官印盜用官文書僞造行使等竝附帶私訴ノ件

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大審院刑事判決録（刑録）15輯1976頁

本件公訴の上告は総で之を棄却す

私訴の原判決は之を破毀す

私訴被上告人助左衛門俊八は福島県双葉郡上岡村大字上手岡字高津戸二十六番田二段四畝四歩字同

二十八番い田二畝五歩字同二十八番ろ田六畝十二歩同県同郡同村大字本岡字荻谷地一番原野二段八

畝二十六歩字同二番原野八段二畝五歩字同三番原野四段二十四歩字同四番原野六段八畝二十一歩字

同五番原野三町一段一畝十七歩字同六番原野七段二畝二十一歩字同七番原野三段四畝二十六歩字同

八番原野八段四畝二十六歩字同十番原野六段六歩字同十一番原野二段六畝十八歩字同十二番原野六

段三畝二十二歩字同十三番二原野七段九畝二十五歩字清水前四十一番田九畝十六歩字同四十三番田

八畝十八歩字同四十四番田一段一畝歩字同四十五番へ田五畝二十歩字同四十五番と田五畝十六歩同

郡同村大字上手岡字下千里十一番田三町八段三畝二十九歩字同十四番田五町一段七畝二十六歩字同

十七番田四町二段七畝十九歩字同二百十六番田三町七段一畝二十一歩字荒田五番田二段七畝十七歩

字同五番乙原野五畝十一歩字後作四十三番田九畝五歩合計二十七筆の地所に対し明治四十年十一月

十一日附を以て右両名の為めに為されたる同月九日附売買に因る所有権取得登記抹消の手続を為し

私訴被上告人倉吉は右同地所に対し明治四十年十一月十一日附を以て右倉吉の為めに為されたる同

月九日附右助左衛門俊八と倉吉間の売買に因る所有権取得登記抹消の手続を為し私訴被上告人株式

会社宮城商業銀行は右同地所に対し明治四十年十一月二十五日附を以て同銀行の為めに為されたる

同日附右倉吉との契約書に因り元金二万円及遅滞利息の支払担保たる抵当権設定登記抹消の手続を

為すべし。

私訴費用は私訴被上告人等の負担とす。

被告彦次郎の第一、第二の上告趣意書を通約するに其要旨は（一）原院に於て判事の更迭ありたるに拘はらず審理を更新せず被告等の異議の有無をも聴かずして審理に干与せしる判事が判決の言渡に干与せしは違法なり。 又原判決謄本に既で転任したる判事の名を明記し転任したる判事が恰も[あたかも]判決の言渡に干与したるものの如くあるは違法なり。 （二）判決謄本に依れば証第百三号偽造の部分証第百七号全部は之を没収しとあるに拘はらず其理由に於ては証第百三号全部を没収しとあり又追徴金に付ては金百五円とあるに拘はらず其理由に於ては金百五十円とあるは是亦[また]不法なり。 （三）深谷、前沢、小清水、新妻等の不実なる言を被告の有罪認定の証拠とせられたるは不当なり。 （四）被告に於て申請せられざる登記を為して之を偽造したる犯罪行為あるものとして之に法律を適用し仍ほ[なお]金円を騙取[へんしゅ]したるものとして刑法第二百四十六条を適用せられたるは不当なり。 （五）原判決の言渡に至りても違法なるのみならず判決の理由に於ても相背反するものなりと云ふ[いう]の外（六）仍ほ[なお]縷縷叙述する所ありと雖[いえども]之を要するに諸多の事実関係を掲げて本件に関する自己の意見を主張し以て被告に本件犯罪行為なきことを弁明するに在り◎依て論旨の（一）に付、原院公判始末書を査するに原院に於ける本件の審理中裁判所の構成に変更ありたる事跡の見るべきものなきを以て審理を更新せざりしは当然なり。 而して[しこうして]原院に於ける本件の判決言渡に際しては之に干与したる判事と審理に干与したる判事との間に異動ありたるは右公判始末書に徴して明かなりと雖[いえども]も凡そ判決の言渡は既に成りたる判決を外部に発表する一の形式手続に過ぎざれば其言渡を為す判事は必ずしも審理に干与したる判事たることを要せず。 従て審理に干与せざりし判事が其言渡に干与す[くみす]るは固より[もとより]妨げなき所にして此点に付、被告等の異議の有無を聴くの必要あるものにあらず。 又判決に署名したる判事と其言渡を為したる判事とは常に必す同一の判事なりと云ふ[いう]べからず。 例へば判決に署名したる判事が其言渡前転任又は転補の命を受けたる場合の如きは他の判事代りて言渡に干与す[くみす]ること一般の例なりとす。 左れば原判決に署名あるの故を以て其判事が他に転任したるに拘はらず言渡に干与したるものの如くあるは違法なりと云へる論旨は其理由なきものとす。 其（二）に付ては原判決の主文と法律理由との間に所論の如く符合せざる点あるは他なし。 原判決に於て押収の証第百三号は全部の偽造なりと認め。 従て其全部を没収すべきものとし又被告より追徴すべき金員は百五十円なりとしたるも第一審判決に於ては右証第百三号は一部の偽造なりと認めて其一部のみを没収し又追徴金は百五円なりとして其金員のみを追徴する言渡を為したるが故に被告のみの控訴に係る本件に在りては法律上第一審判決を被告の不利益に変更すること能はざるか為め第一審判決と同一の言渡を為したるに原因すること原判決の説明に徴して明かなれば論旨は理由なし。 其（三）（四）（六）は通じて其趣旨を按ず[あんず]るに結局原院の職権に属する証拠判断又は事実認定を非難し延で法律の適用に対し攻撃を加ふるに過ぎざるを以て上告の理由とならず其（五）に付ては具体的に其不法とする所を明示せざるを以て論旨の当否に付、説明するに由なし。

