明治三十二年第四百六十四號
明治三十二年五月三十一日第二民事部判决
◎判决要旨
- 一 町村制中名譽職ノ退職手續ニ關スル規定ナシ故ニ名譽職村長ヨリ辭表ヲ提出シタルトキハ其提出ト同時ニ直チニ退職ノ効果ヲ生ス(判旨第二點)
上告人 福村卯一郎
訴訟代理人 坂本省三 飯田宏作
被上告人 岩尾善七郎 外二名
右當事者ノ部分林民収權所有名義訂正願書連印請求事件ニ付長崎控訴院カ明治三十一年十月五日言渡シタル判决ニ對シ上告代理人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告代理人及ヒ被上告參加代理人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
立會檢事岩野新平ハ意見ヲ陳述シタリ
判决
原判决ヲ破毀シ更ニ辯論及裁判ヲ爲サシムル爲メ本件ヲ長崎控訴院ニ差戻ス
理由
上告論旨第二點ハ原判决理由ヲ見ルニ町村制第八條第一項ヲ引用シテ名譽職村長ハ如何ナル理由ニ於テモ常ニ退職シ得ヘキモノト判斷セシハ法律ヲ不當ニ適用シタルノ違法アリトス何トナレハ前掲ノ法文ハ名譽職村長ノ職ヲ擔任スルハ寧ロ町村公民ノ義務ナルコトヲ一般ニ規定シタルモノナルニ原院ハ却テ之レヲ隨意ニ退職シ得ヘキモノトシテ引用セラレタレハナリ原判决ハ名譽職村長ハ如何ナル理由ニ於テモ常ニ退職シ得ヘキモノナルカ故ニ前ノ村長増田龜太郎ハ其辭表ニ記入セラレアル年月日即ハチ明治三十一年二月一日ヲ以テ退職シタルモノト判决セラレタレトモ町村制第八條第二項「ニ左ノ理由アルニアラサレハ名譽職ヲ拒辭シ又ハ任期中退職スルコトヲ得ス」トアリテ其第一號ニ「疾病ニ罹リ公務ニ堪ヘサル者」中畧第六號ニ「其他町村會ノ議决ニ於テ正當ノ理由アリト認ムルモノ」トアルニ依レハ名譽職村長ト雖モ右第一號乃至第五號ノ條件ヲ具備スルニアラサレハ當然退職シ得ヘキモノニアラサルコト明白ナリトス而シテ其他ノ理由ニ於テ退職セント欲セハ其第六號ニヨリ町村會ニ於テ正當ノ理由アリトノ議决ヲ俟テ始メテ退職理由備ハルモノナルカ故ニ其理由ノ如何ニ拘ハラス辭表提出ノ日ヲ以テ直ニ退職ノ効果ヲ生スルモノト一概ニ論定スルヲ得サルヤ論ナキナリ然ルニ原院ハ是等ノ區別ヲナスナク總テノ場合ニ通シテ辭表提出ト同時ニ退職確定スト裁判シタレハナリ又第六項ノ議决ハ村長ノ申出ニヨリ爲スヘキモノニシテ町村會ノ自ラ進ンテ爲スヘキモノニアラス故ニ第二項ノ議决ヲ得ントスレハ村長ヨリ辭職ノ理由ヲ具シテ届ケ出ツルヲ要ス即チ本件ノ辭表届出ハ此手續タルニ過キスシテ退職ノ効果ハ議决アル迄ハ决シテ生スルコトナシ若シ本件ノ辭表届出ハ此手續ニアラストセンカ即チ法律ノ命スル義務ヲ盡ササラントスルモノナリ義務ノ履行ハ自己ノ隨意ニ免カルヽヲ得サルコトハ法律上明白ノ原理ナリ故ニ又直チニ有効ノ退職ト云フヲ得ス必ス町村會ノ承認ヲ得ルカ又ハ第七項ノ制裁ヲ受ケ公民權ヲ剥奪サルヽマテハ退職ノ効果ヲ生スル理ナシト云フニ在リ依テ按スルニ町村制中名譽職ノ退職手續ニ關スル規定ノ設ケ無キヲ以テ名譽職村長ヨリ辭表ヲ提出シタルトキハ其提出ト同時ニ直ニ退職ノ効果ヲ生ス可キカヤ否ヤ之レヲ普通ノ條理ニ照シテ之レヲ審究スルニ凡ソ名譽ノ職務ヲ執ルモノカ其職ニ居ルノ念ヲ絶テ退職セシトスルニ際シ之レヲ強制シテ其職ニ留ラシムルカ如キハ人ノ自由ヲ拘束スルノミナラス