涜職ノ件

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大審院刑事判決録（刑録）16輯1382頁

本件上告は之を棄却す

被告八重造弁護人高木蔵吉上告趣意書第一点刑事訴訟法第二百五条に依れば判決の原本には其裁判をなしたる裁判所、年月日、其事件に干与したる検事の官氏名を記載し判事裁判所書記共に署名捺印す可しとあり。 而して[しこうして]本件に於ては原審明治四十二年九月六日附公判始末書にも記載する如く検事稲沢庄次郎に於て事件の審理に干与したるものなるに原判決書には単に検事福井広道干与す[くみす]と記載しあるは前記法条の規定を無視したる不法の判決にして破毀を免れざるものと思料すと云ふ[いう]に在れども◎検事は同一体なるを以て判決原本には立会検事の中単に一人の氏名を記すれば足り立会検事総員の氏名を記載するの必要なし。 今記録を査するに所掲検事稲沢庄次郎は第一回の公廷に立会ひたるも次回以後本案判決言渡に至るまでは総で判文記載の検事福井広道に於て立会を為したるものなるが故に原判決に右福井広道のみを立会検事として記載したりしは不法に非ず

第二点刑事訴訟法第百九十八条に依れば裁判長は各証憑[しょうひょう]の取調を終りたる毎に被告人に意見あるや否やを問ひ且つ其利益となる可き証拠を差出し得可きことを告知す可しとあり。 然るに原院明治四十二年九月六日附公判始末書に依れば「爰に[ここに]押収証拠物件を示し原審公判始末書各被告人並に藤井照千代長谷川要吉の予審調書云云検事の聴取書を読聞けて裁判長は各被告人に読聞け及び示す証拠の通り之れあるに依り弁解を為す可しと告げしに之れなしと答へたり」との記載あるのみにして又原院明治四十二年十月九日附第二回公判始末書に依るも「爰に[ここに]被告実徳に対する原審公判始末書大坂地方裁判所明治四十二年大第九三二号の被告事件の原審公判始末書畑実徳、高川竜吉、若林八重造、熊谷平三、立川雲平の予審調書云云を読聞けて裁判長は被告実徳並に各被告人に読聞け及び示す証拠の通り之れあるに依り弁解を為す可しと告げしに被告人は事実申立の通りなるに依り別段弁解なき旨を申立てたり」とあるのみにして毫も[ごうも]各証憑[しょうひょう]の取調を終りたる毎に被告人に意見あるや否やを問ひ且つ其の利益と為す可き証憑[しょうひょう]を差出すことを得。 可きことを告知したる形跡なきを以て原判決は前記法条に違反する不法あるものにして破毀を免がれざるものと思料すと云ふ[いう]に在れども◎所掲刑事訴訟法第百九十八条第一項に裁判長は各証憑[しょうひょう]の取調を終りたる毎に被告人に意見ありや否やを問ひとあるは一の訓示的規定にして裁判長は常に必ずしも各証憑[しょうひょう]の取調終りたる毎に被告人に意見ありや否やを問ひ且つ利益と為る可き証憑[しょうひょう]を差出すことを得。 可しと告知するの必要なく証憑[しょうひょう]取調済の上一括して之が意見を徴し且つ反証提出の注意を催すを以て足ることは本院の判例として夙に[つとに]認むる所なりとす。 今記録を査閲するに原審公判始末書には所論事実記載の外其最終に[ついに]於て各被告に対し裁判長は他に申立つることなきやと問ひたるに被告等は無しと答へたる旨の記載ありて右申立とある中には反証申立の意味をも含有し居ること勿論なるを以て原審の訴訟手続には更に違法の点あることなし

第三点原判決は其証拠説明の部に於て第一審公判始末書（大坂地方裁判所明治四十二年（大）第九三二号事件の分）中被告八重造の供述として自分は京都花鳥屠獣株式会社の取締役なるか明治四十二年二月中旬頃上京し長谷川弁次郎又は長谷川伊之助等に従ひ屠場[とじょう]法改正の請願に関する協議に列席し居りしか同年三月一日頃と思ふ高川の話に依り京都の自分会社より金五百円を取り寄せ云云の記載あるものなりとして之を犯罪事実認定の証拠となしたれども右の如き供述は（殊に圏点を附したる部分）其文言通りに於ても亦[また]其趣旨に於ても前記第一審公判始末書に記載なきものなりとす。 故に原判決は此点に於て虚無の証拠を以て断罪の資料となしたる不法あるものとすと云ふ[いう]に在れども◎記録第五百十八丁乃至[ないし]五百二十二丁迄の間に被告八重造の陳述として判示と同一趣旨の供述記載あるを以て本論旨は理由なし。

