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中川興長 (初版 [明治36(1903)年4月] の情報)

位階・勲等・功級正四位
爵位・身分・家柄男爵、舊神職
職業貴族院議員
性別男性
生年月日嘉永六年十月廿日 (1853)
親名・続柄 甘露寺愛長の七男
家族妻 岩子 慶應三年三月生伯爵滋野井公壽女
男 良長 明治九年十月生
男 資長 明治十五年九月生
女 秀峯 明治十七年十一月生
同 夏子 明治十九年一月生
同 榮子 明治廿六年七月生
記述部分(略伝)當家は藤原鎌足の後裔にして甘露寺家の出なり
君は伯爵甘露寺義長の弟にして愛長の七男なり嘉永六年十月廿日を以て生る明治元年三月春日神社勤務にそれより石上神社少宮司兼大瀨神社少宮司に淑子内親王家祗候を京都宮殿勤番殿掌等に歷任し同三年五月從五位下に叙せられ同五年元服して姓を中川と稱す同廿年五月華族局世襲財産課勸務を同廿三年七月貴族院議員となり同卅年七月同議員に再選せられ同卅二年六月正四位に叙せらる
家族は前記の外男興功(明治廿四年十二月生あり
住所・電話番号東京市四谷區愛住町一八
参照人物(親類)伯爵滋野井公壽、伯爵甘露寺義長
参照次数2
読みなかがわ おきなが
別名