今井彦三郞 (第4版 [大正4(1915)年1月] の情報)
位階・勲等・功級 | 從五位、勳六等 | |
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爵位・身分・家柄 | 宮城縣平民 | |
職業 | 第一高等學校教授 | |
性別 | 男性 | |
生年月日 | 元治元年三月九日 (1864) | |
親名・続柄 | 今井良英の長男 | |
家族 | 妻 つな 文久二、正生、秋田、士、畑江道知妹 男 時郞 明二二、二生 男 健郞 明二六、九生 男 茂郞 明二八、一〇生 女 しん 明三一、五生 妹 しを 明一五、二生 | |
記述部分(略伝) | 君は宮城縣平民先代良英の長男にして元治元年三月九日を以て生れ明治十九年三月家督を相續す明治十年上京武を學び次て學を芳野金陵島田篁邨等に修め後熊本紫溟學舍の學監に撰はる同十九年東京大學古典科を卒業し直に秋田師範學校教諭に任し次て千葉宮城の二師範學校並に中學校等の教諭を經て同二十九年第一高等學校教授に榮轉し今日に至る 家族は尚四男央郞(明三三、六生)五男通郞(同三六、六生)あり 六男芳郞(同四〇、五生)は宮城縣平民泉なかの養子となり妹なみ(同一七、七生)は秋田縣士族吉成彌五郞長男蓊助に嫁せり | |
住所・電話番号 | 東京、本鄕、駒込淺嘉町九九 | |
参照人物(親類) | ||
参照次数 | ||
読み | いまい ひこさぶろう | |
別名 |
人事興信録
- 第4版 [大正4(1915)年1月]
- 第8版 [昭和3(1928)年7月]