吉井幸藏 (第4版 [大正4(1915)年1月] の情報)
位階・勲等・功級 | 正三位、勳四等、功五級 | |
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爵位・身分・家柄 | 伯爵、舊鹿兒島藩士 | |
職業 | 退役海軍少佐、貴族院議員、大日本帝國水難救濟會々長 | |
性別 | 男性 | |
生年月日 | 安政二年十月四日 (1855) | |
親名・続柄 | 吉井友實の長男 | |
家族 | 妻 靜子 元治元、一一生、鹿兒島、士、猪飼央二女 男 勇 明一九、一〇生、從五位 男 中 明二二、八生 男 勝稚 明二七、八生 弟 仲助 明一一、七生、法學士、日本銀行員 弟妻 マサ 明二一、一一生、弟仲助妻、兵庫、士、村野山人養女 | |
記述部分(略伝) | 當家は藤原氏より出て代々鹿兒島藩士なり先代友實夙に王政の式微を慨き戊辰の役越後に賊軍を討つて功あり後仕官して工部民部宮内各省に出仕し明治十七年勳功に依り特に伯爵を授けられ同二十一年樞密顧問官に任し同二十四年長逝す 君は其長男にして安政二年十月四日を以て生れ明治二年私費を以て英國に留學し尋て歐米各國に留學を命せられ歸朝後海軍兵學校に入り同十三年海軍少尉に任し累進して同二十七年海軍少佐に陞任す日清の役に功あり功五級金鵄勳章を賜はり同三十年豫備役仰付られ後貴族院議員に當選し現に其職に在り尚大日本帝國水難救濟會々長たり 家族は前記の外五男武藏(明二九、一一生)六男千代田(同三二、一二生)八男友海(同三六、一生)三女百合(同三七、八生)四女桂同三九、一〇生)あり 弟謙治郞(同九、一一生)は分家し同英介(同一五、八生)は東京府士族有馬寅治に同友武(慶應三、三生)は子爵高島鞆之助に各養子となり長女花子(明二五、四生)は山梨縣人長田馨に嫁せり | |
住所・電話番号 | 東京、四谷、須賀町四二 | |
参照人物(親類) | 子爵高島鞆之助、村野山人 | |
参照次数 | 3 (※なし3) | |
読み | よしい こうぞう | |
別名 |