業務横領竝附帶私訴ノ件

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大審院刑事判決録（刑録）19輯1024頁

本件公私訴の上告は之を棄却す

私訴上告費用は私訴上告人の負担とす。

弁護人小川源一同篠原義男同横山勝太郎公訴上告趣意書第一点原判決は其証憑[しょうひょう]として「被告は当公廷に於て判示事実を自白せり」と判示せり。 依て原審公判始末書を見るに「答御訊の通り金四万七千五百二十四円七十七銭九厘を明治四十一年十二月頃より同四十二年八月頃までの間に連続して数回に小島炭坑の事業費に流用せしことは相違なきも私一己の考にて為せしに非ずして重役たりし吉田又兵衛安原義衛並に大部分の株主に対し事務所否は自宅に於て小島炭坑が非常に窮境に陥り居るにより中野原炭坑の収入金を以て時時小島炭坑の業務費に流用なし。 度旨の相談を為し口頭の承諾を得居りしに付き流用せし様の次第なり。 尤も[もっとも]金高に付きては何程流用するとの事は話し居らず」とあり此次第に依れば被告は右金員を流用するには該組合員の大多数殊に重役の承諾を得て為したるものなれば正当行為なりと主張したるものにして此の如き承諾が民法上中野原炭坑組合に対して有効なりや否やは別箇の問題として刑法上所謂横領罪に関する犯意の存在することを否認したるものなり。 蓋し[けだし]普通の場合民法上の組合に於ては重役及大多数の株主の承諾に基く以上資金の使用は正当行為たるものにして少くとも刑罰法令違犯の積極的犯意を欠如するものと看ることを得べし要するに原院法廷に於て被告は決して横領的犯行あることを自認したるものに非ず。 然るに原院が自白ありとし有罪の判決を下したるは結局虚無の証拠を採で断罪の資料と為したるものにして違法の裁判なりと云ふ[いう]に在れども◎原判決判示の事実は被告は山口県厚狭郡宇部村大字沖宇部の無限責任信用組合中野原炭坑頭取として金銭の出納保管等組合事務担当中明治四十一年十二月頃より明治四十二年八月頃までの間に連続して数回に右組合の収入に係る金四万七千五百二十四円七十九銭九厘を擅に[ほしいままに]当時被告が頭取として経営しありたる厚狭郡須恵村所在の小島炭坑の事業費に使用して之を横領したるものなりとありて右判文中之を横領し云云は法律上の判断を説明したるものと認むるを相当とすべく又論旨所掲被告供述の趣旨に徴するも其使用したる金額に付き毫も[ごうも]他の組合員の承諾を経さりしこと明なれば原審が其供述を解釈し犯行を自白したるものと判示したるは相当なり。 論旨は理由なし。

第二点原判決は其証憑[しょうひょう]として安原茂衛（義衛の誤りならん）の供述を採用し居るも証人なりや参考人なりやを明示せず。 然れども[しかれども]両者の取調の手続及其証憑[しょうひょう]としての効力の価値を異にするを以て事実裁判官は之を証人訊問調書として採用したりやを明示するの要あり。 若し供述を為したるものが私訴の原告たる場合に在りては殊に其必要ありと信ず。 然るに原院が漫然安原義衛の予審調書の記事を有罪の資料に供する旨判示したるに過ぎざるは違法の裁判なりと云ふ[いう]に在れども◎（論旨に安原とあるは安平の誤と認む）原判決に引用するものは安平義衛予審調書にして同予審調書が証人として同人を訊問したる予審極書に該当することは記録上明白にして判文には其証人たることを明記せざるも違法に非ず論旨は理由なし。