第四点其他の点に付ては他の共同被告人に対する上告論旨を本被告利益の為めに援用すと云ふ[いう]に在れども◎其援用する共同被告人の上告論旨の理由なきことは後に説明する如くなるを以て本論旨亦[また]理由なし。

被告実徳弁護人平松市蔵上告趣意書第一点原判決は法律適用の部に於て被告実徳の所為は刑法第百九十八条第一項に該当するを以て被告を懲役三月に処する旨判示せられたり。 然れども[しかれども]該条の刑は懲役及罰金の選択刑に係るを以て原判決の如く一の懲役刑を選択する場合に於ては其選択の理由を付することを要するものなるに之れを欠きたるは理由不備の違法ありと思料すと云ふ[いう]に在れども◎刑法の条文中選択刑ある場合に於ても他に特別の規定なき限り現に其選択したる刑を科すれば足り必ずしも其一を選択する旨の理由を付するの必要あることなければ本論旨は理由なし。

第二点原判決は証人藤井照千代の予審調書（調書七十枚以下七十七枚）を援用し其供述の趣旨を採で以て本件判断の資料に供せられたり。 然るに右援用調書の一部（即ち記録七十六枚の裏末行）に於て該調書中文字の加除を為したるに不拘[かかわらず]認印の押捺及削除字数の記載を欠き刑事訴訟法第二十一条に違背したるものなり。 然も該部分は供述の趣旨を見る可き重要なる点に関す。 従て原判決が其供述の趣旨を採で以て証拠と為したるは違法なりと云ふ[いう]に在れども◎所論藤井照千代の予審調書中文字の加除ある部分には適法なる手続の履行ありて更に所論の如き違法の点あることなければ本論旨は謂はれなし

第三点原判決が明治四十三年三月三十日言渡期[わたしき]日たりし事及右言渡期[わたしき]日の告知は同月二十五日の公判期日に於て為されたることは原審公判始末書の如し、而して[しこうして]被告の原審弁護人たる小川平吉は右二十五日の公判期日に出頭しあらざるが故に其際言渡期[わたしき]日の告知を受けず又原裁判所は同弁護人に対し其他何等告知手続を為さずして期日を開き弁護人欠席の儘言渡手続を結了したるは被告の弁護権を無視したる違法あるを以て原判決は破毀を免がれずと思料すと云ふ[いう]に在れども◎既に公廷に於て次回の審理期日を指定したる以上被告並に弁護人に対し更に呼出状を発するの必要なし。 而して[しこうして]今記録を査するに原審に於ける明治四十三年三月二十五日の公判期日には所論弁護人小川平吉は無断闕席[けっせき]したるものなるが故に同人が同日裁判長の宣言したる次回即同月三十日の公判期日を知らずして出廷せざりしは右弁護人自身の懈怠[けたい]に基くものにして原審の訴訟手続には何等違法の点あることなし

第四点相被告の上告趣旨中被告に利益の部分は之れを援用すと云ふ[いう]に在れども◎相被告より提出したる上告論旨の理由なきこと各其上告点に付、説明する如くなるを以て該論旨を援用する本論旨亦[また]た理由なし。

