Japanese

高橋新吉 (4th Edition [January 1915] )

Rank/ Honors/ Grade正五位、勳三等
Title/ Family rank etc.錦鷄間祗候、鹿兒島縣士族
Occupation貴族院議員
Gender男性
Birthday天保十四年三月二十八日 (1843)
Parent and relation 高橋七郞の二男
Family妻 スス 安政六、六生、東京、平、中川政七長女
男 新作 明一三、六生
婦 延 明二五、六生、長男新作妻、伯爵伊東靖祐姉
男 太平 明一九、三生
弟 仲次 安政二、六生
弟妻 ハン 慶應元、正生、弟仲次妻、東京、士、安田知顯二女
甥 助一郞 安政六、九生、兄源助長男、現戸主、從五位勳三等功四級、海軍大佐
甥妻 アイ 慶應三、六生、甥助一郞妻、鹿兒島、士、長束巖二女
甥 秀國 明二二、五生、弟仲次長男
姪 ヨシ 明一七、八生、弟仲次二女
姪 アキ 明二〇、一生、弟仲次三女
姪 末 明二五、三生、弟仲次四女
姪 清 明二六、三生、弟仲次五女
甥 秀敏 明二七、八生、弟仲次二男
再甥 良三 明二一、二生、甥助一郞長男
再甥 秀武 明二六、一生、甥助一郞二男
Biography君は舊鹿兒島藩士高橋七郞の二男にして天保十四年三月二十八日を以て生る少時長崎に遊ひ洋學を修め同志と謀り和譯英字彙を著はし發售して資を得明治三年米國に航し在留四年にして歸朝租税寮に出仕し爾後大藏權少書記官長崎税關長長崎縣大書記官神戸大阪各税關長領事農商務書記官同省商務局長等に歷任し同二十年官を罷め九州鐵道會社長となり經營十有二年の久しきに及ふ同三十年貴族院議員に勅選せられ同三十一年九州鐵道會社長を辭し同三十二年日本勸業銀行總裁を命せられ久しく其職にありしも曩に之を辭せり
甥邦二郞(明七、三生、兄源助二男)は分家し姪ハツ(同一五、三生、弟仲次長女)は岡山縣平民朝倉菊衞に姪ユイ(同二二、三生、亡弟良教長女)は鹿兒島縣士族道岡秀彦に再姪ミツ(同二二、六生、甥助一郞長女)は岡山縣平民加藤忠七長男達平に嫁し甥秀文(同二九、一一生、弟仲次三男)姪留(同三四、五生、同六女)甥五郞(同七、三生、同五男)姪スマ(同三九、七生、同七女)再甥秀顯(同三〇、二生、甥助一郞三男)同秀晴(同三二、九生、同四男)孫すみ(同四五、二生、長男新作長女)は家に在り
Address phone東京、麻布、富士見町二八 電話芝九三〇
Relative伯爵伊東靖祐,道岡秀彦
Degree2 (except※2)
Pronounciationたかはし しんきち
Another name
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