被告健次郎上告趣意書第一判決の理由に因れば被告助左衛門俊八は転売に因りて利を得るの目的に出で被告彦次郎の媒介を以て福島県双葉郡云云代金一万五千円とし内金五千円の支払ありたる上所有権を移転して之が登記手続を為し残金は登記済証引替に授受すべき旨の仮契約を其所有者たる前沢賢一郎と締結したる後被告彦次郎を介して被告健次郎に売買の申込を為したる処被告健次郎は当時被告倉吉が宮城県名取郡に於て買受たる越路山林の経営に関係し居りたるより云云とあり前記の理由には月日の記載なきを以て甚た茫漠として要領を得ずと雖[いえども]も要するに本案事件総て[すべて]の行為を被告助左衛門俊八対前沢賢一郎との仮契約を締結なしたる後ちを指示したるや明かなり。 而して[しこうして]彼等の仮契約を為したるは前沢賢一郎の告訴状（告第二号証）及第一回予審調書の同人の供述に因るも四十年十月二日なれば。 従て被告事件全部の行為を十月二日後と確認したるや明白なり。 而して[しこうして]之れに対する証憑[しょうひょう]には被告事件に無関係なる四十年九月二十三日被告倉吉より自分宛の書状（証第五十四号の三）を以て断罪の証憑[しょうひょう]と為したるは理由齟齬[そご]なること明かなりと云ふ[いう]に在りて◎本論旨は要するに原院の職権に属する証拠の取捨判断を非難するに外ならずして上告の理由とならず

第二判示する所に因れば被告彦次郎方に於て之を同銀行員佐藤二郎に提出行使し同人より清野喜平治に交付せしめ以て予記の如く冒認して抵当となし同年十二月二日より同月二十五日迄の間に前示宮城商業銀行に於て金一万七千円を数回に行為連続して喜平治より池田正夫の手を経で騙取[へんしゅ]したりと云ふ[いう]に在り。 然れども[しかれども]池田倉吉が同銀行に対し抵当権設定以前に於て池田正夫の裏書を為し同銀行より信用手形の割引を以て現金を取引なしたるは最初金三千円四十年十一月二十日金二千円同月二十二日倉吉が先に土地代金として小清水俊八に振出したる手形金一万二千円の内則ち五千円の一枚に池田正夫が裏書を為し同銀行に於て現金に引替小清水俊八に支払為したる事実は当時同銀行に行使したる手形の裏書月日に因りて明白なり。 該手形は湊弁護士より裁判所に提出せり。 而して[しこうして]池田倉吉対宮城商業銀行間の根担保契約には池田倉之助池田正夫の各連帯保証人あり加之[しかのみならず]抵当土地の内二十八筆は元価金一万五千円のものにて既に該土地は勧業銀行に対し一番抵当となし金四千五百円の債務を負担なす。 即ち前沢賢一郎の分にて仮りに之を冒認したりとするも其他の土地は池田倉吉の所有なれば同銀行より金一万七千円を騙取[へんしゅ]したりと謂ふは則ち理由の齟齬[そご]あること明白なりと云ふ[いう]に在り◎依て按ず[あんず]るに被告が詐欺の手段として外形上被害銀行の為め抵当権を設定したる本件地所の中適適自己所有の地所が存在したりとするも原院判示の如く右等の地所全部に対する抵当権説定を以て本件の金額一万七千円を右銀行より交付せしむる手段と為したるものと認めたる以上は被告に於て右金額全部を騙取[へんしゅ]したる所為あるものと判定したりとて所論の如き不法ありと云ふ[いう]べからざれば此点の論旨は理由なく他は結局原判決に確定せざる事実を掲げて原判決を攻撃するに帰するを以て上告の理由とならず

被告健次郎弁護人石山弥平、加瀬禧逸上告趣意書第一点原院は被告有罪の証拠として池田正夫第一回予審調書佐藤二郎第一回予審調書清野喜平治予審調書を採用したるとも右証人等は明治四十一年三月二日又は三月三日取調を受け被告臼井健次郎が被告として公訴提起せられたる四月二十七日前の証人なれば被告臼井健次郎に対しては刑事訴訟法第百二十三条各号の関係を問査せられたることなし果して然らば原判決は証人が同条に牴触[ていしょく]するや否やを鑑別するに由なき証言を採用したるものにして結局被告と証人が同条の関係有無を問査せざる不法あるを免がれずと云ふ[いう]に在れども◎或る被告事件に付き適法に成立したる訊問調書は其後に起訴せられたる共同被告人に対しても亦[また]証拠たる効力を有するものとす。 記録に依れば所論各証人は被告健次郎が本件の共犯として訴追せられたる以前本件に付、予審に於て之を訊問したるものにして。 従て右健次郎との身分関係は固より[もとより]之を問査したる廉なきも右等証人の予審調書は同人等が既に本件の証人として適法に訊問せられ依て成立したる調書なれば其後に訴追せられたる被告健次郎に対しても適法なる証拠として其効力を有すること前示説明の如くなるを以て原判決が之を罪証に供したるは相当にして本論旨は理由なし。

第二点原判決は四十年九月二十三日附倉吉より臼井宛書面（五十四号の三）四十年十月十五日附臼井より倉吉宛書面（第七十六号の二）四十年十月五日附岩吉より倉吉宛書面（第十六号の二）を証拠に採用せり。 然れども[しかれども]右書面は証拠書類として法廷に於て被告等に読聞けたる事跡の記載なし。 果して然らば刑事訴訟法第二百十九条に背きたる不法あるものと信ずと云ふ[いう]に在れども◎証拠物件は其内容を判決の証拠理由に供する場合と雖[いえども]も被告人に之を示せば則ち足り之に対して朗読の手続を為すことを要せざるものとす。 而して[しこうして]所論の書面（論旨に第十六号の二とあるは第五十六号の二の誤記ならん）は何れも本件の証拠物件なれば原院公判始末書に明かなる如く公廷に於て之を被告等に示したる以上は之を朗読せざりしとて不法なりと云ふ[いう]べからず。

第三点原判決が「茲に[ここに]助左衛門俊八健次郎倉吉岩吉彦次郎は被告彦次郎が登記事務管掌[かんしょう]の公職に在るを利用し賢一郎より被告助左衛門俊八へ及被告助左衛門俊八より被告倉吉への各売買並に抵当権設定の登記及其関係各登記関係書類を偽造行使し以て金員を騙取[へんしゅ]して其目的を達せんことを通謀協議の上云云」と事実を断定したるも被告健次郎及倉吉の如きは一件記録にもある如く公判にて初対面せるものにして一回たも彦次郎助左衛門俊八等に会見したることなく特に彦次郎の氏名さへも知らざりしものなり。 随で此等被告間に通謀協議のあるべき筈なし。 故に若し原院に於て前記事実を認定せんとせば須らく之れが証拠を挙示すべきこと論を竢たず。 然るに原院は此点に付、何等の証拠を挙示せざるは証拠に依らずして事実を認定したる不法あるものなりと云ふ[いう]に在れども◎原判決は其証拠理由中に掲げたる各証拠を綜合[そうごう]考覈[こうかく]して所論の事実を認定したるものなれば証拠に依らずして右の事実を認定したる不法あることなし

