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小山完吾 (第8版 [昭和3(1928)年7月] の情報)

位階・勲等・功級勳四等
爵位・身分・家柄長野縣在籍
職業時事新報社(株)社長、明治生命保險(株)取締役
性別男性
生年月日明治八年五月 (1875)
親名・続柄
家族女 敦 明四四、三生
女 昌 大二、一生
記述部分(略伝)君は長野縣人小山謹之助同禎三の弟にして明治八年五月を以て生れ同三十三年分家して一家を創立す同三十四年慶應義塾大學法律科を卒業し後時事新報社に入り同三十九年同社通信員として英國に渡航し傍ら倫敦大學に於て政治經濟學を修め又歐米各國を巡歷する處あり同四十二年歸朝す大正五年同社を辭して明治生命保險會社に入社總務主事の職を經て常務取締役に選任せられ又時事新報社取締役をも兼ぬる處ありしが大正十五年六月福澤捨次郞氏の後を受けて時事新報社長となり現時に至る傍ら慶應義塾交詢社等の評議員たり曩に長野縣より選ばれて衆議院議員となり日獨事件の功に依り勳四等に敍せられ瑞寶章を賜ふ巴里平和會議の節には帝國首席全權西園寺公の隨員として渡佛し平和條約成立に依り金杯一個を賞賜せらる
住所・電話番号東京、芝、三田四ノ三一 電高輪二三八八
参照人物(親類)小山禎三
参照次数1 (※なし1)
読みこやま かんご
別名
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