被告雲平弁護人丸山達郎上告趣意書原院は被告雲平の為したる管轄違の申立を却下し其の理由として「按ず[あんず]るに刑事訴訟法第二十八条を見るに其第二項に数箇の裁判所の管轄に属する正犯数名あるときは最初予審又は公判に着手したる裁判所を以て其管轄なりとすと規定し其第一項に従犯は正犯を管轄する裁判所を以て其管轄とすと規定せり此規定の趣旨に依れば同条は訴訟上の便宜を計ると同時に裁判の牴触[ていしょく]を避けんか為め苟も共犯関係あるものは其普通共犯たると将た[はた]必要共犯たるとを問はず総で之を同一裁判所に繋属[けいぞく]せしむる法意なること疑を容る可からず。 云云」との前提に基き贈賄行為と収賄行為とは「二者互に表裏牽連[けんれん]して分割す可からざる関係にあるものなれば贈賄者と収賄者との関係は。 即ち必要的共犯関係に外ならざるものとす。 従て他の共犯の場合と同じく刑事訴訟法第二十八条第二項の適用を受く。 可きこと洵に[まことに]明白なり。 云云」と判示せられたり。 然れども[しかれども]刑事訴訟法上に於ける共犯なる観念は刑法に依り決す可きものたり。 而して[しこうして]原院の所謂必要共犯なるものは単に刑法学上の術語たるに止まり刑法上認められたる用語にあらず。 刑法学上の所謂必要共犯なるものと刑法上の所謂共犯なるものとは二者必ずしも常に相一致するものにあらざるなり。 然るに原院は苟も共犯関係あるものは普通共犯たると将た[はた]必要共犯たるとを問はず云云と論し刑法学上の必要共犯なるものを以て直に刑法上の共犯なるものと同一視し当然刑事訴訟法第二十八条の規定に依る可きものと判断せられたるは先づ其前提を誤りたるものと謂はざる可からず。 然り、而して[しこうして]涜職事件に於ける贈賄罪と収賄罪との関係を観るに二者各構成要件を異にする全く別箇独立の犯罪なることは刑法第百九十七条及び同第百九十八条の規定に照し自から明かなり。 故に贈賄罪又は収賄罪に対しては更に其正犯若くは従犯の関係を有するものあり得可きも贈賄行為は収賄行為に対して其正犯若くは従犯の関係を有せざると同時に亦[また]収賄行為は贈賄行為に対して正犯若くは従犯の関係を有せざるや論を俟たず[またず]。 既に二者各独立の犯罪なる以上は贈賄罪又は収賄罪のみ単独に成立することあるべきは敢て想像するに難からざるなり。 果して然らば原院が贈賄行為と収賄行為とは二者常に表裏牽連[けんれん]して分割す可からざるものの如く論したるは失当と謂はざるを得ず。 然れども[しかれども]仮りに一歩を譲り原院所論の如く贈賄行為と収賄行為とは二者分割す可からざる関係を有する必要共犯なりとするも此は刑法上の所謂共犯とは全然其体様を異にするものとす。 蓋し[けだし]刑法上の必要共犯なるものは二人以上の共同行為により一罪成立する場合を指称するも又是れ贈賄行為対収賄行為の場合にありては二箇の所為合して一罪成立するものにあらず。 前述の如く贈賄行為と収賄行為とは各別箇の犯罪を成立せしむるものなればなり。 去れば贈賄行為と収賄行為との関係は結局刑法上の所謂共犯関係にあらざるや明かなり。 而して[しこうして]刑事訴訟法第二十八条の規定は単に共犯にのみ関し共犯以外互に独立せる別箇の犯罪に適用することを許さざるは法意炳乎として疑を容るるの余地なきのみならず同条は同第二十六条の例外規定と見る可きが故に解釈法上の原則よりずるも妄りに其の意義を拡張して共犯にあらざる場合に適用す可きものにあらず。 之れを要するに原判決は共犯の観念を誤解し贈賄行為の共同正犯にあらざる収賄行為に対し刑事訴訟法第二十八条第二項を適用したる違法あるものにして則ち同第二百六十九条第四号に該当する所謂不当に管轄を認めたる裁判に外ならざるが故に到底破毀を免がれざるものと思料すと云ふ[いう]に在れども◎収賄罪は収賄者に於て贈賄者の提供したる賄賂を収受するに因りて成立すると同時に贈賄罪も亦[また]贈賄者に於て賄賂の提供を為し収賄者之を収受するに因りて成立す。 故に此二箇の犯罪は其構成要件を同ふするものにして一の不可分的双面行為を形成し唯其観察の方面の異なるに従ひ其名称を異にするに過ぎずして犯罪行為の性質に至りては二者の間何等の差異あることなし故に賄賂の授受ありたる場合には贈賄者と収賄者とは相互に共犯たるの関係を有するものなれば右と同趣旨に出でたる原判決は相当なり。

