明治四十四年(オ)第百九十五號
明治四十四年十一月十四日第一民事部判決
◎判決要旨
- 一 債權者ノ執行權ハ債務名義ニ於テ表示セラレタル債權カ更改契約其他ノ事由ニ因リテ消滅シタルトキト雖モ形式上ノ存在ヲ有シ之ニ因ル強制執行ハ形式上適法ナリトス從テ債務名義ニ表示セラレタル債權ニ關シ更改契約アリタル爲メ債權者カ執行權ヲ抛棄シタルモノト爲ルコトナシ
右當事者間ノ強制執行異議事件ニ付東京控訴院カ明治四十四年四月七日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ一部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
判決
本件上告ハ之ヲ棄却ス
上告ニ係ル訴訟費用ハ上告人之ヲ負擔ス可シ
理由
本件ニ在リテハ被上告人カ上告ヲ不適法ナリト主張シタルヲ以テ第一ニ本件上告ノ適法ナルヤ否ヤヲ判示シ第二ニ本件上告ノ理由アルヤ否ヤヲ判示ス
第一被上告人ハ本件上告状ニ於ケル原判決ノ表示ニハ當事者ノ表示ヲ缺クヲ以テ民事訴訟法第四百三十八條第二項第一號ノ要件ヲ具備セサル不法アリ且控訴審ニ於テハ事實ノ覆審ヲ爲スヲ以テ後日之ヲ法廷ニテ疏明補充スルコトヲ得ヘシト雖モ上告審ニ於テハ之ヲ審理中ニ補充シ得サルモノナリ特ニ原判決ノ如キハ明治四十二年(ネ)第二百十四號ト明治四十三年(ネ)第二百七十九號各強制執行異議控訴事件ノ併合審ニシテ一方ニ控訴人タルモノハ他方ニ被控訴人タル次第ニシテ若シ適式ニ當事者ノ表示ナキトキハ頗ル混雜ヲ來ス恐アリトス故ニ本件上告ハ不適法トシテ之ヲ却下ストノ判決ヲ求ムト申立テ上告人ハ本件上告状ニハ當事者ノ表示ナキモ訴訟事件ヲ表示シタルヲ以テ原判決ノ表示ヲ缺クト云フヘカラス又本件上告状ニハ原判決ノ當事者表示ヲ追加シタルヲ以テ被上告人ノ主張ハ失當ナリト陳述シタリ
按スルニ本件ノ上告状ニ於ケル原判決ノ表示ニハ當事者表示ヲ缺クト雖モ之カ爲メニ上告カ如何ナル判決ニ對シ提起セラレタルカヲ認識シ得サルニ非サルヲ以テ本件上告状ニハ民事訴訟法第四百三十八條第二項第一號ニ所謂上告セラルル判決ノ表示ヲ缺クト云フヘカラス故ニ本件上告ハ適法ニシテ被上告人ノ主張ハ失當ナリトス
第二上告趣旨ノ第一點ハ上告人ハ原審ニ於テ製錬所設置ノ契約ハ産金ノ程度竝礦石ノ品位等カ生産費ヲ償フテ尚純益ヲ得ルノ結果アリタルコトヲ條件トシタル停止條件附法律行爲ニシテ現在ノ程度ニテハ産金甚タ僅少且礦石ノ品位亦粗惡ニシテ製錬所設置ノ運ニ至ラサルヲ以テ即チ條件成就セサルニ付キ該義務發生セス從テ被上告人カ右製錬所設置義務ノ不履行ヲ原因トシテ爲シタル更改契約解除ノ意思表示ハ無効ナル旨抗爭シタルコト明治四十四年一月三十一日上告人提出ニ係ル準備書面ニ徴シテ明カナリ而シテ停止條件附法律行爲ハ法律行爲上ノ効力ノ發生ヲ未來ノ不確定ナル事實ノ發生ニ繋ラシメタルモノニシテ其條件事實ノ發生成就ニ由リテ初メテ法律行爲ノ効力發生シ權利義務ノ關係成立スルモノナリ故ニ右製錬所設置義務ノ不履行ヲ原因トシテ更改契約ヲ解除シタリト主張スル被上告人ハ條件事實ノ到來シ右義務成立シタルニ拘ハラス不履行アリタル事實ヲ立證スル責任アルコト論ヲ竢タス然ルニ原判決ハ其理由ノ(二)ニ於テ漠然「云云右控訴代理人ノ主張ヲ認ムヘキ證左ナキノミナラス現ニ控訴人ニ於テ採掘權ノ特許ヲ得タルコトハ自ラ主張スル所ニシテ證