明治三十八年(オ)第四百四十一號
明治三十八年十二月二十六日第一民事部判决
◎判决要旨
- 一 故障ヲ適法トスルトキハ訴訟ハ闕席前ノ程度ニ復スヘキモノナルヲ以テ闕席前ノ口頭辯論ハ依然其効力ヲ有スルモノトス(判旨第一點)
- 一 鑑定ニ關スル證據决定ニ於テ鑑定人ノ員數ヲ指定セサルトキハ一旦三名ノ鑑定人ニ對シ呼出状ヲ發シタル後特ニ其員數ヲ隻スヘキ决定ヲ爲スコトナク期日ニ出廷セル二名ノミニ鑑定ヲ命シテ判决ヲ爲スモ違法ニ非ス(判旨第三點)
右當事者間ノ辨償金請求事件ニ付宮城控訴院カ明治三十八年六月二十三日言渡シタル判决ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
判决
本件上告ハ之ヲ棄却ス
上告ニ係ル訴訟費用ハ上告人之ヲ負擔ス可シ
理由
上告趣旨ノ第一ハ本件第一審判决事實摘示ノ部ニ「原告代理人ハ前欠席判决ヲ維持ストノ判决ヲ求ム云々」トノ記載アリ又右判决ノ基本タル口頭辯論ノ調書(明治三十七年五月二十四日附)ニ依レハ
「一定ノ申立」ト題シ「原告代理人被告兩名ニ對スル先ノ欠席判决ハ之ヲ維持ストノ判决ヲ乞フ旨一定ノ申立ヲ爲シタリ」ト記載アリ飜テ訴状及明治三十七年三月十七日言渡サレタル第一審欠席判决ヲ見レハ一定ノ申立ハ金九百九十五圓及附帶ノ利子費用ノ辨償ヲ求ムルニアリ然ラハ即チ第一審ノ終局判决ノ基本タル口頭辯論(明治三十七年五月二十四日)ニ臨席シタル判事ハ訴状其他書面ニ基キタル判决事項(即チ九百九十五圓及其附隨ノ請求)ノ申立ヲ聽カス其請求ノ原因ト相副ハサル「先ノ欠席判决ヲ維持ス」トノ判决ヲ求ムル口頭供述ニ憑據シ裁判ヲ與ヘタル不法アリト云ハサルヘカラス蓋シ判决主文ノ憑據タルヘキ一定ノ申立カ書面ニ基キ且ツ口頭ニテ爲サルヘキハ民事訴訟法ノ明定スル所ナルヲ以テ前述ノ如キ欠席判决維持ノ申立ハ乃チ不適法ノ申立ナルト又訴状記載ノ一定ノ申立ハ口頭ヲ以テ供述セラレサルカ故判决ノ憑據ト爲スコト能ハス結局第一審ニ於ケル被上告人ノ請求タル判决事項ハ遂ニ口頭供述セサレサルモノトス之レ口頭辯論主義ヲ本則トスル民事訴訟手續ニ違背セル重大ナル瑕瑾タリ從テ原審ニ於テ本訴請求モ一定ノ申立ニ付更ニ辯論ヲ新ニシタルニアラサル限リハ原判决モ亦同シク此違法ヲ存スルモノト云ハサルヘカラス然ルニ原審調書ニヨレハ被上告人ヨリ更ニ其請求ヲ開示シタル形蹟ナキニヨリ第一審ト同一ナル不法ヲ存スルモノトス想フニ被上告人ノ第一審ニ於ケル前示申立ハ民事訴訟法第二百六十一條ノ規定ニ準據シタルノ意ナルヘキモ同條ハ規定自體ニ示スカ如ク欠席前ノ程度ニ於テ新辯論ヲ爲シ其辯論ニ基ク判决方法ヲ裁判所ニ示シタルモノニ外ナラサルヲ以テ畢竟法律ヲ誤解シ其爲スヘキ申立ヲ遺脱シテ不適法ナル申立ニ依リ判决ヲ受ケタル者ト云ハサルヘカラス即チ原判决ハ被上告人カ判决ノ基本タル口頭辯論ニ於テ爲シタル不適法ノ申立ヲ取リテ其申立サル請求ヲ採用シタル第一審判决ノ違法ヲ匡正セス之ヲ認可シタル違法ノ裁判ナリト云フニ在リ
按スルニ明治三十七年五月二十四日ノ第一審口頭辯論調書ニ依ルトキハ原告代理人ハ被告兩名ニ對スル闕席判决ハ之ヲ維持ストノ判决ヲ乞フ旨ノ申立ヲ爲シタルコトノ記載アルモ訴状ニ基キ一定ノ申立ヲ爲シタル旨ノ記載ナキヲ以テ此口頭辯論ニ於テハ原告代理人ハ有効ノ一定ノ申立ヲ爲サヽリシコト明白ナルモ被告ノ闕席前即明治三十七年二月二十五日ノ口頭辯論調書ニ依レハ原告代理人ハ訴状ニ基キ一定ノ申立ヲ爲シタルコト明白ナリ而シテ民事訴訟法第二百六十條ニ依レハ本件ニ於ケルカ如ク闕席判决ニ對スル故障ヲ適法トスルトキハ訴訟