被告雲平弁護人翠川鉄三上告趣意書第一点原判決は刑事訴訟法第二百八条に違背せる違法の判決なり。

同法同条には公判始末書に被告人の訊問及び供述を記載す可き旨の規定あるに第二審公判始末書を見るに被告人岩谷吉蔵前原誥哉に対する訊問並に供述は一も記載する所なし。 然り、而して[しこうして]前記偽証被告事件の控訴審は本案被告事件の控訴審第三回公判に於て併合審理を為す旨の決定を言渡し及び併合審理を為し弁護人の弁論も本案事件の弁論と相錯挿して為したるものなるに何等の記載なし。 又偽証被告事件の被告の陳述に関しても本案被告人をして意見を陳述せしめたるに其記載を欠如せるは刑事訴訟法第二百八条の規定に背反せる違法の始末書たるを免がれざるなり。 公判始末書にして違法のものならんか原判決の当否を審査すること能はざるに至るを以て結局原判決は不法のものたるを免がれざるものなりとすと云ふ[いう]に在れども◎原審に於ては本案涜職被告事件と所掲岩谷吉蔵、前原誥哉の偽証被告事件とは各別に審理判決を為したるものなるを以て本案の公判始末書に右両人の訊問並に答弁等の記載なきは当然也。 而して[しこうして]原審第二回公判始末書には右偽証被告事件の予審終結に至る迄本案の審理を中止すとの決定を言渡したる旨の記載あるも之と併合審理を為す旨の決定を為したる記載の見る可きものなきを以て本論旨は理由なし。

第二点原判決は刑事訴訟法第二百五条に違背せる違法の判決なり。 判決の原本には其事件に干与したる検事の官氏名を記載す可き規定なるに原判決には其事件に干与したる検事にして公判始末書第一回の分に記載せる検事の官氏名を掲げざるは刑事訴訟法第二百五条に違背せる不法の判決也と云ふ[いう]に在れども◎本論旨の理由なきことは被告八重造弁護人高木蔵吉上告論旨第一に対する説明に依り了解す可し

第三点裁判長は被告事件の審理手続順序等に付、指揮命令権ありと雖[いえども]も裁判所の審理の中止を専断する権能を有するものにあらず。 然るに第二回公判始末書の末尾に記載せる如く裁判長は合議を為さずして審理の中止を命じたるは不法の審理手続たるを免がれざるものなりと云ふ[いう]に在れども◎審理を中止する決定は裁判所の為す可き行為なること勿論なれば他に反対の証左なき以上右決定は合議の結果に出でたるものと認むるを相当とす。 而して[しこうして]所掲公判始末書には合議を経すして右決定を為したる旨の記載なく且つ合議ありたりとのことは始末書に明記を要す。 可き事項にあらざれば之が記載なきの一事を以て合議なかりしものと云ふ[いう]ことを得ざれば本論旨は理由なし。

第四点原判決は刑事訴訟法第二十条に違背せる不法あり。 同法は官吏の作るべき書類には作成の場所を記載す可き旨の規定あるに原審第四回公判始末書及び判決言渡の始末書には単に作成の年月日あるのみにして作成の場所の記入なし。 従て同法により該始末書は書類の効なきものなれば原判決は適法の手続を履行したるや否やを審査すること能はざるを以て結局不法の判決たるを免がれざる違法ありとすと云ふ[いう]に在れども◎原審公判始末書中其第四回及び第五回の分は之れを一括し作成しありて右始末書には作成の場所並に年月日等総で適式の記載あるのみならず其他成規の手続を履行し作成しあるを以て本論旨は理由なし。