人羽生藤三郎ノ證言ニヨレハ被控訴人ヨリ製錬所設立ノ催告ヲ爲シタル當時之ヲ相當ナリト認メ其設立ヲ企テタル事實明白ナルヲ以テ彼此參照スル時ハ控訴人ハ催告ノ當時鑛業經營ヲ爲スニ當リ必要ナル設備トシテ相當ナル製錬所ヲ設立シ産金ニ勉ムヘキ義務アリタルモノナルコトヲ認ムルニ難カラス」ト説示シ去リ製錬所設置ノ契約ハ停止條件附ナリヤ否ヤヲ審究判定セス且被上告人ハ産金ノ程度鑛石ノ品位カ製錬所ヲ設置スルニ足ル價値アルコトヲ立證スヘキ責任アルニ拘ラス却テ上告人ハ之カ擧證ノ責任ヲ盡ササルモノトシテ上告人ノ主張ヲ排斥シタルハ審理不盡ノ廉アルノミナラス擧證ノ責任ヲ誤テ顛倒シタル不法ノ判定ナリト云フニ在リ
按スルニ原判決ニハ「被控訴代理人主張ノ如ク製錬所設置ノ契約モ亦第一條ノ更改契約ノ内容ノ一部ヲ爲スモノト解スルヲ至當トス從テ控訴人カ右第三條ノ約旨ニ違背シ製錬所ヲ設置セサルトキハ被控訴人ハ固ヨリ前記更改契約ヲ解除シ得ルモノト云ハサルヘカラス然レハ控訴代理人主張ノ製錬所設立ノ義務ヲ以テ更改契約ト別箇獨立ノ存在ヲ有スル停止條件附契約ナリトノ見地ニ基ク所論ハ當院ノ採用セサル所ナリ」ト判示シ上告人ノ主張ニ付キ審究判定ヲ爲シタリ又原判決ニハ「加之控訴代理人ハ採掘權ヲ得タル當時ヨリ極力産金ニ從事シタルモ其程度當初ノ豫想ト相反シ甚僅少ニシテ且品位モ良好ナリト云フヲ得サルカ爲メ損害ヲ蒙ムリタル次第ニシテ未タ豫期ノ如キ製錬所ヲ設置スヘキ運ニ至ラサルモノナリト云フニアルモ右主張ヲ認ムヘキ證左ナキノミナラス」ト判示シ上告人ニ産金ノ程度礦石ノ品位カ製錬所ヲ設置スルニ足ル價値ナキコトヲ立證スヘキ責任アル旨ヲ判示シタリ而シテ斯ル事實ハ之ニ依リテ利益ヲ受クヘキ上告人ノ立證スヘキ所ナルヲ以テ上告人カ立證責任ヲ負フコト固ヨリ當然ナリトス故ニ原判決ニ本論旨ノ如キ不法ナシトス
上告趣旨ノ第二點ハ原判決理由ノ(三)ニ「云云被控訴人カ執行力ヲ抛棄シタリトノ點ハ之ヲ爭フ所ナルニ何等之ヲ認ムヘキ證左ナク甲第一號證ニヨルモ單ニ代金支拂義務ノ一部ヲ更改シタルモノニシテ代金支拂義務ノ全部ノ不履行ノ場合ニ付シタル強制執行ノ約款ニ付テハ何等言及スル所ナキニ依リ到底控訴人ノ主張ハ之ヲ採用スルニ由ナシ」ト云フモ本件公正證書ノ債務中金二萬七千五百園ノ支拂義務ヲ甲第一號證ノ更改契約ニ依リ絶對ニ消滅セシメ私證書ヲ以テ債務名義ナキ單純ナル債務ヲ發生セシメタルコトハ原判決ノ認ムル所ニシテ強制執行ハ債務者カ任意ニ債務ノ履行ヲ爲ササル場合ニ公力ヲ以テ強制履行ヲ爲サシムルモノナルヲ以テ履行スヘキ債務及強制履行ヲ命スヘキ債務ノ消滅シタル契約ニ對シ尚獨リ強制執行ノ規定ノミ殘存スルノ理アルナシ事實夫レ自體ニ於テ推理上被上告人ハ本件公正證書ノ強制執行ノ利益ヲ抛棄シ之ニ關スル規定モ當然消滅ニ歸シタルモノト推定スヘキハ必然ノ事理ニ屬ス何トナレハ強制執行約款附ノ債務ヲ單純ナル債務ニ更改スルニハ強制執行ノ利益ヲ抛棄スルニアラサレハ爲シ得サレハナリ果シテ然レハ強制執行ニ關スル規定ノ尚存在セリトノ點ヲ爭フ被上告人ニ於テハ其主張事實ヲ立證スルニアラサレハ前記推定ニ基キ上告人ノ主張ヲ採用スルノ外ナキモノト云ハサルヘカラス然ルニ原判決ハ上告人ニ立證責任アルモノトシ其擧證ノ責任ヲ盡サストノ理由ヲ以テ其主張ヲ排斥シタルハ擧證責任ヲ顛倒セシメタル不法ノ判決ナルコト論ヲ竢タスト云フニ存リ」又上告趣旨ノ第三點ハ原判決ハ本件公