第四点原院が採用したる前沢賢一郎第一回予審調書に原院は前沢賢一郎が一万五千円の仮契約を締結したる旨陳述せる如く記載したれども同調書を閲するに同人は右仮契約の際一万四千五百円にて売渡す旨の仮契約を締結したる趣旨の陳述記載あり。 然らば則ち原院は証人が供述せざる趣旨を採で恰も[あたかも]供述したるものとして証拠に採用したる不法あるものなりと云ふ[いう]に在り◎。 然れども[しかれども]原判決には前沢賢一郎の第一回予審調書を援用して証拠説明を為したる中其前段に於て同人が其所有なる本件の地所を代金一万五千円にて売渡す仮契約を為したるも右は無効に帰したる旨を述べたることを掲げ後段に於て又右地所を代金一万五千円にて売渡す仮契約を為したる旨を述べたることを掲げあり今之を同予審調書の記載に対照するに右証拠説明の後段に於ける仮契約の代金一万五千円の点は該調書記載の後段にも同一の記載ありて両者全く符合するが故に此点に於ては原判決は同人の供述せざることを供述したりと説明したるものと云ふ[いう]べからず。 唯た原判決証拠説明の前段に云へる仮契約の代金一万五千円とある点は右調書の前段相当記載の箇所には一万四千五百円とありて此点に於ては原判決の説明右証書の記載と符合せずと雖[いえども]も要するに前示仮契約に関する事実の如きは本件犯罪の前提事実として其着手前に於ける事実の経過を示す為めに之を掲げたるに過ぎざること判文の趣旨に徴して自ら明かなれば斯かる[かかる]事実の認定に対する証拠説明中適適調書と符合せざる廉ありとするも右は毫も[ごうも]犯罪事実の認定に影響を及ぼすべきものにあらざれば之を以て原判決を不法たらしむる原由と為すに足らず。 故に本論旨は理由なし。

第五点原院が採用したる予審判事の検証調書に「抵当欄には明治四十年十一月二十五日受付第三七五〇号を以て云云」と摘録せり。 然るに同検証調書には同抵当欄に受付第六七〇五号とありて受付第三七五〇号の如き記載なし。 然らば則ち原判決は検証調書に記載なき事項を記載あるものとして証拠に採用したるものなり。 但第三七五〇号と第六七〇五号とは数字上の関係にして非常の相違あるのみならず抵当関係の実質にも至大の影響あるを以て誤記と認むるを得ずと云ふ[いう]に在れども◎所論検証調書を見るに「云云抵当権欄には明治四十年十一月二十五日受付第三七五〇号を以て云云」とありて、即ち原判決の証拠説明は此点に於て右調書の記載と相違する廉なきを以て本論旨は理由なし。

第六点相被告助左衛門、俊八、岩吉、倉吉、彦次郎弁護人の呈出に係る上告趣意は総で被告健次郎の利益に援用すと云ふ[いう]に在れども◎本論旨の理由なきことは各其援用に係る論旨に対する説明に就て了解すべし。

第七点原判決は新妻助左衛門小清水俊八より池田倉吉宛地所売渡証（証第百七号）池田倉吉より清野喜平治宛地所担保契約書（証第百三号）不動産登記受付帳（証第六十三号）を証拠に採用せり按ず[あんず]るに是等の証拠は何れも差押へられたる証拠書類にして有形の物体其物に非ず。 然るに公判始末書に依れば裁判長は各領置目録各差押目録を読聞けたる旨の記載あるも之れが内容たる前記諸書類を読聞けたる記載なし。 而して[しこうして]本件記録を査閲するときは別に領置目録又は差押物件目録と題する書類あるを以て（記録二十一頁百一頁百三十一頁九百六頁の如し）各領置目録各差押物件目録を読聞けたりとあるは前示目録と題する書類其物の読聞けと見るの外なく之を強で目録に該当する各書類の内容を読聞けたりと解するを得ざるは勿論なり。 果して然らば刑事訴訟法第二百十九条に背き読聞けて弁解を為さしめざる書類を証拠に採用したる不法あるものなり。 但公判始末書中「押収物件一切を示し」とあり右書類も此内に包含するものと仮定するも単に示したるのみにて内容を読聞けざる以上は前記の不法あり。 況んや前記書類の如きは此物件中に包含すと解すべからざるをやと云ふ[いう]に在れども◎証拠物件は判決に於て其内容を証拠とする場合と雖[いえども]も被告人に之を示せば則ち足り朗読の手続を為すことを要せざること前顕既に説明したるが如し。 而して[しこうして]原院公判始末書を査するに「裁判長は云云被告人に云云押収物件一切を示し其都度意見及弁解を求め、且、利益の証憑[しょうひょう]を提出し得べき旨を告げたり」との記載あり。 而して[しこうして]所論の証拠物件亦[また]本件の押収物件に外ならざれば該物件は他の押収物件と同じく適法なる証拠調の手続を経たるものなること一点の疑ひなく。 従て之を罪証に供したる原判決は相当にして本論旨は理由なし。

第八点原判決は遠藤卯吉第二回予審調書を証拠に採用したれども其供述として最後に顕はれたる「前申立つる次第にして云云。 仍て[よって]抵当権設定の登記を為したるものと思はるる旨の記載」は同人の想像にして見聞せる事実にあらず。 固より[もとより]諸般の証憑[しょうひょう]は判事の職権を以て心証の材料たるべしと雖[いえども]も事実以外の意見は適当なる法式に依り供述したる特別技能ある者の鑑定意見の外証拠とならざること論を俟たず[またず]。 然れば則ち原判決は濫りに[みだりに]個人の想像意見を証拠に採用したる不法あるものなりと云ふ[いう]に在れども◎被告人証人等の供述が過去に於ける事実の経験より生じたる意見を表白したるものにして単純なる想像を述べたるものにあらざるときは之を罪証に供するも敢て妨げなきものとす。 而して[しこうして]原判決は所論遠藤卯吉の予審に於ける供述は此種の意見を述べたるものとして之を証拠に採用したるものなれば其採証上所論の如き不法あることなし