被告竜吉弁護人四方田保上告趣意書第一点原院判決を見るに被告等に係る涜職被告事件は畑実徳に対する涜職被告事件と併合審理して判決せる旨の記載あれと公判始末書を見るも右両被告事件併合審理するの旨を宣告せられたるの跡なし。 即ち併合審理せられざるに拘はらず「併合審理を遂け判決す」と云ふ[いう]判示は結局意義なき事に帰着するが故に原判決は不法たることを免れずと云ふ[いう]に在れども◎記録第七百三十五丁に該る[あたる]原審公判始末書中裁判長は各被告人に対し被告等に対する本案涜職事件は便宜上合併審理する旨を告げたるに被告等は了承したりと記載しあるを以て本論旨は謂はれなし

第二点原判決には証拠として「当公廷に於ける」の冒頭にて畑実徳の供述を援用せられたり。 然れども[しかれども]

第一点に陳述せるが如き理由により右供述を断罪の資料たらしむるに原審に於て之れを証拠として読聞かせを為さざる証拠を断罪の資料となしたる原判決は不法なりと云ふ[いう]に在れども◎所掲畑実徳は右上告第一点に於て説明したる如く他被告等と併合審理せられたるものなるが故に其供述を採で直に本案断罪の資料に供したる原判決は違法に非ず

第三点相被告立川雲平、若林八重造、熊谷平三、畑実徳等の弁護人等より各被告の為めに提出せられたる上告趣意は被告高川竜吉の為めに全部援用すと云ふ[いう]に在れども◎右援用に係る各上告人の論旨の理由なきこと各其論旨に対し説明したる如くなるを以て。 従て本論旨亦[また]理由なし。

被告雲平弁護人高木益太郎上告趣意書（一）原判決証拠説明の部に援用したる被告五名に対する第一審公判始末書は孰れ[いずれ]も訊問事項の記載なきが故に其供述は無効なるものとす。 何となれば刑事訴訟法第二百八条第二号に明定するが如く公判に於ける被告人の訊問及供述は共に之を記載すべきを要すればなり。 蓋し[けだし]法律は恐嚇、詐言又は誘導に基く訊問を無効とすると共に判事の錯誤に基く訊問も亦[また]有効と為さざるは一般学者の定論なりとす。 従て適法の供述は適法の訊問に基因することを要するを以て訊問と供述とは不可分の関係を有するや論なし。 左すれば第一審公廷の被告の訊問たるや如何[いかん]なる手続に依り取調へられたるものなることを認むるに由なきを以て斯る不適法の供述記載を罪証に供したる原判決は破毀を免がれざるものと信ずと云ふ[いう]に在れども◎所掲第一審公判始末書には各被告人の供述を記載するに該り其冒頭に裁判長は検事の陳述と同一の事実を挙示し順次訊問を為したるに各被告人は陳述する左の如しと掲げあれば該始末書は便宜上訊問事項と陳述事項とを各一括して各別に記載したるに過ぎずして所掲刑事訴訟法第二百八条第二号の規定に違反したる廉あることなければ本論旨は理由なし。

（二）原院に於ては其審理の起頭に被告雲平より管轄違の申立ありたることは同公判始末書（記録六九八丁）に徴し明白なり。 如此[かくのごとき]管轄違の点に付き判決の要求ありたる以上は須らく本案の審理を停止し先づ此点に付き判決を下す可きものなることは刑事訴訟法第百八十七条「裁判所に於て前条の申立を却下したるときは本案の判決を待たず直に控訴又は上告を為すことを得。 此の場合に於ては本案の弁論を停止す」との法意に照し疑なき所なり。 然るに原院は本案の弁論を停止せずして審理を続行し管轄違の判決と本案の判決とを同時に言渡したるは不法なりと云ふ[いう]に在れども◎所掲刑事訴訟法第百八十七条規定の趣旨は審理の冒頭に於て被告より管轄違の申立ありたる場合と雖[いえども]も常に必しも本案の取調前に於て之が判決を為す可しと云ふ[いう]にあらざることは本院の判例として夙に[つとに]認むる所なるを以て所論原審の手続は違法に非ず

（三）共同上告人並に其弁護人より提出したる各論旨を援用すと云ふ[いう]に在れども◎共同弁護人（被告自身よりの上告論旨はなし）の各上告論旨の理由なきこと各其論旨に対し説明したる如くなるを以て右論旨を援用する本論旨亦[また]理由なし。

