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原口兼濟 (第4版 [大正4(1915)年1月] の情報)

位階・勲等・功級從三位、勳一等、功三級
爵位・身分・家柄男爵、舊大分藩士
職業豫備陸軍中將、貴族院議員
性別男性
生年月日弘化四年二月十七日 (1847)
親名・続柄 才木寬吾の四男
家族妻 せき 元治元、一二生、東京、士▲橫川美高三女
男 徠 明一六、一〇生、從五位
婦 みち 明二五、八生、三男徠妻、子爵伊東巳代治長女
男 亨 明二三、四生
男 習志 明二六、七生
記述部分(略伝)當家は君によりて家名を擧く
君は舊大分藩士才木寬吾の四男にして弘化四年二月十七日を以て生る後ち原口等の養子となる明治五年三月陸軍少尉に任し爾來累進して陸軍中將に進む其間戸山學校次長近衛步兵第一聯隊長第四師團參謀長步兵第十七旅團長臺灣守備旅團長等に歷補し日露戰役には留守第一師團長教育總監部參謀長第十三師團長として偉功あり四十年九月功三級に叙し旭日大綬章を賜ひ特に華族に列し男爵を授けらる同年豫備役仰付られ四十三年八月貴族院議員に擧けらる
家族は前記の外孫嘉代(明四四、五生、三男徠長女)同一郞(同四五、六生、同長男)あり
長女ヱイ(同一七、一一生)は福井縣士族小畑鏐藏に次女マツ(同二一、一二生)は富山縣平民杉榮三郞に嫁せり
住所・電話番号東京、牛込、佐内町三二 電話番町二五一〇
参照人物(親類)子爵伊東巳代治
参照次数1 (※なし1)
読みはらぐち けんさい
別名
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