山邑太左衞門 (第8版 [昭和3(1928)年7月] の情報)
位階・勲等・功級 | ||
---|---|---|
爵位・身分・家柄 | 兵庫縣在籍 | |
職業 | 兵庫縣多額納税者、山邑酒造(株)社長、酒造業 | |
性別 | 男性 | |
生年月日 | 明治六年五月 (1873) | |
親名・続柄 | 山邑太左衞門の長男 | |
家族 | 妻 久榮 明一三、一二生、京都、士、松尾清之丞妹 男 英一郞 明三四、九生 男 謙三 明三九、三生、早稻田大學在學 女 篤子 明四〇、六生、甲南高等女學校出身 | |
記述部分(略伝) | 當家の祖は元兵庫縣川邊郡荒牧村に於て農を業とせしが後ち魚崎に移りて代々酒造を以て業とし荒牧屋太左衞門と稱せり享保二年の創業にして清酒に正宗銘を附したる嚆矢なり天保年間曾祖父原料米の改良と西宮井水を發見して酒造界に貢獻すること大なり嘉永年間苗字帶刀を許さる祖父太左衞門商標條例の發布さるゝや其の造る所の正宗に櫻正宗の商號を用ひ爾來其名全國に著聞するに至る 君は先代太左衞門の長男にして明治六年五月を以て生れ同三十六年家督を相續し前名正太郞を改め襲名す斯業の發展を企圖し夙に海外輸出の道を開き明治四十三年灘に於て最初の釀造硏究所を設け學者を聘用し又硏究學生に開放し率先して學理を應用せり大正八年家業を株式組織に改め山邑酒造會社と稱し現に其社長にして兵庫縣多額納税者たり茶の湯等を趣味とす 二女雛(明三二、一〇生、京都府立第一高等女學校出身)は衆議院議員星島二郞に嫁し弟俊次郞(同一〇、一〇生)は大阪府人大塚和三郞に同喜三郞(同一四、一二生)は同族山邑喜十郞に同種之助(同一七、六生)は大阪府人和田半兵衞先代半兵衞に各養子となれり | |
住所・電話番号 | 兵庫、武庫、魚崎町四五〇 電御影一二二 | |
参照人物(親類) | 大塚和三郞、星島二郞、山邑喜三郞、和田半兵衞、※淺香久平、※木部一枝 | |
参照次数 | 6 (※なし4) | |
読み | やまむら たざえもん | |
別名 | 正太郞 |