三十九年九月十五日の予審調書には証人「きやんべる」の署名捺印なく単に通事松本重為の署名捺印を為したるに止まるが故に「きやんべる」は日本語に通ぜざる為め通事を用ひたるものなること毫も[ごうも]疑ふべき余地なし。 而して[しこうして]松本重為は被告英四郎、方勝二名の被告事件に付、前に「きやんべる」の証人として訊問せらるる際通事として訊問せられ、且、宣誓したることあるも其後高橋静蔵なるもの被告英四郎、方勝の共犯として起訴せられ「きやんべる」の明治三十九年九月十五日の訊問は高橋静蔵詐欺取財被告事件に関するものなること該予審調書の記載に徴して明白なれば松本重為に対し通事を命ずるに当りては高橋静蔵との身分関係を問査したる上宣誓を為さしめざるべからず。 然るに松本重為に対して通事を命ずるに当り訊問を為したることなく又宣誓を為さしめたる事跡の存するものなければ同人は通事たるの資格を有するや否や之を知るに由なきに拘はらず同人の通訳を記載したる該予審調書を断罪の資料に供したる原判決は法則に背反する不法あるものと信ずと云ふ[いう]に在り◎依て按ず[あんず]るに明治三十九年九月十五日予審判事が高橋静蔵の詐欺取財被告事件に付、松本重為を通事として証人「きやんべる」を訊問する際重為に対し被告静蔵との身分関係を問査せず又宣誓をも為さしめざりしことは所論の如し。 然れども[しかれども]記録に依れば予審判事は其前即ち同月三日松本重為に対し高橋静蔵等の詐欺取財被告事件に付き静蔵との身分関係を問査し其事件に関する通事を命じ宣誓せしめあれば其後に至り重為と静蔵との身分関係に付、変更を来したる事跡なき限りは重為は依然通事たる資格を有するや論なきを以て重為が先きに宣誓せし当時の証人と異なる証人きやんべるの通事となるも更に宣誓せしむるの要なし。 従て原院が所論証人きやんべるの予審調書を罪証に採用したるも不法の裁判と云ふ[いう]を得ず。 故に本論旨は理由なし。 （判旨第十八点）

第二点は証人の予審調書には証人の署名捺印を要すべきこと刑事訴訟法第百三十一条第三項の明定する所なり。 従て証人が日本語に通ぜざる為め通事を用ひたるときは通事は証人と共に署名捺印せざる可からず。 而して[しこうして]証人「きやんべる」の予審第一回訊問調書並に同人の明治三十九年九月十五日の予審調書には通事松本重為署名捺印を為したるに止まり証人「きやんべる」の署名捺印を欠如するが故に全部無効に帰すべきものとす。 然るに該調書を輙く[たやすく]罪証に供したる原判決は法則に背戻する不法あるものと信ずと云ふ[いう]に在れども◎国語に通ぜざる証人の訊問調書は之を通事に読聞かせ通事をして署名捺印せしむるを以て足り証人其者の署名若くは捺印を要せざることは刑事訴訟法第百二十九条第百条二項第百一条二項の規定に依り（明治三十八年（レ）第四七一号同年五月十八日宣告）明なれば通事松本重為の署名捺印せる所論証人「きやんべる」の予審調書は無効のものに非ず。 故に原院が之を罪証に供したるは相当にして本論旨は理由なし。

第三点は裁判所書記は証人に宣誓書を読聞かせ之に署名捺印せしむべきこと刑事訴訟法第百二十二条第二項の明定する所なり。 従て証人が日本語に通ぜざる為め通事を用ひたるときは通事は証人と共に宣誓書に署名捺印せざるべからず。 蓋し[けだし]証人にして日本語に通ぜざるときは裁判所書記に於て之を読聞かせたりとするも其意味を領得すること能はざるべく果して。 然れば毫も[ごうも]宣誓の効力存せざればなり。 而して[しこうして]証人「きやんべる」は日本語に通ぜざる為め通事を用ひたること明白なるに拘はらず同人の宣誓書には通事松本重為の署名捺印を欠如するが故に全然無効に帰すべく延で該予審調愛は其効力なきものとす。 然るに輙く[たやすく]罪証に供したる原判決は法則に背戻する不法あるものと信ずと云ふ[いう]に在れども◎刑事訴訟法第百二十二条第二項には裁判所書記は証人に宣誓書を読聞かせ之に署名捺印せしむ可しとあるを以て其宣誓書には証人の署名捺印のみを以て足り証人と共に通事の署名捺印をも要する趣旨にあらざることは右条文の解釈上寔に[まことに]明なり。 而して[しこうして]国語に通ぜざる証人の通事は裁判所の訊問は勿論其証人に読聞すべき事項も亦[また]之を通訳すべきは論を侯たざれば右証人の宣誓書に通事が署名捺印せざりしとて証人が右宣誓の趣旨を了解せざりしものと云ふ[いう]を得ず。 故に原院が所論の宣誓に基き供述したる証人きやんべるの予審調書を罪証に供するも不法の裁判にあらず。

第四点は相被告方勝、岩、鉄次郎並に其弁護人の上告論旨を被告の利益の為め総で之を援用すと云ふ[いう]に在れども◎被告岩の論旨は被告英四郎に関係なく其他被告方勝等の論旨の理由なきことは之れに対する説明に依り了解すべし。

第五点は公訴上告趣意は総で私訴上告趣意に之を援用すと云ふ[いう]に在れども◎其理由なきことは公訴上告趣意に対する説明に依り明なり。

右の理由なるを以て被告方勝同鉄次郎同英四郎の上告に付ては刑事訴訟法第二百八十五条に依り之を棄却す

私訴上告費用は上告人方勝同英四郎の負担とす。

被告岩の上告に付ては刑事訴訟法第二百八十六条に依り原判決を破毀し本件を広島控訴院に移す

検事矢野茂干与明治四十年六月七日大審院第一刑事部