被告平三弁護人沢田薫上告趣意書第一点原判決理由中に「原審に於ける公訴裁判費用は被告五名をして連帯負担せしむ可きものとす。」と判示せらるるも其所謂原審則ち第一審に於ては何等公訴裁判費用を支出したる事跡あることなし則ち原判決は現に支出せざる裁判費用を被告等に負担せしむ可きものとせらるるに拘はらず其主文に於て控訴を棄却せられたるは理由と主文とに齟齬[そご]あるものにして破毀を免れずと云ふ[いう]に在れども◎本案に関し第一審が公訴費用を支出したることは記録に徴し明瞭にして原審に於ては第一審が被告等に連帯負担を命じたる訴訟費用を其儘被告等に負担せしめ尚ほ原審に於て新に生じたる公訴費用は更に被告等五名をして連帯負担せしめたるものなれば原判決は何等所論の如き齟齬[そご]あることなし

第二点原判決は「原審に於ける公訴裁判費用は被告五名をして連帯負担せしむ可きものとす。」と判示し第一審に於ける裁判費用のみを被告五名の連帯負担とせらるるに拘はらず予審に於ける公訴裁判費用をも被告等の連帯負担とせられたる第一審判決を取消すことなく控訴を棄却せられたるは理由と主文とに齟齬[そご]あるものにして破毀を免れずと云ふ[いう]に在れども◎原審に於ける公訴費用とは第一審裁判所に於ける予審及び公判中に生じたる公訴費用を包含するを以て原院が控訴を棄却したるは理由齟齬[そご]の不法あることなし

第三点被告熊谷平三等に対する第一審判決の主文には公訴裁判費用は被告四名の連帯負担とする旨判示せられたり。 然るに原審に於ては被告畑実徳に対する被告事件（共犯関係ある）を併合審理せられたる結果該裁判費用は被告等五名の連帯負担と為す可き必要を生じ（原判決は第一審の裁判費用のみを被告五名の連帯負担とせられたること前論旨の如くなるも）たるものなるを以て須らく第一審判決を取消し更に此点に付き相当の裁判を為すべき筋合なるに其措置茲に[ここに]出でず控訴棄却の判決を為したるは違法也と云ふ[いう]に在れども◎原審に於ては前段説明の如く各被告の控訴は総で之を棄却し単に原審に於て新に生じたる訴訟費用に付てのみ被告五名に連帯負担を命じたるものなるを以て所論の如く第一審判決を取消す可き理由なければ原判決には更に不当の点あることなし

第四点本件予審に於ける公訴裁判費用は被告等五名の為めに生じたるものなり。 然るに第一審に於ては被告畑実徳に対する事件を分離せられたる為め他の四名に於て先づ判決を受くるに至りたるものなるを以て公訴裁判費用は其総額の五分の四を被告等四名に於て連帯負担す可き筋合なるに第一審判決が其総額を被告四名の連帯負担と為したるは不法にして、而して[しこうして]原審に於て此点を看過し控訴棄却の判決を為したるは違法なりと云ふ[いう]に在り◎。 仍て[よって]記録を査するに当初予審に於ては被告五名に対し同時に決定を為したるも其後第一審に於ては之を分離し第一次に被告竜吉、八重造、平三及び雲平の四名のみに対し審理判決したるか為め其訴訟費用亦[また]右被告四名のみに連帯負担せしめたるも第二次に於て被告実徳の審判を為すに当り右被告四名と共同の関係あることを認め同人に対しては前顕被告四名と連帯して訴訟費用を負担す可き旨判決したるものにして此間更に訴訟費用に異同を来したる事跡の見る可きものあることなし左れば右判決あると同時に被告等は五名連帯して第一審迄の本案訴訟費用を負担す可き筋合となりたるものとす。 而して[しこうして]原審に於て亦[また]併合審理の結果第一審と其見解を同ふしたるを以て刑事訴訟法第二百一条第一項刑法施行法第六十七条を適用し被告五名をして右費用を連帯負担せしむ可きものとし被告等の各控訴を棄却したるものなれば原判決は相当にして何等所論の如き違法の点あることなし

第五点共同被告人及其弁護人の論旨は之を引用すと云ふ[いう]に在れども◎共同被告人の各弁護人より提出したる上告論旨の理由なきこと各其論旨に対し説明する如くなるを以て右論旨を援用する本論旨亦[また]理由なし。

