English

鮎川義介 (第4版 [大正4(1915)年1月] の情報)

位階・勲等・功級
爵位・身分・家柄山口縣士族
職業戸畑鑄物株式會社會長
性別男性
生年月日明治十三年十一月六日 (1880)
親名・続柄 鮎川彌八の長男
家族父 彌八 嘉永四、一〇生、現戸主
母 ナカ 安政三、六生、山口、士、小澤正路二女
妻 美代 明二六、一〇生、京都、平、飯田藤二郞長女
弟 政輔 明二二、二生、京都帝國大學理科大學生
妹 サダ 明二六、五生
記述部分(略伝)當家は長州萩に其祖を發し代々毛利家に仕へ中士以上の家格を有し郡奉行の役を勤め彌八に至る
君は其長男にして明治十三年十一月六日を以て生る夙に工學に志し明治三十六年東京帝國大學工科大學機械工學科を卒業して工學士の稱號を得直に芝浦製作所に入り務を取り鑄物事業に目的を立て渡米して研究し歐洲を巡視して歸朝し戸畑鑄物會社を組織して其取締役社長となり内外一斑の業務に鞅掌せり
姉スミ子(明一一、八生)は三菱合資會社庶務部長木村久壽彌太に妹キヨ(同一六、四生)は鑛業家久原房之助に同フシ(同一八、一一生)は鑛業家貝島太市に嫁し同ヨシコ(同三〇、六生)は山口縣人小川資源の養子となれり
住所・電話番号小倉紺屋町七
参照人物(親類)飯田藤二郞木村久壽彌太久原房之助貝島太市、※井上勝之助、※福原榮太郞
参照次数6 (※なし4)
読みあゆかわ よしすけ
別名
画像を表示