宮崎道三郞 (第4版 [大正4(1915)年1月] の情報)
位階・勲等・功級 | 從三位、勳二等 | |
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爵位・身分・家柄 | 三重縣士族 | |
職業 | 法學博士、東京帝國大學法科大學教授 | |
性別 | 男性 | |
生年月日 | 安政二年九月四日 (1855) | |
親名・続柄 | 宮崎篤齋の四男 | |
家族 | 男 道雄 明一六、一生 男 於莵丸 明二七、七生 女 照子 明二五、一二生 女 雅子 明三〇、二生 | |
記述部分(略伝) | 君は三重縣士族宮崎篤齋の四男にして安政二年九月四日を以て生る明治十三年東京大學法學部を卒業して法學士の稱號を得仕官して文部省御用掛となる同十七年獨逸に留學し居ること三年同二十一年歸朝し法科大學教授に任せられ法制局參事官を兼ぬ同二十四年法學博士の學位を受領し現今東京帝國大學法科大學教授たり 家族は前記の外三男三郞(明三三、三生)四男安(同三五、一〇生)あり | |
住所・電話番号 | 東京、本鄕、駒込曙町一三 | |
参照人物(親類) | ||
参照次数 | 1 (※なし1) | |
読み | みやざき みちさぶろう | |
別名 |