第九点原判決は被告助左衛門俊八は転売に因りて利を得るの目的に出で被告彦次郎の媒介を以て福島県双葉郡上岡村大字上手岡字高津戸二十六番云云を代金一万五千円とし内金五千円の支払ありたる上所有権を移転して之れが登記手続を為し残金は登記済証書引換に授受すべき旨の仮契約を其所有者たる前沢賢一郎と締結したる後（中略）被告倉吉を買主として被告助左衛門俊八より前掲仮契約の目的たる地所を助左衛門等が別に佐藤万五郎等より買受けたる地所と共に代金三万五千円を以て買受けの契約を為すに至れりとの事実を認め其証拠として原審の共同被告たりし小清水俊八の原審及び予審第二回に於ける供述を援用したり。 因で原判文を査するに同人は原審公廷に於て転売代価の三万五千円なることを答へたる旨の摘示あるも第二回予審調書には却て三万円にて売渡す約束の記載あることを明示せらるるを見る如斯[かくのごとき]同人の供述二様に亘り居るに拘はらず其相違せる二様の供述を採で犯罪事実を断せんとするは矛盾なり。 若し原判決にして単に同人の原審公廷に於ける供述のみを信ずるの意に出でたりとせんか須らく予審第二回の供述を排斥するか又は其不信用なる所以の理由を説示せざる可からず。 而かも[しかも]第二回予審調書の記載を排斥したるにあらず。 又其供述の信用すべからざる理由を示すにもあらず。 却て互に相違せる二様の供述を採で事実認定の資料に供したり。 要するに原判決は理由の齟齬[そご]若くは理由の不備ある背法あるを免がれずと云ふ[いう]に在れども◎論旨冒頭に摘載せる事実の如きは原判決に於て本件の犯罪着手前に於ける事実関係を示す為めに掲げたるものに過ぎざること其判旨に照して明かなれば斯の如き事実に対する説明中縦し[よし]所論の如く理由の齟齬[そご]若くは不備の廉ありとするも判決の瑕瑾と為らず況んや原判決の趣旨は被告俊八の原審に於ける供述に基きて所論地所売買の契約代金を三万五千円と認めたるものにして同人の第二回予審に於ける供述を採りて説明するに当り其契約の代金を三万円なりとする供述を掲げたるは是れ唯其供述の経過を記載したる結果たるに過ぎざるものと認むべきに於ておや故に本論旨は理由なし。

第十点原判決は（前略）被告助左衛門俊八が前沢賢一郎より所有権移転の登記手続を完ふするに方り金五千円を同人に交付せざる可からざるが故当初より之れを明言し代金の内右支払に充つべき五千円は先づ其支払を受くることを要する旨申入れ被告健次郎倉吉岩吉は之れを了知したる事実を認むるに方り原審の共同被告たりし新妻助左衛門の第二回予審調書を其証拠に資したり。 然れども[しかれども]原判決の摘示する予審調書の記載に徴するときは被告健次郎に於て之れを了知したる関係を見ること能はざるのみならず他被告に対する関係に於ても亦[また]全く同人の想像に過ぎざる供述なること「。 而して[しこうして]其事情は小柳は勿論桜井関根池田等は知り居るものと思はるる云云」との録取に照して明確なり。 然らば則ち原判決は想像を証拠に供したる不法あるのみならず不当に証拠の趣旨を拡充せんとしたるものにして結局証拠に基かずして断罪したる違法ありと云はざる可からずと云ふ[いう]に在れども◎被告人証人等の供述が過去に於ける事実の経験より生じたる意見を表白したるものにして単純なる想像を述べたるものにあらざるときは之を断罪の資として採用することを得るは前顕に説明したる所の如し、而して[しこうして]所論新妻助左衛門の第二回予審に於ける供述は過去に於ける事実の経験より生じたる意見を述べたるものに外ならざれば原判決が之を罪証に供したるは不法にあらざるのみならず原判決は右助左衛門の供述其他同判決列挙の各証拠を綜合[そうごう]考覈[こうかく]して所論の事実を認定したるものなれば右判決に所論の如き不法あることなし

第十一点本件共同被告及其弁護人の提出に係る上告論旨は被告臼井健次郎、池田倉吉、関根岩吉の利益に於て之を援用すと云ふ[いう]に在れども◎其理由なきことは各其援用に係る論旨に対する説明に就て了解すべし。

被告倉吉弁護人法学博士鵜沢総明上告趣意書原判決理由中「前略前掲売買の成否は被告各自の利害に大なる関係あるを以て茲に[ここに]被告助左衛門、俊八、健次郎、倉吉、岩吉、彦次郎は被告彦次郎が登記事務管掌[かんしょう]の公職に在るを利用し賢一郎より被告助左衛門、俊八へ及被告助左衛門、俊八より被告倉吉への各売買並に抵当権設定の登記及其関係登記関係書類を偽造行使し以て金員を騙取[へんしゅ]して其目的を達せんことを通謀協議の上云云」とあるも被告倉吉が他の被告等と本件犯罪事実に付、通謀協議したる事実を認むるに付、何等の証拠を示さざるを以て結局原判決は証拠に依らずして事実を認定したる不法ありと云ふ[いう]に在れども◎所論の事実は原判決に於て其証拠理由中に掲げたる各証拠を綜合[そうごう]考覈[こうかく]して之れを認定したるものなれば原判決に所論の如き不法あることなし