第三点原判決に依れば「被告は……明治四十一年十二月頃より明治四十二年八月頃までの間に連続して数回に同組合の収入に係る金四万七千五百二十四円七十九銭九厘を擅に[ほしいままに]当時被告が頭取として経営しつつありたる……小島炭坑の事業費に使用して之を横領したるものなり。」と説示せり元来連続犯の場合に於ては数箇の各別なる犯罪行為ありと雖[いえども]も犯意が単一なるの故を以て之を一罪として処罰するものとす。 例へば一の倉庫より数回に米麦を窃取したる所為の如き其窃取の所為自体は素より数箇ありも雖[いえども]も犯人の意思は連続して一箇なるが故に法律上一罪として処罰せらるるが故に所謂連続犯なるもの成立するには必ずや時又は場所を異にしたる数箇の各別なる具体的犯行あることを要す。 即ち今米一俵を窃取り数時間乃至[ないし]数日の後更に米二俵を窃取するが如し。 故に裁判官が連続犯なるものを認むる以上は其各別の所為を判文の上に明示するの必要あり。 然らざれば所謂連続犯なるものの所為の内容は判明せず只一括したる結果を知悉し得るに過ぎず刑事訴訟法第二百三条に「所謂罪となる可き事実」とは原判文の如き各犯行の総括的結果を指示するに非ずして各箇の犯罪事実を具体的に明示するを要するの律意たり従来各事実裁判所の認定も亦[また]然り蓋各別の犯罪事実を認定するに非ざれば所謂連続犯なりや否やを知るに由なきものにして一罪数罪の区別も亦[また]之を樹つ[たつ]るに由なきものとす。 要するに原院が漫然前現の如き極めて粗なる事実の認定を下したるは理由不備の判決にして刑事訴訟法第二百三条の法則に違背する不法の裁判なりと云ふ[いう]に在れども◎原判決に被告が連続して数回に其保管する組合の収入金四万七千五百二十四円七十九銭九厘を擅に[ほしいままに]使用して横領したる事実の判示あるを以て之に依れば被告は連続して数回に亘り其保管する組合の収入金を使用横領したるものにして毎一回若干の金額を横領したるものを合算すれば総計四万七千五百二十四円七十九銭九厘に上るとの趣旨なりと解するを得べく。 従て連続犯たる横領罪の構成事実の説示として毫も[ごうも]欠くる所なし。 故に論旨は理由なし。

第四点原判文に依れば被告が無限責任信用組合中野原炭坑の収入に係る金四万七千五百二十四円七十九銭九厘を横領したる旨説示せり。 抑も横領罪なるものは自己の保管に属する他人の物件に対し不正に領得行為あるに依りて成立するものとす。 之れ学説判例の一致する所なり。 故に横領罪の目的は他人の物件ならざる可らず他人の物件なりと云はんとせば其何人の所有に属するか其人格者を明足せざる可らず然り、而して[しこうして]民法上の組合なるものは法人に非ざるを以て若し組合の物件を横領したりと云ふ[いう]場合に於ては其組合を組織する組合員の何人なるやを認定せず直に横領の所為ありと判定したるは理由不備なる違法の裁判なりと云ふ[いう]に在れども◎原判決に無限責任信用組合中野原炭坑の収入金を使用横領したる事実の判示ありて同組合が民法上の組合なる以上は組合財産たる上記収入金は之を組成する組合員の共有と認むべきは当然にして組合員の氏名を判文に明記することは犯罪構成事実の判示としては必要ならず。 故に原判決は所論の如き違法あることなし

第五点原判文に依れば被告は山口県厚狭郡宇部村大字沖宇部の無限責任信用組合中野原炭坑の収入金四万有余円を同郡須恵村所在の小島炭坑の事業費に消費したる旨判示したるに止まり如何[いかん]なる場合に於て横領行為ありたるや。 即ち横領罪成立の場所を認定せる此点に於て原判決は理由不備なる違法の裁判なりと云ふ[いう]に在れども◎原判決に連続して数回に山口県厚狭郡須恵村所在の小島炭坑の事業費に使用し横領したる旨の判示ありて其事業費は上記炭坑に於ける事業費を意味する判示と解するを妥当とすべきを以て犯罪の地は山口地方裁判所の管轄区域内に在るものと認むるに難からず。 故に論旨は理由なし。

