内野辰次郞 (第4版 [大正4(1915)年1月] の情報)
| 位階・勲等・功級 | 從五位、勳三等、功三級 | |
|---|---|---|
| 爵位・身分・家柄 | 福岡縣平民 | |
| 職業 | 陸軍步兵大佐、教育總監部第一課長兼陸軍大學校兵學教官、陸軍技術審査部議員 | |
| 性別 | 男性 | |
| 生年月日 | 明治元年八月二十三日 (1868) | |
| 親名・続柄 | 内野東庵の二男 | |
| 家族 | 父 東庵 天保一二、九生 兄 慶太郞 慶應二、九生、現戸主 嫂 タカ 明二、九生、兄慶太郞妻、福岡、平、松尾加藏三女 妻 路久 明一五、二生、千葉、士、水上清長女 男 遊才 明三〇、一二生 養甥 淳一 明二〇、八生、姪リン夫、福岡縣人左方讓三弟 姪 リン 明二五、一一生、養甥淳一妻、兄慶太郞長女 | |
| 記述部分(略伝) | 君は福島縣平民内野東庵の二男にして明治元年八月二十三日を以て生る夙に軍籍に身を委ね同二十四年三月陸軍步兵少尉に任せられ爾來累進して同四十二年步兵大佐に進み現時教育總監部第一課長兼陸軍大學校兵學教官にして又陸軍技術審査部議員を兼ぬ其間陸軍大學校を卒業し士官學校生徒隊中隊附戸山學校教官陸軍大學校兵學教官近衛師團參謀長等に歷補し又歐洲へ差遣せらる曩に日清日露の兩戰役に參加して偉勳を奏し功三級金鵄勳章を賜はる 家族は尚長女清子(明三四、九生)二女松代(同三七、九生)二男功三(同四〇、四生)妹富士子(同四二、八生あり 妹ヱイ(同一五、二生)は福岡縣人大森榮治に嫁せり | |
| 住所・電話番号 | 東京、四谷、内藤町一 電話番町二〇三七 | |
| 参照人物(親類) | ||
| 参照次数 | ||
| 読み | うちの たつじろう | |
| 別名 | ||
人事興信録
- 第4版 [大正4(1915)年1月]
- 第8版 [昭和3(1928)年7月]