強テ職務ヲ執ラシメントスルモ到底爲シ得ヘカラサル事柄ナルヲ以テ其退職ノ理由ノ正當ナルヲ否トヲ問ハス一旦辭表ヲ提出シタル以上ハ直ニ之レカ効果ヲ生スヘキモノトス而シテ辭職ノ理由カ町村制第八條第一號乃至第六號ニ該當セサルトキハ其第三項ニ規定シタル制裁ヲ受クルニ止マリ如何ナル場合ト雖モ町村會ニ於テ理由ノ法律上正當ナルヤ否ヤヲ審査シタル上其辭職ヲ許否スルコトノ手續ニ因ルヘキモノニ非ス故ニ原判决ハ此點ニ付キ上告人所論ノ如キ不法アルコトナシ(判旨第二點)
上告論旨第六點ハ本件ニ於ケル控訴代理人ハ上告人村ノ前村長増田龜太郎カ未タ辭職届書ヲ差出サヽル前ニ訴訟代理委任ヲ受ケタルモ控訴状提出ノ日ハ辭職届書ヲ差出シタル後ニ係ルコトハ當事者ノ爭ヒナキ所ナリ此事實ハ即委任欠缺ノ場合ナリト信ス(若シ委任ノ欠缺アラストスレハ法律上代理資格ノ欠缺ト云フノ外ナシ若シ然リトスルモ尚同法第四十五條ニ據リ本點ノ理由ヲ援用ス)而シテ委任ノ欠缺ハ之レヲ補正シ得ヘク補正ノ効力ハ遡及シテ委任欠缺中ノ行爲ヲ有効ナラシムルコトハ民事訴訟法第七十條第二三項ニヨリ疑ヲ容レス然シテ委任欠缺ノ補正ハ裁判所ノ命令若シクハ當事者ノ申立ニヨリ爲サレタル場合ニノミ限ラス事實補正サレタル場合ハ裁判所ノ命令若シクハ當事者ノ言明ナシト雖モ欠缺ヲ補正スルヲ妨ケス本件控訴代理人ハ口頭辯論前ニ村長代理助役又ハ後任村長ノ委任状ヲ提出シタレハ口頭辯論前ニ既ニ委任ノ欠缺ハ補正セラレタリ然ルニ原院ハ委任ノ欠缺アリテ未タ補正セラレサルモノヽ如ク誤認シ中間判决ヲ以テ控訴ヲ却下シタルハ不法ノ判决ナリト云フニアリ依テ一件記録ヲ査閲スルニ訴訟代理人ヨリ原院ヘ本件控訴ヲ提起シタルハ明治三十一年二月四日ニシテ訴訟代理ノ爲メ上告村前名譽職村長増田龜太郎ヨリ訴訟代理人辯護士田中次郎ニ交付シタル委任状ハ明治三十一年一月十四日附ナリ而ツテ原院ノ認メタル所ニ據レハ控訴ノ提起ハ右村長カ辭職届ヲ提出(明治三十一年二月一日)シタル後ニ係レトモ明治三十一年四月二十五日初回ノ口頭辯論期日前上告村々長代理助役増住金次ヨリ更ニ辯護士ニ訴訟委任ヲ爲シ其期日辯護士ヨリ訴訟受繼ノ申立ヲ爲シタルモノニシテ町村制第七十條第三項ノ規定ニ從ヒ上告村ヲ代表スル助役ニ於テ上告村前名譽職村長ノ辭職後同村長ノ名義ヲ以テ提起シタル本件ノ控訴ヲ維持シタル事明白ナリ左レハ假令代理ノ資格ナキモノニ於テ提起シタル不適法ノ訴訟ト雖モ適法ニ代理セラレサル當事者又ハ其法律上代理人カ之ヲ追認シ其訴訟ヲ受附クヲ得ル事ハ此等ノ者ノ自由ノ權能ニシテ是法律上許スヘカラサルモノニアラサルヲ以テ本件控訴ハ上文説明ノ如ク適法ノ代理人カ現ニ之ヲ受繼ク以上ハ追認ニアリテ適法ナル法律上代理人ヨリ提起セラレタルモノトナリ控訴提起ノ當時ニ於ケル欠缺ハ之カ増メ自ラ補正セラレタルモノナレハ原院ハ本件控訴ヲ法適ナルモノトシテ本案ニ入リ審理判决セサルヘカラサル筋合ナルニ事茲ニ出テス本件控訴ヲ有効ナラストシテ之ヲ棄却シタルハ代理ニ關スル法律行爲追認ノ法理斯ニ違背セル不法ノ裁判ニシテ破毀ノ原由アルモノトス
右ノ理由ニヨリ原判决全部ヲ破毀スル以上ハ爾餘ノ上告點ヲ判斷スルノ必要ナシ故ニ民事訴訟法第四百四十七條第一項ニ從ヒ原判决ヲ破毀シ尚同第四百四十八條第一項ニ從ヒ更ニ辯論及裁判ヲ爲サシムル爲メ本件ヲ長崎控訴院ニ差戻スヘキモノトス
明治三十二年第四百六十四号