私訴上告代理人小川源一同篠原義男同横山勝太郎私訴上告趣意書第一点原判決は其理由に於て「（三）又民事被告人は仮りに甲第一号証乃至[ないし]第三号証の決議に於ける訴訟能力の瑕瑾は甲第四号証の決議に於て被正したるものとするも被正せざる以前は資格なし。 本件は右被正以前に提起したるものなれば無効なりと論するも民事訴訟法第四十五条は判決に接著する口頭弁論終結迄に追完せば追完以前の訴訟手続有効なること其法文上疑なき所なるを以て此論旨亦[また]立難し」と判示す。 然れども[しかれども]第一、刑事附帯の私訴事件に於ては原則として民事訴訟法の適用あるものに非ず。 即ち刑事訴訟法第三条第二項に依れば「第三者は民事訴訟法の規定に従ひ公訴附帯の私訴に参加することを得。」とありて訴訟参加の場合を明記する所以のものは原則として民事訴訟法の適用なき律意たることを見るを得可し第二、仮りに民事訴訟法の適用あるものとするも該法条は法律上代理人の代理権が口頭弁論終結迄に追完せらるるときは常に必す其以前の訴訟手続が有効となるとの法意に非ず原則として代理権の欠欠は其訴訟手続を無効と為すものなり。 之が為め第一項に於て其欠欠の奔怖調査を命じたるなり。 而して[しこうして]之が救済として例外を設け特定の場合に限り一定期間を定め欠欠補正の条件を以て裁判所が特に一時訴訟行為を為すことを許し此場合に限りて其欠欠補正せらるるときは其以前の訴訟手続を成効と為すに過ぎず翻で原審公判始末書に依れば被告は始めより代理権の欠欠を主張せしに拘らず原審は曽て其代理権の欠欠に付、云為せず漫然之を看過したるなり。 然るに尚代理権の欠欠補正あり原告の訴訟行為は有効なりと判断したる原判決は違法なりと云ふ[いう]に在れども◎公訴附帯の私訴に付き訴訟を代理する権限を有せざる者の為したる訴訟行為を追認し将来に向て代理権を付与す[くみす]ることは刑事訴訟法の明文を竢たずして法理上当然認容するを得べきものにして其追認及付与の効力は訴訟を代理する者が普通の代理人たると清算人の如く選任に因り法律に規定する代理権を有する者たるとに依り差異あることなし故に原審に於ける口頭弁論終結前甲第四号証の決議に依る訴訟代理委任の欠欠の補正は之を有効と認むべきものとす。 従て原審に於て上告人（被告）が始めより代理権の欠欠を主張したるに対し原審が其欠欠の追完を許容したるは毫も[ごうも]違法に非ず。 故に原判決が民事訴訟法第四十五条を適用したるは説明上失当なるも訴訟代理欠欠の補正を有効と認めたる法律上の判断は結局正当なるを以て論旨は理由なし。 （判旨第六点）

第二点法人ならざる単純の組合に在りては所謂組合は独立して訴訟行為を為すの資格あることなし今本件私訴状を見るに「中の原炭坑組合人清算人―民事原告人上郷与吉、国重時右衛門、端桃一」と表示しありて上郷与吉外二人は組合の清算人として本件私訴を提起したること明かなり。 然るに原判決に依れば同組合員米屋市蔵外十九名を民事原告人として表示し国重時右衛門外二人は組合兼法定代理人として表示せり原院に於て本件民事原告人訴訟代理人は決して右の如き申立を為したることなし。 即ち本件私訴は法律上不適式なるに拘はらず其請求を認容し上告人に対し敗訴を言渡したるは違法なりと云ふ[いう]に在れども◎私訴状の作成に就ては法律上別に一定の方式を規定せず。 故に解散したる組合の清算人が私訴を提起する場合に私訴状に組合の名称及清算人の氏名を表示するに於ては総組合員の氏名を表示せざるも民事原告人の表示を全く闕如するものに非ず。 従て其私訴状は不完全たるを免れざるも無効に非ず又民事原告人の氏名の表示は清算人の代理人千千松安太郎の私訴に関する組合員住所氏名