被告倉吉、岩吉弁護人石山弥平上告趣意書第一点原判決は四十年九月二十三日附倉吉より臼井宛書面（第五十号の三）（第五十四号の三の誤記ならん）四十年十月十五日附臼井より倉吉宛書面（第七十六号の二）四十年十月五日附岩吉より倉吉宛書面（第十六号の二）（第五十六号の二の誤記ならん）を証拠に採用せり。 然れども[しかれども]右書面は証拠書類として法廷に於て被告等に読聞けたる事蹟の記載なし。 果して然らば刑事訴訟法第二百十九条に背きたる不法あるものと信ずと云ひ」第二点原判決は「茲に[ここに]助左衛門、俊八、健次郎、倉吉、岩吉、彦次郎は被告彦次郎が登記事務管掌[かんしょう]の公職に在るを利用し賢一郎より被告助左衛門、俊八へ及被告助右衛門、俊八より被告倉吉への各売買並に抵当権設定の登記及び其関係各登記関係書類を偽造行使し以て金員を騙取[へんしゅ]して其目的を達せんことを通謀協議の上云云」と事実を断定したるも被告健次郎及び倉吉の如きは一件記録にもある如く公判にて初対面せるものにして一回たも彦次郎、助左衛門、俊八等に会見したることなく特に彦次郎の氏名さへも知らざりしものなり。 随で其等被告間に通謀協議のあるべき筈なし。 故に若し原院に於て前記事実を認定せんとせば須く之れが証拠を挙示すべきこと論を俟たず[またず]。 然るに原院は此点に付き何等の証拠を挙示せざるは証拠に依らずして事実を認定したる不法あるものなりと云ひ」第三点原院が採用したる前沢賢一郎第一回予審調書に原院は前沢賢一郎が一万五千円の仮契約を締結したる旨陳述せる如く記載したるも同調書を閲するに同人は右仮契約の際一万四千五百円にて売渡す旨の仮契約を締結したる趣旨の陳述記載あり。 然らば則ち原院は証人が供述せざる趣旨を採で恰も[あたかも]供述したるものとして証拠に採用したる不法あるものなりと云ひ」第四点原院が採用したる予審判事の検証調書に「抵当欄には明治四十年十一月二十五日受付第三七五〇号を以て云云」と摘録せり。 然るに同検証調書には同抵当欄に受付第六七〇五号とありて受付第三七五〇号の如き記載なし。 然らば則ち原判決は検証調書に記載なき事項を記載あるものとして証拠に採用したる不法あるものなり。 但し第三七五〇号と第六七〇五号とは数字上の関係にして非常の相違あるのみならず抵当関係の実質にも至大の影響あるを以て誤記と認むるを得ずと云ひ」第五点原判決は新妻助左衛門、小清水俊八より池田倉吉宛地所売渡証（証第百七号）池田倉吉より清野喜平治宛地所担保契約書（証第百三号）不動産登記受付帳（証第六十三号）を証拠に採用せり按ず[あんず]るに是等の証拠は何れも差押られたる証拠書類にして有形の物体其物にあらず。 然るに公判始末書に依れば裁判長は各領置目録各差押目録を読聞けたる記載あるも之が内容たる前記諸書類を読聞けたる記載なし。 而して[しこうして]本件記録を査閲するときは別に領置目録又は差押物件目録と題する書類あるを以て（記録二十一頁百一頁百三十一頁九百六頁の如し）各領置目録各差押目録を読聞けたりとあるは前示目録と題する書類其物の読聞けと見るの外なく之を強で目録に該当する各書類の内容を読聞けたりと解するを得ざるは勿論なり。 果して然らば刑事訴訟法第二百十九条に背き読聞けて弁解を為さしめざる書類を証拠に採用したる不法あるものなり。 但公判始末書中「押収物件一切を示し」とあり右書類も此内に包含するものと仮定するも単に示したるのみにて内容を読聞けざる以上は前記の不法あり。 況んや前記書類の如きは此物件中に包含すと解すべからざるおやと云ひ」第六点原判決は遠藤卯吉第二回予審調書を証拠に採用したれども其供述として最後に顕はれたる「前申立つる次第にして云云。 仍て[よって]抵当権設定の登記を為したるものと思はるる旨の記載」は同人の想像にして見聞せる事実にあらず。 固より[もとより]諸般の証憑[しょうひょう]は判事の職権を以て心証の材料たるべしと雖[いえども]も事実以外の意見は適当なる法式に依り供述したる特別技能あるものの鑑定意見の外証拠とならざること論を俟たず[またず]。 然れば、即ち原判決は濫に同人の想像意見を証拠に採用したる不法あるものなりと云ひ」第七点原判決は被告助左衛門、俊八は転売に因りて利を得るの目的に出で被告彦次郎の媒介を以て福島県双葉郡上岡村大字上手岡字高津戸二十六番云云を代金一万五千円とし内金五千円の支払ありたる上所有権を移転して之が登記手続を為し残金は登記済証書引換に授受すべき旨の仮契約を其所有者たる前沢賢一郎と締結したる後（中略）被告倉吉を買主として被告助左衛門、俊八より前掲仮契約の目的たる地所を助左衛門等が別に佐藤万五郎等より買受けたる地所と共に代金三万五千円を以て買受けの契約を為すに至れりとの事実を認め其証拠として原審の共同被告たりし小清水俊八の原審及予審第二回に於ける供述を援用したり。 因で原判文を査するに同人は原審公廷に於て転売代金の三万五千円なることを答へたる旨の摘示あるも第二回予審調書には却て三万円にて売渡す約束の記載あることを明示せらるるを見る如斯[かくのごとき]同人の供述二様に亘り居るに拘はらず其相違する二様の供述を採で犯罪事実を断せんとするは矛盾なり。 若し原判決にして単に同人の原審公廷に於ける供述のみを信ずるの意に出でたりとせんか須く予審第二回の供述を排斥するか又は其不信用なる所以の理由を説示せざるべからず。 而かも[しかも]第二回予審調書の記載を排斥したるにあらず。 又其供述の信用すべからざる理由を示すにもあらず。 却て互に相違せる二様の供述を採で事実認定の資料に供したり。

要するに原判決は理由の齟齬[そご]若くは理由の不備ある違法あるを免がれずと云ひ」第八点原判決は（前略）被告助左衛門、俊八が前沢賢一郎より所有権移転の登記手続を完ふするに当り金五千円を同人に交付せざる可からざるが故当初より之を明言し代金の内右支払に充つべき五千円は先づ其支払を受くることを要する旨申入れ被告健次郎、倉吉、岩吉は之を了知したる事実を認むるに当り原審の共同被告たりし新妻助左衛門の第三回予審調書を其証拠に資したり。 然れども[しかれども]原判決の摘示する予審調書の記載に徴するときは被告健次郎に於て之を了知したる関係を見ること能はざるのみならず他被告に対する関係に於ても亦[また]全く同人の想像に過ぎざる供述なること「。 而して[しこうして]其事情は小柳は勿諭桜井関根池田等は知り居るものと思はるる云云」との録取に照して明確なり。 然らば則ち原判決は想像を証拠に供したる不法あるのみならず不当に証拠の趣旨を拡充せんとしたるものにして結局証拠に基かずして断罪したる違法ありと云はざる可からずと云ふ[いう]に在りて◎右等論旨の理由なきことは被告健次郎弁護人石山弥平加瀬禧逸上告趣意書第二点乃至[ないし]第四点及第六点乃至[ないし]第九点に対する説明に就て了解すべし。