正證書債務中金二萬七千五百圓ノ支拂義務ハ更改契約ニ依リ絶對ニ消滅シタルコトヲ認メナカラ其理由ノ(三)ニ於テ「云云結局本件公正證書中控訴人ノ代金支拂義務不履行ノ場合ニ於ケル強制執行ノ約款ハ代金二萬七千五百圓ノ債務カ甲第一號證契約ニ更改セラレ消滅シタル結果該部分ニ付テハ單ニ其適用ナキニ至リタルモノト解スヘキモ本件ニ在リテハ控訴人カ甲一號證ノ契約ニヨル義務ヲ履行セサルニヨリ被控訴人ニ於テ相當ノ期間ヲ定メ催告ヲ爲シタルモ尚履行セサリシヲ以テ乙第一號證ニヨリ右更改契約ヲ解除シタル結果公正證書ニ基ク被控訴人ノ債權ハ原状ニ囘復シ當事者間ニ在リテハ恰モ當初ヨリ更改契約無カリシト同一状態ニ至リタルモノナルカ故ニ被控訴人ハ右公正證書ノ約款ニ基キ當然強制執行ヲ爲シ得ルモノト謂ハサルヘカラス云云」ト云フモ本件公正證書ノ債務中金二萬七千五百圓ハ甲第一號證ノ更改契約ニ依リ消滅シタルコト原判決ニ於テ認メタル所ナレハ其必然ノ結果トシテ同公正證書ノ執行力ハ此點ニ關シ全ク茲ニ其存在ヲ喪失シタルコト論ヲ竢タス何トナレハ強制執行力ハ債務ノ存在ヲ前提トスレハナリ更改契約ニヨリ其存在ヲ喪失シタル執行力ハ該契約ノ解除ノ爲メ其効力ヲ復活スヘキモノナリヤ契約ノ解除ハ單ニ相手方ヲ原状ニ囘復セシムル債務關係ヲ發生セシムルニ過キスシテ物權的ニ當然原状囘復ノ効果ヲ生セサルハ勿論元來強制執行力ハ一定ノ權限アル官公吏ニアラサレハ之ヲ付與スルコトヲ得サルモノナレハ既ニ更改契約ニヨリ其存在ヲ喪失シタル執行力ハ何等權限ナキ被上告人ノ一方的契約解除ノ意思表示ニ依リ其効力ヲ發生スヘキモノニアラス前示原判決理由ハ債務消滅ノ結果其執行ヲ目的トシテ存在シタル本件強制執行力ハ必然的ニ其存在ヲ喪失シタルコト契約ノ解除ハ單ニ當事者ヲシテ原状ニ囘復セシムル權利義務ヲ負擔セシムルニ過キサルコト強制執行力ハ一定ノ權限アル官公吏ニアラスンハ付與スルヲ得サルコトノ法理ヲ誤解シ法則ノ適用ヲ誤リタル不法ノ判決ナリト云フニ在リ
按スルニ債務名義ニ因リテ強制履行ヲ請求スヘキ債權者ノ權利即チ執行權ハ其債務名義ニ於テ表示セラレタル債權カ更改契約其他ノ事由ニ因リテ消滅シタルトキト雖モ苟クモ債務名義カ消滅セサル限リハ形式上存在ス故ニ債權者カ債務名義ニ於テ表示セラレタル債權カ消滅シタルニ拘ハラス其債務名義ニ因リテ強制執行ヲ開始セシメタルトキハ其強制執行ハ形式上適法ナルモ實體上不當ナリトス是民事訴訟法第五百四十五條及ヒ同第五百六十條ニ於テ債務者ヲシテ執行ニ對スル異議ノ訴ヲ提起スルコトヲ得セシムル所以ナリ是ニ由リテ之ヲ觀レハ債務名義ニ依リテ表示セラレタル債權ニ關シテ更改アリタルカ爲メ債權者カ執行權ヲ抛棄シタルモノト爲ラス故ニ原判決ニ於テ上告人主張ノ如キ執行權ノ抛棄ナシト判示シタルハ結局正當ナリ又債務名義ニ依リテ表示セラレタル債權ニ付キ爲シタル更改契約ノ解除アリタル爲メニ其効力トシテ執行權ヲ復活スト云フカ如キ理ナシ從テ此點ニ於ケル原判決ノ理由ハ不法タルヲ免カレスト雖モ更改契約ニシテ解除セラレタル以上ハ執行ニ對スル異議ノ訴ノ原因ナキニ歸スルヲ以テ原判決ニ於テ上告人ノ請求ヲ排斥シタルハ結局正當ニシテ本論旨ハ失當ナリトス
