高楠順次郞 (第4版 [大正4(1915)年1月] の情報)
位階・勲等・功級 | 正五位、勳三等 | |
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爵位・身分・家柄 | 兵庫縣士族 | |
職業 | 文學博士、東京帝國大學文科大學教授 | |
性別 | 男性 | |
生年月日 | 慶應二年五月十七日 (1866) | |
親名・続柄 | 澤井歡三の長男 | |
家族 | 養父 孫三郞 弘化三、八生、現戸主 養母 むら 天保一四、一生、三重、平、内田伊介長女 妻 しも 慶應三、一一生、養父孫三郞長女 男 正男 明三〇、一二生 養子 榮 明一三、一一生、長女千里夫、兵庫、平、竹本壽人弟 女 千里 明二一、一〇生、養子榮妻 女 三木枝 明三二、三生 女 しつゑ 明三三、四生 | |
記述部分(略伝) | 君は舊伊勢國津藩士澤井歡三の長男にして慶應二年五月十七日を以て生れ明治二十三年高楠孫三郞の養子となる同二十一年英國に留學しオツクスフオード大學に於てマスターオブアーツの學位を受け尋て獨國ライプチヒ大學に學ひ後佛國に遊ふ海外に在留すること九年同三十年歸朝し東京帝國大學文科大學講師となり尋て同教授に任し同三十三年文學博士の學位を授けられ現に教授の職に在り 家族は前記の外四女芳江(明三五、四生)四男增男(同四二、八生)五女雪枝(同四二、八生)孫洵(同四四、三生、養子榮長男)同恒(大二、二生、同二男)あり 養姉とさ(明一二、六生、兵庫、平、内田きく姉)は兵庫縣平民井上功に嫁せり | |
住所・電話番号 | 東京、豐多摩、千駄ケ谷町千駄ケ谷九〇二 電話番町七八八 | |
参照人物(親類) | ||
参照次数 | ||
読み | たかくす じゅんじろう | |
別名 |
人事興信録
- 初版 [明治36(1903)年4月]
- 第4版 [大正4(1915)年1月]
- 第8版 [昭和3(1928)年7月]