第九点本件共同被告及其弁護人の提出に係る上告論旨は被告臼井健次郎池田倉吉関根岩吉の利益に於て之を援用すと云ふ[いう]に在れども◎本論旨の理由なきことは各其援用に係る論旨に対する説明に就て了解すべし。

被告倉吉弁護人阿部喜藤治、太田熊蔵上告趣意書第一点原判決は丹羽留の予審調書を援用して本件事実を確定せられたるも右予審調書は予審判事が双葉郡上岡村大字本岡在平区裁判所富岡出張所に出張して審問せるものを録取せられたることは同調書冒頭の記載に徴し明白なり。 然れども[しかれども]予審判事は証人を裁判所に呼出さず其証人の所在に付て訊問する場合は吾刑事訴訟法上岩格に限定せられあれば何等出張する理由なき右証人に対し特別に出張し訊問するが如きは違法の証拠調なりと云はざるを得ず。 従て右調書を罪証に供せる原判決は破毀を免れずと信ずと云ふ[いう]に在れども◎予審判事が裁判所外に於て証人を訊問することは縦し[よし]必要又は便宜と認めたる場合と雖[いえども]も猶、且、之を禁ずる旨を示したる規定あることなければ如上の場合には予審判事に於て裁判所外と雖[いえども]も証人の訊問を為すことを得るものと云はざるべからず。 而して[しこうして]本件予審判事は前記出張所に出張して右証人を訊問することを必要としたるものと認むるを以て同判事が所論の場所に出張して証人丹羽留を訊問したりとて不法なりと云ふ[いう]を得ざれば其訊問調書の有効なること亦[また]弁を俟たざるを以て原判決が之を罪証に供したるは不法にあらず。

第二点原判決は検証調書の記載を援用して本件事実を確定せられたり。 依て同調書を査閲するに其冒頭には（予審判事代理判事高宮尚二は裁判所書記友部清前立会平区裁判所富岡出張所に臨み検証を遂け其始末を録取すること左の如し）と記載ありて右検証は区裁判所出張所なる。 即ち人の住居する建物に臨検せられたるものなること極めて明瞭なり。 而して[しこうして]刑事訴訟法第百四条の所謂住居なる意義は単に住宅等の如く狭義に解すべきものにあらずして苟くも人の管理する建造物は総で同条に所謂住居と称し得るのみならず平区裁判所富賀出張所は同時に被告小柳彦次郎の住居に充てられ居るものなれば何れにしても同所に臨検するには百四条に従ひ立会人を必要とする筋合なるに右臨検には書記の外何人をも立会せしめざるものなれば其手続は刑事訴訟法第百四条に違反する無効の手続なりと云はざる可からず。 従て此手続を録取せる前示検証調書を罪証に供せる原判決は又違法たるを免がれずと信ずと云ふ[いう]に在れども◎所論刑事訴訟法第百四条は其明文の示す如く予審判事が被告人又は事実を証明すべき物件を蔵匿する疑ある者の住居に臨検して捜索を為す場合に同条第二項に示す如く被告人又は物件を蔵匿する者其住居に在らざるときは同居の親属若し其在らざるときは市町村長の立会あるを要することを定めたるものにして本件の如く予審判事が単に検証の為めに出張したる場合に適用すべき法条にあらざれば其検証の場所の如何[いかん]に拘はらず立会人を必要とせざるを以て本件予審判事の検証の場合裁判所書記の外何人をも立会せしめざりしとて其検証の手続を違法なりと論するを得ず。 左れば所論検証調書の有効なること明かなるを以て之を罪証に供したる原判決は相当なり。

第三点原判決は前沢賢一郎の第一回予審調書に（登記申請書と売渡証を渡して呉れと申したる処同人は卯吉に手形を持参出仙せしむるにより登記書類を預け置き金を取る事は専一なりと申すに付、手形を渡して帰宅したり。 ）と記載しありと称し之れを援用して本件事実を確定せられたりも同人の予審調書（記録第一六五丁）を見れば「登記書類は自分が預り居る故其儘にして呉れ金を預ることが専一なりと申したので手形を渡して帰宅しました。」と記載しありて全く小柳は金を預くる旨を明言せりと供述するものなるに判文には前示の如く（金を取る云云）と記載し恰も[あたかも]騙取[へんしゅ]を言明せるが如く説示し之を断罪の資料に供したるものなれば原判決は主要の点に対し虚無の証拠を援用せる違法ありと云ふ[いう]に在れども◎本論旨は要するに証拠の意義に対する自己の意見を主張して原院の職権に属する証拠の解釈を論争するに過ぎざるが故に上告の理由とならず

第四点原判決は前沢賢一郎の第一回予審調書に（第一回の期日を経過するも支払なきにより倉吉の身元を調査せしに不動産は全部他へ担保になり居るとのことに付き云云）と記載ありと称し之を援用して本件事実を確定せられたるも同人の予審調査（記録第一八四丁）には（倉吉の身元を調査せしに土地は全部他に担保となり居る旨）記載あるに過ぎず。 即ち予審調書の記載によれば被告倉吉は其所有建物は未だ担保になり居らずして全然不信用のものにあらざること明白なるに判文には前示の如く不動産は全部他へ担保となり居るが如く説示し全然財産上の信用なきものの如く記載し之れを罪証に供せられたるものなれば原判決は被告の信用を見るべき基礎に対し虚無の証拠を援用せる違法ありと云ふ[いう]に在れども◎原判決が証人前沢賢一郎の第一回予審調書の供述記載を証拠として援用したる中所論不動産なる語は土地なる意義に用ゐられたるものと解するを相当とするを以て原判決には結局所論の如き不法なし。