上告趣旨ノ第四點ハ原判決理由ノ(二)ニ控訴人ハ「云云六个月ノ短日月ヲ以テハ到底完備セル製錬所ヲ設立スルコトヲ得サレハ不相當ノ催告期間ナルニヨリ之ニ基ク解除ハ不適法ナリト抗爭シ右期間ニシテ契約ノ性質上相手方カ債務ヲ履行スルニ付到底不可能ナリトセハ控訴人主張ノ如ク之ニ基ク解除ハ不當ナリト雖モ被控訴人カ相當トシテ爲シタル前示催告期間ヲ不相當ナリト爭フ控訴人ニ於テ何等ノ立證ヲ爲ササルノミナラス前記羽生藤三郎ノ證言ニヨレハ控訴人ニ於テ前記催告期間ニ異議ナク右期間ニ之ヲ設置スヘキコトヲ明言シ居リタル事實アルヲ以テ催告ハ一應相當ノ期間ヲ定メテ爲シタルモノト認メサルヲ得ス」ト云フモ上告人ノ本義務ハ甲第一號證ニ依リ明ナルカ如ク本件鑛區ノ試掘及採鑛ノ結果ニ依リ相當ナル製錬所ヲ設立スヘキ義務ニシテ如何ナル製錬所ヲ以テ相當トスヘキヤハ現在未定ノ問題ニ屬ス製錬所ノ種類構造ノ如何ニ依リ其設立ニ或ハ六个月ヲ要シ或ハ一年二年ヲ要スヘク豫メ一定ノ標準ヲ以テ律シ得ヘキモノニアラス故ニ被上告人ノ定メタル六个月ノ催告期間ノ適法ナリヤ否ヤヲ判斷スルニハ其前提トシテ試掘採鑛ノ結果如何ナル種類構造ノ製錬所ヲ以テ相當トスヘキヤヲ確定セサルヘカラス然ルニ債務ノ範圍ヲ確定セスシテ直チニ其履行ニ必要ナル催告期間ハ六个月ヲ相當トシタル前示原判決理由ハ審理不盡ノ廉アルモノト云ハサルヘカラスト云フニ在リ
按スルニ事實認定及ヒ證據ノ取捨ハ原審ノ職權ニ專屬ス而シテ本論旨ハ畢竟スルニ原審ノ專權ニ屬スル事實ノ認定ヲ批難スルニ止マリ上告ノ適法ナル理由ト爲ラス
上告趣旨ノ第五點ハ本件ニ於テ被上告人ハ本件公正證書中金二萬七千五百圓ノ點ニ付キ第一審ニテ敗訴ノ判決ヲ受ケ原審ニ控訴ノ申立ヲ爲シタルコトハ一件記録ニ徴シ明ナリ而シテ本件ハ民事訴訟法第五百四十五條ニ依リ債務者ノ提起シタル異議ノ訴ナルコトハ原判決ノ確定シタル事實ナルヲ以テ其目的ハ確定シタル債務名義ノ効力ヲ排除スルニアリテ唯其債務名義ニヨリ既ニ差押ヘラレタル財産ノ解除ニ存セサルコト明カナルカ故ニ本件ノ如キ異議ノ訴ニ付キ訴状控訴状等ニ貼用スヘキ民事訴訟用印紙ハ債務名義ノ債權額ヲ標準トスヘキモノニシテ差押物ノ價格ヲ標準ト爲スヘカラサルコト御院判例(明治四十三年(オ)第四〇七號四十四年二月四日)ノ認ムル法理ナリ然ルニ前陳ノ如ク被上告人ノ原審ニ於ケル控訴ハ金二萬七千五百圓ニ關スル第一審ノ判決ニ對スル申立ナルヲ以テ右法理ニ依據シ金百四十八圓五十錢ノ訴訟用印紙ヲ其控訴状ニ貼用スヘキ筋合ナルニ事茲ニ出テスシテ金二十二圓五十錢ノ印紙ヲ貼付シ控訴ヲ提起シタルヲ以テ其不適法ナルコト論ヲ竢タサルヲ以テ原審ニ於テ之ヲ不適法ノ控訴トシテ却下セサルヘカラサルニ之ヲ受理シ本案ニ付キ審理判決ヲ爲シタルハ誠ニ不當ナルハ勿論不適法ノ控訴ハ判決ノ確定力停止ノ効力ナキモノナレハ原判決ノ當時既ニ被上告人ノ控訴ハ其期間徒過シ第一審ノ上告人勝訴ノ判決確定シタルニ付キ控訴期間經過後ノ控訴トシテ之ヲ却下セスシテ上告人ニ敗訴ヲ言渡シタルハ不當ナリト云フニ在リ
按スルニ民事訴訟用印紙貼用ノ不足アル控訴状ニ基キテ爲シタル判決ニ對シ上告アリタル場合ニ在リテハ上告裁判所ニ於テ相當印紙ヲ控訴状ニ貼用セシメ之ヲ有効ナラシムルヲ得ルコト民事訴訟用印紙法第十一條ノ法意ニ徴シ洵ニ明白ナリ而シテ本件記録ニ依レハ被上告人ハ上告ノ提起アリタル後其控訴状ニ相當ノ印紙ヲ貼用シ印紙貼用ノ不足ヲ補ヒタリ故ニ本論旨ハ上告ノ理由ト爲スニ足ラス
如上ノ理由ニ依リ民事訴訟法第四百五十三條及ヒ第七十七條ニ則リ主文ノ如ク評決シタリ
明治四十四年(オ)第百九十五号
明治四十四年十一月十四日第一民事部判決