被告雲平弁護人法学博士鵜沢総明上告趣意書第一点原判決は被告雲平の管轄違の申立に対し「前略今贈賄罪と収賄罪との関係を見るに二者各其構成要件を異にすと雖[いえども]も彼是相竢で始めて成立する犯罪にして贈賄行為なくんば収賄行為なく収賄行為なくんば贈賄行為も亦[また]存在せず二者互に表裏牽連[けんれん]して分離す可からざる関係にあるものなれば贈賄者と収賄者との関係は。 即ち必要的共犯関係に外ならざるものとす。 従て他の共犯の場合と均し[ひとし]く刑事訴訟法第二十八条第二項の適用を受くべきものなること洵に[まことに]明白なり。 果して然らば本件高川竜吉に対する贈賄罪に付き大坂地方裁判所が先づ予審に着手したるものなるを以て被告雲平に対する収賄罪の公訴に付ても亦[また]同裁判所が土地並に事物の管轄権を有すること勿論なれば本件管轄違の申立は全く其謂れなきものとす。」として被告雲平に対する管轄違の申立を却下せり。 然れども[しかれども]贈賄収賄の行為は一箇の犯罪を二箇の行為に区別したるものにあらずして唯独立したる犯罪と独立したる犯罪との間に因果の関係ありと云ふ[いう]に過ぎず。 故に其行為たるや全く相異なる性質を有するものにして同一の犯罪を共謀して犯したる共犯関係と見ることを得ざるものなり。 従て必要的共犯なりと云ふ[いう]可からず。 果して然らば共犯の場合に関する刑事訴訟法第二十八条第二項の適用を為すべからざるに非ずや然るに原判決は贈賄罪収賄罪は必要的共犯なりとして本件に付、刑事訴訟法第二十八条第二項を適用し被告の管轄違の申立を却下したるは法律の適用を誤りたる不法の裁判なりと信ずと云ふ[いう]に在れども◎本論旨の理由なきことは被告雲平弁護人丸山達郎の上告論旨に対する説明に依り了解す可し