副書（記録第七一四丁）に依り釈明補完せられたることを認むるに足る故に論旨は理由なし。

第三点原判文に依れば「……甲第四号証には本炭坑の清算を国重時右衛門……に委託する旨及民事被告人に係る横領金取戻の訴訟を国重時右衛門、桂桃一、上郷与吉に担任せしむる旨記載ありて右三名を清算人に選定したるものなること明瞭にして、即ち甲第一号乃至[ないし]甲第三号証の決議に於ける訴訟能力の欠欠を補正したるものなり。」と判示したるも元来甲第一号二号証の総会決議には組合員に非ざる前田喜代助出席其議に与りたるものにして組合の決議として法律上有効なるものに非ず。 即ち組合員たる資格なきものの関与したる決議は組合の決議として存在せる。 従て之が補正を許すべきものに非ず此点に於て原判決は違法なり。 （原院公判始末書第三回六五六頁以下前田喜代助の供述参照）と云ふ[いう]に在れども◎記録を査するに甲第一、二号証の決議に所論の如き違法の点ありとするも甲第四号証決議に依り補正せられて本件訴訟を代理する清算人は有効に選任せられたるを以て第一点に対し説明せるが如く原審が補正を是認したるは正当にして甲第一、二号証の決議の違法は補正の効力を阻害せず論旨は理由なし。

第四点民法第六百八十七条には「清算人数人あるときは第六百七十条の規定を準用す。」とあり第六百七十条に依れば「組合の業務執行は組合員の過半数を以て之を決す。」とあるが故に本件中の原炭坑組合に於て訴状を提起せんと欲せば其清算人の過半数を以て之を決せざる可からず。 而して[しこうして]原院の認定する所に依れば清算人は国重時右衛門外六名（甲第四号証参照）なるが故に其過半数の決議あるに非ざれば決して訴訟を提起するを許さず唯甲第四号証に依れば「中安周太郎に係はる横領金取戻の訴訟を左の者に担任せしむること」「国重時右衛門、桂桃一、上郷与吉」とあるが故に其三名にて訴訟を提起し得るが如き清算人の権限は法定（民法第六百八十八条第七十八条）のものにして組合総会の決議を以て之を左右し得るものに非ず今清算人七名存在するにも拘はらず其内三人を以て或種の行為を担任せしむと限定するが如きは他の四人の権限を縮少するものにして法律の許容する所に非ず。 而して[しこうして]所謂裁判所に提起せらるる訴訟なるものは民法第六百七十条第三項に於ける「常務」に属せざることも亦[また]明瞭なるを以て本件民事原告人が三名の清算人を以て為したる訴訟行為は法律上無効のものと云はざる可からず。 然るに原院が民事原告人の請求を認容したるは組合の法則に違背する不法の裁判なりと云ふ[いう]に在れども◎甲第四号証に依れば清算人は七名なるも総組合員過半数の決議に依り清算人七名中国重時右衛門、桂桃一、上郷与吉をして本件訴訟を提起することを担任せしめ他の清算人の権限を制限して其訴訟行為を為さしめざることに定めたること明なり。 然り、而して[しこうして]民法第六百八十八条組合の清算人の権限に関する規定は私権に関するものなるに依り組合の清算人の権限を制限することは毫も[ごうも]法の禁止せざる所にして其制限は有効なり。 従て上記三名の訴訟行為も亦[また]有効なり。 論旨は理由なし。 （判旨第九点）

第五点仮りに清算人国重時右衛門、桂桃一、上郷与吉三人に訴訟を担任せしめたる組合の決議は有効なりとするも之れ法定の権限に非ずして一種特別の形式に依る委任なるが故に其委任の趣旨に従ふに非ざれば代理権なきこと明なり。 甲第四号証に依れば「横領金取戻の訴訟を左の者に担任せしむること」とありて国重時右衛門外二人の清算人は横領金取戻に関し出訴の権限あるに過ぎず。 然るに同人等は被告に対し横領罪を原因とする損害賠償の訴訟を提起したるは権限を超越したるものにして本件附帯私訴の請求は不当なりと云はざるべからず。 然るに被告に対し敗訴を言渡したるは組合及び代理の法則に背戻する不法の裁判なりと云ふ[いう]に在れども◎甲第四号証に横領金取戻の訴訟を提起せしむることとあるは横領に因り消費せられたる金額の賠償を請求することを担任せしむる趣旨なりと解するを至当とす。 故に論旨は理由なし。

第六点公訴上告趣旨を全部援用すと云ふ[いう]に在れども◎其理由なきことは公訴上告趣意書に対する説明に依り之を了解すべき

右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り主文の如く判決す

検事矢追秀作干与大正二年十月二十三日大審院第二刑事部