ハ闕席前ノ程度ニ復スヘキモノナレハ右闕建前ノ口頭辯論ハ其効力ヲ有スト謂ハサル可カラス從テ本件第一審ノ口頭辯論ヲ以テ書面ニ基ク有効ノ一定ノ申立ヲ欠クモノト云フヲ得ス然リ而シテ第一審ノ最終口頭辯論調書タル明治三十七年五月二十四日ノ調書ニ依レハ「原告被告兩代理人ハ共ニ第一囘第二囘各辯論調書記載ノ通リ本案事實上ノ關係竝ニ立證方法證據抗辯ニ付キ同一ナル陳述ヲ爲シ」云々ト記載シアリテ當事者ハ此口頭辯論ニ於テ訴訟全體ノ關係ヲ表明シ證據調ノ結果ニ付キ辯論ヲ爲シタルコト明白ナレハ此口頭辯論ハ實ニ判决ノ基本タル辯論ナリト云フ可シ而シテ第一審判决ハ此辯論ニ臨席シタル判事ノ爲シタル裁判ナレハ毫モ本論旨ノ如キ不法ノ點アルヲ視ス(判旨第一點)
追加上告趣旨ノ第一ハ原審最終ノ口頭辯論ニ於テ被上告人ノ申立タル檢眞ハ鑑定ノ方法ニ依ルヘキ决定無之ノミナラス檢眞ノ爲メ鑑定人ヲ訊問シタル事實亦タ之レナキニ拘ラス原判决ノ檢眞裁判ハ明ニ鑑定人ノ鑑定ヲ引用シテ判斷ノ材料トナセリ之レ證據ノ法則ニ違背セル不法ノ裁判ナリト云ヒ又其第二ハ原審ニ於テ票上告人ノ申立ニ依リ容レラレタル鑑定ハ甲第一號證ノ一ナル上告人ノ印影ノ異同ヲ鑑定セシムルニアリ之レ私署證書ノ眞否ハ檢眞ノ裁判ニ依ルヘキ法則ニ牴觸スル不法ノ申立ナルヲ以テ之ヲ採用シタル證據决定ハ亦タ不法タルヲ免レス從テ其鑑定ハ採テ以テ證據ト爲スコト能ハス然ルニ原判决カ之レヲ其檢眞ノ裁判ニ引用シタルハ同シク採證ノ法則ニ反スル違法ノ裁判ナリト云フニ在リ
按スルニ私署證書ノ檢眞トハ其眞否ヲ判斷スル裁判ノ謂ニ外ナラス而シテ檢眞ハ總テノ證據方法ニ因リテ之ヲ爲スヘキコトハ民事訴訟法第三百五十三條ニ於テ規定スル所ナルノミナラス鑑定ハ裁判所常ニ職權ヲ以テ命スルコトヲ得ヘキモノナレハ檢眞ノ申立ニ先チ被上告人カ鑑定ノ申立ヲ爲スモ不適法ト云フヲ得サルコトハ勿論原院カ其申出ニ基キ命シタル鑑定ヲ檢眞ノ資料ニ供シタルモ不法ニ非ス故ニ本論旨モ亦理由ナシ
追加上告趣旨ノ第三ハ假リニ檢眞ノ申立以前ニ爲サレタル鑑定ハ之ヲ其檢眞裁判中ニ引用シ得ルトスルモ被上告人ノ原審三十八年五月十日ノ口頭辯論ニ申立タル鑑定ニ付テハ原院ニ於テ三名ノ鑑定人ヲシテ鑑定セシムヘキ旨ヲ决定シ適法ノ呼出状ヲ發シタルニ同年五月二十九日ノ期日ニ際シ三名ノ内鈴木三郎兵衛ハ出頭セサリシニ他ノ二名ノ鑑定人(多田治三郎片倉信治)之レヲ鑑定シタリ而シテ鈴木三郎兵衛ニ對シテハ更ニ呼出状ヲモ發セス且ツ被上告人カ六月十五日附ヲ以テ「鑑定人ノ内一名取消願」ト題スル書面ヲ提出シ其證據决定ノ變更ヲ求メタルニ對シ何等ノ裁判ヲ與ヘスシテ辯論ヲ終結シタリ故ニ其鑑定ハ證據决定ノ如ク施行セラレサリシ者ナルコト歴然タルヲ以テ曲直ヲ斷スル資料ト爲スヘキモノニアラス然ルニ原審判决ハ此違法ノ鑑定ニ據リ甲第一號證ノ一ヲ眞正ニ成立セル證書ナリト判斷シタルハ同シク證據法ノ法則ニ違背セル裁判ナリト云フニ在リ
然レトモ鑑定人ノ選定及ヒ其員數ノ指定ハ受訴裁判所ノ職權ニ屬スルコトハ民事訴訟法第三百二十四條ノ規定スル所ニシテ原院ニ於ル鑑定ニ付テノ證據决定ニハ鑑定人ノ員數ヲ指定シアラサルヲ以テ假令一旦三名ノ鑑定人ニ對シテ呼出状ヲ發シタリトモ指定シタル期日ニ出廷シタル鑑定人二名ニ鑑定ヲ命シタルニ止マリ特ニ鑑定人ノ員數ヲ隻スヘキ决定ヲ爲スコト無ク原院カ判决ヲ爲シタリトテ證據ノ法則ニ違背シタル裁判ナリト云フヲ得ス(判旨第三點)
上來判示スル如キ理由ナルヲ以テ民事訴訟法第四百五十三條及ヒ第七十七條ノ規定ニ從ヒ主文ノ如ク判决ス
明治三十八年(オ)第四百四十一号
明治三十八年十二月二十六日第一民事部判決
