眞野文二 (初版 [明治36(1903)年4月] の情報)
位階・勲等・功級 | 正五位、勳四等 | |
---|---|---|
爵位・身分・家柄 | ||
職業 | 工學博士、文部省實業學務局長 | |
性別 | 男性 | |
生年月日 | 文久元年十一月十四日 (1861) | |
親名・続柄 | 眞野肇の子 | |
家族 | 父 肇 天保十二年六月生 母 ちよ 天保十三年四月生靜岡縣士族杉原米二郞妹 妻 多歌子 慶應三年二月生 男 正雄 明治十六年三月生 妹 きく 明治十六年九月生 | |
記述部分(略伝) | 君は靜岡縣士族にして文久元年十一月十四日を以て生る明治八年工學寮に入り同十四年工學士の稱號を受く同十九年工科大學助教授となり其後英國に留學し同二十一年英國倫敦機械學會々員に推さる歸朝後工科大學教授となり内國博覽會及びグラスゴー博覽會に於ける功勞を以て藍綬褒賞を賜はる翌年工學博士の學位を得同三十年農商務省特許局審判官に任じ正五位に叙せらる同三十二年再び外國に派遣せられ勳四等に叙し歸朝後文部省實業學務局長となる 妹あい(明治五年七月生)は茨城縣平民石井敬吉に同たま(同九年十月生)は東京市士族連歌師飯野忠一男謹に嫁せり | |
住所・電話番号 | 東京市麴町區上六番町三三 電話番町五二五 | |
参照人物(親類) | ||
参照次数 | ||
読み | まの ぶんじ | |
別名 |