第五点原判決は被告俊八の第二回予審調書に（前沢は先づ現金を受取らんか為め仙台に参りしも受取ること能はざりし為め其翌日帰宅し私は其後より行きしも倉吉の信用なき為め現金と引替ふることを得ざりし）と供述記載ありと称し之を援用して本件事実を認定せられたるも同予審調書（記録第七五二丁）には倉吉は福島にては信用あるも仙台の銀行にては信用ないからてありますと記載しありて同人の供述の趣旨に依れば被告倉吉は全然不信用の者にあらざること明白なるに拘らず判文には全然不信用の者なる旨供述記載あるが如く説示し是等不信用の状況証拠を基礎とし何等他に適切の証拠を掲げずして被告倉吉を本件の共犯者なりと認定せられたるものなれば原判決は重要の点に虚無の証拠を援用せる違法ありと云ふ[いう]に在れども◎原判決は被告俊八の第二回予審調書に「前沢は先づ現金を受取って来ると云ふ[いう]て仙台へ出向きましたか訳が分らぬて其翌日帰宅しました。 私は其後から仙台へ行って其手形を切って貰はせよーと思ひ奔走しましたか遂に手形が何処ても切れずに了ひました。 其れは倉吉は仙台の銀行には信用かないからてあります」との供述記載に基き論旨に摘載する如く説明したるものなれば其説明の趣旨は毫も[ごうも]前記調書記載の供述と相異する廉なく。 而して[しこうして]原判決は右の供述其他列挙の各証拠を綜合[そうごう]考覈[こうかく]して被告が本件の共犯者たることを認定したるものなれば原判決には所論の如き違法あることなし

第六点原判決に援用せられたる深谷甚之助の第二回予審調書には（不動産登記受付帳中三六二六号土地保存前沢賢一郎とあるは前沢より新妻等に売渡の登記申請書に基き受付帳に記載せり又次の三六二七号の箇所へ新妻外一名より池田への土地所有権移転の記載あり）と判示せられありて其供述の趣旨は受付帳に基きたること明白なるが故に右受付帳の番号は正当のものと認むるを得べし。 然るに原判決は又（予審判事の検証調書に明治四十年十一月十一日受付第三六二七号を以て前沢賢一郎より新妻助左衛門小清水俊八の売買により所有権は移転し更に同日受付第三六二七号を以て池田倉吉に売買して現時倉吉の所有となり居り旨）判示せられあり。 即ち右両証拠に掲ぐる受付番号を比較する時は互に相牴触[ていしょく]すること明かなれば若し前者の記載を以て正当なりとせば後者の記載は事実と認むる能はざるを以て、即ち実地に臨み検証したるものと認むるに由なし。 果して然らば右調書は検証調書たるの効力なきものなれば之れを罪証に供せる原判決は違法なりと信ずと云ふ[いう]に在れども◎所論検証調書は実地に臨み検証したる結果作成せられたるものなること該調書の記載自体に照して明かなれば本件登記簿所載の受付番号なりとして右調書に記載したる番号が仮りに所論の如く実際に適合せざるものとするも此一事を以て予審判事が実地に臨み検証したるものと認むるに由なきものと速了することを得ず。 従て右の調書は検証調書たるの効なきものと云ふ[いう]べからざるや弁を俟たざるを以て原判決が之を罪証に供したるは毫も[ごうも]違法にあらざるが故に本論旨は理由なし。

第七点相被告人の上告趣意を援用すと云ふ[いう]に在れども◎本論旨の理由なきことは各其援用に係る論旨に対する説明に就きて了解すべし。

被告岩吉彦次郎弁護人太田熊蔵上告趣意書第一点乃至[ないし]第七点は被告倉吉弁護人阿部喜藤治太田熊蔵上告趣意書第一点乃至[ないし]第七点と同趣旨にして其理由なきことは右弁護人阿部喜藤治太田熊蔵の上告趣意書第一点乃至[ないし]第七点に対する説明に就て了解すべし。

被告助左衛門、俊八弁護人飯田宏作上告趣意書第一点原判決は「未だ全く申請なきに拘らず其情を知らざる雇員に命じ同出張所備付の不動産登記受付帳（証第六十三号）中に同月十一日附被告助左衛門外一名より被告倉吉に対する土地売買登記申請を受理したるものの如く虚偽の記載を為さしめ之を偽造し尚同出張所備付の双葉郡上岡村大字上手岡土地登記簿第三十冊第四冊第五冊第八冊同村大字本岡土地登記簿第十一冊第四十八冊中賢一郎所有の前顕二十八筆の土地云云被告好左衛門俊八に売渡したる旨並に被告助左衛門俊八より被告倉吉に売渡したる旨の各売買に因る所有権移転の登記記入を為さしめ、且、自己の認印を押捺せしめて偽造し」と認定されたり。 而して[しこうして]其援用されし証拠を通覧するに賢一郎と被告助左衛門俊八間の売買登記申請は賢一郎の意に反して申請書を提出したる証拠を挙示しあるも被告助左衛門俊八と被告倉吉間の売買に因る所有権移転の登記に関しては当事者の意思に出でさるか又は申請書を岡崎出張所に提出せざるの証拠一もなきのみならず其証拠中「被告彦次郎の第三回予審調書中に其供述として助左衛門俊八より倉吉へ元前沢の所有地と其他の分とを合せて売渡したる土地所有権移転登記申請書は云云受付け」とあり又「深谷甚之助の第二回予審調書に其供述として云云小柳より前沢対新妻小清水間の売買登記申請書及新妻小清水対池田間の売買登記申請書を渡されたるを以て」とあるに拘らず助左衛門俊八倉吉間の売買登記をも之を全く申請なしとの事実を認定したるは証拠なき事実を認定したる不法の判決なり。 若し他の理由により該登記をも偽造なりとしたるものなれば其理由を明示せざるものにして又不法たるを免がれずと云ふ[いう]に在れども◎所論原判決事実理由中「未だ全く申請なきに拘らず」とあるは未だ全く真正なる申請なきに拘らずとの意義に用ゐられたるものなること判文上自ら明かなり。 而して[しこうして]其所謂真正なる申請なしとのことは原判決証拠理由中に掲げたる各証拠を綜合[そうごう]考覈[こうかく]して之を認めたるものなれば原判決は此点に於て証拠なき事実を認定したる不法あるものと云ふ[いう]べからず。 唯た夫れ原判決証拠理由中被告彦次郎の第三回予審調書並に深谷甚之助の第二回予審調書に基き論旨に摘示する如き記載を為したるは畢竟[ひっきょう]各其供述の順序を掲げたるに過ぎずして之を以て一面真正なる申請書の提出ありたることを認めんとしたる趣旨にあらざること判旨の前後に参照して自ら明かなれば旁以て本論旨は理由なし。