◎判決要旨
- 一 債権者の執行権は債務名義に於て表示せられたる債権が更改契約其他の事由に因りて消滅したるときと雖も形式上の存在を有し之に因る強制執行は形式上適法なりとす。
従て債務名義に表示せられたる債権に関し更改契約ありたる為め債権者が執行権を放棄したるものと為ることなし
右当事者間の強制執行異議事件に付、東京控訴院が明治四十四年四月七日言渡したる判決に対し上告人より一部破毀を求むる申立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。
判決
本件上告は之を棄却す
上告に係る訴訟費用は上告人之を負担す可し
理由
本件に在りては被上告人が上告を不適法なりと主張したるを以て第一に本件上告の適法なるや否やを判示し第二に本件上告の理由あるや否やを判示す
第一被上告人は本件上告状に於ける原判決の表示には当事者の表示を欠くを以て民事訴訟法第四百三十八条第二項第一号の要件を具備せざる不法あり、且、控訴審に於ては事実の覆審を為すを以て後日之を法廷にて疏明補充することを得べしと雖も上告審に於ては之を審理中に補充し得ざるものなり。
特に原判決の如きは明治四十二年(ネ)第二百十四号と明治四十三年(ネ)第二百七十九号各強制執行異議控訴事件の併合審にして一方に控訴人たるものは他方に被控訴人たる次第にして若し適式に当事者の表示なきときは頗る混雑を来す恐ありとす。
故に本件上告は不適法として之を却下すとの判決を求むと申立で上告人は本件上告状には当事者の表示なきも訴訟事件を表示したるを以て原判決の表示を欠くと云ふべからず。
又本件上告状には原判決の当事者表示を追加したるを以て被上告人の主張は失当なりと陳述したり。
按ずるに本件の上告状に於ける原判決の表示には当事者表示を欠くと雖も之が為めに上告が如何なる判決に対し提起せられたるかを認識し得ざるに非ざるを以て本件上告状には民事訴訟法第四百三十八条第二項第一号に所謂上告せらるる判決の表示を欠くと云ふべからず。
故に本件上告は適法にして被上告人の主張は失当なりとす。
第二上告趣旨の第一点は上告人は原審に於て製錬所設置の契約は産金の程度並礦石の品位等が生産費を償ふて尚純益を得るの結果ありたることを条件としたる停止条件附法律行為にして現在の程度にては産金甚た僅少、且、礦石の品位亦粗悪にして製錬所設置の運に至らざるを以て、即ち条件成就せざるに付き該義務発生せず。
従て被上告人が右製錬所設置義務の不履行を原因として為したる更改契約解除の意思表示は無効なる旨抗争したること明治四十四年一月三十一日上告人提出に係る準備書面に徴して明かなり。
而して停止条件附法律行為は法律行為上の効力の発生を未来の不確定なる事実の発生に繋らしめたるものにして其条件事実の発生成就に由りて初めて法律行為の効力発生し権利義務の関係成立するものなり。
故に右製錬所設置義務の不履行を原因として更改契約を解除したりと主張する被上告人は条件事実の到来し右義務成立したるに拘はらず不履行ありたる事実を立証する責任あること論を竢たず。
