麻生義一郞 (第4版 [大正4(1915)年1月] の情報)
位階・勲等・功級 | ||
---|---|---|
爵位・身分・家柄 | 茨城縣平民 | |
職業 | 千代田生命保險相互會社アクチユアリー、日本徵兵保險株式會社取締役 | |
性別 | 男性 | |
生年月日 | 慶應二年六月二十六日 (1866) | |
親名・続柄 | 麻生貫一郞の長男 | |
家族 | 母 ぜん 弘化四、六生、亡祖父猪左衛門長女 妻 さと 明五、一〇生、埼玉、士、佐藤國吉姉 男 恒太郞 明三六、二生 女 けい 明二九、八生、東京女學館出身 弟 半之亟 明一四、七生 弟 峯吉 明二〇、二生 妹 あさ 明二三、一二生 | |
記述部分(略伝) | 君は茨城縣平民麻生貫一郞の長男にして慶應二年六月二十六日を以て生れ明治二十五年十月家督を相續す明治三十二年慶應義塾正科を卒業し新聞記者となり後アクチユアリーの稱號を得同三十七年聘せられて千代田生命保險相互會社に入り尋て日本徵兵保險株式會社取締役に推さる 家族は尚二女テル子(明三八、三生)二男益次(同四〇、三生)四男達雄(同四四、一生)あり 妹ひさ(同七、六生)は茨城縣人赤澤吉太郞に同でん(同一二、三生)は同縣人於方秀太郞に嫁し弟清三郞(同一七、一〇生、日本傷害保險株式會社員)は東京府平民並木良吉の婿養子となれり | |
住所・電話番号 | 東京、芝、白金三光町四五七 電話芝一六〇七乙 | |
参照人物(親類) | ||
参照次数 | ||
読み | あそう ぎいちろう | |
別名 |
人事興信録
- 第4版 [大正4(1915)年1月]
- 第8版 [昭和3(1928)年7月]