山縣文藏 (第4版 [大正4(1915)年1月] の情報)
位階・勲等・功級 | 正五位、勳三等、功四級 | |
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爵位・身分・家柄 | 山口縣士族 | |
職業 | 海軍少將、佐世保鎭守府艦隊司令官 | |
性別 | 男性 | |
生年月日 | 文久二年十二月十六日 (1863) | |
親名・続柄 | 山縣穗十郞の二男 | |
家族 | 母 ツル 天保一〇、八生、山口、士、來島傳治長女 妻 クフ 明七、三生、長崎、士、諫早鎭一郞妹 養子 豪介 明二五、一〇生、廣島、平、溪口廉造三男 | |
記述部分(略伝) | 君は山口縣士族亡山縣穗十郞の二男にして文久二年十二月十六日を以て生れ明治二十六年二月家督を相續す先是海軍兵學校を卒業し明治十九年九月海軍少尉に任せられ同二十四年七月松島廻航事務取扱委員として佛國へ出張し尋て同艦水雷長に補せらる爾來累進して同四十四年十二月海軍少將に陞任し大正二年十二月佐世保鎭守府艦隊司令官に補せらる其間赤城高雄出雲三笠各副長龍田新高橋立笠置春日常盤各艦長橫須賀鎭守府臺灣總督府海軍各參謀橫須賀鎭守府海岸望樓監督官海軍兵學校教頭兼監事長朝鮮總督府武官等に歷補せられ日清の役には大本營海軍參謀として功あり功五級金鵄勳章を賜はり日露の役には龍田艦長として出征し勳功に依り勳三等功四級に陞叙し金鵄勳章及旭日中綬章を授けらる 妹マチ(明一一、一生)は山口縣平民中村東三郞養子又治に同ゲム(同一三、八生)は同縣士族富永清藏に嫁せり | |
住所・電話番号 | 佐世保、上矢岳町一七 | |
参照人物(親類) | ※增島六一郞 | |
参照次数 | 1 | |
読み | やまがた ぶんぞう | |
別名 |