第二点原判決に於て認定したる被告の犯罪事実は「前記の如く屠場[とじょう]法改正法律案を衆議院に提出し之れが通過に尽力し呉れ度き旨請託したるより被告は其請託を容れ之れが報酬として同人等より前記二千円を受取り以て収賄を遂けたるものとす。」とありて請託事項は屠場[とじょう]法改正法律案を衆議院に提出すること並に之れが通過に尽力することの二点にありて存するものと為したるなり。 仍て[よって]原判決は如上事実を認定するに足る可き証拠換言すれば該事実の認定に相応する所の証拠を示す可くして若し証人の証言記載等を引用すると雖[いえども]も全く前記事実と相関せらるものにありては一面に於ては証拠を示さざる判決と言ふことを得。 可く又他の一面に於ては理由と証拠と相容れざる判決即ち理由齟齬[そご]の不法ある判決と云ふ[いう]ことを得。 可し今原判決引用の証拠を按ず[あんず]るに原審公判始末書と称する書面中被告竜吉供述は「請願書を作成し熊谷の手を経で同人の懇意なる時の衆議院議員にして請願委員長なる被告立川雲平に其紹介議員たることを依頼し云云」とあり又「明治四十二年二月十二日其請願が始めて衆議院に現れたるを以て云云」とあり最後に「熊谷より更に被告立川に渡し自分等よりは何分宜敷頼むと述べ云云」とありて請託事項は請願委員会の通過に在るものたること明かなり。 被告実徳の供述（原審公廷）は「其時誰なりしか宜敷頼むと云ひしに立川は自分は一人にては成効せしめ難きにより成る可く他方面へも依頼するか宜敷請願委員の許に[もとに]至れば立川にも依頼しありと述ぶ可しと云ひ居たる旨」とありて此場合に於ても請願委員会の問題たること明かなり。 更に被告高川竜吉証人藤井照千代長谷川要吉予審対質調書中被告竜吉の供述には「其後又熊谷が請願委員長立川雲平を頼み紹介議員となし置きたるに付、請願委員を四十名とし一人前二百円位を与へざる可らざる故先づ一万円の価値あり云云」とあり「三月三日の晩熊谷畑及自分の三名立川方に同行し同人に何分宜敷願ふと述べ右金員を差出したるに立川は此位あれば大概行けるならんと云ひ受取りたる旨」とありて同じく請願委員会に於ける事項たるを知るに足る。 而して[しこうして]証人藤井照千代の予審調書には「熊谷の手より屠場[とじょう]法改正法律案取調委員長立川雲平の手へ渡し云云」とあれども斯の如き委員長なく寧ろ[むしろ]立川雲平は請願委員長なりしを以て前同様請願委員会の事項と見さる可らず被告人八重造第一回予審調書にも「全く屠場[とじょう]法改正請願の趣旨の立つ様依頼する為め議員に贈りたることを思ひ出したる旨」とありて請願委員会の問題たること復明瞭なり。 独り被告実徳の大坂地方裁判所明治四十二年（チ）第一〇五五号事件公判始末書記載中「其際高川熊谷の何れよりか改正案通過の事に付、立川に宜敷頼むと云ひしに云云」とありて当時恰も[あたかも]改正案が議会に提出せられたるが如く見ゆと雖[いえども]も斯の如き事実なきのみならず前段引用の実徳の供述と対照すれば請願委員会の事項なりしこと一点疑を挿むべき余地なし。 以上の証拠以外に於ては請託事項の何たるかを決すべき材料なく原判決は何物をも示さざるを以て原判決の証拠に採用したる所は理由中の事実とは全く異りたる請願委員会に於ける事項なりと言はざるを得ず。 即ち原判決は認定事実に対しては何等の証拠を示さざるものにして会会判決文に引用したる関係人被告人等の供述は全く認定事実と相容れざるものに繋れり斯の如きは証拠採集に関する職権事項として之を看過すること能はざるもの也若し之をしも職権事項なりとせんか事実裁判所は黒の事実を認定するに当り非黒即ち白の証拠を採用することを得るに至るべくして危険之より甚しきはあるべからず。 以上の理由により原判決は不当なりと思料すと云ふ[いう]に在れども◎原審に於ては判文列記の各証憑[しょうひょう]を綜合[そうごう]し所論の事実を認定したるものにして要するに本論旨は原審と証拠の解釈を異にするの結果原審の職権に属する事実の認定を非難するものにして上告適法の理由とならず

同被告弁護人広岡宇一郎、天野敬一上告趣意書第一点原院は上告人が提出したる管轄違の申立を理由なしとして本案の控訴と共に此点に関する上告人の控訴を却下せられたり。 依て按ず[あんず]るに刑事訴訟法第二十八条第二項には「数箇の裁判所の管轄に属する正犯数名あるときは云云」とあり。 而して[しこうして]同条は同第二十六条の規定を受けたるものにして第二十六条の例外を規定したるものに非ざるが故に同条の解釈は右第二十六条の範囲内に於て之を決定せざる可らず要するに第二十八条第二項は数人にて一罪を犯したる場合に於ける犯罪地と所在地との調和に関して規定せられたるものなり。 然るに被告に対する収賄罪と他被告に対する贈賄罪とは全く別箇の犯罪にして一箇の犯罪に非ず。 而して[しこうして]刑事訴訟法第二十八条第二項は前示の如く数人一罪の場合の規定なるが故に本件上告人は同条に所謂正犯に該当せず。 従て上告人に対する土地の裁判籍は依然同第二十六条に依り東京地方裁判所の管轄に属すべきものとす。

然るに原院が此点に関する被告の管轄違の申立を却下せられたるは失当の判決なりと思料すと云ふ[いう]に在れども◎論旨の理由なきことは被告雲平弁護人丸山達郎の上告論旨に対する説明に依り了解すべし。

第二点右の外他弁護人の提出したる上告理由を援用すと云ふ[いう]に在れども◎其援用する他上告人の論旨の理由なきこと各其論旨に対し説明したる如くなるを以て。 従て同一趣旨を主張する本論旨は理由なし。

右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り主文の如く判決す

検事鈴木宗言干与明治四十三年七月五日大審院第一刑事部