荒川五郞 (第4版 [大正4(1915)年1月] の情報)
位階・勲等・功級 | 勳四等 | |
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爵位・身分・家柄 | 廣島縣平民 | |
職業 | 衆議院議員(廣島縣郡部選出)、廣島家政女學校長 | |
性別 | 男性 | |
生年月日 | 慶應元年六月十七日 (1865) | |
親名・続柄 | 荒川柳助の五男 | |
家族 | 妻 チヨ 明一二、九生、廣島縣人水山烈長女、女子文藝學舍出身 男 磊介 明四一、七生 | |
記述部分(略伝) | 君は廣島縣平民荒川柳助の五男にして慶應元年六月十七日を以て生れ明治三十三年三月分家して一家を創立す曩に廣島縣師範學校を卒業し小學校訓導小學校長に任せられ後日本大學を卒業して法律學を修め日本法律學校事務長となり亦中央新聞社に入り其主筆に擧けらる後廣島家政女學校を創立して其校長たり衆議院議員に當選すること三回現に其職にあり著書數種あり朝鮮事情最も著はる 家族は尚長女澄子(明三五、三生)二女武子(同三九、一生)二男矼助(同四三、四生)三男〓介(大二、九生)あり | |
住所・電話番号 | 廣島、安佐、祗園村 | |
参照人物(親類) | ||
参照次数 | ||
読み | あらかわ ごろう | |
別名 |
人事興信録
- 第4版 [大正4(1915)年1月]
- 第8版 [昭和3(1928)年7月]