昌谷彰 (第4版 [大正4(1915)年1月] の情報)
位階・勲等・功級 | 正五位、勳四等 | |
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爵位・身分・家柄 | 東京府士族 | |
職業 | 埼玉縣知事 | |
性別 | 男性 | |
生年月日 | 明治三年一月十三日 (1870) | |
親名・続柄 | 昌谷千里の長男 | |
家族 | 母 綱 天保一四、一一生、東京、士、馬淵又六二女 男 祐吉 明三三、一生 | |
記述部分(略伝) | 君は舊作州津山藩士亡昌谷千里の長男にして明治三年一月十三日を以て生れ同三十六年四月家督を相續す先是同二十九年七月東京帝國大學法科大學を卒業して法學士の稱號を得職を内務省に奉す後文官高等試驗に合格して宮崎縣參事官に任せられ爾來三重神奈川各縣參事官滋賀福岡靜岡京都東京各府縣書記官事務官大分縣知事等に歷任し大正三年六月埼玉縣知事に任せらる 家族は前記の外長女伊勢(明三四、六生)三男麟三(同三五、八生)四男駿介(同三九、三生)五男健也(同四三、五生)あり 妹三重(同一七、三生)は長崎縣士族楠本長三郞に嫁せり | |
住所・電話番号 | 埼玉、北足立、浦和町官舍 | |
参照人物(親類) | 楠本長三郞 | |
参照次数 | 1 (※なし1) | |
読み | さかや あきら | |
別名 |