◎判決要旨
- 一 故障を適法とするときは訴訟は闕席前の程度に復すべきものなるを以て闕席前の口頭弁論は依然其効力を有するものとす。
(判旨第一点)
- 一 鑑定に関する証拠決定に於て鑑定人の員数を指定せざるときは一旦三名の鑑定人に対し呼出状を発したる後特に其員数を隻すべき決定を為すことなく期日に出廷せる二名のみに鑑定を命じて判決を為すも違法に非ず(判旨第三点)
上告人 佐藤亦右衛門
被上告人 美野川丑蔵
右当事者間の弁償金請求事件に付、宮城控訴院が明治三十八年六月二十三日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。
判決
本件上告は之を棄却す
上告に係る訴訟費用は上告人之を負担す可し
理由
上告趣旨の第一は本件第一審判決事実摘示の部に「原告代理人は前欠席判決を維持すとの判決を求む云云」との記載あり又右判決の基本たる口頭弁論の調書(明治三十七年五月二十四日附)に依れば
「一定の申立」と題し「原告代理人被告両名に対する先の欠席判決は之を維持すとの判決を乞ふ旨一定の申立を為したり。」と記載あり翻で訴状及明治三十七年三月十七日言渡されたる第一審欠席判決を見れば一定の申立は金九百九十五円及附帯の利子費用の弁償を求むるにあり。
然らば、即ち第一審の終局判決の基本たる口頭弁論(明治三十七年五月二十四日)に臨席したる判事は訴状其他書面に基きたる判決事項(即ち九百九十五円及其附随の請求)の申立を聴かず其請求の原因と相副はざる「先の欠席判決を維持す」との判決を求むる口頭供述に憑拠し裁判を与へたる不法ありと云はざるべからず。
蓋し判決主文の憑拠たるべき一定の申立が書面に基き且つ口頭にて為さるべきは民事訴訟法の明定する所なるを以て前述の如き欠席判決維持の申立は乃ち不適法の申立なると又訴状記載の一定の申立は口頭を以て供述せられざるが故判決の憑拠と為すこと能はず結局第一審に於ける被上告人の請求たる判決事項は遂に口頭供述せざれさるものとす。
之れ口頭弁論主義を本則とする民事訴訟手続に違背せる重大なる瑕瑾たり。
従て原審に於て本訴請求も一定の申立に付、更に弁論を新にしたるにあらざる限りは原判決も亦同じく此違法を存するものと云はざるべからず。
然るに原審調書によれば被上告人より更に其請求を開示したる形蹟なきにより第一審と同一なる不法を存するものとす。
想ふに被上告人の第一審に於ける前示申立は民事訴訟法第二百六十一条の規定に準拠したるの意なるべきも同条は規定自体に示すが如く欠席前の程度に於て新弁論を為し其弁論に基く判決方法を裁判所に示したるものに外ならざるを以て畢竟法律を誤解し其為すべき申立を遺脱して不適法なる申立に依り判決を受けたる者と云はざるべからず。
即ち原判決は被上告人が判決の基本たる口頭弁論に於て為したる不適法の申立を取りて其申立さる請求を採用したる第一審判決の違法を匡正せず之を認可したる違法の裁判なりと云ふに在り
按ずるに明治三十七年五月二十四日の第一審口頭弁論調書に依るときは原告代理人は被告両名に対する闕席判決は之を維持すとの判決を乞ふ旨の申立を為したることの記載あるも訴状に基き一定の申立を為したる旨の記載なきを以て此口頭弁論に於ては原告代理人は有効の一定の申立を為さざりしこと明白なるも被告の闕席前即明治三十七年二月二十五日の口頭弁論調書に依れば原告代理人は訴状に基き一定の申立を為したること明白なり。