然るに原判決は其理由の(二)に於て漠然「云云右控訴代理人の主張を認むべき証左なきのみならず現に控訴人に於て採掘権の特許を得たることは自ら主張する所にして証人羽生藤三郎の証言によれば被控訴人より製錬所設立の催告を為したる当時之を相当なりと認め其設立を企てたる事実明白なるを以て彼此参照する時は控訴人は催告の当時鉱業経営を為すに当り必要なる設備として相当なる製錬所を設立し産金に勉むべき義務ありたるものなることを認むるに難からず。」と説示し去り製錬所設置の契約は停止条件附なりや否やを審究判定せず、且、被上告人は産金の程度鉱石の品位が製錬所を設置するに足る価値あることを立証すべき責任あるに拘らず却て上告人は之が挙証の責任を尽さざるものとして上告人の主張を排斥したるは審理不尽の廉あるのみならず挙証の責任を誤で顛倒したる不法の判定なりと云ふに在り
按ずるに原判決には「被控訴代理人主張の如く製錬所設置の契約も亦第一条の更改契約の内容の一部を為すものと解するを至当とす。
従て控訴人が右第三条の約旨に違背し製錬所を設置せざるときは被控訴人は固より前記更改契約を解除し得るものと云はざるべからず。
然れば控訴代理人主張の製錬所設立の義務を以て更改契約と別箇独立の存在を有する停止条件附契約なりとの見地に基く所論は当院の採用せざる所なり。」と判示し上告人の主張に付き審究判定を為したり。
又原判決には「加之控訴代理人は採掘権を得たる当時より極力産金に従事したるも其程度当初の予想と相反し甚僅少にして、且、品位も良好なりと云ふを得ざるか為め損害を蒙むりたる次第にして未だ予期の如き製錬所を設置すべき運に至らざるものなりと云ふにあるも右主張を認むべき証左なきのみならず」と判示し上告人に産金の程度礦石の品位が製錬所を設置するに足る価値なきことを立証すべき責任ある旨を判示したり。
而して斯る事実は之に依りて利益を受くべき上告人の立証すべき所なるを以て上告人が立証責任を負ふこと固より当然なりとす。
故に原判決に本論旨の如き不法なしとす
上告趣旨の第二点は原判決理由の(三)に「云云被控訴人が執行力を放棄したりとの点は之を争ふ所なるに何等之を認むべき証左なく甲第一号証によるも単に代金支払義務の一部を更改したるものにして代金支払義務の全部の不履行の場合に付したる強制執行の約款に付ては何等言及する所なきに依り到底控訴人の主張は之を採用するに由なし。」と云ふも本件公正証書の債務中金二万七千五百園の支払義務を甲第一号証の更改契約に依り絶対に消滅せしめ私証書を以て債務名義なき単純なる債務を発生せしめたることは原判決の認むる所にして強制執行は債務者が任意に債務の履行を為さざる場合に公力を以て強制履行を為さしむるものなるを以て履行すべき債務及強制履行を命ずべき債務の消滅したる契約に対し尚独り強制執行の規定のみ残存するの理あるなし事実夫れ自体に於て推理上被上告人は本件公正証書の強制執行の利益を放棄し之に関する規定も当然消滅に帰したるものと推定すべきは必然の事理に属す何となれば強制執行約款附の債務を単純なる債務に更改するには強制執行の利益を放棄するにあらざれば為し得ざればなり。
果して。
然れば強制執行に関する規定の尚存在せりとの点を争ふ被上告人に於ては其主張事実を立証するにあらざれば前記推定に基き上告人の主張を採用するの外なきものと云はざるべからず。
