稻垣太祥 (第4版 [大正4(1915)年1月] の情報)
位階・勲等・功級 | 從三位、勳四等 | |
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爵位・身分・家柄 | 子爵、舊近江國山上藩主 | |
職業 | 貴族院議員 | |
性別 | 男性 | |
生年月日 | 安政六年六月十一日 (1859) | |
親名・続柄 | 稻垣太清の長男 | |
家族 | 妻 元子 明五、一〇生、子爵渡邊英綱叔母 男 重厚 明三二、一生 女 秋子 明二七、六生 女 冬子 明二九、八生 | |
記述部分(略伝) | 當家は源經基の支裔稻垣長茂の二男茂太の後なり茂太より別家して山上一萬三千四百五十五石の城主たり夫より六代を經て太清に至れ 君は其長男にして安政六年六月十一日を以て生る幼名を英太郞といふ明治四年家督を相續し同十二年八月一度退隱せしも同十九年六月再ひ相續す十七年七月子爵を授けられ翌年二月宮内省華族局御用掛を拜命し同二十五年八月貴族院議員に選はれ爾來同議員に當選すること四回現に其任にあり曩に日露事件の功によ勳四等に叙せらる 長女夏子(明二六、六生)は伯爵大谷▲瑩甥勝眞に嫁せり | |
住所・電話番号 | 東京、豐多摩、内藤新宿北裏町一五二 電話番町一〇一三 | |
参照人物(親類) | 伯爵大谷光瑩、子爵渡邊英綱、※子爵永井尚敏 | |
参照次数 | 3 (※なし2) | |
読み | いながき もとよし | |
別名 | 英太郞 |