和田彦次郞 (第4版 [大正4(1915)年1月] の情報)
位階・勲等・功級 | 正四位、勳二等 | |
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爵位・身分・家柄 | 廣島縣平民 | |
職業 | 藝備鐵道株式會社取締役 | |
性別 | 男性 | |
生年月日 | 安政六年六月十二日 (1859) | |
親名・続柄 | 世良都平の二男 | |
家族 | 妻 スマ 明二、四生、群馬、平、新井和市郞妹 男 正彦 明二二、九生 | |
記述部分(略伝) | 君は廣島縣平民世良都平の二男にして安政六年六月十二日を以て生れ後和田良治郞の養子となり家督を相續す夙に英漢數の諸學を修め曾て政團を組織して新聞を發行す又朝鮮白耳義佛國等を歷遊し親しく各地の農況を視察せり曾て國民協會常議員日本協會幹事に推され明治三十一年農務局長に任せられ同三十六年農商務省總務長官農商務次官となり同四十年日本大博覽會事務總長に任せられ同四十二年日英博覺會事務官長を命ぜらる又曾て衆議院議員に當選せし事六回に及ぶ現時藝備鐵道株式會社取締役たり 養弟英治郞(文久元、一二生)は分家し長女ヒロ(明二五、三生)は京都府人黑崎武一弟定三に嫁せり | |
住所・電話番号 | 東京、赤坂、氷川町四六 電話新橋二六六 | |
参照人物(親類) | ||
参照次数 | ||
読み | わだ ひこじろう | |
別名 |