角利助 (第4版 [大正4(1915)年1月] の情報)
位階・勲等・功級 | ||
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爵位・身分・家柄 | 三重縣平民 | |
職業 | 大日本遠洋漁業株式會社々長 | |
性別 | 男性 | |
生年月日 | 嘉永六年十二月十二日 (1854) | |
親名・続柄 | 角佐五右衞門の二男 | |
家族 | 妻 けい 文久三、一二生、三重、平、加納善左衞門長女 男 利一 明一五、六生、法學士、千代田火災保險株式會社員 婦 トミ 明二六、一生、長男利一妻、栃木、士、富谷鉎太郞長女 男 英二 明一九、一一生、在米國紐育 男 逸三 明二四、五生、早稻田大學在學 | |
記述部分(略伝) | 君は愛知縣平民角佐五右衞門の二男にして嘉永六年十二月十二日を以て生れ明治十一年八月分れて一家を創立す夙に慶應義塾に學び後ち伊勢新聞の創立に與り操觚の任に當る同十五年三重縣會議員に擧げられ同二十四年三重縣第五區より推されて衆議院議員に當選せしが幾何もなく解散となり翌二十五年再び當選し地價修正等の事に努む同三十二年九月鳥羽商船學校々長事務取扱を囑託せられ同三十八年八月之を辭し同四十年大日本遠洋漁業株式會社の創立に與り其專務取締役となり尋で社長に擧げられ我國遠洋漁業界に貢獻する所甚多く大正三年七月大日本水産會總裁依仁親王殿下の表彰を忝ふせり 家族は前記の外五男桂五(明三三、二生)三女きく(同三六、一一生)孫しづ(同四五、五生、長男利一長女)あり | |
住所・電話番号 | 東京、芝、三田四國町二ノ一七號 電話芝三二九二 | |
参照人物(親類) | 富谷鉎太郞 | |
参照次数 | 1 (※なし1) | |
読み | すみ りすけ | |
別名 |