明治三十二年五月三十一日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 町村制中名誉職の退職手続に関する規定なし。
故に名誉職村長より辞表を提出したるときは其提出と同時に直ちに退職の効果を生ず。
(判旨第二点)
上告人 福村卯一郎
訴訟代理人 坂本省三 飯田宏作
被上告人 岩尾善七郎 外二名
右当事者の部分林民収権所有名義訂正願書連印請求事件に付、長崎控訴院が明治三十一年十月五日言渡したる判決に対し上告代理人より全部破毀を求むる申立を為し被上告代理人及び被上告参加代理人は上告棄却の申立を為したり。
立会検事岩野新平は意見を陳述したり。
判決
原判決を破毀し更に弁論及裁判を為さしむる為め本件を長崎控訴院に差戻す
理由
上告論旨第二点は原判決理由を見るに町村制第八条第一項を引用して名誉職村長は如何なる理由に於ても常に退職し得べきものと判断せしは法律を不当に適用したるの違法ありとす。
何となれば前掲の法文は名誉職村長の職を担任するは寧ろ町村公民の義務なることを一般に規定したるものなるに原院は却て之れを随意に退職し得べきものとして引用せられたればなり。
原判決は名誉職村長は如何なる理由に於ても常に退職し得べきものなるが故に前の村長増田亀太郎は其辞表に記入せられある年月日即はち明治三十一年二月一日を以て退職したるものと判決せられたれども町村制第八条第二項「に左の理由あるにあらざれば名誉職を拒辞し又は任期中退職することを得ず。」とありて其第一号に「疾病に罹り公務に堪へざる者」中略第六号に「其他町村会の議決に於て正当の理由ありと認むるもの」とあるに依れば名誉職村長と雖も右第一号乃至第五号の条件を具備するにあらざれば当然退職し得べきものにあらざること明白なりとす。
而して其他の理由に於て退職せんと欲せば其第六号により町村会に於て正当の理由ありとの議決を俟て始めて退職理由備はるものなるが故に其理由の如何に拘はらず辞表提出の日を以て直に退職の効果を生ずるものと一概に論定するを得ざるや論なきなり。
然るに原院は是等の区別をなすなく総ての場合に通じて辞表提出と同時に退職確定すと裁判したればなり。
又第六項の議決は村長の申出により為すべきものにして町村会の自ら進んで為すべきものにあらず。
故に第二項の議決を得んとすれば村長より辞職の理由を具して届け出づるを要す。
即ち本件の辞表届出は此手続たるに過ぎずして退職の効果は議決ある迄は決して生ずることなし若し本件の辞表届出は此手続にあらずとせんか。
即ち法律の命ずる義務を尽ささらんとするものなり。
義務の履行は自己の随意に免がるるを得ざることは法律上明白の原理なり。
故に又直ちに有効の退職と云ふを得ず。
必す町村会の承認を得るか又は第七項の制裁を受け公民権を剥奪さるるまでは退職の効果を生ずる理なしと云ふに在り。
依て按ずるに町村制中名誉職の退職手続に関する規定の設け無きを以て名誉職村長より辞表を提出したるときは其提出と同時に直に退職の効果を生ず。
可きかや否や之れを普通の条理に照して之れを審究するに凡そ名誉の職務を執るものが其職に居るの念を絶で退職せしとするに際し之れを強制して其職に留らしむるが如きは人の自由を拘束するのみならず強で職務を執らしめんとするも到底為し得べからざる事柄なるを以て其退職の理由の正当なるを否とを問はず一旦辞表を提出したる以上は直に之れが効果を生ずべきものとす。
