尚典 (初版 [明治36(1903)年4月] の情報)
位階・勲等・功級 | ||
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爵位・身分・家柄 | 侯爵、舊琉球藩主 | |
職業 | ||
性別 | 男性 | |
生年月日 | 元治元年八月二日 (1864) | |
親名・続柄 | 尚泰の嗣子 | |
家族 | 妻 眞嘉戸金 慶應元年七月生沖繩縣士族金氏朝穩女 女 思戸金 明治二十年一月生 妹 眞鍋樽 明治七年九月生 男 昌 明治二十一年九月生 | |
記述部分(略伝) | 當家は源義家の子爲義の八男爲朝の後なり爲朝先に大島に流され後琉球に渡り大里按司の妹を娶り尊敦を生む尊敦武勇遂ひに推れて國王となり舜天王と稱す爾後數代尚德に至りて嗣絶え姻戚なる義本王八世の裔尚圓推されて王となる其裔尚寧に至り更に一統繼承して尚泰に至る當家は爲朝の裔なるを以て性を朝と呼びしが後ち尚と改むるに至りしといふ 君は即ち泰の嗣子にして元治元年八月二日を以て生れ明治三十四年八月父の死亡に因り家督を相續し襲爵仰付らる 家族は前記の外同景(同二十二年九月生)同旦(同二十三年十一月生)同暢(同三十二年二月生)弟秀(同二十二年九月生)同光(同二十三年十二月生)同時(同二十六年五月生)妹まさ子(同二十五年二月生)同やゑ子(同年十二月生)同千代子(同二十七年六月生)同きみ子(同二十七年十一月生)同さよ子(同二十九年八月生)同すゞ子(同三十年十一月生)同さだ子(同三十一年九月生)あり 同つる(同十六年六月生)男爵伊江朝永孫朝助に嫁せり叔父朝敷(弘化四年六月生)弟順(明治六年四月生)は各分家せり | |
住所・電話番号 | 東京市麴町區富士見町二ノ八 | |
参照人物(親類) | 男爵伊江朝順、男爵今歸仁朝敷、男爵尚順、男爵尚寅 | |
参照次数 | 4 | |
読み | しょう てん | |
別名 |