養子離縁請求ノ件

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大審院民事判決録（民録）13輯987頁

上告理由第一點ハ原判决ハ民法第八百六十六條第六號ヲ以テ逃亡ノ後尚ホ其所在地ヲ韜晦シタルコトヲ要スルノ意義ニ非サルモノト解釋シ上告人カ養親タル被上告人ノ住居ヲ去リタル後被上告人ニ對シテ屡々音信ヲ通シ其所在地ヲ通報シタル事蹟アリトスルモ民法第八百六十六條第六號ノ規定ニ該當スル離縁ノ原因アルモノト論斷セサルヘカラスト判斷セラレタリ然レトモ民法第八百六十六條第六號ニ逃亡シテ三年以上復歸セサルトキトアルハ逃避亡跡ノ状態カ三年以上繼續シタルトキヲ指示スルモノニシテ本件ノ如ク養親ニ於テ養子ノ所在ヲ確知シ居ル場合ニアリテハ單ニ養子カ三年以上親シク養親ノ住居ニ復歸セサル事實アレハトテ直ニ右法條ヲ適用シ得ヘキモノニ非サルコトハ現行民法制定ノ際參酌セラレタル幾多慣例ニ徴スルモ亦疑ナキ所ナルヲ以テ原判决ハ民法第八百六十六條第六號ノ解釋ヲ誤リ不當ニ之ヲ適用シタル不法ノ裁判ナリト思料スト云フニ在リ

因テ按スルニ民法第八百六十六條第六號ニ所謂養子カ逃亡シテ三年以上復歸セサルトキトハ養子カ養家ヲ逃亡シテ所在ヲ韜晦セルトキハ勿論假令所在ハ其後分明ト爲ルモ復歸ノ意思ナクシテ三年以上ヲ經過セルトキヲ指稱シ其事實ハ共ニ養親ノ爲メ養子離縁ノ原因ヲ成スモノトス蓋シ養親カ養子ヲ収養スル目的ハ主トシテ將來養家ノ家名ヲ斷絶セサラシメ其家産ヲ守ラシメントスルニ在リ而シテ正當ノ事故ナクシテ養家ヲ去ル如キ者カ収養ノ目的ニ背馳シ養親ノ信任ヲ失フヘキコトハ其後所在ヲ韜晦スルト單ニ復歸ノ意思ナクシテ復歸セサルトノ間ニ毫モ擇フ所ナケレハナリ然レハ原判决ニ於テ上告人カ被上告人家ヲ逃亡シタル後其所在ヲ被上告人ニ通報シタルニ拘ハラス養家ニ復歸ノ意思ナク而モ今日ニ至ルマテ繼續シテ三年以上現實復歸セサル事實ヲ認メ同法條ヲ適用シタルハ相當ニシテ本論旨ハ採用スルコトヲ得ス

同第二點ハ（イ）民法第八百六十六條第六號ノ規定ヲ本件ニ適用センニハ養子ニ於テ養子縁組ヲ繼續シテ養親ニ對スル法律上及ヒ道徳上ノ責務ヲ盡ス意思ナキコトノ明確ナルヲ要ス單ニ養家ノ復歸ノ意思ナキ事實ノミニテハ未タ以テ右法條ヲ適用シ得ヘキモノニアラス從テ原院カ本件ニ右法條ヲ適用センニハ上告人ニ於テ養家ニ復歸スル意思ナキコトノ外尚ホ進ンテ上告人カ養子縁組ヲ繼續スル意思アリヤ否ヤヲ判定セサルヘカラス然ルニ原判决ハ事茲ニ出テスシテ「證人小林定修、土田弘敏ノ證言ニ徴シテ明カナル如ク養家ニ復歸スルノ意思ナク云々」ト判示シ以テ上告人ノ抗辯ヲ排斥シタルハ法則ヲ不當ニ適用シタル違法ノ裁判ナリト思料ス（ロ）民法第八百六十六條第六號ノ規定ハ逃亡者カ正當ノ理由ナク故意ニ復歸セサル場合ニ於テ其適用アルモノトス而シテ上告人ハ明治三十四年八月十三日大藏省屬ニ任セラレ引續キ奉職シ同三十八年一月二十一日煙草專賣局事務官補ニ任セラレ官吏ノ身分ヲ有スルモノナルコトハ當事者間ニ爭ナキ事實ナルヲ以テ（第一審第一囘口頭辯論調書、第一審判决理由ノ部、第二審判决事實摘示調書援用ノ部參照）上告人カ隨意ニ其任地ヲ離ルヽコトヲ得サルハ官吏服務規律第六條ノ明定スル所ナリ從テ上告人カ養親ノ住所ニ復歸セントスルモ其身官吏タル爲メ復歸スルコトヲ得サル事情ノ存スル場合ナルニモ拘ハラス原院ハ「若夫レ養子カ一旦逃亡シタル後其所在地ヲ養親ニ通報シタルニ於テハ縱令謂レナク三年以上復歸セサル場合ト雖モ云々」ト判示シ上告人ノ復歸セサルハ何等ノ理由ナキモノトシ以テ民法第八百六十六條第六號ノ離縁原因アルモノト判定セラレタルハ是亦法則ヲ不當ニ適用シタル不法ノ裁判ナリト思料スト云フニ在リ

然レトモ養子タル上告人ニシテ既ニ前點ニ對スル説明ノ如キ事由アル以上ハ更ニ上告人ニ縁組繼續ノ意思アルト否ト又上告人カ官吏トシテ任地ニ在ルト否トヲ問ハス被上告人ノ爲メ養子離縁ノ請求權發生スルヲ以テ本論旨ハ孰レモ理由ナシ

同第三點ハ原判文ノ理由ニ依レハ「……被控訴人カ明治三十四年十一月中控訴人ヨリ離縁ノ申込ヲ受ケ控訴人ト同居シ難キ事情アリトノ事實ハ共ニ證明セラレサルヲ以テ之ヲ信用スルニ由ナク從テ被控訴人ハ當時其行衛ヲ韜晦スルノ意思ヲ以テ逃亡シタルモノト云ハサルヲ得ス……」ト判示セラレタルモ上告人ハ原院ニ於テ第一審ニ於テ訊問セラレタル證人久米ウメ同橋本テツ同成田直衛等ノ證言ヲ援用シテ右事實ノ立證ニ供シタルニ原院ハ漫然之レカ立證ナシトシテ本件ニ最モ重要ナル點ヲ上告人ノ不利益ニ裁判シタルハ證據ヲ看過シテ不當ニ事實ヲ確定シタル不法ノ裁判ナリト云フニ在リ

然レトモ上告人カ明治三十四年十一月中被上告人ヨリ離縁ノ申込モ受ケ被上告人ト同居シ難キ事情アリトノコトハ上告人カ原院ニ於テ援用シタル第一審ノ證人久米ウメ、橋本テツ、成田直衛ノ證言ニ依リテモ證明セラレサリシコトハ原判文上明確ナレハ原判决ニハ本論旨ノ如キ不法ナシ

以上説明ノ如クナルヲ以テ民事訴訟法第四百三十九條第一項ニ依リ主文ノ判决ヲ與フルモノナリ