而して民事訴訟法第二百六十条に依れば本件に於けるが如く闕席判決に対する故障を適法とするときは訴訟は闕席前の程度に復すべきものなれば右闕建前の口頭弁論は其効力を有すと謂はざる可からず。
従て本件第一審の口頭弁論を以て書面に基く有効の一定の申立を欠くものと云ふを得ず。
然り、而して第一審の最終口頭弁論調書たる明治三十七年五月二十四日の調書に依れば「原告被告両代理人は共に第一回第二回各弁論調書記載の通り本案事実上の関係並に立証方法証拠抗弁に付き同一なる陳述を為し」云云と記載しありて当事者は此口頭弁論に於て訴訟全体の関係を表明し証拠調の結果に付き弁論を為したること明白なれば此口頭弁論は実に判決の基本たる弁論なりと云ふ可し、而して第一審判決は此弁論に臨席したる判事の為したる裁判なれば毫も本論旨の如き不法の点あるを視す(判旨第一点)
追加上告趣旨の第一は原審最終の口頭弁論に於て被上告人の申立たる検真は鑑定の方法に依るべき決定無之のみならず検真の為め鑑定人を訊問したる事実亦た之れなきに拘らず原判決の検真裁判は明に鑑定人の鑑定を引用して判断の材料となせり之れ証拠の法則に違背せる不法の裁判なりと云ひ又其第二は原審に於て票上告人の申立に依り容れられたる鑑定は甲第一号証の一なる上告人の印影の異同を鑑定せしむるにあり之れ私署証書の真否は検真の裁判に依るべき法則に牴触する不法の申立なるを以て之を採用したる証拠決定は亦た不法たるを免れず。
従て其鑑定は採で以て証拠と為すこと能はず。
然るに原判決が之れを其検真の裁判に引用したるは同じく採証の法則に反する違法の裁判なりと云ふに在り
按ずるに私署証書の検真とは其真否を判断する裁判の謂に外ならず。
而して検真は総ての証拠方法に因りて之を為すべきことは民事訴訟法第三百五十三条に於て規定する所なるのみならず鑑定は裁判所常に職権を以て命ずることを得べきものなれば検真の申立に先ち被上告人が鑑定の申立を為すも不適法と云ふを得ざることは勿論原院が其申出に基き命じたる鑑定を検真の資料に供したるも不法に非ず。
故に本論旨も亦理由なし。
追加上告趣旨の第三は仮りに検真の申立以前に為されたる鑑定は之を其検真裁判中に引用し得るとするも被上告人の原審三十八年五月十日の口頭弁論に申立たる鑑定に付ては原院に於て三名の鑑定人をして鑑定せしむべき旨を決定し適法の呼出状を発したるに同年五月二十九日の期日に際し三名の内鈴木三郎兵衛は出頭せざりしに他の二名の鑑定人(多田治三郎片倉信治)之れを鑑定したり。
而して鈴木三郎兵衛に対しては更に呼出状をも発せず且つ被上告人が六月十五日附を以て「鑑定人の内一名取消願」と題する書面を提出し其証拠決定の変更を求めたるに対し何等の裁判を与へずして弁論を終結したり。
故に其鑑定は証拠決定の如く施行せられざりし者なること歴然たるを以て曲直を断する資料と為すべきものにあらず。
然るに原審判決は此違法の鑑定に拠り甲第一号証の一を真正に成立せる証書なりと判断したるは同じく証拠法の法則に違背せる裁判なりと云ふに在り
然れども鑑定人の選定及び其員数の指定は受訴裁判所の職権に属することは民事訴訟法第三百二十四条の規定する所にして原院に於る鑑定に付ての証拠決定には鑑定人の員数を指定しあらざるを以て仮令一旦三名の鑑定人に対して呼出状を発したりとも指定したる期日に出廷したる鑑定人二名に鑑定を命じたるに止まり特に鑑定人の員数を隻すべき決定を為すこと無く原院が判決を為したりとて証拠の法則に違背したる裁判なりと云ふを得ず。
(判旨第三点)
上来判示する如き理由なるを以て民事訴訟法第四百五十三条及び第七十七条の規定に従ひ主文の如く判決す