土居通博 (第4版 [大正4(1915)年1月] の情報)
位階・勲等・功級 | ||
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爵位・身分・家柄 | 岡山縣士族 | |
職業 | 貴族院議員、岡山縣多額納税者、合名會社土居銀行、株式會社津山貯蓄銀行各頭取、津山製絲合資會社取締役、農 | |
性別 | 男性 | |
生年月日 | 明治元年四月二十日 (1868) | |
親名・続柄 | 土居通政の二男 | |
家族 | 繼母 津滿 天保一〇、九生 妻 薰代 明九、一生、養父通信長女 男 英治 明二七、六生 女 秀子 明二五、三生 | |
記述部分(略伝) | 君は岡山縣士族土居通政の二男にして明治元年四月二十日を以て生れ先代通信の養子となり同三十六年一月家督を相續す其先は伊豫河野氏より出て作州に來りてより既に十四代を經たり同縣の多額納税者にして直接國税五千圓を納む初め岡山中學校に學ひ後東京に出て明治法律學校に入り同二十三年卒業し方今土居銀行頭取外前記會社の重役にして又所得税相續税調査委員帝國海事協會特別會員日本赤十字社特別社員帝國水難救濟會名譽會員明治大學岡山縣武學養成會忠勇顯彰會各評議員等に擧けられ公共事業に盡す所あり同三十九年互選に依り貴族院議員となり現に其職に在り日韓併合に際し其功に依り大正元年八月韓國併合紀念章を授與せらる同二年貴族院議員團に加はり支那滿洲朝鮮地方を視察したり 家族は前記の外二男文治(明三一、七生)三女富子(同三五、二生)四女貞子(同三七、一一生)あり 弟通憲(同六、九生)は分家し妹直(同一九、六生)は廣島縣人岡田胖十郞長男實麿に嫁せり | |
住所・電話番号 | 岡山、苫田、田邑村 | |
参照人物(親類) | 土居通憲 | |
参照次数 | 2 (※なし2) | |
読み | どい みちひろ | |
別名 |