九鬼隆一 (第4版 [大正4(1915)年1月] の情報)
位階・勲等・功級 | 從二位、勳一等 | |
---|---|---|
爵位・身分・家柄 | 男爵、舊綾部藩士 | |
職業 | 樞密顧問官 | |
性別 | 男性 | |
生年月日 | 嘉永五年八月七日 (1852) | |
親名・続柄 | 星野貞幹の二男 | |
家族 | 養母 とよ 文政五、二生、京都、士、亡平井善兵衛長女 男 一造 明一七、三生、從五位 男 三郞 明一八、五生 男 周造 明二一、二生、文學士 | |
記述部分(略伝) | 君は舊攝州三田藩士星野貞幹の二男にして嘉永五年八月七日を以て生れ萬延元年舊綾部藩士九鬼隆周の養子となり慶應二年三月家督を相續す君夙に慶應義塾に入り洋學を研修し明治五年大學南校監事となり後文部七等出仕に轉し翌六年命せられて歐洲に航し歸朝後文部少丞同大丞文部大書記官兼太政官大書記官文部少輔内國勸業博覽會審査副長議宜等に補任し同十七年特命全權公使に任し米國に駐劄中日米兩國間に締結せられたる犯罪人引渡條約は大に歐洲外交社界の好評を博せり同二十一年歸朝圖書頭に任せられ第三回内▲勸業博覽會審査官長となり此年臨時全國寳物取調委員長として京攝其他各地の寳物取調に從事し尋て宮中顧問官帝國博物館長を兼ね同二十三年貴族院議員に勅選せらる後閣龍世界大博覽會副總裁第四回内國勸業博覽會審査總長となり同二十八年再ひ樞密顧問官に任せられ貴族院議員を辭せり同二十九年勳功により華族に列し男爵を授けらる 養子光(明一六、五生、兵庫、士、九鬼清妹)は愛媛縣人政尾藤吉に嫁せり | |
住所・電話番号 | 東京、麴町、永田町二ノ七 電話新橋二二四二 | |
参照人物(親類) | ||
参照次数 | ||
読み | くき りゅういち | |
別名 |