然るに原判決は上告人に立証責任あるものとし其挙証の責任を尽さずとの理由を以て其主張を排斥したるは挙証責任を顛倒せしめたる不法の判決なること論を竢たずと云ふに存り」又上告趣旨の第三点は原判決は本件公正証書債務中金二万七千五百円の支払義務は更改契約に依り絶対に消滅したることを認めながら其理由の(三)に於て「云云結局本件公正証書中控訴人の代金支払義務不履行の場合に於ける強制執行の約款は代金二万七千五百円の債務が甲第一号証契約に更改せられ消滅したる結果該部分に付ては単に其適用なきに至りたるものと解すべきも本件に在りては控訴人が甲一号証の契約による義務を履行せざるにより被控訴人に於て相当の期間を定め催告を為したるも尚履行せざりしを以て乙第一号証により右更改契約を解除したる結果公正証書に基く被控訴人の債権は原状に回復し当事者間に在りては恰も当初より更改契約無かりしと同一状態に至りたるものなるが故に被控訴人は右公正証書の約款に基き当然強制執行を為し得るものと謂はざるべからず。
云云」と云ふも本件公正証書の債務中金二万七千五百円は甲第一号証の更改契約に依り消滅したること原判決に於て認めたる所なれば其必然の結果として同公正証書の執行力は此点に関し全く茲に其存在を喪失したること論を竢たず何となれば強制執行力は債務の存在を前提とすればなり。
更改契約により其存在を喪失したる執行力は該契約の解除の為め其効力を復活すべきものなりや契約の解除は単に相手方を原状に回復せしむる債務関係を発生せしむるに過ぎずして物権的に当然原状回復の効果を生ぜざるは勿論元来強制執行力は一定の権限ある官公吏にあらざれば之を付与することを得ざるものなれば既に更改契約により其存在を喪失したる執行力は何等権限なき被上告人の一方的契約解除の意思表示に依り其効力を発生すべきものにあらず。
前示原判決理由は債務消滅の結果其執行を目的として存在したる本件強制執行力は必然的に其存在を喪失したること契約の解除は単に当事者をして原状に回復せしむる権利義務を負担せしむるに過ぎざること強制執行力は一定の権限ある官公吏にあらずんば付与するを得ざることの法理を誤解し法則の適用を誤りたる不法の判決なりと云ふに在り
按ずるに債務名義に因りて強制履行を請求すべき債権者の権利即ち執行権は其債務名義に於て表示せられたる債権が更改契約其他の事由に因りて消滅したるときと雖も苟くも債務名義が消滅せざる限りは形式上存在す。
故に債権者が債務名義に於て表示せられたる債権が消滅したるに拘はらず其債務名義に因りて強制執行を開始せしめたるときは其強制執行は形式上適法なるも実体上不当なりとす。
是民事訴訟法第五百四十五条及び同第五百六十条に於て債務者をして執行に対する異議の訴を提起することを得せしむる所以なり。
是に由りて之を観れば債務名義に依りて表示せられたる債権に関して更改ありたるか為め債権者が執行権を放棄したるものと為らず。
故に原判決に於て上告人主張の如き執行権の放棄なしと判示したるは結局正当なり。
又債務名義に依りて表示せられたる債権に付き為したる更改契約の解除ありたる為めに其効力として執行権を復活すと云ふが如き理なし。
従て此点に於ける原判決の理由は不法たるを免がれずと雖も更改契約にして解除せられたる以上は執行に対する異議の訴の原因なきに帰するを以て原判決に於て上告人の請求を排斥したるは結局正当にして本論旨は失当なりとす。
