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岩村透 (第4版 [大正4(1915)年1月] の情報)

位階・勲等・功級從四位
爵位・身分・家柄男爵、東京府華族
職業
性別男性
生年月日明治三年一月二十五日 (1870)
親名・続柄 岩村高俊の長男
家族母 乙猪 慶應二、九生、高知、士、眞田庵二女
妻 ヱソ 明五、七生、男爵岩村通俊二女
男 博 明三九、三生
女 俊 明二八、一一生
女 桔梗 明三一、一〇生
弟 金三郞 明一七、二生
弟 金城 明二四、一〇生
弟 仙彌 明二六、六生
妹 きよ 明九、一一生
記述部分(略伝)當家は先代高俊より家名を揚ぐ高俊は土佐藩の國老伊賀氏の臣岩村英俊の三男にして男爵岩村通俊林有造の弟なり幕末の際洋式砲術を學び憂國の士と計り王事に盡す維新の鴻業成りて職を官海に奉し佐賀愛媛各縣權令愛媛縣令内務大書記官石川愛知福岡廣島各縣に知事として治績あり良二千石の名あり明治二十九年六月勳功により華族に列し男爵を授けらる
君は其嫡男にして明治三年一月二十五日を以て生れ同三十九年一月先代薨去の故を以て家督を相續し襲爵仰付らる曩に東京美術學校教授の任に在りしも今之を罷む
家族は前記の外四女百合子(明四一、三生)五女綾子(同四二、六生)六女楓(同四四、一〇生)三男龍男(大三、四生)あり
妹クニ(明二三、七生)は三重縣平民今井恒次郞養子政吉に同滿(同二五、二生)は高知縣士族北代揆一三男眞幸に同さが(同二七、八生)は同縣士族白石直治長男多士良に嫁せり
住所・電話番号東京、本鄕、龍岡町二七 電話下谷三七九三
参照人物(親類)男爵岩村通俊白石直治、※男爵伊賀氏廣、※丘淺次郞
参照次数8 (※なし6)
読みいわむら とおる
別名
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