下田歌子 (第4版 [大正4(1915)年1月] の情報)
位階・勲等・功級 | 從三位 | |
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爵位・身分・家柄 | 東京府士族 | |
職業 | 實踐女學校長 | |
性別 | 女性 | |
生年月日 | 安政三年八月九日 (1856) | |
親名・続柄 | 平尾▲藏の長女 | |
家族 | ||
記述部分(略伝) | 女史は舊濃州岩村藩士平尾〓藏の長女にして安政三年八月九日を以て生れ舊名をせきと稱す幼にして詩歌を能くし齡十五召されて宮内省に出仕し上▲昭憲皇太后陛下の御詠の御相手を拜し下女官の教授となり畏くも▲昭憲皇太后陛下より歌子の名を賜はる明治十二年下田猛雄に婚嫁し夫れより下田の姓を名乘る夫猛雄殁後再ひ宮内省に出仕し權命婦となり又宮内省御用掛を命せらる後華族女學校設立に與り教授兼幹事に任せられ同十九年學監を命せらる同二十六年女子教育視察として歐米諸國を巡遊し歸朝後再ひ元職に復し常宮周宮御用掛に任せらる曩に華族女學校の學習院に合併せらるゝや女學部長となり同四十年職を辭し專ら其創設に係る財團法人帝國婦人協會實踐女學校長として女子教育の任にあり位階從三位に進む又譽ありと云ふへし | |
住所・電話番号 | 東京、赤坂、青山北町六ノ五三 電話芝二六六六 | |
参照人物(親類) | ||
参照次数 | ||
読み | しもだ うたこ | |
別名 |
人事興信録
- 第4版 [大正4(1915)年1月]
- 第8版 [昭和3(1928)年7月]