浮田和民 (第4版 [大正4(1915)年1月] の情報)
位階・勲等・功級 | ||
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爵位・身分・家柄 | 東京府平民 | |
職業 | 法學博士、早稻田大學教授 | |
性別 | 男性 | |
生年月日 | 安政六年十二月二十七日 (1860) | |
親名・続柄 | 浮田十太の三男 | |
家族 | 妻 五女 明四、七生、下村五平五女 男 直樹 明一九、二生 男 友樹 明二一、一生 男 秀樹 明二五、三生 女 操 明二八、五生 | |
記述部分(略伝) | 君は熊本縣士族浮田十太の三男にして安政六年十二月二十七日を以て生れ明治三十九年分家して一家を創立す初め熊本洋學校に入り明治九年同志社に遊ひ同二十九年米國に遊學しエール大學に入り史學及政治學を修む歸朝後同志隆政學部教頭に任し同三十年上京して東京專門學校の講師となり史學政治學社會學科等を擔任し現に早稻田大學教授たり又著述少なからすと云ふ同四十年法學博士の學位を受く 家族は前記の外二女惠美(明三五、八生)三女東(同三六、八生)あり | |
住所・電話番号 | 東京、北豐島、高田村高田若葉一七 | |
参照人物(親類) | ||
参照次数 | ||
読み | うきた かずたみ | |
別名 |
人事興信録
- 初版 [明治36(1903)年4月]
- 第4版 [大正4(1915)年1月]
- 第8版 [昭和3(1928)年7月]