而して辞職の理由が町村制第八条第一号乃至第六号に該当せざるときは其第三項に規定したる制裁を受くるに止まり如何なる場合と雖も町村会に於て理由の法律上正当なるや否やを審査したる上其辞職を許否することの手続に因るべきものに非ず。
故に原判決は此点に付き上告人所論の如き不法あることなし(判旨第二点)
上告論旨第六点は本件に於ける控訴代理人は上告人村の前村長増田亀太郎が未だ辞職届書を差出さざる前に訴訟代理委任を受けたるも控訴状提出の日は辞職届書を差出したる後に係ることは当事者の争ひなき所なり。
此事実は即委任欠欠の場合なりと信ず。
(若し委任の欠欠あらずとすれば法律上代理資格の欠欠と云ふの外なし。
若し然りとするも尚同法第四十五条に拠り本点の理由を援用す)。
而して委任の欠欠は之れを補正し得べく補正の効力は遡及して委任欠欠中の行為を有効ならしむることは民事訴訟法第七十条第二三項により疑を容れず然して委任欠欠の補正は裁判所の命令若しくは当事者の申立により為されたる場合にのみ限らず事実補正されたる場合は裁判所の命令若しくは当事者の言明なしと雖も欠欠を補正するを妨げず。
本件控訴代理人は口頭弁論前に村長代理助役又は後任村長の委任状を提出したれば口頭弁論前に既に委任の欠欠は補正せられたり。
然るに原院は委任の欠欠ありて未だ補正せられざるものの如く誤認し中間判決を以て控訴を却下したるは不法の判決なりと云ふにあり。
依て一件記録を査閲するに訴訟代理人より原院へ本件控訴を提起したるは明治三十一年二月四日にして訴訟代理の為め上告村前名誉職村長増田亀太郎より訴訟代理人弁護士田中次郎に交付したる委任状は明治三十一年一月十四日附なり。
而って原院の認めたる所に拠れば控訴の提起は右村長が辞職届を提出(明治三十一年二月一日)したる後に係れども明治三十一年四月二十五日初回の口頭弁論期日前上告村村長代理助役増住金次より更に弁護士に訴訟委任を為し其期日弁護士より訴訟受継の申立を為したるものにして町村制第七十条第三項の規定に従ひ上告村を代表する助役に於て上告村前名誉職村長の辞職後同村長の名義を以て提起したる本件の控訴を維持したる事明白なり。
左れば仮令代理の資格なきものに於て提起したる不適法の訴訟と雖も適法に代理せられざる当事者又は其法律上代理人が之を追認し其訴訟を受附くを得る事は此等の者の自由の権能にして是法律上許すべからざるものにあらざるを以て本件控訴は上文説明の如く適法の代理人が現に之を受継く以上は追認にありて適法なる法律上代理人より提起せられたるものとなり控訴提起の当時に於ける欠欠は之が増め自ら補正せられたるものなれば原院は本件控訴を法適なるものとして本案に入り審理判決せざるべからざる筋合なるに事茲に出でず本件控訴を有効ならずとして之を棄却したるは代理に関する法律行為追認の法理斯に違背せる不法の裁判にして破毀の原由あるものとす。
右の理由により原判決全部を破毀する以上は爾余の上告点を判断するの必要なし。
故に民事訴訟法第四百四十七条第一項に従ひ原判決を破毀し尚同第四百四十八条第一項に従ひ更に弁論及裁判を為さしむる為め本件を長崎控訴院に差戻すべきものとす。