上告趣旨の第四点は原判決理由の(二)に控訴人は「云云六个月の短日月を以ては到底完備せる製錬所を設立することを得ざれば不相当の催告期間なるにより之に基く解除は不適法なりと抗争し右期間にして契約の性質上相手方が債務を履行するに付、到底不可能なりとせば控訴人主張の如く之に基く解除は不当なりと雖も被控訴人が相当として為したる前示催告期間を不相当なりと争ふ控訴人に於て何等の立証を為さざるのみならず前記羽生藤三郎の証言によれば控訴人に於て前記催告期間に異議なく右期間に之を設置すべきことを明言し居りたる事実あるを以て催告は一応相当の期間を定めて為したるものと認めざるを得ず。」と云ふも上告人の本義務は甲第一号証に依り明なるが如く本件鉱区の試掘及採鉱の結果に依り相当なる製錬所を設立すべき義務にして如何なる製錬所を以て相当とすべきやは現在未定の問題に属す製錬所の種類構造の如何に依り其設立に或は六个月を要し或は一年二年を要すべく予め一定の標準を以て律し得べきものにあらず。
故に被上告人の定めたる六个月の催告期間の適法なりや否やを判断するには其前提として試掘採鉱の結果如何なる種類構造の製錬所を以て相当とすべきやを確定せざるべからず。
然るに債務の範囲を確定せずして直ちに其履行に必要なる催告期間は六个月を相当としたる前示原判決理由は審理不尽の廉あるものと云はざるべからずと云ふに在り
按ずるに事実認定及び証拠の取捨は原審の職権に専属す。
而して本論旨は畢竟するに原審の専権に属する事実の認定を批難するに止まり上告の適法なる理由と為らず
上告趣旨の第五点は本件に於て被上告人は本件公正証書中金二万七千五百円の点に付き第一審にて敗訴の判決を受け原審に控訴の申立を為したることは一件記録に徴し明なり。
而して本件は民事訴訟法第五百四十五条に依り債務者の提起したる異議の訴なることは原判決の確定したる事実なるを以て其目的は確定したる債務名義の効力を排除するにありて唯其債務名義により既に差押へられたる財産の解除に存せざること明かなるが故に本件の如き異議の訴に付き訴状控訴状等に貼用すべき民事訴訟用印紙は債務名義の債権額を標準とすべきものにして差押物の価格を標準と為すべからざること御院判例(明治四十三年(オ)第四〇七号四十四年二月四日)の認むる法理なり。
然るに前陳の如く被上告人の原審に於ける控訴は金二万七千五百円に関する第一審の判決に対する申立なるを以て右法理に依拠し金百四十八円五十銭の訴訟用印紙を其控訴状に貼用すべき筋合なるに事茲に出でずして金二十二円五十銭の印紙を貼付し控訴を提起したるを以て其不適法なること論を竢たざるを以て原審に於て之を不適法の控訴として却下せざるべからざるに之を受理し本案に付き審理判決を為したるは誠に不当なるは勿論不適法の控訴は判決の確定力停止の効力なきものなれば原判決の当時既に被上告人の控訴は其期間徒過し第一審の上告人勝訴の判決確定したるに付き控訴期間経過後の控訴として之を却下せずして上告人に敗訴を言渡したるは不当なりと云ふに在り
按ずるに民事訴訟用印紙貼用の不足ある控訴状に基きて為したる判決に対し上告ありたる場合に在りては上告裁判所に於て相当印紙を控訴状に貼用せしめ之を有効ならしむるを得ること民事訴訟用印紙法第十一条の法意に徴し洵に明白なり。
而して本件記録に依れば被上告人は上告の提起ありたる後其控訴状に相当の印紙を貼用し印紙貼用の不足を補ひたり。
故に本論旨は上告の理由と為すに足らず
如上の理由に依り民事訴訟法第四百五十三条及び第七十七条に則り主文の如く評決したり。