第二点以上の外共同被告人並に其弁護人より提出したる趣意及理由は之れを援用すと云ふ[いう]に在れども◎本論旨の理由なきことは各其援用に係る論旨に対して為したる説明に就て了解すべし。

民事原告人前沢賢一郎上告趣意書は原判決は被告上人助左衛門俊八倉吉等は小柳彦次郎と共謀し未だ全く申請なきに拘はらず上告人所有の二十七筆の土地に対し二箇の売買及び一箇の抵当権設定の登記をなし以て登記簿を偽造したる事実を認めながら右偽造の部分は刑事法に於て没収せらるべきものにして既に公訴判決に於て没収の宣告を為したる以上は其処分は一に国家の権能に属し控訴人等（被上告人等）に於て之を左右することを得ざるものなれば之に対し其抹消手続を求むるは履行不能の行為を請求するに外ならずとの理由を以て上告人の請求を排斥したるも民事原告人が犯罪行為を原因として提起したる私訴請求に付ては民法の規定により其当否を判定すべく公訴判決の理由に拘束せらるべきものにあらざる事は御院判例（三八（レ）第一九八号同年三月六日第一刑事部判決三七（オ）第六百二十五号明治三十八年二月四日民事部判決参照）の認むる所なり。 而して[しこうして]上告人は被上告人等（宮城商業銀行を除く）の犯罪行為により上告人所有の二十七筆の土地に対し上告人の承諾なく全く関知せざる登記を偽造せられたることを原因として私訴を提起したるものなれば民法上土地所有者たる上告人の地位より其所有権の行使に妨害となるべき是等の登記の抹消を請求し得ることは勿論にして偶偶以て刑事判決を以て其偽造の部分の没収の宣告あればとて為めに上告人の有する前記民法上の権利の失却を来すべきものにあらざれば上告人の請求を容るるを相当と思料す公訴判決が私訴の審理に先立ち既に確定し其没収の宣告が確定し既に没収の処分が執行せられたらんには或は原判決に対し首肯し得るやも知れざれども公訴判決が私訴の審理の当時既に確定し居ることは想像することを得ざるのみならず本件の如きは私訴判決と同時に為されたる公訴判決に於て没収の言渡を為されたるに過ぎざれば後日公訴判決確定せば没収処分として抹消され得べき希望ありと云ふ[いう]に止まり未だ没収せられたるにあらず。 又抹消せられたるにあらざれば私訴判決当時に於て一面偽造登記は偽造の儘存続し上告人の所有権行使の妨害となり居り他方面に於ては没収の判決は未確定なれば決して履行不能と云ふ[いう]ことを得ず。

然るに原院の判決は事茲に[ここに]出でず早晩刑事判決の確定すべきを予期し未だ其程度に進捗せざるに拘はらず前述の理由により上告人の請求を棄却したるは擬律の錯誤ある不法の判決と思料すと云ふ[いう]に在り

◎依て按ず[あんず]るに他人の所有に属する不動産を買得したるにあらずして恰も[あたかも]之を買得したるものの如くに装ひ因で所有権移転の登記を偽造したる場合並に登記名義者は其登記に係る不動産の真の所有者にあらざるに之を所有者なりと信じて其名義者より該不動産に対する抵当権を取得し以て抵当登記を為したる場合に於て右等登記の存在は当該不動産の真の所有者の為め権利行使の妨害と為るものなれば右所有者は其妨害排除の方法として登記原因の無効なる理由に基き右所有権移転の登記名義人及抵当権設定の登記名義人に対して其移転登記及設定登記の各抹消手続を請求するの権を有すること民法上固より[もとより]論を俟たざる所にして仮令[たとい]右等登記が刑事上の処分として没収せらるべきものに属すと雖[いえども]も所有者より所有権行使に対する妨害の排除手段として私訴を以て右等登記の抹消を請求する以上は裁判所は他に特別なる事由を認めざる限りは其請求を容認すべき筋合なりとす。 何となれば右等登記の刑事上処分として没収せらるべきことは法律上毫も[ごうも]所有者の権利に消長を来たずの理由なければなり。 今本件に付、原判決の認めたる事実を按ず[あんず]るに被上告人助左衛門俊八倉吉等は平区裁判所富岡出張所詰裁判所書記小柳彦次郎と共謀し未だ全く申請なきに拘はらず上告人前沢賢一郎所有なる主文掲記の地所二十七筆を明治四十年十一月十一日附を以て右賢一郎より被上告人助左衛門俊八へ同日附を以て右助左衛門俊八より被上告人倉吉へ各売買に因る所有権移転の登記並に同月二十五日附を以て右倉吉より被上告人宮城商業銀行へ二万廉の抵当権設定の登記を為して登記簿を偽造したるものなれば要するに上告人賢一郎と被上告人助左衛門俊八間及び右助左衛門俊八と被上告人倉吉間の各所有権移転登記並に右倉吉と被上告銀行間の抵当権設定登記は何れも無効の原因に基きて為されたるものなるを以て右等偽造に係る登記の部分が刑事上の処分として没収せらるるものたるに拘はらず上告人は被上告人等に対し各其関係登記の抹消手続を請求するの権即ち被上告人助左衛門俊八に対しては明治四十年十一月十一日附を以て前記二十七筆の地所に対し右両名の為めに為されたる同月九日附売買に因る所有権取得登記抹消の手続を被上告人倉吉に対しては明治四十年十一月十一日附を以て右同地所に対し倉吉の為めに為されたる同月九日附助左衛門俊八と倉吉間の売買に因る所有権取得登記抹消の手続を被上告人株式会社宮城商業銀行に対しては明治四十年十一月二十五日附を以て同銀行の為めに為されたる同日附契約書に因り元金二万円及遅滞利息の支払担保たる抵当権設定登記抹消の手続を為すことを請求するの権を有するものなれば本訴上告人の請求は正当にして被上告人は之を拒否することを得ざるものとす。 然るに原判決は論旨前段に摘載する如き理由を以て本訴上告人の請求を失当なりとし之を棄却したるは擬律錯誤の不法ある判決にして破毀を免れざるものとす。

右の理由なるを以て本件公訴の上告に付ては刑事訴訟法第二百八十五条に私訴の上告に付ては同法第二百八十六条第二百八十七条に依り各主文の如く判決す

検事鈴木宗言干与明治四十二年十二月二十日大審院第二刑事部